〜教経 Side〜

天和達三姉妹のライブを終え、現在志願してきた人間を徴兵するか否か、選別を行っている。ライブに動員していた観客15万を超える人数が志願してきたようだ。最終日のごたごたを敢えて瓦版で流布し、天和達を護った親衛隊の活躍ぶりを伝えさせた。その事によって、自分も護りたいと考えた人間や無いことに親衛隊に憧れて志願してきた人間が多数出てきたらしい。まぁ、この辺りは計算通りだな。

徴兵の調整が最終段階になったある日、益州からお客さんが来た。魏延と馬謖だ。死にかけていた、というのは伊達でなく、また先生も凱も俺が引き連れていったから回復が遅れていたらしい。同じく死にかけていた秋蘭が3ヶ月で元通り、本人曰く元以上になった事を考えると、先生と凱の存在が如何にデタラメかよく分かる気がするねぇ。

「初めて御意を得ます、教経様。ワタシは姓は魏、名を延、字を文長。真名を焔耶と申します」
「同じく初めて御意を得ます。私は姓は馬、名を謖、字を幼常。真名を瑛と申します、教経様」
「焔耶。瑛。良く来たな。俺は平教経だ。字も真名もない。好きに呼んでくれれば良い」
「「……はっ」」

二人とも、恐縮しっぱなしだ。まぁ、他に致し方ないのだろう。俺が斬刑が相応しい、と言ったことは伝わっているだろうし、自分たちが暴走して俺と事を構えることになっちまった訳だしな。
……『良く来たな』って声かけたのがちょっと不味かったか?誤解しようがない言葉を掛けてやるべきだったかも知れない。これだと『良く俺の目の前に出て来れたな?』と言っているようにも受け取れる。

「あ、あの……申し訳ありませんでした」
「それを言うなら『お見それしました』とかじゃないかね?俺に申し訳ないとか言う義理はないだろうさ。あの時点ではお前さん達は白蓮の配下であって俺の配下じゃないんだから、俺に申し開きする必要はないさ。綺麗さっぱり忘れちまえとは言わんが、その過去に縛られて生きるような真似はするな」
「し、しかしワタシ達は」
「ワタシもたわしもあるかよ。笞刑を受けて死にかけた上で、一将校からやり直すって言ってンだ。罰は既に受けている。後はしっかり務めを果たすことだけ考えて居ろ。お前さん達は強かに頭を打ち付けて、自分の身の程って奴を思い知っただろう?」
「……はい」
「ンじゃもう今後こんな事にはならないだろうさ。人生失敗無しで上手く行くなんて事はないンだよ。誰だって絶対に失敗はする。人ってのがそこから何かを学んで成長していく生き物である以上、失敗ってのは避けられない。そうでないと成長なんてしないからねぇ。反省しなきゃ成長はないから反省することは必要だが、必要以上に己の至らなさを責める必要はない。
……わかったかね?」
「……教経様も失敗なされたことがあるのでしょうか。益州でこれまでの教経様の事績を詳細になぞってみましたが、一度も戦に負けていらっしゃいませんし失敗らしい失敗はなさっておられないように思われるのですが」
「阿呆め。失敗しまくってるよ。こっちに来てからも結構失敗してるしな。小便臭い孺子宜しく愛紗を斬り殺そうとしたり、華琳が袁紹の馬鹿に負けると予想出来ずに備えてなかったりしたし。失敗とはちょっと違うと思ってるが、雛里に裏をかかれて死にかけたり、劉表を逃がしてしまったりしたしな。
皆俺を完璧超人か何かと勘違いして居るみたいだが、俺はそんなご大層な人間じゃない。俺の才能自体は兎も角、内面的には何処にでも居る普通の人間、いや、ひょっとすると普通以下の人間だった。色々在ってマシにはなったと思うがね。才能が優れている人間を内面的にも欠陥がない人間のようによく勘違いする奴が居るが、そんなことはないのさ。普通の人間なンだよ」
「は、はあ」
「ま、丁度良いときに復帰したな。これから戦になるが、お前さん達にはそれぞれ役に立って貰う。まぁ、国元で、だが」
「はっ」
「何なりと」
「焔耶。蒲公英から聞く限り、お前さんは猪武者のきらいがある。それを矯正する為に、嘗てこの国一番の猪武者だった朔、華雄の下で少し働いてこい。お前さんにとって、その経験は大きな財産になるだろう。己の武は何の為にあるのか。その一つの、そして恐らく究極の答えがそこにはある。
瑛。お前さんは自分の才というものをもっと知る必要がある。どの程度のもので、何が出来るのか、ということについてね。華琳の下に付いてしごいて貰え。コイツは人の際を見抜くことに掛けては天才的だ。俺は天の御使いとしての知識があるから人の才の程度を『知っている』のであって、『見抜いている』訳ではないからな。
華琳ならお前さんの才に相応しい仕事を与え、そしてそれを伸ばしていってくれるだろうさ」
「私が面倒を見るの?教経」
「あぁ。お前さん以上に適任者は居ないと思っているンだが。華琳じゃなくても良いかもしれんが、俺は華琳が一番だと思うンだよ」
「……『私が一番』だと思っているのね?」

