〜教経 Side〜

「で、華琳。彼女達が?」
「ええ、そうよ。右から、天和、地和、人和。三姉妹よ」

軍議の翌日華琳から連絡があり、張角達三姉妹と面会することになった。この辺りのフットワークの軽さってのは流石だな。早ければ早い程良いからねぇ。

「初めまして、ということで良いンだろうな。俺が平教経だ。平家の頭領をやらせて貰ってる」
「わたしは天和だよー」
「ちぃは地和」
「人和です」
「今日は俺から依頼があって来て貰ったンだ。態々来て貰って悪かったな」
「……私達にどのような依頼があってのお召しでしょうか?」

お召し、ねぇ。人和が眼鏡をツイと押し上げながら話しかけてくる。右手の定位置が眼鏡ってのはどういう事だ?これは日々信仰してきた眼鏡神様からの、俺に対するご褒美って事で良いのか?
……良いねぇ。俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。そして麦茶が好きなんだよねぇ。

「単刀直入に言うと、徴兵に協力して貰いたい」
「良いよー」
「ちょ、ちょっと姉さん!?」

……天和ってのは、天然か?ほわほわした感じの話し方をするが。これ狙ってやってるんだとするとかなり計算高い奴だな。

「だって最近大きな舞台なかったじゃない。ちぃちゃんは大きな舞台で歌いたくないの?」
「それはちぃだって歌いたいけど」
「……済まんがちょっと良いかね?」
「何でしょうか」
「『大きな舞台』ってのはどういう事だね?」
「曹操さまからそう伺ったのですが」
「あ〜、済まん。そうじゃない。俺は徴兵に協力してくれ、と言ったんだが、『舞台』ってのに一体どう繋がるンだね?」
「それについては私から説明しましょう。
教経、彼女達は舞台で歌を歌うのよ。彼女達の信奉者、分かりやすく言えば嘗ての黄巾賊の様な、彼女達の為ならば命も惜しまないという人間がその歌を聴く為に集まる。その舞台で、『平家の為に戦って欲しい』、と一言言わせるだけでかなりの数が平家の郎党となるべく参じるでしょう。戦う意欲に満ちあふれた、良い兵になれる気概を持つ者達が。
その為に、先ず大きな舞台を用意する必要があるのよ。それがあることも広く布告して、ね」
「成る程。そういうことか」
「それで、大きな舞台を用意して頂けるのでしょうか」
「……いいだろう。ただ、やるからには立派なモンにしたい。舞台をどう造るのか、舞台そのものの造りから演目まで、企画が出来たら目を通させて貰おうか。こちらで資材や資金を出す以上、報告して貰いたいねぇ」
「分かりました。企画を今から練りますので出来上がったらご報告にあがります。それで宜しいでしょうか?」

風と詠を横目に見やると、二人とも頷いて居た。どれくらい金を使うことになるか分からないが、使う以上はしっかり管理したいってことだろう。

「あぁ。それで宜しいンじゃない?」

敏腕プロデューサー・『のりP』としてちょいと口出しさせて貰おうかね。
……新曲が『白いクスリ』とかになりそうだな。蒼いウサギ的に考えて。

舞台の建設については、真桜に頼めば面白いモノが出来るだろう。
華琳とそういうことになった後、その配下とは一通り面会した。その際に真名も預けて貰った。許楮、典韋、楽進、李典、于禁。全員俺の固定観念を見事にぶっ壊してくれた。
真桜ってのは、李典のことだ。知的な副官のイメージが強かったが、関西弁のイケイケ姉ちゃんだったからなぁ……。趣味は絡繰り。何か面白いモノを造るかも知れないと思って、俺の時代の物品について色々話してやった。まだ失敗作ばっかりや、と言っていたが、そのうちにその努力が実を結ぶに違いない。

「しかしお前さんはしっかりしてるな。長女が天真爛漫、次女がちょいと小悪魔的な妹のような感じ。それをしっかり者の三女が上手く纏めてるって感じか。それぞれに固定支持層が付きそうだし、いい按配に見える」
「ちょっと話しただけなのに、そんな事まで分かるんだねー。意外に人を見る目があるんだー」
「『小悪魔的な妹』って中々良い響きね……」
「……意外って何だよ……まぁ、お前さん達は揃いも揃って可愛いし、単品でも人はそれなりに集まるんだろうがね」
「えー、やだぁ〜。本当のこと言われたら照れちゃうよー」
「ちぃの魅力って罪よね。逢った男を片端から虜にしてしまうんだから」
「そ、それ程でもない」

……上二人はちょっとアレだな。疲れそうな感じだな、うん。
眼鏡っ娘は自分の外見をそれ程評価していないようだが、可愛いと思うンだよねぇ……眼鏡を常に押し上げているその仕草なんかもう最高じゃないかね!?

