〜百合 Side〜
「百合、また来たようですよ?」
「……死守」
「それは当然です。皆、お屋形様の前で日頃の鍛錬の成果を見せるのです!」
私と琴は、新撰組を率いてご主人様を狙ってやってくる劉表軍をはね除け続けて居る。横の方では、親衛隊の魏越が突出して敵を叩いているようだ。見なくても声で分かる。特徴があるから。
「ガハハハッ!御遣い様に刃向かう奴は全部儂らがぶっ潰すんじゃ!」
「「「「「ラーサ!」」」」」
「ガハハハッ!」
笑い声を上げながら、鉄球を振り回して敵に叩き付けている。忠も貰っているあの槍は、背中に背負って居るみたい。
……何かが壊れている気がするけど、ちょっと怖いから放っておこうと思う。
新撰組は、集団での闘争にはあまり向いて居ない。けれど、少数での戦闘なら親衛隊以外には後れは取らないと思う。ご主人様を護る為に必要なのは、集団としての力よりも少数精鋭での護衛。敵中突破をする際に必要なのは、兵力よりも鋭さと勢いだ。だから、それを損なうことがない形で鍛錬を続けて来ている。皆軽鎧であるのも、疾さを求めた結果だ。琴にとっては、羽織が着れないから、という理由が一番だったみたいだけど。
私も最初は同じ羽織を着ていたけど、ご主人様が黒乃駆流?さんに言いつけて作って貰った服を着ている。これを着た私を見たご主人様は、その、凄く興奮して……お、押し倒されて……と、兎に角、ご主人様は凄かった。
剣もご主人様が私にくれた。片刃の剣だけど、ご主人様や琴の剣とは違い、ちょっと肉厚だった。でも私にはこれが一番かも知れない。手に良く馴染むし。ご主人様がくれたものだから、一生懸命練習したのもあるけど。
そういえば長安でご主人様が剣を振る私を見て、『もっこりちゃ〜ん!』とか言いながら飛び上がって抱きついてきた。詠に『詠ちゃんすぺしゃる』と書いてある槌で頭を叩かれて何処かに連れて行かれていたけど。私は嬉しいから良いのに、というような事を何とか伝えると、詠は『これはね、お約束なのよ』と訳の分からないことを言っていた。何なんだろう?
「糞!この羽織共の中に平教経が居るかも知れないんだ!兎に角平教経を捜し出して殺せ!」
「……邪魔」
目の前でご主人様を殺せと言っていた雑兵を殺す。
ご主人様は、私のことを全部理解してくれる、恐らくただ一人の人だ。絶対に喪いたくない。
「姉貴!何やってるんだよこんな所で!」
「……そっちも」
「こっちは兄貴がケリ付けるぞって言うからさ。前に出てきたんだよ。そしたら姉貴が見えたからちょっとこっちに来たんだ」
「……ご主人様は?」
「直ぐそこにいるよ。五月蠅いのと一緒に」
忠が指さした先に、ご主人様が居た。
「やれやれ。毎度毎度飽きないことだな。もう何度目だ?」
「知らねぇよ大将。コイツらしつこすぎるだろうが」
「それも変わり映えのしない奴らばかりで飽きてきたんだよ、こっちは」
「俺だって飽きてるよ!っと」
「お、やるじゃんダンクーガ」
「大将!後!」
「ハッ。分かってるって、の!」
後からご主人様を斬りつけようとしていた雑兵を、振り向き態に斬り捨てた。その手にした剣諸共に。
「……今宵の清麿も血に飢えて居るわ!」
「……大将、変態みたいだぜ?」
「……言ってみて後悔してるんだから触れるなよ」
……うん、いつも通りのご主人様だ。
「百合、お屋形様に合流しますよ?」
「……うん」
「んじゃ俺も姉貴と一緒に行きますか」
敵を駆逐しながら、ご主人様と合流する。
「琴か。百合も居るな。元気そうで何よりだ」
「はい。お屋形様も」
「……うん」
「……百合、よく似合ってるよ、その服」
「……ん……」
恥ずかしいけど、嬉しい。
「むっ」
「琴も相変わらず似合ってるぜ?」
「あ、有り難う御座います……」
琴も、嬉しそうだ。
「はぁ……何で大将の周りはいつもこうなるんだ?」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉお!イライラしてきた!テメェら付いて来い!」
「おいケ忠、何処行くんだよ!」
「目の前に居る奴らにちょっと思い知らせてやるだけだよ!」
「……災難だな、あっちの奴らは」
ご主人様を護りながらその場に留まっているが、もう殆ど敵はやってこないみたいだ。忠が奇声をあげながら敵中を暴れ回っている。……私、ちょっと恥ずかしいから抑えて欲しい。その、『姉貴がぁ〜!姉貴がぁ〜!』とか叫ぶの。
「百合、ケ忠は大丈夫ですか?」
「……分かんない」
「大丈夫だろ。ああなったケ忠の野郎に勝てる奴は親衛隊には居ないんだから」
「琴が心配しているのはそっちじゃなくて頭の方だろうが。……ダンクーガでも負けンのか?」
「勝ち負けじゃなくて、やり合おうって気にならないよ」
「成る程。ま、シスコンだからな」
「……しすこん?