……なんか微妙な言い方をするね、お前さんは。まぁ良いけどねぇ。

「あぁ。そう思っているよ、華琳」
「そ、そう。仕方がないから引き受けて上げるわ。
馬謖、と言ったかしら。私は曹操。字は孟徳、真名は華琳よ。私が貴女を徹底的にしごいて、そしてその才を伸ばして上げるわ。途中で嫌になったり満足したりして歩みを止める事は許さない。教経が見込む人間なのだから、それに相応しい人間になって貰うわ。何としてもね。それが出来ないなら死んで貰うからそのつもりで居なさい?」

ンな言い方したら……

「……私の真名は瑛と申します、華琳様」

あ〜あ。萎縮しちまってるじゃねぇか。まぁ、華琳が馬謖のことを思ってそう言っているのは理解出来るがね。言葉にしてやらないと、理解出来ないぜ?このツンデレめ。

「おいおい華琳。物騒だな?」

そう水を向けると、華琳も馬謖の状態に気が付いていたんだろう。説明をし始めた。以心伝心って奴か?

「あら。そうかしら?己の才を知らず、その才を活かすことも出来ずに生きていくなんて、死んでいるも同然よ。大体その娘がやらかしたことは全ての人間が知っているのでしょう?それなら死ぬ気で務めなければ人は認めてくれないわ。人と同じように懸命に務めてもそのままには評価して貰えないのよ。
これから平家で家臣として貴方に仕えていくことを考えれば、その位の気概を持って務めなければ誰にも認めて貰えないのよ。だから私は厳しくするの。これから先、瑛が瑛として生き、そして死んでいく為にね」
「最初っからそう言ってやれよ、ったく。だからお前さんは誤解されるンだよ。本当は優しい癖に、それを素直に表現しないから」
「う、五月蠅いわね。貴方だって似たようなものでしょう!?」

今日もツンデレご馳走様です。

「……教経様、有り難う御座います。華琳様の下で自分を鍛え直してみようと思います」
「そうか。まぁお前さんは優秀と言って良い人間なんだ。自分の才を恃む様な真似をせず、信じてやってみることだ。華琳が与える課題は、きっとこなせるものだろうからな」
「はっ」
「最後になるが、お前さん達に一言言っておいてやる。
……努めよ。己の周りに居る人間の言葉に耳を傾け、良いと思ったことをやり、悪いと思った所は直せ。気に入らない奴からの言葉であろうとも、事実は事実だ。それが正しいと思うなら正せ。別に素直に礼を言えとは言わん。反発して喧嘩をしても構わんが、それと正す事とは別物だ。やりたいこととやらなければならないことの区別くらいは付けろ。それが大人になるって事だ。
それが出来ない人間に進歩はない。己の至らなさを知った上で猶努めるが良い。そうすれば、明日には今日の自分よりいくらかマシに思える自分になれる」
「「はっ」」
「遠路ご苦労だった。今日はもう休むが良い」

