〜教経 Side〜
華琳目掛けて振り下ろされた剣をはね除け、男と華琳の間に立つ。
……際どいところだったな。実際、俺が瞬動出来なかったら華琳は死んでいただろう。
「……教経……なの?」
「あぁ。俺の他にこんな格好した知り合いが居るのかね?」
「あ、貴方、此処で何をやっているの!?」
「何を、ねぇ……まぁ散歩じゃないことは間違いないが、話は後だな。華琳、下がっていろ」
取り敢えず、今は目の前の敵を駆逐することだ。
「……いつどうやって目の前に飛び出してきたのか分かりませんが、状況は変わりませんよ?私の方がまだ有利です。まだまだ兵は居るのですからねぇ」
「蒋奇!何をモタモタとして居るのだ!」
「ああ、孟岱。丁度良いところに来ましたね。曹操をあと僅かで首に出来たものを、横槍を入れて来た無粋な奴が居ましてね」
お前さんは不細工な奴だがな。
「無粋な奴?……その格好、平教経だな!?」
「……だったらどうする?」
「その首、頂戴する!」
「ハッ……お前さん達には出来ないかも知れないがね。やってみるかね?」
「曹操と似たような口を!此処は二人で確実に仕留めに行きますよ!孟岱!」
「良し……皆でやるぞ!邪魔が入らぬように後続の敵兵を止めろ!」
……何処が『二人で』だ、何処が。
「俺の目には二人には見えないがね」
「此処は戦場だ!!勝てば良いのだ、勝てば!」
二人は俺たちを挟み込むように左右に分かれる。先ず雑兵を突っ込ませた後で、左右から俺と華琳を狙って来るつもりだろう。俺は兎も角、華琳は得物を持っていない状況だ。一気に来られた場合、華琳を護れない可能性が有る。先ずは、得物を回収しておこうか。
「曹操を護りながら我々二人を同時に相手取るなど不可能!」
「己一人で飛び込んできた代償を払って貰いましょうか!」
「教経!私のことは良いから退きなさい!」
「お断りだ。危地にある綺麗な女ン子を助けるのは、いい漢の絶対条件だぜ?」
勿論、ノンケの方の、だ。
瞬動し、華琳の得物の周囲にいた雑兵を斬り殺す。
「何!?」
「それになぁ、華琳?」
デスサイズ的な得物を持って再び瞬動で華琳の側へ。
「お前さんは俺のモノだ。誰にも渡さない」
お前さんを屈服させるのは、俺であるべきだ。俺以外の人間に屈服するなど、あってはならないンだよ。
「……バカ」
「馬鹿で上等……行けるな?」
俺が差し出した鎌をその手に受け取り、一振りした。
「……ええ。抗ってみせるわ」
「それでこそ、だ」
互いを見やって不敵に嗤い合う。
「たった二人で何が出来る!殺れ!」
雑兵共が指示を受け、俺たちを殺すべく突っ込んでくる。
「ハッ……俺たちはたった二人だがなぁ!」
瞬動で雑兵共の間を駆け抜けながら、斬り捨てる。
「私達なら二人で十分なのよ!」
相手の力を利用しながら、斬り捨てる。
「何をしている!さっさと殺すんだ!」
「コイツは良い!右も左も敵だらけだ!よりどりみどりって奴だなぁ!?片っ端から斬りまくってやらぁ!死にたい奴から前に出やがれッ!」
「私達二人の命をこの程度で購えると思っているのかしら?出直してきなさいッ!」
「ぎゃあ!」
華琳を後から襲おうとしていた雑兵の首を撥ね飛ばした。
その俺の後ろに向けて、華琳が得物を振るう。
「華琳、背中がお留守だったぜ?」
「あら、貴方を信頼してあげていたのよ?それに貴方も背中がお留守だったようだけれどね?教経?」
「俺もお前さんを信頼してやっていたンだよ」
「ふふっ。期待には応えてあげるわ」
「ハッ。その言葉はそのまま返してやるさ」
俺と華琳を中心にして、次々に敵が死んでいく。まるで、ぶつかれば必ず死ぬ、目に見えぬ壁のようなものがそこにあるかのように。
やや遠巻きに囲んでいた兵が倒れた。その眉間には、矢が深々と刺さっている。
……漸くおいでになった、か。
「華琳様!」
「お屋形様を護り参らせよ!穿つのだ、我らの牙で!」
「……退け!」
「テメェら!命を捨てろ!死んでも大将を護るんだ!」
「俺の姉貴を泣かそうとするやつは皆殺しだ!」