「百合みたいな綺麗で可愛い女性の肉親に首ったけな、変態な兄もしくは弟、って意味」
「〜〜〜〜」
「……あぁ、ケ忠のことか」
「……ケ忠ことですね」
「そういうことさ。おいダンクーガ。今度ケ忠の組下の奴にだな……」
「あぁ?……はぁそりゃ良いけど……あ!テメェ俺の時と同じ事しようとしてるな!?」
「そうだが?何か問題でも?」
「いや、問題……ないのか?」
「だろ?お前とオッサンの組下だけじゃ片手落ちだろ?だからさぁ……」
「……プッ……マジでか……あぁ、そう言っておけば……成る程……」
ご主人様と高順は、本当に仲が良い。高順はご主人様が偶に使う不思議な言葉をある程度理解して、自分もそれを使えるみたいだ。私も今度ご主人様に教えて貰おうと思う。そうしたら、もっとご主人様のことが理解出来るし、もっと私のことを好きになって貰えるかも知れないから。
「教経、こっちは大体終わったわよ」
そうやっていると、雪蓮達も還ってきた。冥琳も凪達三人も、無事なようで何よりだ。
「雪蓮も御苦労様」
「ま、最初で勝ちは決まってたしね」
「教経。ケ忠と魏越なんだが」
「どうかしたのか?冥琳」
「いや、そろそろ止めてくれ。五月蠅くて仕方がない」
「やれやれだぜ……オイケ忠!百合がお前に話があるってさ!オッサン!太原での御遣い様のご活躍を凪達が是非聞きたいんだってさ!聞かせてやれよ!」
「姉貴ぃ〜!やっぱrブベッ!」
「……忠、落ち着く」
「……はい」
「おお!貴様らか!御遣い様の活躍を聞きたいという殊勝な心掛けをしている奴らは!良いぞ良いぞ!この儂が幾らでも聞かせてやろうではないか!いやぁ、このような殊勝なおなごなら、御遣い様の伴侶に相応しいとこの儂が推挙してやるわい!その権限はないがな!ガハハハッ!」
「え、いや、私は……」
「なんやかなり疲れそうなオッサンやで……」
「これ、大変そうなの」
「凪、適当なとこでブン殴って気絶させて構わん」
「あ、はい。分かりました」
「ンじゃ取り敢えず野営の準備だな」
「了解。親衛隊!さっさと野営の準備をしやがれ!」
「こちらもこちらで準備する必要があるだろうな」
「捕まってる奴らの分まで頼むわ」
「まぁしかたないだろう」
「野営の準備が整ったら、一旦休息を取ってそこから行軍再開だ」
「分かっているさ、教経」
「琴、新撰組の方は頼むぜ?」
「はい。お任せ下さい、お屋形様」
「……準備」
「いや、百合はこっち」
「あ、今日は百合の番でしたね。では百合の組はこちらで済ませておきますね」
「……ん……」
琴はそう言って新撰組が屯している辺りに向かった。
「百合、お疲れ様」
「……うん」
「取り敢えず夜が明けそうだし、河でも見に行ってみるか?」
「……うん」
ご主人様と一緒に、長江のほとりに行ってみる。
「まだ燃えてるな」
暫く見ていると、長江の上で炎上している船に日の光が当たり始める。朝靄の中で水面が光を反射して、とても幻想的な風景だった。
「……綺麗」
「……」
「……何?」
「……いや、百合の横顔が綺麗だなぁと思ってさ」
「〜〜〜〜」
「かぁいいねぇ……さて、さっさと戻って一緒に寝ようか、百合」
「……ん……」
ご主人様の隣を歩いて陣地に戻る。
歩いているご主人様の手をちょっと見る。
本当は、手を、繋ぎたいけど。でも恥ずかしいから……
「……ほれ」
「……?」
「手。繋ごうか、百合」
「……う、ん」
ご主人様は、ちゃんと気が付いてくれた。
ゆっくりご主人様の手を握ろうとすると、ご主人様が私の手を取って、しっかりと握ってくれた。
「……行こうか、百合」
「……うん」
ご主人様と一緒に、陣地に向かって歩いて戻る。
こうやってずっと一緒に歩いて行けたらいいな。
出来れば、手を繋いで。
〜教経 Side〜
「で、状況は?」
「建業から西へ20里ほどの渓谷で待ち構えているようだ。最も、劉表自身は建業に引き籠もっているようだがな」