「まぁ宜しく頼む。話はこれだけだ。下がってくれ」
「では、またご報告に挙がります」

そう言って三人は下がっていった。

「……お兄さん?風というものが在りながら、まだ釣り上げようと言うのですか?お兄さんにはちょっとお仕置きが必要なのです」
「……アンタって本当に見境がないわよね」
「……教経。私の目の前で他の女にちょっかい掛けるなんて、本当に良い度胸をしているわね?」

うわぁおぅ!後から魔闘気的なものが漂ってきているンだねぇ。

「……風?詠?華琳?……弁解の余地は?」
「無いのですよ」
「ある訳無いじゃない」
「在ると思うのかしら?」

……その笑顔が恐ろしい。今風の後に見えているのは間違いなく星の白金<スタープラチナ>ッ……!こんなの相手にしてられるかよッ!
スピードワゴンはクールに去るぜ?

と、思ったが。

「……おいダンクーガ。忠。なにやってる?」
「……済まないな、大将。此処で大将逃がしたら俺たちが殺られちまう気がして」
「……兄貴。そろそろ兄貴は自重ってもんを知る必要があると思うんですよ。主に姉貴の為に」
「誰か!誰か居ないのか!」
「御遣い様!一体何が……って、痴話喧嘩か。心配して損した」
「ブルータスッ!お前もか!?」
「儂は魏越です、御遣い様」

うん、知ってる。言ってみたかっただけなんだよ。

「……さてお兄さん?命の貯蔵は十分ですか?」
「ま、待て風!話せば!話せば分かる!」
「風、思いっきりやっちゃいなさいよ?本当ならボクの『こんぺいとう』でぶっとばしてやる所なんだからね?」
「貴女に任せるわ、風。教経には少しお灸を据える必要があるのよ。キツめに、ね?」
「分かっているのです。任されるのですよ」

おいおい。一番容赦が無さそうな風に任せちゃ駄目だろうが。まぁこの場合誰でも同じような結果になっちまう気がするが。そして、詠。何でお前さんは『こんぺいとう』なんて持ってるンだよ。137号って書いてあるな。何なんだよその数字はよ。

「右の拳で殴るか、左の拳で殴るか、当ててみるのですよ、お兄さん」

これはどうやっても逃げられそうにないンだねぇ。ダービー弟的に考えて。

「……ひと思いに右で……やってくれ」
「NO!NO!NO!、なのです」
「ひ……左?」
「NO!NO!NO!、なのです」
「り……りょうほーですかあああ〜」
「YES!YES!YES!、なのです」
「もしかしてオラオラですかーーッ!?」
「YES!YES!YES! "OH MY GOD"」
「あばばばばばばばば ヘブッ!」
「お兄さん……お兄さんの敗因はたった一つ……たった一つのシンプルな理由なのです……お兄さんは風を怒らせたのですよ」

……今日も元気に電波受信御苦労様です……














〜人和 Side〜

「すっごい舞台だねーれんほーちゃん」

舞台建設の見学にやって来た私達の目の前に、未だ嘗て見たことがない程立派な舞台が建設されている。その規模もさることながら、床が沈み込んだり空中から釣り上げることが出来る様な仕掛けが施されていたりと、今までに思っても見なかった新しい趣向を凝らした舞台だ。

「これ、全部人和が考えたの?」
「違う。教経さまよ」
「へぇ〜、あの男がね〜。ちょっと意外よね。下男みたいな顔してる癖に」
「そうかなー。お姉ちゃんは、ちょっと可愛いかなーって思うけど」
「え〜?姉さん、あんなのが好みなの?それならアイツの横にいた奴の方が遙かに良いじゃない」
「二人居たけど、どっち?」
「格好良い方」
「暑苦しそうじゃない方かー」
「二人とも、そこまでにして。教経さまが視察に来たみたいだから」
「はーい」