しっかり見極めてからだが、きっと一角の人物に成れるだけの才はあるだろう。一方は一国の重鎮として名を残した人間で、一方はいけ好かない諸葛亮が自分の後継者として見込んだ程の才がある人間なんだから。

「中々良い言葉を贈ったわね、教経」
「フン。糞爺、俺の師匠に同じ事を言われたんだよ。今よりも遙かに至らぬ時分に、な」
「ふふっ。ちょっと想像出来ないけれどね。あの娘達、それなりに才能はあるようだけれど、社稷の臣になり得るのかしらね?」
「ハッ。社稷を支えるのに才能の高なんて問題じゃないだろうが。先ず求められるのは、そして一番大事なのは此処さ。気持ちなんだよ。あいつらが社稷の臣になってくれることを切に願うよ。俺が楽をする為にねぇ」
「貴方らしいわね」

まぁ、なるようになるのさ。落ち着くべき所に落ち着くンだよ。須く、ね。















〜雪蓮 Side〜

無事5万もの兵を徴兵した教経が長安から宛に帰ってきた。詠の進言に従い、兵として徴発する人の職業や果たしている役割に応じて採用していったらしい。流石は詠よね。冥琳も詠のやり方を随分と褒めていた。国を安んじるものはそうでなければならぬ、と最高級の賛辞を送っていたのだから。

ただ、教経が帰ってきた際に横にいた華琳はちょっと気に入らないのよね。
宛に入って直ぐに曹家の面々と顔合わせをし、真名を交換した。同じ教経に仕える人間なのだから、ということで。その際、反董卓連合の時以来久し振りにあった華琳は、私と冥琳に対して『教経は渡さないからそのつもりで居てね?』と挑発してきたのよね。
教経も随分と華琳と親しくしていたみたいだし。そもそも華琳を助け出したその日の内に男女の仲になっただなんて。まぁ、それだけ教経が魅力的だってことなんでしょうけど、教経も手が早すぎるのよ。

「冥琳、遠征に連れて行く人間の選別は終わったかね?」
「ああ。選別するまでもない気もするがな」
「誰を連れて行く?」
「雪蓮と私は確定だな。後は親衛隊に新撰組も当然同行する。軍師として詠。後は華琳の所から何人か、というところだろうな」
「華琳の所から?」
「そうだ。我ら孫呉が降ったときと同様に、平家軍の中に混ぜ込んで早く馴染ませた方が良いだろう。その為には、平家の武将筆頭である星と次席軍師である風が宛に残り、華琳の所からも遠征に参加させる必要がある。霞についても、宛に残っていた方が良いだろう。あの騎馬隊は脅威だから、袁紹軍の良い抑えになるだろうさ。
お前と華琳の関係からして彼女が裏切るのは絶対にあり得ないと思うが、周囲の人間はそうは思わないだろう。早い内にそれを一笑に付す事が出来るだけの実績を作ってやっておいた方が良いだろうからな」
「……言い切るねぇ、冥琳。『絶対』なんてあり得ないぜ?」
「……残念ながらこの場合は絶対のようだがな、教経」
「何でまた」
「雪蓮がそう言っているし、何よりお前自身、絶対に裏切らないと思っているだろう?心にもないことを言うのはやめておいて欲しいな」
「……やれやれ。お見通しって訳だ、冥琳は」
「それはそうだろう。自分の好いている男の事が理解出来ない様な女ではないぞ?私は」
「冥琳……」
「教経……」
「はいはーい。そこまでよ、二人とも。わたしがいるって事、いい加減ちゃんと認識して貰わないと困るのよね。毎回毎回二人で良い雰囲気になっちゃうんだから」
「私は雪蓮が居ることはちゃんと分かっているぞ?分かっていて、しっかり差を見せつけようと思っているだけなのだから」
「……本っ当、冥琳って性格悪いわよね?」
「……なに、お前程ではないさ、雪蓮」
「私の為に争うのは止めて!あぁ、私はなんて罪な男なのかしらん!」

