〜教経 Side〜
弘農を月達に任せ、一旦長安へ帰還した。こちらから率いて行った兵は全て月の指揮下に置き、親衛隊、新撰組だけ率いて帰ってきた。匈奴の兵達は、月の傘下で戦う事に全く抵抗を覚えていないようだった。それどころか、喜んでいる奴らさえ居た。『可憐な美少女サイッコー!』とかいう奇声が気になったが、朔が居るから大丈夫だろう。余程上手く馴致したのだろう。まぁ、月が誠心誠意対応してくれたら大体ああなるとは思うがね。また、華琳の兵も月に預けることになった。まぁ、これは一時的なものになるだろうけどな。
長安に帰還した俺を待っていたのは、風の電波と星の嘘泣きによる虐待だった。
「お兄さん。幾ら風のような体型の女の子が好きだからと言って、他に新しく連れてくるなんてもってのほかなのです。これでは風の希少価値が薄まってしまうのですよ。そんなお兄さんには、電球をケツに突っ込んでバットでアッー!してあげるのです」
「主……主は、やはりこの星に興味を失ってしまったのですね……」
「……風、電球でアッー!ってお前何処でそんなネタ拾ってくるんだよ。というかこの時代には電球なんて無いだろうが。あと星、口元隠せ。笑ってるのが丸わかりだ」
「知らないのです」
「ふむ。面白みのないお方ですな」
いやいや、お前さん達がおかしいだけだから。
「で?」
「とは?」
「からの〜?」
「……風、まだ電波受信中なのか」
「来るぅ〜!なのです」
「……気に入ってるとこ悪いがな、真似してたらそのうちケツアゴになるぞ?」
「……それは嫌なのです。止めるのですよ」
「で、お前さん達が此処に居るのは何故だね?」
「状況が変わったからなのです」
「状況が変わった?」
「はい。先ずこちらの書状を、主」
星から渡された書状を見る。
「……へぇ。交阯は平家に従う、か。本気か?」
「恐らく本気なのです。士燮自身がやってきているのですよ」
「ほう。自身が刺客としてやって来た、という可能性は?」
「恐らく大丈夫なのです」
「何故だね?」
「星ちゃんと冥琳ちゃんがちょっと脅したのです。雪蓮ちゃんも、大丈夫だと言っていたのですよ」
碌でもないことをしでかした予感がする。
「……脅したってのは何をしたんだ?」
「はあ。冥琳が偽の書状を作り上げて目の前に投げつけ、証拠は挙がっているのだ、と。で、私がちょっと手を滑らせて槍を投げつけたのです」
ちょっとで済ませられるレベルじゃねぇ。
まぁ、史上最高のニュータイプがそう言っているんなら大丈夫だろう。
「……そいつはまた災難だったな。で、士燮は何処にいるんだ?」
「長安で監禁しているのです」
「監禁ってお前さん……」
「冗談なのですよ。ちゃんとお客様として遇していますから」
「……風、何気に怒ってるのな?」
「当たり前なのです。お兄さんは直ぐに浮気をするのです。風を肉奴隷にしておきながら、まだ新しく増やそうと言うのですから」
「その言いっぷりだと俺はとんだ鬼畜さんになる訳だが」
「まぁまぁ、主。別に的外れなことを言っている訳ではありますまい」
「いやいや、星?それだとお前さんの思い人は鬼畜ってことになるぜ?」
「仕方がないのですよ、主。私もしっかり調教されてしまったのですから。死姦したくらいでは離れられぬように、主無しでは生きて行けぬようにされてしまったのです」
「……誰だよ、コイツにそれ漏らしたのは」
「……私」
「……百合か。次から気を付けような?」
「……うん。分かった」
「お屋形様。私はどんなお屋形様でも受け入れて見せますよ?」
「いや、そこは全力で拒絶しような、琴」
「……教経?まさか貴方、そういう趣味があったの?」
「ある訳無いだろうが!分かってて後ずさるのは止めろ!」
「あら。面白いからやってみたのに」