教経さまが護衛の二人と共に、建設中の舞台を眺めて談笑しながら歩いてくる。

「大将、あれ何だ?」
「どれだよ」
「あれだよ、あの上から垂れてる紐」
「アレはお前、まぁ見てのお楽しみって奴だろう」
「何だよ。さっきからそればっかりじゃないか」
「いやいや。答えを知っていたら驚きも半減するだろう?こういうのは愉しんだ者勝ちだぜ?ダンクーガ」
「そうそう。高順はこれだから」
「何だよケ忠。テメェは気にならないってのか?」
「なるけど楽しみにとっておいた方が良いだろ?先が分からないから愉しめるんじゃないか」
「俺ははっきりしないのは嫌なんだよ」
「やれやれだぜ」
「……その仕草は何かムカつくな」

……こうして見ていると、とても君主とその護衛には見えない。仲の良い友人同士が談笑しているだけに見える。

「お疲れ様です、教経さま」
「お、お疲れ。準備は順調みたいだな?」
「はい。おかげさまで良い公演になりそうです」
「良い公演になるかどうかはお前さん達次第だけどな。で、振り付けは覚えたかね?」
「はい。まだ完璧とは言えませんが」

そう。今までもある程度動きを考えて歌を歌っていたけれど、三人とも思い思いにやっていただけだった。それを、三人で連動した動きをしながら歌った方が盛り上がるからそうしろ、と言って、私達の曲に合わせて振り付けを考えてくれたのだ。

「そうか。まぁ精進してくれ」
「れんほーちゃんが考えたんじゃなかったんだー」
「基本は俺が考えたが、細かいところは人和が調整したモンだよ」
「ふ〜ん」
「……何だね?」
「何でも無いもーん♪」
「はぁ?……まぁ天然だからこんなモンなのか」
「で、何しに来たのよ……じゃなくて、来たんですか?」
「……無理に丁寧語なんか使うなよ、腹黒次女」
「誰が腹黒よ!」
「お前さん以外には居ないと思うンだが」
「……はは〜ん。そうやってちぃの気を惹こうって作戦ね?」
「自意識過剰は何とかした方が良いぜ?痛いから」
「何なのよアンタは!」
「俺って何なンだ?一言ずつどうぞ」
「さぁ?大将は大将だし。大将なんじゃないか?」
「兄貴だな。姉貴の大切な、兄貴の中の兄貴。謂わば超兄貴だ」
「……それだとワセリン塗れだろうが……ケ忠、テメェは後で折檻な……だそうですが?」
「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」
「じゃ、どういうこと言ってるンだよ」
「もう良いわよ!」
「はいはい、お後が宜しいようで」
「はぁ……ちぃ姉さん、落ち着いて。教経さまもちぃ姉さんをからかって遊ばないで下さい」
「ははっ、済まん済まん。面白くてついな」
「何がついよ、何が!」
「おろ、大将。此処で何やっとるんや」
「真桜か。舞台を見学に来たンだよ。順調そうで何よりだ」
「ま、そらそうやで。ウチが一所懸命にやっとるんやさかい」
「間に合いそうか?」
「この調子なら間に合うやろ。しっかし大将もおもろいモン考えるなぁ」
「それを作れるのが凄いと思うがね」
「いややわぁ〜大将。ウチまで手込めにしようっちゅうんか?」
「……真桜。もしそれを華琳とかの前で言ったら減俸な」
「そんな殺生な!」
「言わなきゃ良いだけだろうが、言わなきゃ」
「ぶーぶー」

家臣にこういう口を利かれても全く気にしていないらしい。
……よく分からない人だ。

「ちーちゃんの質問にまだ答えてないよ−?」
「お前さん達の様子見と、ちょっとしたお知らせがあってね」
「ちょっとしたお知らせ、ですか?」
「そう。先ずお前さん達のユニット名だ」
「ゆにっと?」
「あ〜、団体名、かな?『役萬姉妹』でもいいが、ちょっと受ける印象が薄い。もっと印象深い名前なら、お前さん達はもっと有名になると思うンだよ」
「で、どんな名前を考えてきてくれたのかな−?」
「……数え役萬☆姉妹<シスターズ>、さ」
「しすたーず?」
「姉妹って意味の、天の言葉だ。聞き覚えが無くて耳に残ると思うンだが、どうかね?」
「中々良い案かも知れません」
「で、追っかけの連中と掛け合い的なことをすれば、一体感も増してより盛り上がれると思う」
「どういうこと?」
「例えば……」