皆、追いついてきたみたいだな。これで楽になるだろう。
「くっ……またもあと僅かという所で!」
「蒋奇!退くぞ!」
「何を馬鹿なことを言っているのです!ここで討ち果たして名を上げるのです!」
「……意見の相違ってやつは早々に調整して溝を埋めておいた方が良いぜ?まぁ、時間ならたっぷり出来る。これからあの世って処に行くンだからねぇ」
俺達の接近に気が付かないってのは致命的だったな。
「な……貴様!」
後から声を掛けた俺に反応した孟岱とやらが、俺に剣を突き出してくる。その剣を清麿で巻き込んで上へ跳ね上げ、そのまま斬り下げる。
「な、何が……?」
「……信じられない、という顔をしているな?分限を弁えない奴は死ぬしかないンだぜ?」
「孟岱!……貴様ぁ!」
「あら、貴方の相手は私よ?」
「死ねぇ!」
綺麗に相手の力を受け流して、そのままその勢いに自分の力を乗せて大上段から斬り下げた。
「勘違いしないで。万全ならば、私は貴方程度がどうにか出来る程安い女じゃないのよ?」
怖いねぇ。
壊走を始めた敵前衛を追って、琴達が追撃を掛ける。
俺と華琳の側には、夏侯淵とダンクーガ達がやって来た。
「華琳様!ご無事ですか!?」
「秋蘭……よく戻ってきてくれたわ。貴女も無事で何よりね」
「はっ……」
言葉通り、血反吐を吐いて再び華琳の元に返ることが出来た夏侯淵は、跪拝したまま泣いている様だ。華琳にしても、結構キてるみたいだし、な。水を差す程野暮じゃない。
「……ダンクーガ、忠に親衛隊半分率いさせて敵を押し戻させろ。予定通り、敵本隊が後退したらこちらも退く。深追いは避けろ。分かっているな?」
「了解だ」
「秋蘭、こちらも教経に連動して動くよう伝えて」
「はっ」
いきなり俺たちが乱入した為、敵に動揺が走っている。親衛隊と琴達がそれぞれ敵に吶喊している。新設した新撰組は、親衛隊に比べればまだまだ練度も力量も落ちる。しかし、琴と百合の指揮で優位に戦えているようだ。全員が俺と同じダンダラ模様の羽織を軽鎧の上から着込んでいる。良い風景だな。
加えて、この戦には月が付いて来ている。危険だからと言ってはみたが、どうしても付いて来ると言って聞かなかった。絶対に前線には出ないこと、そして朔が常に側に居ることを条件に承諾せざるを得ない頑なさだった。その月が率いる10,000の兵は、恋と朔が鍛えに鍛えてきた兵だ。恋が主攻、朔が防衛。その間を、詠とねねが取り持って連動させて動かしている。敵としてあの軍勢と向き合ったなら、同数でぶつかるのは絶対に避けたいところだ。手ひどい目に遭うのは間違いない、そう思わせるだけの精強な軍だ。
更に後方からは匈奴の戦士が3,000やってきている。前もって言っておいた通り、木の枝を引き摺りながら移動してきている。土煙だけ見れば、大軍が悠然と寄せてきているようにしか見えない。平家には多くの兵がいる事を奴らは知っているはずだ。大軍を投入してきたと思い、一旦後退するだろう。とんだイカサマだが、イカサマってのは引っ掛かった奴が悪いンだよ。
戦が終わった後は華琳と話をするだけだ。俺に従ってくれると良いんだが。楽が出来そうだし、な。
〜華琳 Side〜
袁紹軍を退けることが出来た私達は、現在弘農で兵を再編をしている。皆疲れていたけれど、直ぐにまた攻め寄せてくるかも知れないことを考えて準備をして貰っているのだ。こういう時に秋蘭が居てくれるのは本当に助かる。
私は、といえば、自室として割り当てられた部屋で教経と話をしている。
「先ずはお礼を述べるのが筋なのでしょうけれど、質問から良いかしら?」
「あぁ。何となく予測が付くがね」
「どうして私を助けに来たのかしら?」
「まぁそう来るよなぁ……戦の最中に言った気がするがね」
戦の最中に教経が言ったこと。
『お前さんは俺のモノだ。誰にも渡さない』
言ったときの雰囲気から分かっては居たけれど、やはりあれは本気だったのね。
私をモノ扱いするかのような言動なのに、あの時私は怒るより先に嬉しいと感じていた。
「そ、そう……そこまで想って居るなんてね」
