〜華琳 Side〜
曹家は平家に協力することになった。無論、その配下として。
私が教経の下に付く事を皆に話をすると、桂花や春蘭は反対していたけれど、秋蘭は反対しなかった。何故反対しないのか、と聞くと、私が教経のことを想っているから、と答えた。秋蘭は私の感情に以前から気が付いて居たようで、教経とああなった後話をした際に『複雑ですがお慶び申し上げます』と言っていた。その、恥ずかしいからあまり言って貰いたくはなかったのだけれど。
教経から、私の処遇について話があるから広間に居てくれ、と言われて移動した先には、今回の戦に付き従って来た賈駆、太史慈、ケ艾の三人がいた。丁度良い機会だからと、私が教経と『そう』なったことを宣言した。
ちゃんと調べはついているのよ、教経。全く。遠征の度に女を増やすなんてね。私も貴方の戦果になってしまったのだけれど、ね。
「……はぁ。結局風の言った通りになった訳ね」
「……誰?それは」
「ああ。程cよ、程c。……全く!遠征する度に女を増やすんだから!」
「……平家の中でも皆そう思ってるのね」
「……ケ艾。士載。百合」
「そう。私は曹操。字は孟徳。真名は華琳よ。宜しくね、百合」
「……うん」
「知ってると思うけど、ボクは賈駆。字は文和。真名は詠よ」
「私は、姓は太史、名は慈、字は子義。真名を琴と申します」
「詠、琴。宜しくね」
「まぁ宜しくしてあげるわよ、華琳。そうでないと困るから」
「宜しくお願いしますね、華琳」
「……中々慣れないわね」
「それはそうでしょうけど、ボク達は教経の中じゃ同列だと思うわ。それがちょっと悔しいような、ホッとするような、複雑な感じだけど」
「あら、そうかしら。前に逢った時、教経は私の初めての男になるんだと言っていたのよ?それ程までに私を欲してくれていたのだから、当然私を一番愛してくれているに違いないわ」
「……後で風や稟に言いつけておかないとね……教経はボクのことを愛しているって言ってくれたわ。それに、ボクの方が女性としての魅力に勝っていると思うんだけど?」
賈駆がそう言って、私の胸を見てくる。
……賈駆はまだしも、百合のこの体はどういうことよ。琴は……良い友人になれそうね。
「詠?私に喧嘩を売っていませんか?後華琳、私を見る視線が何やらムカつくのですが?」
「……私、勝った」
「む……私は負けていませんよ?」
百合と琴が睨み合っている。
「女の価値は胸の大きさで決まるモノではないわよ?」
「……華琳、気が合いますね。私もそう思って居ます」
「有った方が良いに決まってるじゃない。ボクだって威張れるものじゃないけど、華琳よりは……ねえ」
「……胸好き。良く触るもん」
……官渡の戦いも弘農での戦いも話にならない。それらとは比べものにならない、濃厚な死臭漂う戦場が此処にはある。でもね、私は曹孟徳よ?この戦には必ず勝利してみせるわ。どんな手を使っても、ね。教経の好みについて、曹家の諜者の殆どを注ぎ込んででも調べる必要があるわね。
「はぁ……おい、姐さん方。大将がそろそろ来るからちゃんとしてくれよ?嫉妬するのは良いけど、喧嘩してると嫌われちまうぞ?」
私達が言い争っていると、高順とケ忠が入ってきた。
親衛隊を束ねる二人。『二人ともちょいとアレな所があるが、まぁ有能だよ』。教経からはそう紹介された。
「そういうところも全部ひっくるめてボクのことが好きだって言ってくれてるのよ!」
「黙って居て下さいね、高順、ケ忠。でないと牙突ですよ?」
「ちょ、ちょっと琴!ずるいわよ自分だけ良い娘ぶろうとするなんて!」
「……紫電一閃」
「百合も!?」
「貴方達、黙ってなさい。社会的に抹殺するわよ?」
「……ボクのことも黙ってなさい!」
「……毎回疲れる……というか社会的に抹殺って何だよ……またエラいの釣り上げたな大将は……」
「何か文句があるのかしら?」
「……いえ、御座いません」
「そう。それなら良いのよ」
「チッ……久々に姉貴の剣技が見れると思ったのに」
「テメェは黙ってろ!大体一遍見たことあるが、あれ喰らったら死ぬだろうが!」
「俺は姉貴の剣技が見れる。姉貴は口封じが出来る。一石二鳥じゃないか!」
「……うん。忠、天才」
「そうだろ姉貴!……くぅ〜、久し振りに姉貴に褒められた気がするッ……!」
「俺に利益がないだろうが!」
「感動してるとこ邪魔するなよ……仕方がない。高順、肉まん供えてやるよ、気が向いたら。それで勘弁な」
「……前々から思ってたが、テメェの態度は上司に対するモノじゃねぇな?」
「……いや、それだと高順の兄貴に対する態度も問題にならないか……?」
「何だ!?漢ならはっきり言いやがれ!」
