〜華琳 Side〜

教経と共に歩む。
そう決めた私は、兎に角教経の側に居ようと画策し、長安にやってきた。

教経とそういう関係にある女は、私を含めて13人。奥向きのことを取り仕切っている星と風に拠れば、一日交替で当番制になっているらしい。今此処に居ない女達については、彼女達が教経に逢う機会が出来たら優先的に当番に割って入る、ということになっているらしい。本当に良く考えられている。教経を皆で共有する、という思想の元でこういう取り決めが為されているようだ。

私と教経がこうなったことについて、春蘭も秋蘭も納得してくれたようだけれど、最近少し問題が在る。

「華琳様!何をのんびりとされているのです!こうして居る間にもあの男は他の女を口説いて抱いているのです!ご命令頂ければ、今すぐその首捕まえて此処に連れて参ります!」

……春蘭の言動に。
教経が私に相応しい男であることは認めましょう、と言ってくれたのは良いのだけれど、教経が他の女と共に過ごすということは思っていなかったらしく。こうして教経を連れてくる、と言って聞かない。

「はぁ……春蘭。それをすれば、私は教経に嫌われてしまうわよ?それでは意味がないのではないかしら?」
「し、しかし華琳様!あの男は華琳様のものではありませんか!」
「……どうしてそういう結論にたどり着いたのかしら……」
「……恐らくですが、教経様が戦場で華琳様に行った口説を、華琳様が嬉しそうに話していたからかと」
「……どういうこと?」
「姉者の中では、『華琳様は教経様のもの』ということが即ち『教経様は華琳様のもの』という結論に直結しているのではないかと思うのですが」
「……何処をどうやったらそうなるのよ」
「それを私に言われましても何とも……」
「華琳様!兎に角あの浮気者を連れて参ります!」
「こら!待ちなさい!春蘭!」
「あ、姉者!それは流石に不味いぞ!」

春蘭が部屋の扉を蹴倒してもの凄い勢いで走っていった。
……これは止めるのはもう無理ね……ご免なさいね、教経。





「よう、華琳。元気そうだな」
「ええ。貴方も元気そうで何よりね、教経」
「あぁ。おかげさんでな。で、説明してくれるンだよな?この状況」

春蘭が教経の首裏をひっつかんでもの凄い勢いで、しかも何故だか得意満面で戻ってきた。まるで鞠を口にくわえて帰ってきた犬のように。
教経は夕食を取っていたようで、茶碗と箸を持ったまま春蘭に掴まれ、ぶら下げられている状態だった。
……不謹慎だとは思うけれど、ちょっと面白いじゃない。

「……ご免なさい、教経」
「……なンで笑ってるンだよ華琳」
「だって仕方ないでしょう!?貴方、今の自分の様子を客観的に想像してみなさいよ!」
「仕方なくないンだよ!こっちは愉しい愉しい夕食の一時を過ごしてたってのに、いきなり部屋の扉ぶち破って入って来やがって!味噌汁吹き出しちまっただろうが!ダンクーガとケ忠がはね飛ばされて壁に埋もれてたぞ!あいつらを苦もなくぶっ飛ばすとか、一体どうなってるンだよこの暴走機関車は!」

いつも部屋の前で警護している高順とケ忠が、春蘭にはね飛ばされた?

「本当なの?春蘭」
「は?」
「だから、高順とケ忠をはね飛ばしたというのは本当なの?」
「分かりません!」

満面の笑みでそう答える。

「……姉者、高順は知っているな?」
「?ああ。あのいつも暑苦しい男だろう?」
「……いや、お前さんの方が暑苦しいと思うンだがね……」
「何だ?何か言ったのか?」
「いンや、別に」
「?」
「それで、だ。姉者。教経様を連れ出す際に、何かにぶつかったりしなかったか?」
「秋蘭、私を何だと思っているのだ!確かに扉は開きっぱなしになってしまったが、それ以外は別におかしな事にはなっていないぞ!」
「……開きっぱなしになってしまったじゃなくてだな、扉自体無くなっちまったンだが」
「ええい!華琳様の伴侶となる男なら、小さな事をうだうだと言うな!」
「……要するに、無意識にぶつかってはね飛ばしたということかしら」
「……どうやらそのようですが」
「……あいつらトラウマにならンだろうな」
「虎馬とは何だ!」
「何でも無いよ」
「むぅ……私を馬鹿にしているのか!」
「落ち着きなさい、春蘭」
「で、ですが華琳様!」
「春蘭?」
「か、華琳様〜」

