〜風 Side〜
お兄さんが弘農へ出陣して華琳ちゃんを助けて来ました。風の予測通り、お兄さんは華琳ちゃんまでも釣り上げて見せたのです。太公望の面目躍如と言ったところなのです。
風が見たところに拠れば、華琳ちゃんはお兄さんと良く似た思考をし、お兄さんと良く似た理想を抱き、お兄さんと良く似た価値観を有しているのです。士燮さんが言っていましたが、華琳ちゃんはお兄さんにとって最も大きな支えとなり得る存在なのです。
まあ、お兄さんはその存在自体は特別視しているようですが、女性としては風達と同じように扱っていると思うのです。それが分かるから皆色々なことを言いつつも受け入れているのだと思うのですが。
今日は日頃風のことを放置しているお兄さんが、その埋め合わせをどうしてもしたいと言わs……言ってくれたので仕方が無くお兄さんに埋め合わせをさせてあげているのです。
「で、風。これは?」
「膝枕なのです。お兄さん、気持ち良いですか?」
「そりゃ気持ち良いがね。ついでに言うと風の良い香りもする」
「それは当然なのです。風は身だしなみをきちんとする女の子なのですよ」
「成る程。昨日風呂に入っていたのは俺の為だった訳だ」
「……ぐぅ」
「……久し振りだな。だが断るッ!」
「ひゃあ!お、お兄さん、何をするのですか」
「いや、胸のポッチをこう、テイテイッって感じで突いてみたんですが。人差し指で」
「……やっぱりお兄さんは変態なのです」
「褒め言葉として取っておこう」
「褒めては居ませんよ?」
「……でも怒っても居ない、と」
「……お兄さんが変態なのは今に始まったことではないのですよ」
「変態、ねぇ……」
そう言ったきり黙ってしまい、再び膝枕されるお兄さん。
……膝枕されているので、怒っては居ないと思うのですが。
「……お兄さん?」
「ん〜?」
「その、ちょっとだけ風も言いすぎたと思うのです」
「……気にしてないよ、風。風がどういう女ン子かってのは分かってるつもりだからさ」
お兄さんは膝枕されたまま、風の左頬を左手で撫でて笑っていました。
お兄さんとそういう関係になったのに、まだドキリとさせられることがあるのです。このお兄さんが抱いている風への好意が、女の子が増えることで薄まったりしたら嫌なのです。そんな事はないと思いつつも、そうなってしまうかも知れないという思いもまたあるのです。
風は、お兄さん以外にこんな感情を抱けそうにはありません。でもお兄さんは風をどう思ってくれているのかは分からないのです。好きだ、とは言ってくれるのですが。それでも不安になるのです。
「……ずるいのです」
「何が?」
「風ばかりがお兄さんの事が好きみたいで、不安になるのですよ」
「……風」
お兄さんは体を起こして真っ直ぐ風を見つめてきます。
「……しょうがない娘だな。ちょっと付いて来ようか、風」
「何処へ行くのですか?」
「まぁまぁ。それを言ったらつまらないだろう?」
「ちょ、お兄さん」
お兄さんは何やら思いついたようで、ちょっと笑いながら風の手を握って引っ張って行くのです。風の手を引っ張って行った先は……執務室?