「当たり前だろうが。お前さんだってそう思っている筈だぜ?」
「……そうね。そうかも知れない。でも、よくそれで周囲の女達が許したわね?」
「……しっかり説教済みだよ。エラい目に遭ったが、最終的には皆納得してくれたさ。それもこれも、お前さんのせいだぜ?華琳?こうなった以上、俺の望みを叶えて貰わないと困るンだよねぇ」
「……いいでしょう。そもそも約束していたしね」
「……俺の望みって奴を聞かなくても良いのかね?」
「ええ。分かっているつもりよ」
『俺がお前さんの初めての男になってやるよ』
そう言っていたものね。正直な話、私は最期に教経に逢いたくて仕方がなかった。
あの状況で、私を助ける為に自分の身の危険を顧みずやって来た。
私を救う為に、単身敵中にまで乗り込んで。
そして、ああ言って私にその思いの丈を伝えてきてくれた。
まさか、私が力で屈服させられるのではなく、心を屈服させられてしまうなんて思っても見なかったけれど、ね。でも、もう私は教経と生死を賭けて戦う事なんて出来ないでしょう。教経を殺してしまう可能性が有るのに教経と戦うことを、私の心は拒むでしょうから。手に入れられないならば、殺してしまったとしても仕方がない。ぶつかり合った結果、教経が死んでしまっても仕方がない。そう思い切ることは、もう出来そうにない。
「そうかね。だが、改めて言葉にする必要があるだろうな。
……華琳。俺の側に居て、俺に手を貸してくれ。お前さんが居れば、俺は俺が想う理想の世の中をより確実に創り出すことが出来るだろうから」
「……民に非常な世の中で生きていく事を強いる事がない世の中を?」
「そして全ての人間が、平凡な人生を送ることが出来る世の中を」
抱いている理想は、想像通り私とさほど変わらないもの。
「……教経。今の誘いの言葉、どういう意味か分かっているのよね?」
「あぁ。分かってるつもりだ」
そう。『私と共に生きていきたい』、なんてね。
「し、仕方がないから一緒に歩んであげるわ。この乱世を、そしてそれを終わらせた後も、ずっとね」
「あぁ……これから宜しくな、華琳」
「ええ……宜しくしてあげる、教経」
それは、誓いの言葉。
私達二人だけの、誓いの言葉。
仕方がないから貴方を支えてあげるわ、教経。
仕方がないから。
〜教経 Side〜
弘農で袁紹軍を撃退した後華琳と話をし、華琳が俺に従ってくれることになった。
その後華琳と他愛のない昔話をしていた。
鉅鹿で最初に遇ったときの話。
最初の印象が最悪だったらしい。自分の身長を見て、馬鹿にされたと思った。最後には認めてあげたのよ?とか。ツンデレか?微妙に違う気もするな。
反董卓連合の時の話。
負けることはないと思っていたが、見事に負けた。その時点で、華琳にとって俺の存在は自分と対等なものになったらしい。対等になれる可能性が有るのではなく、対等か自分が劣っているかも知れない存在だ、と。まぁ、覇王様に見込まれるってのは悪い気はしない。
華琳に呼び出されて逢った時の話。
俺が華琳のことをどれ程想っているかはその時に気が付いたわ、と。どれ程想っていたんだろうな?まぁ、華琳を倒すなら俺以外にあり得ないし認めない、とは思っていたからな。残念ながら、華琳と決戦するってのは望めなくなったが。ただ、華琳が死んで二度と話が出来ないって訳じゃ無いから、この手に掴んだ結果には満足してる。
そして、今日の話。
助けに来てくれなくても良かったのよ。でも……嬉しかったわ。た、唯、ほんのちょっとだけよ?こういうことになったからと言って、調子に乗らないでね?と言っていた。生粋のツンデレか。こういうことになったって、どういうことになったんだよ。
そうやって話をしていた。
そして、気付いたら華琳に口付けされていた。
「ん……ちゅ……」
「……か、華琳」
「……何?私が口付けしてあげているのよ?もっと嬉しそうにしなさい?それとも、嬉しくないのかしら」
「……そりゃまぁ綺麗な女ン子に迫られるのは嬉しいがね」
「そう。なら良いじゃない」
何でこんな事になってるんだ?