「やる気があるのかしら」
「無いから引き籠もっているンだろうさ。で、渓谷で待ち構えてるって?」
「あぁ。私が調べた限りでは、だがな」
「なら間違いないってことだ」
「フッ……そうだな」
丹陽で上陸した俺たちは、一路建業を目指して行軍していた。
その俺たちの前に、漸く劉表軍が姿を現したらしい。もうちょっと早く出てくるかと思ったが、奴らも地の利を生かして戦える場所で戦いたかったということだろう。
「で、向こうの兵力は?」
「それがな教経。何と20,000だ」
「……はぁ?」
「20,000だ、教経」
「馬鹿にしてンのか?ドカスが」
「率いて居るのは黄祖らしいぞ?一応虎の子の元江夏軍を出してきたらしい」
「今更、だな」
「だが練度は今までの劉表軍よりは高いだろう。油断は禁物だ」
「油断?これは余裕ってモンだ」
「教経。その余裕、どこから来るのかしら?ちょっと説明して貰わないと、凪達は心配すると思うんだけどなー?」
「ふむ……冥琳、渓谷ってのは、窪地があって渓谷になっているのか、それとも両脇に山が聳えているから渓谷になっているのか、どちらだね?」
「後者だな」
「そいつらは渓谷の底にいるのか?それとも脇の山上にいるのか?」
「両方にいるぞ。平地にいるのが6,000。両脇の山上にそれぞれ7,000の兵が居る事は分かって居る。恐らくだが、落石計によって我らを持て成そうというのだろう」
「平地にいる奴らは、渓谷の建業側出口付近にいる、ということで良いンだよな?」
「あぁ。それで間違いない」
「山に草木は?」
「あるな」
「山全体にあるのか、一部なのか」
「全体を覆っている。山頂付近以外は茂っていると言って良い様子だ」
「それぞれの軍が連動して動けるような地形なのか?」
「それはどういう意味だ?」
「例えば落石計が無かったとして、中央に突進した場合に山上から一気にこちらの側面を突けるような地形かってことさ。要するに、人が簡単に陣から陣へ移動出来るのかってことが知りたい」
「いや、それは無理だろう」
「そうか。なら山に火を掛けるかね。渓谷だけに、風が山上に向かって吹いていることだしねぇ」
「それは構わんが、山上に居る軍は巻き込めないぞ?山頂付近には草木がないのだから」
「別に炎に巻いて全滅させたいって訳じゃ無いさ。炎に巻かれないと言ったところで煙ってのは高所に向かうものだからねぇ。生木は燃えるのに時間が掛かるが煙を多く出す。濛々たる黒煙を受けて、何の異常もないって訳には行かないンだよ。良くても呼吸器が少々異常を来すし、悪けりゃ死ぬこともある。まぁ兎に角、そうやって一方の山を陥落させて落石計を発動させる。その後もう一方の山を攻略すれば良いだろう。向こうに付き合って馬鹿正直に中央を進んでやる必要はない。折角各個撃破して欲しいといっているのだから、各個撃破してやれば良いじゃないかね。
火を掛けるのは両脇に聳える山に対して同時にやる。渓谷入り口辺りに6,000の兵を残して残りで敵左翼に攻め掛かるとしよう。火を掛ける以上、敵右翼はそう簡単に動けないだろうし、事態が収拾出来るまでは積極的に動こうとはしないはずだ。それだけの時間があれば、敵に倍する兵力を以て一方の山を攻略するのは簡単だろ?一方の山を陥落させ、しかる後に反転。もう一方の山を、今度は全軍を以て攻撃する。それを屠ったら敵中軍を撃破する。
敵は俺たちを待ち受けている以上、事前の準備段階で積極的に打って出て来はしないだろうから準備はし放題だろう。地の利を得る為にここで待っていたンだからねぇ。第一段階で敵に備える6,000の為に、これが展開する渓谷入り口辺りに堅固な陣を構築する時間も得られる。まぁ、恐らく突っかかっては来ないと思うがね。
即席にしては中々のモンだと思うが」
「……教経様。迂回する、という選択はないのでしょうか」
