〜田豊 Side〜

曹操を下すべく麹義殿を総大将とした軍を河南に派遣し、潁川で平家を牽制する為に滞陣していた我々の元に、派遣した麹義殿からの使者がやって来た。少し早い気もするが、麹義殿の軍才は袁家でも一、二を争うものだ。この期間で曹操を下すことも有りうる。

これで残すは平教経のみ。劉表からは新皇帝である麗羽様へ臣従する旨使者がやってきている。大小様々の群雄がしのぎを削ったこの乱世で、終に袁家と平家の2つを残すのみとなった。

「孔明殿、麹義殿から使者が来たとのことでしたが」
「はい。これから引見するところです。人を呼びにやらせようと思っていたところです」
「丁度良かったようですな」
「はい。もうじき此処にやってくるでしょう」

暫く孔明殿と当たり障りのない会話をしていると、使者がやって来た。
……その使者の顔は、戦勝に沸く者のそれではなかった。

「ご報告申し上げます。我が軍は洛陽を陥落させました」
「そうですか。それは大慶です」

孔明殿も恐らく使者の顔や挙措から何かしらを感じておられるのだろう。いつも冷静沈着でいらっしゃるが、今日はより一層そうあろうと心掛けておられるように見える。

「……それで、何があったのですか?」
「……はっ。弘農にて曹操を追い詰めましたが、後一歩という所で平家に邪魔をされ、目標を達することが出来ませんでした」
「……それだけではそのように重苦しい空気を身に纏うことはないでしょう。もう一度訊きます。何があったのですか?」
「……追い詰めた曹操を平教経が救い出し、これを傘下に収めました」
「どういう事だ?曹操が平家に降ったと言うのか?」
「はっ。曹操が平教経と共に長安へ移動したことから、間違いないものと思われます」

馬鹿な。曹操は誇り高い女だ。そうであればこそ、これまで誰とも同盟を組まずに独力でやって来たのだ。その彼女が誰かに従うなど、信じられない。

「御苦労様でした。麹義さんには引き続き洛陽に駐屯して膠着状態を維持しつつ、国元の審配さん、逢紀さんと連携して并州を押さえるように、と伝えて下さい」
「はっ」

使者が出ていった後も、残って孔明殿と話をする。

「孔明殿。私は信じられぬのですが」
「そうですか。確かに、予測していた事態の内で最もあり得ない事態になりましたが」
「予測されていた、のですか?これを?」
「はい。ですが、最もあり得ないこととして考えて居ました。平教経が滅ばんとする曹操に味方する理由がありませんし、もしそれがあったとしても曹操が平教経に従う理由がありません。これまでの事績から考えても、この二人は好敵手になり得ても同盟者や主従にはなり得ないのです」
「……曹操が一時的に平教経に従っているだけ、という可能性もありますな」
「はい。そう思います。彼女程の人間が平教経に救われたからという理由で臣下として彼に仕えるなど考えられませんから」
「成る程。それであれば話は簡単ですな。曹操の動向を探り、平教経が国元を空けたその時に彼を裏切るべく活動するように仕向け、来るべき平家との決戦に備えましょう」
「ええ。そうするつもりです。曹操に対する調略と南蛮、揚州への調略。この3つを同時に進めることで平教経の動きを封じ、袁家の力を回復させる時を稼ぎ出します。それにより、平家と決戦出来るだけの力を持つことが出来るでしょう」
「孔明殿。交阯からは既に断りの書状が参っているとのことでしたが、やはり事実であったのですか?」
「はい。ですが問題はありません。平教経は益州と荊州に軍を駐留させています。一度分散した軍を再度集結させて再編し、侵攻して来るには時間が必要です。
調略をかけている人間がどう動こうと、いえ、そもそも調略が失敗しようと成功しようと、そんなことはどうでも良いのです。平教経に兵を分散させ、袁家を攻めることが出来ないように仕向けること。そうすることで時間を稼ぎ出し、その間に袁家を立て直すこと。それさえ出来れば良いのですから」

調略すること。そしてそれに備えさせること。
調略を仕掛けていることを知れば、それに備えるのは当然のことだ。だからこそ、孔明殿のこの策は必ず成功するだろう。仕掛けた策で平家に痛手を与えられれば儲けもの。その程度にしか考えて居ない。他勢力を戦力として当てにするのではなく、飽くまで袁家単独で平家と天下を争う前提で考え、その為に必要となる時間を稼ぎ出す為に利用することを最初から考えて居たのだ。そもそもの目的が時間を稼ぎ出すことであるから、仕掛けた策がどう破られようと問題にはならない。備えた時点で、策は既に成っているのだ。