「……自覚無しかよ……質が悪い……」
「……なンだ?エラく賑やかだな」
高順とケ忠が漫才をしていると、教経がやってきた。
「皆で早速交流していたのか?」
「そ、そうよ。華琳と話をしていたのよ」
「ええ。中々有意義だったわ」
「ふむ……仲が良いのは良いことだねぇ」
「いや、大将……」
「あら。何かしら高順?」
「……生まれたときから仲が良いなぁと思ってました」
「そう。当然ね」
「それでお屋形様。皆を集めてどうなさったのですか?」
「何。華琳をどう扱うかについて、少し話をしておきたくてな」
「……アンタはどうするつもりなのよ」
「華琳には月や雪蓮と同じような処遇が相応しいと思うンだが」
「理由を聞いても宜しいでしょうか」
「理由は簡単だ。華琳の器量は、もう一人俺が居るようなモンだ。それも、勤勉な。一家臣にするなんてのは勿体ない。その器量に相応しい地位ってのがあるだろう?」
「有能なのは認めるけど、いきなり月や雪蓮と同じっていうのはちょっと、ね」
「教経、私も詠の意見に賛成よ」
「……自分で言うのかよ」
「ええ。だってそうでしょう?この間まで敵として決戦しようと言っていた人間にいきなり自由裁量を与えるなんて、それこそあり得ない話よ。此処は暫く手元に置いて、その赤心に裏がないことを周囲に認めさせる必要があると思うのだけれど。そうでないと、家臣団に不信の種が植えられることになるわ。
その種は水を得なければ芽吹かないものかも知れないけれど、この場合それを芽吹かそうと画策する人間が居るのは分かっているでしょう?」
「……諸葛亮、か」
「そうよ。流石によく見ているわね」
「ふむ……仕方がない、か。じゃぁ華琳達には長安に来て貰おうか。そこで様子を見る、ということで良いだろう?詠?」
「それでいいんじゃない?ボクはそうした方が良いと思うわ」
「ならそうして貰おうか。……楽が出来ると思ったんだがなぁ……」
「ええ。楽はさせてあげるわよ、教経。私は元より、春蘭達も優秀なのだから」
「……なら決まりだな。華琳、お前さんの下にいる奴らについてはお前さんに一任するからな。俺は面倒は嫌いだ」
「ええ。分かったわ。ただ、お願いすることがあると思うけれど、ね」
「まぁ良いだろう。基本的にそっちで話を付けてくれれば多少の面倒は仕方ない。
……ダンクーガ、ケ忠。飯食いに行くぞ」
「了解」
「了解ですよ」
これで私の思惑通り、教経と一緒に居られるわね。
思わず笑いが込み上げてくる。
「ふふっ」
「……あっ!華琳、アンタもしかして……!」
「ご愁傷様。一度決定されたものは覆さないものよ?それに、私が言ったことは事実。これが教経にとっても私にとっても一番の答えなのよ」
「う……ボク一人じゃ分が悪いわね……稟達と話をして対策を……」
なにやら詠が言っているようだけれど、ね。
この天下に覇を唱えることを諦めたのだから、せめて教経に関してくらいは私の望みを叶えたい。これについては譲るつもりはないのよ。絶対に、ね。
〜秋蘭 Side〜
「姉者、まだ納得いかないのか?」
「納得出来るはずがないではないか。従うのは良い。だが、華琳様があの男に抱かれていると思うと……」
「はぁ……姉者。華琳様が望んでそうしているのだ。華琳様の望みを我らが妨げる訳にはいかないではないか」
華琳様が平教経に抱かれた。
その事を私から聞かされて、姉者は華琳様にその真偽を問い糾した。華琳様はそれを否定しなかったばかりか、華琳様は平教経が望んだ通り、平教経のものにされたのだ、と仰った。悔しいけれど、と仰っていたが、悔しそうではなかった。それどころか、今まで見てきたどの華琳様よりも幸せそうに見えた。その事が悔しく、それをもたらしたのが私達ではなく平教経であることをどうしても認めたくないのだろう。
「平教経に華琳様を抱く器量があるとは思えん!」
「姉者……どうすれば納得が行くというのだ?」
「華琳様に相応しい男であるかどうか、証明して貰う!そうだ、それが良い!」
「あ、姉者!」
「……秋蘭、無駄じゃない?貴女が何を言っても納得しないわよ、あの猪は」
「そう言うがな桂花……もし姉者が平教経を傷つけるようなことになれば、ただでは済まないぞ?そもそも華琳様が許さないだろう」
「それが分かっていれば、私みたいに華琳様の言う事を聞くわよ。分からないからああなんじゃない」
「はぁ……大事にならなければ良いのだがな」
「それより、貴女も手伝いなさいよ。先の戦の後始末、私にだけさせるなんて不公平でしょ」
「凪達は?」
「弘農の町を巡回しているわ」
「私としては止めに行きたいのだがな」
