〜教経 Side〜

夏侯淵が目を醒ますのを待っている間、宛で軍を待機させている。袁紹軍の状態次第ではこちらから攻め掛かってやろうと思い、兎に角糧食を集めさせている。普段からそれ程税として納めさせているわけではないから、各集落には糧食がそこそこに蓄えられているようだ。それを購入し、外征出来るだけの糧食を集めようとしている。

星からその進捗状況を聞いていると、ダンクーガが部屋の外から声を掛けてきた。

「大将」
「なンだ?」
「長安から賈駆の姐さんが匈奴の族長を連れて来たってよ」
「匈奴?」
「ああ。目通りしたいって言ってるらしい」
「……ふむ。謁見するから広間に通しておいてくれ」
「分かった」

匈奴、ねぇ。俺に何の話だろうか。まぁ詠がいるし、詠から説明があるだろう。

「主。もう行かれるのですか?」
「仕方がないだろ?お仕事の時間だ」
「もう少しこうして居てくれても良いと思うのですが」
「そうしていたいが、それだといつまで経っても行けそうにないからな」
「折角こうして二人で居るというのに、主はつれないですな」

俺は星から進捗状況を聞いていた。寝台の上で。……要するに、そういうことだ。
星と久し振りにこうして居るから名残惜しいが、国事に優先させる訳にはいかないだろう。

「星、分かってるだろ?」
「……それでも言いたいのですよ、主」
「……星、明日は星の番だろ?それまで待っててくれ」
「……仕方ありませぬ。が、主?主がこの星のことをどう想っているのか、それを聞かせて頂きたいものです。言って頂ければ、私も我慢出来るのですが」

いつも通りの星を装っているが、ね。
不安なんだろう。そりゃそうだ。自分の男が帰ってきたら、新しく女を連れてました、という訳だし。碧にも風にも散々言われたが、二人とも自分に対して俺の興味が失せていたりしないか、と不安に思っていた。星だって当然不安に思っているだろう。
星をしっかり抱きしめて、耳元で愛を囁く。

「……星。俺は気が多い男だが、だからといって移り気な訳じゃ無い。俺は星のことを変わらず愛しているよ」
「……主……」
「こういう時は、教経様って呼ぶんじゃなかったか?」
「……覚えておられたのですか」
「当たり前だ。大切な人がそう言っていたんだから。忘れるわけがないじゃないか」
「……教経様、私も、愛しておりますよ」

星と口付けをして、ゆっくりと体を離す。

「……じゃぁ、行ってくる」
「……はい。行ってらっしゃいませ、主」

星が優しく微笑む。
……綺麗じゃないか、星。見とれちまったのがちょっと悔しいから口にはしないがね。







「良く来てくれたな。俺が平教経だ」

広間に行くと、軍師達が既に集まっていた。
詠と見知らぬオッサンが俺の座の前で跪拝している。

「はっ。この度は突然訪問したにも関わらずお目通りをお許し頂き有り難う御座います」
「そう堅苦しい挨拶はしなくていい。最低限の礼を守ってくれれればね」
「はあ」
「で、詠。どうしたンだ?」
「匈奴の長がアンタに逢って話がしたいって言ったから連れてきたのよ。悪い話じゃないと思うけど、月やボクじゃ責任のある回答が出来そうになかったから連れてきたってわけ」

責任のある回答が出来ない、ねぇ。
どんな話を持ちかけてきたんだ?

「どんな話を持ってきたんだね?」
「……我ら匈奴の戦士を平家軍に参加させても構わない、という話です」
「へぇ。……それの見返りは何だね?」
「董卓殿が言う通り、流石に平家の頭領は話が早くて助かる。
現在平家と我々匈奴とは、我らが必要とする秣を提供して貰う替わりに馬などの家畜を融通する、良い関係を築けていると思う。が、来年以降いつも通りに家畜を融通することが少々困難になったのです。大陸の東側で居心地が悪くなりつつあり、一族が涼州近辺に集まりつつある。少なくとも平家の人間は我らを人として対等に扱ってくれる。その話を知った者達が続々とこちら側へ移ってきている。つまり、人口が増えた事によって融通出来る家畜が少なくなってしまったのです。
といって、交換出来る家畜が少なくなったから邑で略奪しようとは思わない。折角築けたこの関係を自ら放棄してまで得ようとは思わん。幸いにして貴方は我々のことを人として見てくれている。であれば話が通じるだろうと思ったのです」
「……戦働きをする替わりに、今まで通りの秣を寄越せ、ということか」
「有り体に言えばそうですな」

ふむ。ただで寄越せというのであれば困るが、対価を支払うというのであれば問題無いだろう。
軍師は皆賛成らしい。目が合うと皆頷いていた。

「対価を支払う、というのであればこちらに異存はない。が、爺だけじゃ困るぜ?」
「無論、戦働きが出来る者を参加させます」
「……それなら構わない。参加してきた奴らには、他の兵と同額とは言わないまでも給金を支給してやる」
「ほう。宜しいので?」
「その代わり、常駐して貰うぜ?軍属として5年働いて貰う。一年に3,000人程度送って貰おう。5年経過したら、匈奴に帰る。5年で15,000の匈奴軍が出来る、という訳だ。それ以上は増やさない。そちらにとって負担になるだろうからな。その条件で、秣を必要とするだけ供給しよう」
「こちらにも異存はありませぬ。いや、話が出来て良かった」
「それはこちらも、だねぇ」