「ほい、到着っと」
「……お兄さん、お仕事をするのですか?」
「いやいや。今の流れでいきなり仕事するとかあり得ないだろうに」
「では何をするのですか〜?」
「まぁちょっと待っててくれよ」
お兄さんはそう言って、硯と筆、紙を取り出して何やら書き始めました。
「よ……っと」
「……お、お兄さん、それ……」
「前のはさ、風がそう書かせたものだろう?だから俺が自発的に書いてみようかな、と思ってねぇ」
『我愛風』
そう書いた紙を、丁寧に折って風に差し出してきます。
「風、受け取ってくれるかね?」
「……仕方がないから受け取ってあげるのです」
「そうかね。せっつくようで悪いンだけどな、風。返事、聞かせてくれよ」
以前お兄さんが書いたものは、ちゃんと大切に保管してあるのです。
いつかお兄さんが自分で書いてくれたら嬉しいと思っていたのですが、恋文を貰う前に風からお兄さんを襲ったので全くそんな事にはならなかったのです。
まさか、今こうやってちゃんと自分で書いたものを風にくれるなんて、思っても見なかったのです。
「……風もお兄さんのこと……」
「ん〜?聞こえんなぁ〜?」
「……知らないのです」
「……ははっ。風らしい。素直じゃないな。でもな、風?」
お兄さんが顔を寄せてきて、風の耳元で囁きます。
「……俺はそういうところも含めて、風のことを愛しているよ……」
嬉しくて、お兄さんに抱きついて。
そのまま口付けをして。
執務室なのに、お兄さんと致してしまったのです。
事が終わってお兄さんの頭を抱えながら、ちゃんと返事をしてあげたのです。今日はお兄さんが風に恋文を書いてくれたから、特別に返事をしてあげたのですよ。
『風も、お兄さんのこと、愛しているのですよ』
お兄さんはそう言った風にちょっと目を見開いた後、薄く笑って優しく抱きしめてくれました。
……本当に仕方がない女誑しなのです。
〜星 Side〜
「主。こうして主と二人で居るのは12日と8刻ぶりですな」
「……何処のノインだよ」
「のいん?」
「いやいい。こっちの話だ」
「恒例のお巫山戯時間ですか」
「ま、久し振りだろ?」
「まぁそうですな」
「で、星?寝起きを襲撃してくれたのは一体どういう訳だね?」
「さぁ、私に甘えたまえ」
「……分かってやってるのか?そうなのか?」
「何がですか?」
「……いや、いいさ」
不思議なことを言う主だ。折角私が甘えさせてあげようと思っていたのに。何を分かっているというのであろうか。主のことであれば、分かっているつもりですぞ?
「で、本当のところは?」
「最近主が華琳にばかりかまけているような気がしましてな?此処で一つ、この星の魅力というものを再確認させて差し上げようかと思いまして」
「再確認、ねぇ」
「何ですかな?」
「現在進行形で再確認はしてると思うンだが」
「そうですか?」
「……ったく。寝起きに同衾して服をはだけさせて、体押しつけてくるからこんなになっちまってるだろうが」
「ふむ。どうやら主はケダモノ並みのようですな」
「ケッ。星、こうなった責任はきっちり取って貰うぜぇ?」
主が少々強引に私を抱き寄せ、そのまま組み伏せる。
「おぉ、主。荒々しいですな……んっ」
「……荒々しいのは怖いか?」
「……怖くはありませぬ」
「嘘吐け……ちょっとは加減するが、それ程押さえられるとは思えないから覚悟はしといてくれ」
「あ、主ぃ……」
「お前さんが可愛らしいのが悪いんだよ、星。下着も付けずに同衾するなんざ邪道だぜ?まぁ、それにまんまとのっかちまってる俺が言えた義理じゃないが、ね」
主は荒々しく、何度も私を抱いた。最初は少し怖かったが、何とか自分を抑えようとしている主を見て安心出来た。これが体だけが目当てなら、とっくに乱暴にされていただろう。玩具のように扱うのではなく、気遣いながら、しかしそれでも押さえられない、といった風情の主を見ると、主が私をどう思っているのか、言葉には出来ないがちゃんと伝わってくる気がする。
しかし、自分から誘いを掛けてそう仕向けたとは言え、こうも反応してくれるとは思っても見なかった。
やはり主に関しては、それ程心配はしなくても良いのかも知れない。この主が、私から離れて行ってしまうとは思えないから。
「で、星。誘惑したのは俺が星に興味を無くすとか思ったからなのか?」
「いえいえ。主はそんな事はないと言ってくれていたではありませんか」
「ンじゃ何でだ?」
「体だけが目当てになっては居ないか、と思いまして」
「……ちょっとショックだな」
「しょっく?」
「あ〜、なンだ、その、そう思われていたことが衝撃的で落ち込みそう?的な意味だよ」