教経さまは右手を顎にあて、私達三人を見やりながら何やら考えて居るようだ。

「そうだな。天和が『みんな大好き』と観客に呼びかけたら、『てんほーちゃん』と観客に叫ばせる。
地和なら、『みんなの妹』と呼びかけたら、『ちーほーちゃん』と叫ばせる。
人和なら、『とっても可愛い』と呼びかけて、『れんほーちゃん』と叫ばせる。
これならかなり盛り上げれるんじゃないかね?」
「そんなので本当に盛り上がるかな−?」
「多分な。良い公演ってのは、勿論お前さん達が作り上げる訳だが、お前さん達だけで作り上げるモノよりも観客も一緒になって作り上げた方がより良いものになると思うぜ?一体感も出るし、そこで楽しめた人間はずっとお前さん達を応援してくれるだろうし、何より他の人間に楽しさ、すばらしさってのを伝えてくれる筈さ。頼んでも居ないのに、な。勝手に広報までしてくれるンだ。
今俺が言ったことは、大した労力も使わないで済むものだ。たったそれだけでそういう利益が出る可能性が有るなら、やってみても損はないだろう?何より、公演ってのは観客の為にやるモンだ。奴らを愉しませることをお前さん達が愉しめばいいのさ。それだけで、奴らはずっとお前さん達の追っかけで居てくれるだろうよ」
「そんな事分かってるわよ」
「なら良いけどな。精々愉しませてやってくれ。俺も愉しみにしてるから、さ。じゃぁな。本番で緊張して失敗何かするんじゃねぇぞ?」
「何を!……って、行っちゃった。全く、何しに来たのよ」

様子を見に来た、か。
君主なんだから他人に任せて放っておけばいいのに。口は悪いけど、面倒見の良い人なのかも知れない。





「ほわぁぁぁぁほっ、ほっ、ほっわぁぁぁぁぁぁっ!」
「みんな−!ありがと−!」
「中・黄・太・乙!中・黄・太・乙!中・黄・太・乙!中・黄・太・乙!」

今までにない大規模な公演。5日間に及ぶ公演に、延べ15万人はやって来た。この四日間で、『役萬姉妹』から『数え役萬☆姉妹』に名前を変えて、新しい始まりを迎えた私達を多くの人が見に来てくれた。かつて無い仕掛け溢れる公演に興奮した追い掛けの人達は、公演の興奮冷めやらぬ内に帰路に用意された私達三人の揮毫などを次々に購入してくれ、売り上げも順調だった。

五日目の今日は、今まで以上の盛り上がりを見せている。

「みんなー!今日はこれで終わりだけど、また次の公演に来てね−!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉお!」
「てんほーちゃーーーーーん!」
「ちーほーちゃーーーーーん!」
「れんほーちゃーーーーーん!」

演目が終わって最期の挨拶。今回の公演は、本当に愉しかった。今まで一番愉しかった。
それは観客も同じだったみたいで、皆興奮冷めやらぬようで、ずっと私達三人を呼んでいる。もの凄い熱気だ。
……ちょっと異常かも知れない。
そう思っていると、警備の人を押しのけてこちらに向かってこようとしてきた。興奮が過ぎてしまったのかも知れない。

「姉さん、直ぐに逃げて!」
「え?何?」
「どうしたのよ人和」
「良いから早く!」
「おいっ!こっちだ!早くこっちに来い!」

教経さまと一緒に私達の様子を見に来ていた二人が、私達にあちらに行くように声を上げている。

「早くしろ!兄貴が言うには観客が暴走するって!」
「姉さん、早く!」
「う、うん。わかったよー」
「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ!」

姉さん達は急いで舞台裏に向かって走っていく。その一角は、親衛隊で警護をしていて、観客が押し寄せても全くびくともしていない。選りすぐりの精鋭なんだろう。武器を持っていないとは言え、これだけの人数を相手に全く引けを取っていない。

「人和!早く来なさいよ!」
「あ、うん。今……」

駆け出そうとした私の靴の踵が折れて、転んでしまった。

「れんほーちゃーーーーーん!」
「お、おい!」
「やばい!」
「きゃぁ!」

立ち上がった私の目に移ったのは、もうそこまで迫っている群衆だった。
……怖い。体が竦んでしまって動けない。

「あらよっと!」
「え?」

立ち竦んでしまい、群衆に今にも襲われるというその時に、私の体が宙に舞った。
……私を、誰かが抱えているみたい。
見ると、教経さまが私達を宙吊りにする仕掛けの紐を掴んでいた。