星と風と華琳が組んだりしたらエラく疲れそうだな。
「はぁ……士燮呼んで来てくれ。話を聞こう」
「仕方がないから呼んできてあげるのです」
「はいはい。宜しく」
何で士燮は俺に従うと決めたのかねぇ。
「お初にお目にかかります。交阯太守、士燮と申します」
俺の前に出てきたのは、良い年をした爺さんだった。
「ふむ。俺が平家の当主、平教経だ。早速だがな、士燮。何故お前さんは俺に敵対しない事にしたんだ?漢王朝の正統は麗王朝の方だぜ?来るところを間違えたんじゃないのか?」
「卦にそう出ましたからな」
「卦?」
「そうです。要は占った結果、敵対すれば碌な事にならない、という卦が出たからなのですよ」
「ふぅん。占いなンぞで出た結果に従うのか?」
「これで私の占いは良く当たりますでな。それに貴方様のように占いなぞに頼らず、己の理性のみを頼みとしてこの乱世で己が生を貫かんとする人は希有なものです。我々のような人間は、その拠り所として占いなどを当てにして居るのですよ」
「そうかね?少なくとも華琳はそうではないと思うが」
「まあそうね。自分の運命、等というものに従うなんて馬鹿らしいわ。それは従わせるものであって従うものではないのだから」
「曹操殿、ですな。お二人のような人間ばかりであれば、あなた方二人が英傑と呼ばれることはなかったでしょうな。そうでない人間ばかりであればこそ、あなた方が際だった存在となっておるのです」
「まぁ、物は言い様だな。で?本当のところは?ただ卦に出たからといって、それに従うような低能でもあるまい?態々やってきて、何を見ようというのかね?」
「……さすれば、平家の命運を」
「ハッ。で、お前さんの目にはどう見える?」
「貴方様自身の星は、危ういもので御座いますな」
「ほう。のたれ死ぬ、ということかね?」
「戦で死んだり暗殺されたりする星ですな」
「だが生憎俺はまだ生きているぜ?」
「そうですな。貴方様の周りにある星がそれを全て防いでおるようです。お心当たりは御座いますかな?」
「有りすぎて困るな。暗殺についてはダンクーガ辺りが始末しているンだろう。戦で死ぬ件については皆のおかげなんだろうさ。俺一人ならとっくの昔に死んでるだろう。何度か死んでもおかしくない、危うい橋を渡ってきたことだしな」
「成る程。此処まで来れたのは己の力だけではない、と?」
「何を当たり前のことを言っていやがる。国という形を取る以上、俺一人で全てが出来る訳ではない。勿論俺自身の器量ってのは有るだろうが、俺は皆が纏まる為の御輿のようなものなンだよ。これまで皆が俺を支えてくれたから今の平家がある。そしてこれからもそうだろうさ。それに気付かず、感謝出来ないようになったらお終いだよ。いや、無くなっちまった方が良い。そんな奴が一国の主になれば、どうせ碌な事になりはしないンだからな」
「……やはり間違いはないようですな」
「はぁ?」
「貴方様の星自体は、いつ消えてもおかしくないものなのですよ。その輝きは力強く、また気高い。が、同時にまた危うさも秘めている。それはそこにいる程c殿も感じておられるようですが。
ですが平家の命運となると話は別で御座いましてな。実は最初は袁紹殿が天下を掴む機会を与えられておりました。まだ并州牧であった貴方様を討伐し、その後来るべき曹操殿との戦の前で一度立ち止まって内政を充実させれば良かったのです。それだけで天下を掴めたのに、そうしなかった。与えられた機会を掴まなかったものは、今度は逆に大いなる災いを得るのです。
そして今回、貴方はその機会を掴まれた。そこにいる曹操殿を救ったことで貴方は終に天をも掴むことになるでしょう。貴方様自身の星の危うさは、その周囲にある星の光が消し去るのです。恐らくその星として最良の星を貴方様は得られたのです」