他勢力を端から当てにするようでは勝つ事など覚束ない。そう思って居たが、やはり孔明殿は私の想像の遙か上を行く。まさか戦力として当てにしていないとは思っていなかった。状況的にはまだまだ予断を許さないが、一先ず何とかなったと言っても良い状況を作り出すことに成功している。

このまま時間が経過すれば。
勿論、平家にとっても利があることは分かるが、袁家が得ることが出来る利は平家が得ることが出来るそれを遙かに越えているだろう。この状態で、あと2年。あと2年得ることが出来れば、袁家はその力を取り戻すことが出来る。その時点で平家と決戦するのだ。その時が、平家の最期となるだろう。

「2年程時間が欲しいところですな。そうすれば我らの勝利も見えてこようというものです」
「……今のままの勢力図で有れば、ですが」
「どういう事でしょうか」
「もし平家が揚州をその支配下に置いた場合、潜在的な動員兵数に差が無くなってしまいます。そうなれば時間が経過すればする程、あちらに有利な状況となるでしょう。袁紹さんと平教経を比べても、袁家の将と平家の将を比べても、平家の方が質・量共に上回っているのですから。それを避ける為に、私達は平家が揚州を得ることを阻止しなければなりません」
「麗羽様が他人の意見に耳を傾けるようになった、と沮授から報告がありましたが」
「耳を傾ければ器量が増すという訳ではありません。平教経と比べれば、見劣りすることは間違いないでしょう。それとも、田豊さんは袁紹さんの方が優れた器量である、と思っているのですか?」
「……いえ、流石にそこまでは。しかし麗羽様が変わられたことで、袁家の先行きは明るいものになったのではないか、と思っております」
「……まあ兎に角、揚州を渡さぬように注意しておきましょう」
「はっ」

揚州を獲られれば袁家は負ける、と孔明殿は思っておられるようだ。だが裏を返せば、揚州さえ確保出来ていれば袁家は勝てる、ということでもあるだろう。それを信じて策を講じ、時間を稼ぐしかない。















〜教経 Side〜

俺自身の我が儘で華琳を助け出し、華琳は俺に臣従してくれた。それにより覇権を争う勢力は、俺たち平家と袁紹達袁家の2つに絞り込まれた。状況としては俺たちの方が有利だろう。袁家はその兵力を大きく減らしており、外征など出来はしない。俺たちはさほど兵力を失っている訳ではなく、また元々徴兵については積極的には行ってこなかった為まだまだ余力を残している状況だ。

これから、俺たちはどう動くべきか。それについて軍議を開いている。

「お兄さん、始めても良いですか?」
「あぁ」
「では始めるのですよ……天下の覇権は平家と袁家、この二つの家のどちらかの手に渡ることは間違いないという所まで来たのです。此処で一旦現状を確認して、風達が置かれている状況を把握する必要があると思うのですよ。その上で来たるべき決戦に向けて何をどう準備するのか、について話し合おうと思うのです」
「じゃあ、先ずはボクから他勢力の動向について把握している限りのことを報告するわね。
まず袁家についてだけど、これ以上外征することは無理な状況にあると言って良いと思うわ。華琳を攻める際に用意した兵はその数を大きく減らしていて、弘農で備えている月達を相手に勝てる数じゃない。洛陽と陳留に軍を駐屯させて居るけれど、こちらを攻める為ではなくむしろ攻められないようにする為のものよ。糧食も不足しているし、この状況で外征をしても得るものがないまま徒に糧食を消費するだけの徒労に終わることは先ず間違いないわ。だから外征をすることは考えられないのよね」

まぁそうだろうな。此処で無理をしたからと言って俺たちをどうこう出来る可能性はほぼ無いんだから。あと一息で俺を殺せる、という状況ならまだしも、下手を打たなくても負ける様な状況で無理をすることはないだろう。