「ハッ。こんなこともあろうかと、というやつだな。上手くいって何よりだ」

舞台上方の足場にたどり着いた教経さまは、私をゆっくりと下ろしてくれた。

「おっと。腰が抜けたか?」

ふらついた私の方を抱き抱えて、そう気遣ってくれた。

「……そんなことない」
「強がりも良いが、此処は狭いから程々にな。無理して転落したら死ぬぞ?」
「……分かりました」
「まぁ、無事で良かったな。お前さん達をちょっと甘く見すぎてた。まさかこんなに暴走するとはねぇ」
「あ、ね、姉さん達は!?」
「大丈夫だよ。親衛隊が素人に後れを取るかよ。……後れを取ったら死ぬ程キツい鍛錬追加してやる」

下を見る。姉さん達を中心にして、親衛隊の人達が群衆をはね除け続けて居る。

「テメェら!素人相手に後れを取ったら許さねぇからな!?この程度の相手をはね除けられないで大将を護る事なんて出来ねぇ!良い訓練だと思ってぶっ飛ばしてやれ!」
「高順の言う通りだ!俺たちは兄貴を護る為にあれだけ苦しい鍛錬を続けて居るだろうが!何が何でも負けるんじゃない!」
「儂らの御遣い様を護るつもりで護らんかい!儂らの武器は、勇気、正義、闘志!お楽しみはこれからじゃい!」
「行くぞテメェらァ!!やぁぁぁぁぁぁぁってやるぜ!!!」
「「「「「「OK!忍!」」」」」」

圧倒的な群衆の前に、分厚い壁として立ちはだかっている。

「……すごい」
「ま、親衛隊は伊達じゃないってね。しかし魏越のオッサン、いつの間にエルドラに毒されたンだ……?」
「えるどら?」
「いや、何でも無い」
「?」

暫くすると曹操さま達が軍を率いてやって来て、観客を沈静化していった。完全武装の塀に囲まれれば、流石に冷静になるようだ。

「やれやれ。災難だったな、人和」
「あの、有り難う御座いました。もし助けて貰えなかったら、私……」
「いや。俺の予想が甘かったンだよ。これからはお前さん達の公演にはもっと多くの兵を警備員として配置しておかないとな」
「これからも、公演させて頂けるのですか?」
「いいぜ?兵の慰安や士気高揚にも使えそうだし、何より歌っているときのお前さん達は本当に愉しそうだった。その楽しみを奪おうなんて思わんさ。なにより、俺が天下を統一したら平和な世の中になるンだ。民達にとっても良い娯楽が必要だし、その意味じゃお前さん達は最高の娯楽だろうからねぇ」
「天下統一、ですか」
「そう。お前さん達も出来るンじゃないか?歌で天下を獲るのさ。応援してやるよ、俺が、な」

教経さまはそう言って笑った。

「あ、有り難う御座います」
「なンだ?照れてンのか?」
「そ、そんなことない……ありません」
「ははっ。別に気にしなくて良い。出るところに出たときはちゃんとして貰わなきゃ困るが、普段は気にしなくても構わないさ」
「は、はあ」
「そろそろ下りようぜ?寒くなってきたしな」
「下りるって、どうやって?」
「来たときと同じだよ。ほれ、こっち来い」
「え?あっ」
「行くぜ?しっかり捕まってろよ?」
「え?え?」
「そらぁ!」
「きゃー!」
「ははははははっ!」

心底愉しそうに、私を抱き抱えたまま紐にぶら下がって下に飛び降りた。
下についても暫く教経さまから離れられなかった。ちょっと怖かったのと、抱き抱えられているのが少し心地よくて。その後で、姉さん達と互いの無事を喜び合って。護衛を何人か付けて貰って家に帰ることになった。

教経さまは、曹操さま達と何やら話をして難しい顔をしていた。難しいというか、困った顔というか。暫く話をしていた教経さまは突然走り出し、その後を詠と呼ばれていた女性が鎚を持って追い掛けている。『137t』と書いてある鎚を持って。

「だぁ〜から誤解なんだって!俺は別にやましいことは何もしてないっての!」
「何が誤解よ!それなら逃げなくても良いでしょ!?」
「逃げなかったらブン殴られるだろうが!」
「逃げてもブン殴られるんだから大人しく殴られときなさいよ!」

鎚で叩かれて舞台に埋もれた教経さまを見て、皆笑っていた。
……『天の御使い』平教経、か。