……まぁ、嫌じゃない。あまり驚いていない事から考えて、こうなるかも知れないってのは無意識に分かっていたのかも知れない。
俺と華琳は似ている気がする。華琳が側に居ることは自然な気がする。俺は華琳の中に自分を見出していたんだろう。だから華琳が袁紹如きに負けることに耐えられなかった。自分の中からあふれ出た、もう一人の自分がそこにいるような気がして。それを、自分のモノにすることを望んで居た気がする。
「華琳……ちょっ……んぅ……」
「……ちゅ……ちゅ……はぁ……。何よ。私の初めての男になるのでしょう?」
……そう言えばそんなことを言ったな。
まさか言葉通りの意味で捉えてそうしようとするとは思っていなかったけど。
「華琳?」
「……私の初めての男にしてあげるわよ」
「……いや、お前さん、それでいいのかよ」
「いいわ。貴方がそう望んで居るのだから」
「一方通行でするものじゃないだろうが」
「……バカ」
「は?」
「……私も、それで良いと……そうしたいと思ってるわよ……?」
あの華琳が、こんな風になるんだな。
「華琳、大丈夫か?」
「……もの凄く痛かったわ」
「……その、済まんな」
「……別に良いわよ。これ、本当に痛くなくなるの?」
「……みたいだぜ?俺は女じゃないから分からないが」
「……役に立たないわね」
「そりゃ悪う御座いましたね」
「本当よ……ちゅ……」
華琳が口付けをしてくる。
「……華琳」
「教経。貴方が私を助けに来たとき、私が何を考えて居たか分かるかしら?」
「さぁ……生憎と俺は人の頭の中を覗けるような人間じゃなくてね」
「当てる事が出来たら、もう一度抱いても良いわよ?」
「外したら?」
「そうね……罰として口付けして貰おうかしら。私からしかしていない気がするしね」
「どっちに転んでも役得だねぇ」
「……で。私は何を考えて居たと思うの?」
「晩飯のことだろ?常識的に考えて」
「ハズレ……ん……ちゅ……」
「……外したか。惜しかったんじゃないか?」
「さぁ……どうかしらね」
「ん〜……酒が飲みたい、かな?」
「ハズレ……んん!……」
「……なンだ、違ったのか?」
「……そんなにわたしに口付けしたいの?」
「あぁ。したい」
「ん……んん!……」
「……柔らかいな。綺麗な唇してる」
「……綺麗なのは、唇だけかしら?」
「……全部綺麗だと思うよ。一部残念だと思うけど」
「死にたいのかしら?」
イイ笑顔だな、華琳。真っ黒黒助な感じだが。
「……だが一番綺麗なのは、心、かな」
「……バカ」
華琳が寝台の中で抱きついて来る。
「なぁ華琳。俺は当てられそうにないんだが。それだと華琳は抱けないな?」
「う……意地が悪いのね、教経は」
「いやいや、お前さんが言い始めたことだろうに」
「……仕方がないから抱かれてあげるわよ」
「……素直じゃないな、華琳」
「……うるさい。しっかり抱きしめなさい?」
「はいはい……我が儘なことだ」
華琳があの時何を思っていたのか。
華琳は、事が終わった後教えてくれた。
『最期に、俺に逢いたい』
そう思って居たと言っていた。
期待を裏切れて良かった、と言った俺に、首を傾げて怪訝そうな顔をして。暫く考えた後言葉の意味をちゃんと汲み取り、薄く笑った。
「……そうね。最期にはならなかったのだから」