「その袁家と連携して動きそうな劉表については、攻めてくることは絶対に無いわ。揚州に侵攻して掠め取っていった形だけど、領民が全く懐いていないし煽動もしたい放題に出来る。加えて山越族との関係も良くない、というよりは、今まで接触がなかった分領内の不穏分子程度にしか思っていないから、これに後背を突かせることも出来るわ。ボク達が劉表と向かい合った場合、百戦して百勝することは疑いない状況よ。
もう一方の南蛮の王、孟獲についてはよく分かっていないわ。此処に目を付けたのは正直驚きだけど、良い手だと思う。ボク達は何の情報も集めていないし、それを集めようとすれば時間が掛かることは間違いないしね」
「ふむ……稟からは何も言ってこないのか?」
「ええ。まだ何も」
「……正直な話、あまり時間を掛けたくないンだがな」
「敵を知らずして戦を仕掛けるなんて、低能のすることよ?教経」
「チッ……それが分かってるからもどかしいンだろうが、華琳」
「分かって居るなら良いのよ」
「南蛮の情報については、追々分かると思うわ。ボクの方でも細作を放ってあるし、風もそうでしょうしね。いつも通り、僕たち三人で丸裸にしてやるつもりよ。
……他勢力についてはこの程度ね」
「では風からは風達自身の状況について話したいと思います。
先ず現在風達が無理なく動員出来る兵数は25万程度なのです。現状、荊州に7万、益州に5万、弘農に3万、宛に8万、遊軍として2万。計25万となります。
領内の民の雰囲気は良好です。漢王朝が倒れ、その後継としての正統性は袁家が有することを細作を使って広めようとしていますが、皆相手にしていないのですよ。むしろお兄さんに対し、平王朝とも言うべき政治体制を打ち樹てることを望む人が殆どなのです。これについては風も真剣に検討して貰いたいと思っているのです。
また、お兄さんが予てより整備していた棒道の拡張も行っており、長安から宛まで迅速に移動することが可能になっています。現在は襄陽付近までこれを拡張しようとしているところです。
異民族に対する懐柔ですが、こちらの方はほぼ完了していると言っても良いと思います。羌、テイ、匈奴に加えて羯、鮮卑から早期の并州開放を求めるとの書状が来ているのです。特に羯族は、お兄さんが出兵するなら全氏族を挙げて協力すると言ってきているのですよ」
「全氏族を挙げて、かね?」
「はい。やはりお兄さんが一番善政を布いた期間が長かった為でしょう。華琳ちゃんは完全に掌握する前にこういう事になりましたし、お兄さんから并州を奪い、そして今また華琳ちゃんから奪い返した袁家に対しては端から反感しか抱いていないようですから」

……馬鹿共は前途多難だな。まぁ、自業自得なンだろうがねぇ。

「風達の状況については、こんな感じなのです。これらを踏まえた上で、どのような戦略を建てるのか。それを話し合いたいと思うのです」
「その前にちょっと良いかしら」
「何ですか?華琳ちゃん」
「私に従ってくれている桂花達に発言権はあるのかしら」
「何言ってやがる。発言するのに権利も糞もあるか。俺に従う以上は俺の家族だ。これは謂わば家族会議みたいなものなンだよ。拙かろうと何だろうと、思ったことは言って貰った方が良い」
「まあ、お兄さんが今言った通りなのですよ」
「そう。では桂花。ついこの間まで敵として平家を分析していた貴女には、何か意見があるかしら」

桂花。この猫耳フードが荀ケだってンだから驚きだよなぁ。
……絶倫白濁男だのとスペルマン的な扱いされたのがちょいとどうかと思うがね。絶対に俺に真名は預けない、と言っていたが、華琳が無理矢理俺に預けさせた。『貴女は私のものなのだから言うことを聞くのは当たり前でしょう、桂花?それとも、此処で私に踏まれたいのかしら』とか言いながら。その際ちょっと恍惚とした表情で『か、華琳様ぁ〜』とか言ってたが……うん、『☆MA☆ZO☆』なんだね?真性の。俺は言葉で虐めるタイプであるからちょっと付いて行けないんだよねぇ……そして華琳は両刀だと……圓明流の遣い手とは恐れ入るねぇ。

「はっ。この男が築いてきた勢力は忌々しいことに強大なものであり、またしっかりとした地盤があってのものです。これを内部から崩すのは残念ながら至難のことでしょう。私が袁家で全権を振るえる立場にあるのなら、まず華琳様や孫策、公孫賛に対して独立するように働きかけた上で戦端を開き、兵数を以て戦線を膠着させ、その後背を襲う機会を創り出します。孫策や公孫賛はまだしも、華琳様がいつまでもこの男に従っている訳は無いのですから、上手く働きかければきっとこの憎らしい男を戦場の華と散らしてやることが出来ると思います」

……所々気に入らないが、まぁこの際許しておいてやろうじゃないか、☆MA☆ZO☆。どうせ突っ込んだとしても、『今のは袁家の人間がどう考えているかを演じたものなのだからああなってしまっただけです』と言い抜けるだろうからねぇ。