……ちょっとカチンと来たわ。

「……冥琳」
「……ああ」
「……はれ?どったの二人とも?」
「……教経?そもそも貴方が女を次々に増やしたりしなければこんな事にはならないと思うんだけどなー?わたし」
「私までで満足してくれていれば良かったものを、飽きたらずに次から次へと口説いて廻るお前に問題が在ると思うのだが?教経」
「……あれ?選択肢的なものを間違えてバッドエンド一直線か?……お二人さん、ちょっと落ち着こうか。な?な?」
「これが落ち着いていられる訳ないじゃない!この節操なし!」
「落ち着ける訳がないだろう!この女誑し!」
「ヘブッ!」

ったく誰のせいでイライラしてると思ってるのよ!

「……良い拳だったぜ……俺と一緒に世界を目指してみないか……」

はぁ……。普段はこんななのに、決めるときは決めるのよねぇ……優しいし、わたしのことちゃんと受け入れてくれたし。これで女誑しじゃなきゃ文句ないんだけどなぁ。ま、そんなの求めるだけ無駄なんでしょうけど。





「……で、華琳の所から誰を連れて行くンだ?」
「さて。それは華琳に選んで貰うのが良いと思うぞ?宛の守備に誰を残すか、という事に直結しているからな」
「雪蓮はどう思う?」
「わたしはどうでも良いわよ。劉表のドカスさえ殺せれば、ね」
「ドカスって……お前さん、その言葉気に入ったのな?」
「ええ、気に入ったわ。人非人とか屑とか言うよりはドカスの方が言葉の響き的に好きだし、その意味合いも何となく分かるし。わたしはこっちの方が好みよ」
「まさかそんなに気に入るとはねぇ……」
「で、その劉表、どう攻めるつもりだ?教経」
「まぁまずは皆で長沙まで行くさ。襄陽にいる蓮華とも合流してな。その上で、長沙から蓮華の率いる4万、交阯から白蓮が率いる3万を侵攻させる。で、俺たちは長江の流れに乗って一気に建業こんにちはっと行きたいねぇ」
「ちょっと教経。それだと読まれて備えられていたらそれなりに危ない目に遭うんじゃないの?」
「だからちょいとした小細工をしていくのさ」
「小細工?」
「そう。長沙から進発する蓮華の4万を、二つに分ける。2万ずつにね。先を進む2万と共に蓮華には進んで貰う。そうなると、長沙には4万の兵が残るな?」
「ええ」
「で、その後で2万、蓮華の後を追って進発したとして、それは蓮華の隊と思うか?それとも俺が率いる本隊の先陣だと思うか?」
「……教経が率いる本隊だと思うんじゃない?」
「だろうな。蓮華様が先に進んでいる訳だし、そちらの方が納得が行くだろう」
「とすると、俺も蓮華と同じ道を進む、と思うんじゃないかね?」
「あ、そうかも」
「そうしておいてあちらが蓮華に備えた頃を見計らい、俺たちは2万だけで長江を下るのさ。まさか本隊が一番少数だとは思わんはずだ。これで不意を突けるだろう」
「……そして散々に叩いて態勢を回復する暇は与えない、か?」
「そういうこと。最初っから最後まで、一方的に殴り続けてやる。俺が、全力で、心ゆくまで、な。これで勝てるんじゃないかね?」

良くこんな事思いつくわね。相手がどう思うかを常に考えて居る教経らしい策だけど。一方的に殴り続けてやる、か。

「全く容赦するつもりが無いのね、教経は」
「当たり前だ」
「あら、どうして?」
「……愛しい女が仇を討ちたいって言ってるンだ。徹底的にやってやるに決まってるだろうが。俺にしてやれることは何だってしてやるさ。お前さんの為なら、な」