はぁ……仕方ないわね春蘭は。

「兎に角教経、悪かったわね」
「まぁ良いけどな。今日は誰とも一緒に居ない日だったから」
「あら、そうだったかしら」
「あぁ。偶々な。これが他の人間、風や詠と居る日だったら……いや、碧や雪蓮と居る日だったら間違いなく命の遣り取りだぞ、華琳」
「そうでしょうね。容易に想像出来るもの。だからこそ、止めようとしていたのだけれど」
「良く言って聞かせておいてくれ」
「ええ。ただね、教経。今日一人で居る日であるなら事前にそう言って貰いたいのだけれど」
「……言ったら押しかけてくるだろう?お前さんは」
「当たり前ね」
「はぁ……だから言わないんじゃないかね」
「あら。私が行ってあげるというのに喜びもしないなんて。ちょっと調子に乗っているのかしらね」
「そうじゃなくて、体が持たないんだよ」
「分かってるわよ」
「なら言わせるなよ」
「まあ良いじゃない。ところで教経、夕食、まだなんでしょう?」
「あぁ。途中で引っ張ってこられたからな」
「そう。それなら私が何か作ってあげるわ」
「……消し炭が出てきて、『さぁ、食べなさい』とか笑顔で言わないだろうな?」
「……貴方ね。私がそんなもの作る訳がないでしょう?ちゃんとしたものを食べさせてあげるわよ」
「……なら楽しみに待たせて貰うさ」
「そう。ならそうなさい。秋蘭。料理してくるから、その間教経のことお願いね。親衛隊が居ない間、きちんと警護しておいて」
「はっ」
「か、華琳様!私は……?」
「貴女は私の警護をするのでしょう?」
「はいっ!華琳様!」

消し炭が出てくる、なんて。失礼極まりないわね。貴方を驚かせてみせるわよ、教経。腕によりをかけて、絶対に美味しいと言わせてみせるんだから。





「……凄いな、これは」
「そう?この位大した事はないわ」
「いやいや、大したものだろう。味は分からんが見た目は大したモンだよ」
「一言多いわね」

全く。貴方に初めて食べさせるものなのだから、ちゃんと味見もしてあるし自信のあるものを作ってきたのよ。

「冗談じゃないかね」
「冗談でも言うものではないわよ?」
「分かったって。悪かったさ。ちょっと感動してたンだよ」
「それはそうでしょう。これだけの料理を目の前にしているのだから」
「そうじゃなくて、華琳がこれを俺の為に作ってくれたって事にさ」
「べ、別に貴方の為というわけではないわ。私達もまだ夕食を食べていなかったからよ」
「いつも自分でこれだけのものを作ってるってことかね?」
「あ、当たり前じゃない」
「華琳様、華琳様の手料理なんて久し振りです!」

……春蘭。貴女ね……

「いやぁ〜、俺の為にこんな立派な料理を作ってくれたなんてな〜?」
「う、五月蠅いわね。偶々気が向いたからよ、偶々」
「はいはい」
「良いから食べなさいよ」
「ふむ……あ〜ん」

教経が馬鹿みたいに口を開けている。

「……何?」
「……いや、食べさせてくれるんじゃないのか?」
「……何を考えて居るのよ、貴方は」
「いや、そう言われてもな。そういうモンじゃないのか?これ」
「はぁ……食べさせてあげるから口開けなさい」
「あ〜ん」

教経の口元に料理を掬って差し出す。そのまま教経は一口で食べた。
……味見は十分にしたけれど、教経の好みに合うのかしら。

「……」
「……何よ。何とか言ったらどうなの?」
「……ぃ」
「は?」
「うーーーまーーーいーーーぞーーーーー!!!!」
「五月蠅い!」
「……ってぇな華琳!何しやがる!」
「五月蠅いのよ!」
「仕方ないだろうが!美味いモン喰ったらこうするのがお約束なンだよ!
「そんなに美味しかったの?」
「いやぁ〜、正直想像以上だわこれ。こんな美味いとは思っても見なかった。味付けも丁度良い感じだし、正しく俺好みって感じでさ」
「そ、そう。良かったわね」

……頑張った甲斐があったわね。

「あぁ。ほら、次食べさせてくれよ」
「し、仕方ないわね。口開けなさい」
「あ〜ん」

そうやって教経に料理を食べさせた。教経はかなりの健啖家のようで、あっという間に食べきってしまった。勿論、その間私達も自分の分を食べていたのだけれど。

「美味かったよ、華琳。お見それしました」
「お粗末様でした」
「お前さん、良い嫁さんになるぜ?華琳」
「……そ、そうかしら」
「あぁ……どうしたンだ?」
「……教経様。華琳様が嫁ぐ先など一つしか無いではありませんか」

秋蘭がそう言うと、教経も自分の発言の意味に気が付いたようで、少し照れていた。

「あ〜、その、まあ、なンだ。兎に角そういうことで。ごっそさん」

そう言ってそそくさと部屋を後にした。

「華琳様、良かったですね」
「……な、何がかしら?」
「ふふっ。さて、私には分かりかねますが」
「秋蘭!」

そうやって照れ隠しに怒っては見たものの、照れ隠しであることは秋蘭にはお見通しである訳で。
全く。教経のせいでこんな思いをさせられているのよ!

……『良い嫁さんになる』、か。
べ、別に何とも思っていないわよ?二人の生活を想像して嬉しくなったとかそういうことはないのよ?……何よ?だ、黙ってなさい秋蘭。