「桂花。私は教経を裏切るつもりはないわ。ずっと一緒に歩んでいくと約束したのだから」
「それは華琳様とこの男にしか分からないことです。端から見ているだけならば、華琳様とこの男が主従の関係になるというのは想像出来ません。良くて同盟者、普通であれば好敵手。そういう関係しかあり得ないものと思うに違いありません」
「だが現にこうして主従の関係になっちまってるぜ?」
「……主従と言っても実情は夫婦のようなものでしょう。気に入らないけど。けれど、それは外から眺めて居ては分からない。だから華琳様に対しては、調略の手を伸ばしてくるに違いありません」
「当然だ!華琳様は素晴らしいお方だからな!」
「春蘭ちゃん、少し静かにしておくと良いのですよ」

春蘭が話に乱入して来て収拾が付かなくなる前に、すかさず割って入って春蘭を押さえるとは。風、やるな。

「もし桂花の言う通り、麗羽が私に調略を仕掛けてきたとたら、貴方は私を信じていてくれるのかしら?」
「あぁ。お前さんが背くなら、自分の意志に拠ってのことだろうからな。他人に唆され、お膳立てをして貰った、謂わば『用意された反逆者』になどならンだろう。お前さんの誇りがそれを許さないさ。背くなら故あってのことであって、背いたら成功する状況が目の前にあるから、ではないだろう。そもそも、俺に決別をはっきりと告げてからのはずだからねぇ」
「ふふっ。よく分かってるじゃない」
「まぁな」
「ただね。私が裏切るかも知れない、と考えて居ることは気に入らないわね」
「……俺が理想も責任も何もかも放棄するような真似をしたら、お前さんは俺を俺のままで死なせてやろうと考えるンじゃないかね?」
「……もしそうなれば、ね。でもそれは裏切った訳じゃ無いでしょう?貴方を理解していればこそ、貴方として死なせてあげようと言うのだから」
「フン。まぁいいさ。そういうお前さんだからこそ、俺は惹かれているんだろうからな。出来ればそのままで居てくれ。お前さんがそうであれば、俺は道を誤ることなく歩むことが出来そうだからねぇ」
「ええ。共に歩んであげると言ったでしょう?道を外れる事なんて許すはずが無いじゃない。もし外れたとしても、私が必ず首根っこをひっつかまえて道に戻して上げるわ。安心して居なさい?」

……やれやれ。怖い女だねぇ。

「……兎に角、華琳様に対する調略が行われ、華琳様が裏切らぬ事が分かればこれを疑わせしめて処断するように仕向けると思います」
「……教経様と華琳様の会話を聞く限りでは、全くの無駄なのだろうがな」

恐らくそれを周囲の人間に悟らせることこそがこの話題を口にした桂花の目的なンだろうがね。華琳のことが一番で俺が二番ってのがちょいと問題だが、やはり優秀じゃないか。『王佐の才』があるってのは良く理解出来た。
華琳が裏切らなければ華琳の株が上がり、華琳が裏切るなら今皆が抱いている認識によって対応が遅れ、それが結果として華琳を利することになる。どう転んでも華琳の利益にしかならない。そういう状況を作り出したことが、桂花の才が非凡なものであることを示しているだろう。

「華琳に対する調略の可能性が有る、というのは分かった。注意するとしよう。で、俺たちがこれからどうすべきかについて、何か意見はあるかね?」
「主。今この時点で徴兵を行い、来るべき袁紹との決戦に向けてしっかりと調練する時間を確保しておくべきではないでしょうか」
「ふむ……星の意見について、他はどう思う?」
「私も星に賛成です。現状でお屋形様が領有している地域にはまだまだ余力があるはずです。実際に徴兵を行えば、後20万程は兵を増やせると思うのですが」
「私もどちらかと言えば徴兵をしておいた方が良いと思うわ。兵の質だけではどうにもならないということを、ついこの間思い知らされた身としては、ね。20万とは言わないけれど、状況から考えて許される数を徴兵しておいた方が良いでしょうね」
「……短期、良い。長期、無理」
「風も百合ちゃんに賛成なのです。余力がない状態でずっと過ごすのは無理なのです」
「ボクもそっちに賛成。戦っていうのは国力と国力の比較が基本になるのよ。軍が充実すればそれで良いというものじゃないわ。国力が低下しないで済む範囲内で徴兵を行うべきで、各職業で中核を担うべき人間が全て軍に採られた為に国力が低下しました、なんて馬鹿なことはしたくないのよね」
「秋蘭はどう思う?」
「……徴兵するならば、10万未満に止めて徴兵すれば良いのではないか、と思いますが」
「だから、その10万の内訳が問題になるんだってば」

やれやれ。収拾が付かなそうだな。

「ダンクーガ、お前はどう思う?」

戯れにそう訊いてみる。さて、コイツはなんて答えるかな?