「俺は星占い師の戯言を聞きたい訳じゃ無い。人間・士燮が見た俺の評価を聞かせろ」
「そうですな……史上に名を残す類い希なる名君になられるでしょう」
「……何故そう思う」
「管夷吾や鮑叔牙、藺相如の如き賢臣と、廉頗や王翦、楽毅の如き名将、そして申包胥や程嬰、公孫杵臼の如き忠臣。これら全てをその懐に抱えて居ながら慢心することがなく、これを能く御し、己の欲の為ではなく民の為に天下一統を望む。史上これ程の家臣と器量を有する君主は居りますまい。それ故に、そう思うのです」
「少々褒めすぎだな。俺はそんなご大層な人間じゃない」
「いえいえ。お兄さんはご大層な人間なのですよ。風もそう思っているのですから」
「……精々暴君として終わらないように用心しておくさ」
「そういうところで御座いますかな。人は変わるものです。それを念頭に置いて、悪い方向へ変わらぬように留意出来る人が果たしてこの世に幾人居ることか。態々長安まで出てきた甲斐がありました。貴方様に従うことにしたのは間違いではなかったようですからな」
「まあいいだろう。悪いようにはしない。裏切らない限り、な」
「それについては信じて頂くより他にありませんな」
「信じてやるさ。ただ、全てが今まで通りという訳にはいかないだろうがね」
「それは致し方ありますまい。臣従を決めたときにある程度は覚悟をしてきておりますからな」
「ならば良い。度量衡については全てこちらが指定したものに合わせて貰うぞ?軍制についてもだ。俺に任じられた地方領主になる訳だが、異存はあるかね?」
「御座いません。むしろ宜しいのですかな?領地替えくらいはされると思っておりましたが」
「その土地のことを知っている人間が統治するのが望ましいだろう。無論、領民が従わなければお前さんをその器量無しとして処断することも織り込み済みの決定だ。……民の為に努めろ」
「はっ」
これで荊州が二方向から攻められることはなくなった、な。
果たして諸葛亮の心中は如何様なものかねぇ。華琳を俺にかっ攫われ、今また交阯も戦わずして俺の手に渡った。もうお前さんが俺に勝つ目はないと思うンだがね。
……いや、一つだけ有るか。戦場で俺を討ち果たすこと。それさえ出来れば奴さんの勝ちだ。
それさえ出来れば、な。
〜高順 Side〜
「なぁ大将。本当にこの辺りにいるのか?」
「そう聞いたんだがな。兎に角捜せ。卑弥呼と貂蝉が付いてるとは言え、危ないことには違いない。まぁ、違う意味でも危ないんだが」
「はぁ?」
「まぁいいから捜せ」
「了解」
「了解ですよ」
俺たちは今弘農のとある集落近くの山に来ている。平家お抱えの医者である凱が、治療の為に立ち寄った集落で女達を掠っていく山賊の話を聞き、助けてやろうとお供の筋肉二人を連れて山に入ったらしい。大将はお供の二人から書状を受けてこれを知り、奴らを助ける為に親衛隊を率いてやって来た。
「ったく。良くこんな山に入ろうと思ったな。罠だらけじゃねぇか」
「琵琶丸も良くやるよ。俺ならさっさと兄貴に言いつけてのんびりしているけどな」
「しょうがないだろう。勇者王だからな」
「勇者王?」
「何でも無いさ。忘れておけ」
「はぁ」
こんな時でもいつも通りの大将だ。
「おい高順!」
「何だよオッサン」
「儂の下に付いている奴がな、この先の森の中で火を見たと言っとるんだ。怪しいと思わんか」
「魏越のオッサンはどう思う?」
「怪しすぎだろう。と言うかケ忠。お前さんにまでオッサン呼ばわりされる筋合いはないぞ!」
「暑苦しいオッサンだな」
「御遣い様!御遣い様までそのようなことを!」
「……未だに御遣い様って呼ぶのはオッサンとその組下だけだぜ?」
「事実だから良いではありませんか!思い起こせば太原で……」
「分かった分かった。また今度聞いてやるから後でな」