……いきなりそういうこと言うのは卑怯じゃない?……嬉しいこと言ってくれるんだから。

「教経!」
「おわっ」
「わたし、貴方のそういうところ、好きよ?」
「分かった。分かったから離れろって」
「どうして?今日はわたしの番じゃない。遠慮すること無いわよ?」
「いや、まだ昼だろうに」
「雪蓮。今日は私の番でも良いと思うが?順番的に考えても、な」

仕方ないなー冥琳は。嫉妬しちゃって。
一旦教経から離れて、冥琳の耳に顔を近づけて囁く。

「……冥琳。今日と明日、わたしと二人で教経と一緒に居ればいいじゃない。そうすれば教経と二日一緒に居られる訳だし、わたしと冥琳の仲なら今更裸がどうとかいう関係じゃないんだし……」
「……ふむ。二日一緒に居られるというのは中々……いやしかし二人きりというのも……」
「……お前さん達、何か恐ろしいこと考えて居やがるな?」
「ちょっと良いこと思いついたのよねー♪」
「……仕方がないな、雪蓮。今回はそれで行こうか」
「さっすが冥琳」
「ちょ、ちょっと待て。お前さん達、どうして二人して俺ににじり寄ってくるんだね?今日はどちらかで揉めてたんじゃ……?」
「揉める訳無いじゃない。教経は共有するものなんだから、ね」
「そういうことだ。差し当たって今回は共有しようと思ってな?二人で」
「……そいつは要するにこの二日間は二人が相手って事か……?」
「そうよ?何か文句あるの?」
「いや、文句はないが体がもたないンじゃないかね?」
「もたせて貰いたいものだな、教経。そもそも、お前が私達をこうしたのだぞ?責任の取り様というものがあるだろう?」
「……自業自得って奴かね……」
「そういうこと♪」
「では雪蓮」
「ええ。取り敢えずこれからちょっと三人でお話ししましょうか」
「ちょ、ちょっと待て!夜まで待てって!」
「待たなーい♪」

何だかんだと言いながら、結局教経は私達二人を相手に主導権を握りっぱなしだった。ホント、そこまで飢えてた訳じゃないんだけどなー。こんなに乱れるなんて思っても見なかったわ。やっぱり相手が教経だから、かな?冥琳もかなり甘えていたしね。

……華琳。絶対に渡さないわよ?
暢気に眠りこけている教経に、口付けをする。

わたしが我が儘だって事、ちゃんと分かってるわよね?教経?















〜教経 Side〜

「華琳、この三人か?」
「ええ。きっと貴方の役に立つと思うわ。大軍を指揮するにはまだ少し不足しているし、一人になったら物足りないかも知れないけれど、三人で少数の兵を指揮するなら文句の付けようがないはずよ?」
「へぇ。褒めるじゃないか、華琳」
「事実を述べているだけよ。褒めている訳ではないわ」
「はいはい。なら期待させて貰おうか」

曹操軍から主攻軍に参加する将を何人か出して欲しい、と言った俺に、華琳は凪、真桜、沙和の三人を推挙してきた。春蘭や秋蘭を連れて行くにしては兵が少ないし、華琳が『文句の付けようがない』と言うからには期待して良さそうだ。

「ご期待に応えて見せます!」
「期待しとってええで〜大将」
「頑張ってみるの」

……こうやってみると、不思議だよねぇ。三人とも仲が良さそうだ。楽進と李典って、仲悪かったんじゃなかったか?まぁ、今更なんだが。

「凪、そう肩肘張らずに頑張ってくれ。気負いは怪我に繋がるぜ?」
「は、はい」
「取り敢えず出発までは新兵の訓練をして貰う事になると思うからそのつもりで居てくれ。練兵の様子は見せて貰う。上手くやれ、とは言わないが失望はさせてくれるなよ?」
「お任せ下さい!」
「ま〜なるようになるやろ」
「うぅ」

?沙和の様子が変だな。ちょっと自信なさげに俯いている。
……悄げる眼鏡っ娘……良いねぇ。萌えるねぇ。俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。そして麦茶が好きなんだよねぇ。