「……いいのか?俺が此処で発言しても」
「構わん、言ってみろ」
「……なら遠慮無く。徴兵するのは構わないけど、大将の為に死んでも良いと思えない人間が増えても大して意味はないと思う。訓練していく過程でみんな脱落していくんじゃないか?
何名徴兵するか知らないけど、例えば徴兵枠3万に対して2万人が兵になりたいと言ってきたら、全員兵になるんだろ?その、職業とか何とかいうのは無しにして。もしそいつら全部がどうにも使いようがない奴らでも、2万は2万だよな?そんな2万なら要らないと思うんだよ。採用枠に対して10倍程度の人間が集まって、その中からやる気も体力も秀でている人間を引っ張ってきた方が良いと思う。
そう出来ないのなら要らないよ。そいつらと一緒に居るせいで親衛隊の人間が死ぬなんて俺は嫌だ。俺たちはそういう奴らに足引っ張られて死ぬ為に血反吐吐きながら鍛錬してる訳じゃ無い。誤解されるかも知れないけど、無駄死にはしたくないし、させたくないんだ」

……滅茶苦茶なようで意外に筋が通っている気もするな。

「……教経、どうするのよ?このままじゃ収拾付かないわよ?アンタが旗振らなきゃ皆納得出来ないだろうし、いつも通り方針を示してよね」
「はいはい、分かっていますとも、ツンデレラ。
……取り敢えず、兵を増やすという方針自体には賛成だ。が、兵となる人間を選別する必要がある、という詠の意見も採用するべきだろうな。例えばだが、鉄器の鋳造に携わっている熟練の職人が兵に採られると結局戦でも不自由することになる。それは避けたい。
だから徴兵する数は5万と限って徴兵を行う。だが問題は、ダンクーガが言った通り主体的な積極性を以て応募してくるような奴じゃないと平家の訓練には耐えられないだろうって所だな。現状自発的に参加してきている奴だらけだが、これ以上増やすならそうでない人間を如何にその気にさせるかが問題になるだろう。その解決法は、残念ながら俺には捻り出せそうにない」
「……それなら解決法を提示出来ると思うわ」
「マジで言ってンのか?華琳」
「まじ?」
「本気で言ってるのかってことさ」
「冗談で言う訳無いでしょう?貴方でもあるまいし。
……貴方、私が黄巾の乱の際に何故貴方に対して借りを作ることになったのか、忘れていないかしら?」

……成る程、そう言えばそんな人間が居たっけな。

「使えるのか?張角は」
「貴方の忠告通り名前を捨てさせてあるから、今言った人間はもう死んでいるわよ?」
「そうか。そいつはご愁傷様だったな。で、そいつらは使えそうか?」
「使えそうも何も、随分と役に立ってくれたわよ」
「……どの程度かね?程度に拠るんだが」
「……私が兵になりたいと言っている人間を選別しなければならない程集まった、では回答にならないかしら」
「それ程集まるなら確かに役に立ちそうだな」
「どうする?使ってみるの?使うなら貴方に貸して上げるわよ?無期限で」
「……そうだな、借りようか。劇薬クサいがこの際使えるものは使っちまおう」
「なら明日にでも挨拶に来るように言っておくわね」
「あぁ。頼むわ、華琳。これで徴兵については出来そうだな。展開的なものでこうした方が良いという意見はないのか?」

それぞれ挙手して様々な事を話し始める。
内政のこと、南蛮への斥候のこと、袁家への妨害工作のこと。春蘭を始めとする、旧曹家の人間も積極的に意見を述べているようだ。皆優秀で何よりだ。