「しかしそう思われても仕方がないと思うのですが」
「そうかも知れないけどなぁ。でも星にそう思われるってのはやっぱり俺に問題が在るのかもな」
「そうですな。そう思いますぞ?」
出来れば顔を合わせる度に愛を囁いて貰いたいものだ。
「……ならこれから暫く、一緒に過ごすが抱きはしない、という事にしようか」
「……は?」
「いや、だから一緒に居ても抱かないようにしようかなと。皆を」
「それだと逆効果になりませんかな?」
「そうか?」
「自分に興味を無くしたのではないか、と思い詰めると思いますが。稟などは特に」
「ンじゃ稟は抱く」
「……他にもそういう娘はいると思いますが?」
「なら直接訊いて不安に思ってる奴は抱かないようにするさ」
むぅ。まさかそういう結論を出すとは思っても見なかった。
私としては愛を囁いて欲しかっただけなのだが、話が此処まで進んでは退くことが出来ない。
「……ならばそう為されるが宜しいかと」
「差し当たっては星、だな。今日から暫くはさ、抱かないように努力するから」
……自業自得とは言え、これは少し酷いのではないか。
他の女に訊けば、皆抱いて貰わないと困ると言うに決まって居るではないか。私だって主に抱いて貰いたい。
「……星?何で不機嫌になってるンだよ」
「知りませぬ」
「?まぁいいか」
良くはありませぬ。
「取り敢えず起き出して飯でも食いに行こうか、星。もう昼だから」
主はそう言うとそそくさと服を着始めた。
……はぁ。これは失敗した。まさかこんな事になるなんて。
あれから主と昼食を取り、買い物をしたり服を見たりしていた。
黒乃駆流の店で試着をする際に、必ずといって良い程覗こうとしてきたはずの主は覗いてこなかった。自制のために覗かないようにしているのだろう。覗いてきたら、扇情的な光景を目の当たりにさせて挑発しようと思っていたのだが、覗いてこなければ意味がない。
私の部屋に二人して帰って来ても、気分は晴れなかった。
「……はぁ」
「……なぁ星。一緒に居て愉しくないか?」
「い、いえ。そのようなことは」
「にしては溜息吐きっぱなしなんだがね。ちょっと自信なくなってくるな……」
これは不味い。私が主として楽しめないなどと思われては堪らない。全てが恨め裏目に出ている。
……正直泣いてしまいそうだ。
「あ、主。その、愉しくないことはないのです」
「しかしそう溜息を吐かれる身になってみてくれよ。そう思っても仕方ないだろう?」
「そ、それはそうですが」
「……はぁ。今日はこれでお開きにしようか。体調が悪いのかも知れないしな」
私の部屋を出て行こうとした主の裾を思わず掴んで引き止めた。
「……嫌です」
「星?」
「……私は、ただ主に愛を囁いて貰いたかっただけなのです。抱かれないというのは、嫌です。私だって主に抱かれたい」
「……星……」
「……私だけ抱かれないなんて、嫌です……」
自分が悪いのは分かっているけれど、どうしても嫌だった。このまま主が出て行ってしまったら、本当に主は暫く私を抱いては下さらないだろう。それは、嫌だ。
そう思って、恥を忍んで主に真意を告げるのは恥ずかしかった。情けなくて、ちょっと泣いてしまった。
「……馬鹿だなぁ、星」
主は私を引き寄せて、抱きしめてくれた。
「俺は星のこと、好きだって何度も言ってるじゃないか。それは変わらないよ」
「うぅ……」
「……ちゃんと気付いてあげられれば良かったのにな。御免な、星」
「……いえ。主は悪くないのです。私が素直にそう言わず、意地を張って主にそうして欲しくないと言わなかったから……」
「いいや。星は悪くないよ?俺がちゃんと気付いてあげられれば良かったンだから」
「ですが」
「ですがも糞もないの。自分が好きな女の子の事くらい、ちゃんと分かってあげなきゃいけないんだよ。星がどういう娘か、俺は分かってる筈なんだから。ちょっと意地っ張りで、ちょっと天の邪鬼で、ちょっと見栄っ張りで。そんな星だって分かってるンだから、俺が気付いてあげなきゃいけないんだよ」
「主……」
「何となく分かるから言っておくけどな。こんな事じゃ愛想尽かしたりしないからな?というか、最後の最後にちゃんと言いだしてくれる星が、可愛くてより一層愛しくなったよ、星」
その言葉に、恥ずかしくなって俯いてしまう。
「……ということはさ、星。抱いても良いんだよな?」
「……はい、主」
「良かったよ。我慢出来そうになかったからさ」
本当はそんな事もないだろうに、自分が我慢出来ないから、と。そう言ってくれた。
寝台に押し倒され、寄せてくる快楽の波に身を委ねながら、この人で良かったと、そう思った。