「確かにそれも考えないではないがね。劉表軍を背負って立っている宿将の、恐らくは死を賭しての挑戦だ。受けねば非礼に当たるだろう。他の奴ならいざ知らず俺と俺が率いる軍には、それだけで戦う理由は十分の筈だ」
「はっ!」
「……相変わらず戦いが好きだな、教経は」
「さて、それはどうかな。いい加減うんざりしてる部分はあるぜ?」
「それはそうだろうがな。お前が建てた策で基本的に問題はないだろう。詳細は私の方で詰めて指示を出しておく、で良いか?」
「あぁ。頼むよ、冥琳」
「任せておけ。お前を勝たせてやるさ。今回も、な」
冥琳はそう言って微笑んだ。
……全く。絵になる女だよ、お前さんは。
「教経様。どうやら敵の反撃が止んだようです」
「損害は?」
「1000に満たない数です。圧勝と言って良いと思います」
「凪。まだ勝った訳じゃ無い。三分の一終わっただけだ。まだ後三分の二がある」
「はっ」
「最後の瞬間まで勝ち続けていたいものだ」
「……きっと教経様は勝たれます」
「その期待に応えるべく、最善の努力を尽くすとしよう。百合、敵軍の様子は?」
「……不動」
「……こっちの様子に気が付いて居るだろうにな。退くか攻めるか何れかを選択した方が良いと思うがね。まぁいい。こちらは当初の予定通り、あちら側の山に攻め掛かるぞ」
「……御意」
戦前に描いた絵図通りに此処までは来ているが、歴戦の将である黄祖が全く動きを見せないのが気に入らない。何を考えて居やがる。だが、こちらもここから先に不安要素はない。こちらは再び軍を交流させることになる。各個撃破の対象にはもうなり得ないのだから。
「やっと還ってきたわね」
「あぁ。待たせたみたいだな?」
「ええ。随分と待ったわよ」
「ま、これから敵右翼を撃破する。存分に暴れ回ってくればいいさ、雪蓮」
「そうさせて貰うつもりよ。私が先鋒で良いわよね?」
「構わんよ」
「じゃ、征ってくるわ」
「凪、真桜、沙和。雪蓮が孤立しないように補佐してやってくれ」
「はっ」
「任せときぃ〜大将」
「分かってるの。沙和にお任せなのー」
「俺たちも順次雪蓮に続くからそのつもりでな」
「了解!」
「お屋形様」
「ん?」
「山上に『黄』の旗が」
「……確かに中軍にいたはずだが、移動してきたのか、黄祖は」
「そのようです。渓谷出口付近にいた敵は撤退を開始しています」
成る程。俺たちが次に右翼を攻めると知っていて、攻め掛かるのを待っていたということか。全軍崩壊させず、撤退するだけの時間を稼ぎ出そうという訳だ。
「性根が据わっているじゃないか、黄祖」
「そういった将が一人も居ないというのでは張り合いがありませんから」
「挨拶に行くとしようか、琴」
「山頂に到着するまでに生きているでしょうか」
「さて、それは雪蓮次第だな。黄祖のこういった姿勢を評価するかどうか、というところだろう」
俺の予想では、恐らく生かして捕らえると思うがね。
〜凪 Side〜
山頂の戦で、敵軍の将帥であった黄祖を雪蓮様が捕らえた。
雪蓮様にとっては、憎い劉表の軍の将帥だ。殺すのだろうと思っていたが、教経様が面語したがるだろうから、と苦笑いをして彼を捕らえるに止めた。
そして現在、教経様が黄祖を引見している。
「お前さんが黄祖か。俺が平教経だ」
「……フン。儂は黄祖じゃ」
「貴様!」
不遜な口を利いた黄祖を責めようとした琴様を、教経様が片手を挙げて抑える。
「何故お前さんは劉表に従っているンだね?」
「荊州劉家の初めより付き従って来た劉表様を、形勢が悪くなったからと言って裏切るような真似が出来るか」
「いやいや。死姦するような主を何故見限らないのかね?」
「……貴様がそれを明らかにするまで、儂は知らなんだわ」
「……そうか。では形勢が悪いという理由ではなく、その理由で見限れば良いのではないかね?」
「今そうすれば、理由を幾ら声高に主張しようと結局人はこう言うだろう。『黄祖の爺は命が惜しくて平家に降ったらしい』、とな。儂はその汚名には耐えられん」