「……本当に華琳様が従うだけの器量があるなら、春蘭も大人しくなるんじゃない?」
「要は姉者を通して器量を確認したい、ということか」
「……さぁ?兎に角手伝いなさいよ」
まあ、大丈夫だろう。体の回復具合を量る為に幾度か立ち合いをさせて貰ったが、その全てで軽くあしらわれてしまったのだから。姉者については、実力で納得させて貰うしかない。それは呑んで貰おう。華琳様の主となるならば、それ位のことは期待させて貰っても良いだろうしな。
「秋蘭様!大変です!」
「どうしたのだ、流琉」
「春蘭様が!」
「……教経様と立ち合っている、か?」
「え?どうして分かるんですか?」
「そうなると思っていたからな。華琳様は知っているのか?」
「あ、はい。華琳様が立会人になっておられます」
それならば問題無いだろう。華琳様も姉者の心情を思った上で、教経様に立ち合ってくれるように頼んだに違いないのだから。
「桂花、後は任せても構わないか?」
「……まあいいわ。後は私一人でも何とかなるでしょう」
「では頼む。流琉、案内してくれ」
「あ、はい」
流琉について行った先で私が最初に目にしたものは、教経様に散々に打ち据えられている姉者だった。
「……どうした、夏侯惇。俺に勝ってみせるんじゃなかったのか?」
「だ、黙れ!」
「……」
「まだ私は負けた訳ではない!貴様が華琳様の主となる器量があると言うのなら、私を打ち倒してそれを証明して見せろ!」
「……」
「何とか言ったらどうだ!」
「黙れと言ったり何か言えと言ったり、忙しいことだ」
「ええい!私はお前を打ち倒すだけだ!」
「……お前さんには出来ないかも知れないがね。やってみるかね?」
「私を馬鹿にするなぁ〜!」
斬りつける為に大きく踏み込んだ姉者と交差するように、教経様が駆け抜ける。すれ違った刹那に、姉者の胴を薙いだのを辛うじて確認出来た。
「動作が大きすぎる。無駄な動作を省くことだ」
「ぬ……ぐ……」
「そこまで!『膝を屈した方が負け』。そう言って始めたのだから、貴女の負けよ、春蘭」
「くっ……わかりました」
「ふぅ……これで何とかなった、か?」
「ええ。有り難う、教経。これで春蘭も納得してくれるでしょう」
「……平教経、一つ聞かせて貰おうか」
「……なンだね?」
「貴様は華琳様をどう思っているのだ」
「しゅ、春蘭?貴女何を」
「華琳様は黙って居て下さい。……平教経、答えて貰おうか。貴様にとって華琳様は何だ」
「一つ、と言ったのに二つ質問をしている気がするんだがねぇ。……まぁいいさ、答えてやる。
華琳をどう思っているか、だがな。人主として、勢力の主としての華琳を、全部ひっくるめて尊敬している。同盟を組まず、此処まで独力でやって来たことに感嘆せざるを得ない。他人から苛烈だとか冷酷だとか言われた事もあるだろうが、己の理想とする世の中を顕現させる為に自分を貫き通すその姿勢は美しい。そういう華琳を尊敬しているよ、俺は。
女としての華琳をどう思っているのか、という話なら、愛おしく思っている、としか言えない。その言葉にどの程度の想いが込められているのかは、お前に判断して貰うものじゃないし、お前達部外者に口出しはさせん。大した事がないなどと決めつけるようなら、思い知らせてやる。その命を以て購うことでな。
俺にとっての華琳が何か、という問いに対する答えは、だ。失うべからざるモノ。もう一人の俺自身のようなモノ。そういう答えになるだろうな」
「の、教経……」
「……なンだ、照れてンのか?華琳」
「……別に照れてなんか居ないわ」
「頬を朱に染めて言う言葉じゃないな、それは」
「う、五月蠅いわね」
「……今の言葉に偽りはないな?」
「あぁ」
「……ならば良い。但し、華琳様を不幸にする事は許さない」
「好いている女を望んで不幸にしようとは思わん」
「……そうか」
「あ、姉者!」
姉者はそれだけを言って倒れ込んだ。
「……少々きつく打ち据えすぎたか」
「手加減出来なかった、ということでしょうか?」
「あぁ。済まないな、夏侯淵。手加減しようとは思っていたンだが」
「いえ、構いません。それと、私のことは以後秋蘭と」
「……分かった。俺の事は好きに呼べばいい」
「はっ」
姉者が目を醒ましたとき、姉者はすっきりとした顔をしていた。
きっと教経様なら華琳様を幸せに出来るだろう。私はそれを壊そうとする者を排除すれば良い。そう思えるようになったと言っていた。私も同じ想いでいる事を伝えると、姉者は笑ってこう言った。
今まで通り、二人で華琳様を支えていこう、と。
姉者、言われるまでもないさ。私達二人が居れば、きっと支えることが出来るのだから。