「それじゃぁそれぞれ準備に練兵にと精を出してくれ。下がって良いよ、態々済まなかった」
「はっ!」

三人が下がってから、華琳に話しかける。

「なぁ華琳。練兵の件で沙和の様子がおかしくなったが、あれはどうしたンだ?」
「……あらかじめ言っておくと、沙和は練兵に全く向いて居ないわ」
「はぁ?」
「本人の性格と声がちょっと可愛らしすぎるのよ。威厳がないと言えばいいのかしらね。ある程度練兵してある兵なら言うことを聞くからしっかり練兵出来るのだけれど、新兵となると少し厳しいのではないかしら」
「……それであの反応か」
「でしょうね。ただ、指揮官としては優秀だと思うわよ?堅実で外連味のない用兵が出来るわ。後は大軍を率いたときに同じように出来れば良いのだけれどね」
「どうしても駄目なようなら何とかしてみるさ」
「そう。まああの三人は貴方に任せるわ」

準備が整うまでは練兵して、それから一気に揚州攻略、だな。





新兵の練兵具合が気になって覗きに行った。
星や霞、雪蓮や春蘭達は全く問題がない。というよりも、流石に一流の将だ。それぞれ異なる方法ではあるが、しっかり新兵達を掌握してしごきにしごきまくっていた。春蘭とダンクーガの訓練はちょっとアレだったが。

凪と真桜もそれぞれ新兵訓練を行っていたが、まぁ中々のものだった。凪は正論で兵達を教え諭すタイプ。真桜は脅し、宥め、賺し、最後に飴をぶら下げて上手いことコントロールするタイプ。二人のキャラクターにも合っている気がするし、まぁこれで問題無いだろう。

が。

「沙和」
「教経様……」

華琳が言っていた通り、沙和は上手くできて居なかった。
エラく騒がしい一角があると思ってそこに行ってみると、新兵達がダラダラとくっちゃべっていた。危うく清麿抜きはなって怒声と殺気を浴びせそうになったが、ひょっとして沙和の担当じゃないかと思って周囲を捜すと、地面にしょんぼりと座っている沙和を発見した。

「此処で何やってるんだ?お前さんの担当する筈の新兵達はダラダラとくっちゃべっていたが」
「……うぅ……沙和の言うこと全然聞いてくれないの」
「……沙和、どうやったのかを見せてみろ」
「うん……」

華琳は可愛いらしすぎるから駄目だと言っていたが、どうやったらああなるンだ?

「さあっ、みんなー!!沙和お姉さんの新兵訓練の始まりだよーっ!!
強くなりたい君も、町の人を護りたいアナタも、みんな一緒にめいっぱい頑張るぞなのー!!」

……ちょっと待てコラ……犬HK教育じゃあるまいに……『沙和お姉さん』ってなンだよ……くそみちお兄さん的なアレか?まぁ、俺的にはアリなんだが。

「……そりゃ駄目だ」
「へ?」
「迫力がない」
「うそっ」
「迫力が無いどころか、可愛い」
「それはそうなのー。沙和は常日頃から、可愛くあるための努力を惜しまないの」
「いや、こういう場面で可愛くあっても仕方がないだろうに」
「……沙和的には、最大限に格好良く、強く見えるように頑張ってみたつもりだったの」
「……はぁ。一緒に解決方法を考えてやるからそう落ち込みなさんな」
「えっ、本当!?」
「本当本当」
「……教経様、有り難う」
「ああ」

やれやれだぜ。どうすりゃいいんだよこれ。
暫く悩んで居ると、魏越のオッサンが担当している新兵の連中が走って脇を通って行く。
……オッサンよ。ちょっとイイか?なンでテメェは『ファミコンウォーズ』のCM的な歌歌わせてるんだよ!歌詞は……『御遣いさ〜まと行〜くぞ〜』とか……何処へ行くんだよ何処へ。

だがオッサンよ、オッサンのおかげで良いのを思いだしたぜ。
此処はやはり、先任軍曹しかないだろう。

「よし、沙和。今から俺が色々と教えてやるから、その通りに新兵共を訓練してみろ」
「あ、うん。お願いしますなの」
「先ずはな……で……そこで……言葉は……」
「うん……うん……なるほどぉ〜……沙和、早速やってみるの!」