「……ボクから意見があるんだけど、いい?」
「あぁ。言ってみてくれ」
「多分だけど、アンタは南蛮を攻略してから揚州、そして徐州・并州へ同時に侵攻する形で先の戦略を練っているんじゃない?」
「そうだ」
「それを少し変えて貰いたいのよ。先ず揚州、次に南蛮が良いと思う」
「どういうことだ?」
「多分だけど、華琳も桂花も稟も風も、そして諸葛亮も田豊も沮授も、皆そうなると想って居ると思うのよ。だから袁家から考えると、平家が南蛮を攻略したという知らせが入ってから揚州を支援する態勢を整えればいいと思っているんじゃないかと思うのよね。
平家が揚州を落とすと、潜在的な兵数も口数も袁家と同等の存在になるわ。そうなったら、君主と家臣の質の差というものが大きく物を言うことになってしまう。諸葛亮は当然その事に気が付いて居るはずよ。だからこそ、ボク達が南蛮を落としたら揚州を陥落させないように手段を尽くしてくるでしょう。
でも、もし今いきなり揚州攻略に乗り出したら、向こうには対抗する手段がないわ。兵を揚州に派遣すれば、宛から平家軍8万が雪崩を打って攻め込んでくるわけだし。そもそも外征出来るような状況にはないわ。だから、今此処でいきなり揚州攻略に取りかかるべきだと思う。
主攻軍を陸路ではなく、水路を使って一気に南下させる。これをすることで兵の疲労もある程度押さえられるでしょうし、敵の喉元にいきなり剣を突きつけてやることが出来るしね。そこから先は簡単な陣取り合戦よ。陸路からも、荊州と交阯からそれぞれ侵攻させる。兵力分散することになるけれど、これを行っても後れを取るとは思えないし、ボク達平家の特性である将の質の高さを一番生かせる策だと思う。
主攻軍は教経が帥将の2万。この2万は遊軍として待機しているものを使うわ。荊州と交阯から攻める軍は、荊州から蓮華の4万、交阯から白蓮の3万。手薄になった宛や弘農に逆に袁家が攻めてくる可能性もあるけど、さっき話のあった徴兵について、徴兵した兵達の調練を宛付近でやるならそれを抑止出来ると思うわ。
……これで、どうかしら」

……確かに、対応出来ないだろう。少なくとも、俺は南蛮から落とす事しか考えていなかった。先ず後背の敵を討つ。それは兵法の常道だ。それを敢えて揚州からやろうと言っている。一応、5万もの兵が益州にいるから後背を無視するという暴挙を犯している訳じゃ無い。定石といえば定石通りだ。
各個撃破される可能性が有るが、残念ながら劉表軍では平家の敵になり得ない。例え俺の主攻軍が5万の劉表軍とぶつかったとしても、完勝出来る自信がある。意表を突くことで得たアドバンテージを埋められる程、劉表もその兵も優秀じゃない。

「よし。それで行こう」
「ちょっと待ちなさい教経。貴方、主攻軍は2万でしかないのよ?しかも今の詠の言い方からすると、貴方の軍は味方と離れて先ず敵中に上陸することになるわ。そんな危険を冒す必要はないと思うのだけれど?」
「それは進め方次第だろうさ。先ず陸路から侵攻させ、そちらに対して備えが出来た後で一気に俺が防衛線の後側へ出る。そうすれば問題無いンじゃないかね」
「む……確かにそうかも知れないけれど」
「風と桂花はどう思う?」
「問題無いと思うのですよ」
「……残念ながら死なないと思います。残念ながら」

大切なことだから二回言ったのか?

「と、言う訳だ。華琳に宛を任せることになるだろう。雪蓮はどうしても劉表の屑を殺さなければならない理由を抱えているしな。頼むぜ?華琳」
「……私にいきなり宛を預けるというのはどうかと思うわよ?」
「だが皆さっきの会話でお前さんが裏切ることはないと思っているだろう。それに、袁家がお前さんに調略をしてくるなら、この機会を逃す筈がない。それを行わせることで、こちらに対して思い切った攻勢に出ることを防ぐことが出来ると思うンだがな。調略して上手く行くならそれに越したことはないのだから」
「……仕方ないわね。精々上手く踊り子を演じて上げるわ」
「あぁ。全部お前さんに任せるからな?」
「任されてあげるけど、還ってきたらちゃんと代償は払って貰うわよ?良いわね?」
「高く付きそうだねぇ……まぁいいだろう。埋め合わせはするよ、華琳」
「なら良いわ」
「ンじゃ詠、準備宜しく。華琳、徴兵するからやつらを頼む。引き連れていく将については風と百合で話し合ってくれ。星達武将は徴兵後の兵の選別・調練と、長安周辺の治安維持に努めるように。
では、今日の所は解散だ」

天下統一。
言葉にすればたったこれだけの事だが、漸くその端緒に取りかかることになる。

俺がそれをなし得るのか、はたまた高転びに転ぶことになるのか。
いずれになるかは分からないが、兎に角結果を出しに征こうじゃないか。