「飽くまでも劉表に従う、と?」
「……そうだ。どうせ荊州劉家は滅びることは目に見えている。それであれば、せめて名は美しいままで残したいものじゃ。命を惜しんで見苦しく命乞いをした人間としてではなく、最期まで劉表様に仕えた人間として死んでいった方が良かろう。
貴様がどう思っているかは分からぬが、荊州劉家は名家じゃ。確かに先帝の血を引く人間が作ったな。その家が滅ぶというその時に、誰一人己の意志で殉じる人間が居ない、というのは何とも寂しいではないか」
「『荊州劉家』に殉じる、と言うのかね?お前さんは」
「そうじゃ。貴様にしてみれば阿呆に思えるのかも知れんがな、これで儂にも意地というものが在る。『荊州劉家』の宿将としての意地がな。此処で儂を生かしたとしても貴様の役に立つどころか、貴様の邪魔ばかりをする厄介な人間にしかなり得ぬじゃろう。
それにじゃ。儂が宿将である以上、貴様の軍の士気を上げる為には儂の首を挙げるのが最も良く、かつまた建業に籠城している劉表様達の士気を殺ぐに最も効果のある首であるじゃろう」
「そうかもしれんが、お前さんを降らせても同じ効果は期待出来るぜ?」
「……今回の戦、そこにいる孫家の嬢ちゃんの仇討ちという色合いもまた濃くある戦じゃろう。そんな戦で嬢ちゃんの母親を殺した将の上司であったこの儂を、劉表軍の宿将を取り込むなどあり得ぬ。それは悪手じゃろう。此処で儂を殺すのが一番すっきりとした終わり方というものじゃ」
「しかしお前さんは、劉表の所行を知らなかったンだろう?」
「そんな事はどうでも良い。世間がどう判断するか、ということがこの際最も気に掛けるべきことじゃろう。儂を殺せば、劉表軍の士気を殺ぎ、また仇討ちに燃える孫家の人間の士気を鼓舞し、非道な行いをするものに従う者の末路というものを広く天下に知らしめることが出来る。
儂としても、最期まで劉表様に従ったということで儂が望む評価をしてくれる人間が幾ばくか出て来てくれるじゃろうし、『荊州劉家』にもその家の為に殉じてくれる人間が居たのだということを示すことが出来る。
……儂を殺せ。それが互いに望む結果が得られる最良の選択じゃ」
「……良いだろう。お前さんの望み通り、お前さんを殺す。首は無理だが、遺品は遺族に引き渡してやる。他に何か望みがあるか?」
「……出来ればじゃが、黄家の祭祀を絶やさぬようにして貰いたい」
「誰に継がせる?」
「不肖の息子じゃが、黄射めに」
「分かった。必ずそうしよう」
「……他人事ながらに言わせて貰うが、貴様は甘すぎるな」
「そうか。そうかも知れんな。が、俺がそうしたいと思うからそうするンだ。誰にも文句は言わせねぇよ」
「……感謝する」
「される謂われもないがな。
……さらばだ、黄祖。お前が望む結末を、この俺が呉れて遣る。貴様を殺したのは俺だ。俺を恨んで死んでいくが良い」
「違うな。儂は儂自身の愚かしさによって死ぬのさ。貴様が儂の死まで背負って生きていく事はない。……貴様は、優しすぎる。もっと非情に徹することじゃ。足下を掬われるぞ?」
「……フン」
「……さらばじゃ、平教経よ。繰り言になるが、この計らいに感謝する」
「……連れていけ」
そのまま外に引き出され、黄祖は首とされた。
首となった黄祖と再び対面した教経様は、少し哀しそうな顔をなさっておられた。
「……望み通り首になった訳だが、気分はどうかね?まぁ、良い物ではないンだろうが」
「お屋形様……」
「……馬鹿な奴だ。家の為に死ぬなんて、な。せめてこの爺がその為に死ぬことが出来る人が居れば、この爺も浮かばれたんだろうがな」
誰も、言葉を発しなかった。雪蓮様も冥琳様も、黄祖の死に様については立派だと思っているのかも知れない。私も立派だと思う。
教経様は暫く黄祖の首を眺めていた。
馬鹿め、と何度か口にしながら。