沙和はすくっっと立ち上がって新兵達の下へ走っていった。

「ぺちゃくちゃしゃべるな!このウジ虫どもー!」

ダラダラとくっちゃべっていた新兵達が少し驚いた顔をして沙和を見ている。
掴みは上々だな。

「沙和が貴様らの担当教官の于禁文則なの!貴様らウジ虫は沙和が許可したとき以外に無駄口を叩くことは許されないの!
分かったら返事をしろ!このクソったれ共!!」
「は、はっ!」
「ちっがーう!口からクソ垂れる前と後に、必ず『さー』を付けるのだー!分かったかウジ虫共!」
「さー?」
「さーいえっさーだ!!」
「さ、さーいえっさー!」
「もっと大きな声を出せ!股間にぶら下げているその粗末なマイタケ切り落として口に突っ込むぞー!!」
「さーいえっさー!」
「いいか!貴様らは今のままじゃ、戦場では屁の役にも立たない、ただ飯喰ってクソ垂れるだけの汚物製造器だ!沙和の訓練に耐えきったとき、初めて貴様らは人間になれる!その日まではウジ虫だ!地上で一番最下等の生物なの!貴様らには両生動物のクソをかき集めた値打ちしかないの!
分かったか!クソったれ共!」
「さーいえっさー!」

……流石世界の警察官の中でも厳しいと言われる海兵隊の訓練方式だな。新兵共は沙和の声と言葉とのギャップに吃驚しているようだ。

「貴様らは厳しい沙和を嫌う!だが憎めばそれだけ学ぶことになるの!沙和は厳しいが公平なの!差別は許さないの!雍州豚も涼州豚も荊州豚もテイ豚も羌豚も、沙和は見下さないの!全て平等に価値がないの!
沙和の使命は役立たずを刈り取ることだなの!愛する平家の害虫を!分かったか!ウジ虫共!」
「さ、さーいえっさー!」
「何処のお前ー!」
「さ、さーいえっさー!」
「何をニヤニヤしているのなの!沙和の顔はそんなに面白いのかーっ!?」
「……あ、いえ……かわいいなと……」
「クソ垂れる前後にさーを付けろと言ったばかりなのー!大体貴様みたいな糞野郎に言われても、ちっとも濡れねえんだよ!分かったらさっさとそのにやけ面を引っ込めろなの!」
「さ、さーいえっさー!」
「さあ、このメス豚共!腹に力を込めて、大きな声を出せ!!沙和を濡れ濡れにして見せろなの!」
「さーいえっさー!」
「もうお昼なのに寝ているのかなの!マスかきを止めてさっさと起きるの!」
「さーいえっさー!」
「そこの二人は何をやっている!メス豚なのか!?」
「さー違いますさー!」
「違うとは何だなの!違うならのーと答えるの!」
「さ、さーのーさー!」
「ならでかい声張り上げて答えてみろなの!」
「さーいえっさー!」
「お前!なにぼーっと突っ立て居るの!まるでそびえ立つクソなの!」
「さーいえっさー!」
「これから号令するからさっさと沙和の指示に従うの!分かったか!」
「さーいえっさー!」
「右向け右ー!」
「さーいえっさー!」
「遅ーい!何をやっているのなの!じじいのふぁっくの方がまだ気合いが入っているの!」
「さ、さーふぁっくとは何でありますかさー!」
「房事のことなの!そんな事も分からないのか豚娘!」
「さ、さー済みませんさー!」

基本的な言葉は全部教えておいたからな。後で罵詈雑言辞典でも作って贈ってやるか、うん。
まぁ、これなら一人でもやれそうだな。

……新兵の連中の表情が、だんだんと恍惚とした物に変わっていって居るのは気のせいだよな……気のせいだと言ってくれ……平家の郎党が変態だなんて勘弁してくれよ?