「本当で御座いましょうな!?」
「あぁ、死ぬまでに一度だけ聞いてやるよ」
「そんな!」
「……大将、そこに行ってみる、で良いか?」
「あぁ、宜しいンじゃない?」
「ぬぅ……」
そのまま森の奥に移動すると、オッサンが言った通り、確かに火が見えてきた。
「どうやら間違いなさそうだな。揉めてるらしい」
「凱達は無事か?」
「『ぬふぅ〜ん』とか気味が悪い声が響いてるが……?」
「なら無事だな」
「とっとと片付けようぜ、高順」
「よっしゃ!突っ込むぞ!」
「あぁ、ダンクーガ」
「何だよ」
「『誰だ!』とか聞かれたら、ちゃんと教えてやった通りに名乗りをするからな?」
「分かってるよ」
ったく。まぁ格好良いし親衛隊員も皆口々に『イカス!』とか言ってたから問題無いんだろうけどな。
「良し。なら行くぞ!」
「三人一組で敵に当たれ!こんなくだらない奴らに怪我何かするんじゃないぞ!」
「オラァ!行くぞ!」
「ガハハハッ!思い知らせてやるぞ!」
一斉に親衛隊が山賊共に掛かって行く。
「死ねよやぁ!」
「邪魔だ!」
「おぉ、親衛隊ではないか」
「ということは、教経ちゃんもいるのねぇん」
「教経か!?」
どうやら三人とも無事なようだな。一安心だ。凱には親衛隊員が皆世話になっているんだ。その恩を返す前に死なれちゃ困るんだよ。
「ちぃっ!何だ貴様らは!」
「フッ……教えてやろうじゃないか!ダンクーガ、やるぞ!」
「了解」
親衛隊員達は皆戦いながらも期待した目で時折こちらを見ている。
……やぁぁぁぁってやるぜ!
「闇の中こそ正義が光る!」
「僅かな灯、勇気にくべて」
「燃やせ男の、大☆往☆生!」
大将、ノリノリだな。
「正義ときっく、勇気とぱんちが、あみーごだ!」
「みんなのために帰ってきたぞ!」
「受けよ無敵のこのぱわー!」
「鉄拳!制裁!エルドラ、ソウル!!」
……決まったな。大将、俺、ケ忠、オッサンの四人で織りなす最高に格好良い名乗り。
親衛隊員から一斉に『イカス!』と声が上がった。山賊共は余りの格好良さに呆気にとられているようだ。
「そら!やっちまえ!」
「て、テメェら頭イカレてんのか!」
「何だとコラァ!格好良いだろうが!ぶっ飛ばしてやるぜぇ?エル・インフェルノ・イ・シエロ!」
大将が両手を合わせて瞬動しながら山賊共の頭っぽい奴を正面からブン殴る。
「アーーーーーーディオス、アッミーーーーーーゴ!」
山賊共の頭はもの凄い勢いで上空に舞い、そして墜ちてきた。
丁度良いから俺も追撃させて貰おう。
「万有引力ありがとう<フリーフォールグラッチェ>!」
思いっきり踏んづけてやると、蛙を潰したときのような声がした。
……勝ったな。
「教経、済まないな」
「まぁ気にするな。礼なら卑弥呼と貂蝉にするんだな。二人が俺に知らせてくれたンだからねぇ」
「そうか。二人とも、有り難う」
「良いのよぉん、華佗ちゃん」
「だぁりんの為だからのぅ」
「所で教経、さっきの名乗りは?」
「……フッ……流石は勇者王。気になるようだな?」
「勇者王?……よく分からんが、兎に角あれを見るとこう、何か思い出しそうな気がして……」
「……ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ……」
「……ウィータ!」
「どうしたんだ、琵琶丸」
「いや、よく分からないが言わないと駄目な気がして……」
流石は大将の知り合いだな。ちょっとおかしい奴が多い。
「ンじゃ帰るぞ。俺は満足した」
「了解」
「了解ですよ」
「ラーサ!」
「……オッサン、それは?」
「よく分からんが御遣い様が『分かりました』という代わりにこう言えと」
「……まぁいいや。帰るぞ!」
親衛隊はどんどんおかしくなって行くな。まともなのは俺だけ、か。
俺がしっかりしないとな。