馬と共に育ってきた匈奴の戦士が加わればかなりの戦力になる。敢えて平家の郎党の中に混ぜ込まずに匈奴の戦士だけを纏めて運用することで、彼らの長所を生かす事が出来るだろう。類い希なる機動性と剽悍さを兼ね備えた飛び道具として、ね。

「話はそれだけかね?」
「ええ。それだけです」
「そうかね。宛でも長安でも見物していくと良い。お前さんを見て物珍しそうにしたり吃驚したりする奴が居るかも知れないが、少なくとも謂われのない差別をする奴は居ないはずだ。というより、居ないかどうかを確かめる為にも見物していってくれ。もし居るようなら俺に知らせて欲しい」
「ではそうさせて頂きますかな」
「あぁ。宛で良ければ宿舎はこちらで用意しよう」
「宜しくお願い致します」
「良し。冥琳、用意してやってくれないか」
「分かった。穏、案内を」
「は〜い」

匈奴の長を穏が案内して行く。

「思ったより良い話だったな」
「まあ月が慰撫しているんだから当然よね」
「そうかね。……久し振りだな、詠」

階を降りて詠に近寄って、片手に抱く。

「こ、この馬鹿!人前で何してんのよ!」
「抱いてる」
「そういう事じゃないわよ!」
「じゃ、どういうことだよ」
「どういう事って……恥ずかしいじゃない!」
「……その割には離れようとしないよな、詠」
「……何よ。離れろって言うわけ?」
「いンや。抱きついてろ、詠」
「ふ、ふんっ。仕方がないから抱きついてやるわよ」

相変わらずのツンデレラだ。可愛いねぇ。久し振りにボクっ娘に逢ってる気がするな。

「……詠、後で教経殿と一緒に居られるのですからその辺りで」
「わ、分かってるわよ」

稟がちょっと嫉妬してるみたいだ。俺も自重しないとな。

「じゃな、詠。また後で、な」
「……う、うん。また後で」
「頬が朱いぜ?」
「……うっさい!さっさと行きなさい!」
「へいへい」

やれやれだぜ。怖いから夜までダンクーガでもいじって遊ぶとするか。















〜ケ忠 Side〜

荊州から宛に入ってから数日経った。相変わらず、高順は兄貴の身辺警護を抜かりなくやっている。勿論俺もやっているけど、身辺警護より身元調査に忙しかった。

高順を含めた親衛隊全員の身辺調査を徹底的にやった。これをすることで足元を固め、親衛隊だけは何があっても大丈夫だという確証を得ることが先だと思ったからだ。高順の奴は信じて居るが、俺は新参者だ。俺だからこそ出来ることだろうし、やっていたと知れてもそんなものだろうで終わることが出来る。姉貴から郭嘉の姐さんや程cの姐さんに話をして貰い、諜報網を使って調べて貰った。その中で、幾人か身元について怪しい人間がいた。

先ず高順。まぁ、コイツは除外だろう。平家の人間全てが、アレは兄貴の股肱の臣であることを認めている。……本人は股肱の臣という言葉の意味を知らなかったが。アレが隊長で大丈夫か?親衛隊の人間が色々といっちゃってるのはコイツのせいだと思うんだが。
それから俺。殺しかねないって意味じゃ一番怪しい人間だ。何せ俺は姉貴優先だから。もし姉貴を捨てるような真似をしたら、当然報いを受けて貰おうとするだろう。まぁ、現状だと除外だな、除外。最近、姉貴が俺にのろけ話を聞かせてくれるようになった。曰く、『兄貴は姉貴のことをなんでも分かってくれる』。曰く、『兄貴は姉貴の全てを愛しいと言ったくれた』。上手くいっているか?と聞いた時にそう切り返してくれた。……兄貴、今から殺しに行ってもいいか?……おお、要注意人物だな。今後も注目が必要だ。
次に魏越。太原から付き従っている人間だが、出自がよく分からない。しかし、高順に拠れば太原で兄貴や高順と共に戦った人間であり、その為人も人の良いオッサンの枠を出ない人物らしい。酒を飲んだ時に前後不覚になるが、その時に必ず太原での兄貴の戦いぶりについて熱く語り、『酒を飲ませると一番質が悪いオッサン』の地位を不動のものにしている。その心酔ぶりから考えて、ありえない。
最期に、牽招。コイツが一番臭い。冀州安平郡の出身で、袁家の世話になっていたらしい。兄貴が并州から逐われた時に共に移動することを志願して軍へ。その後、働きを認められて親衛隊に所属した。警護をするときに態々俺の下に付けて様子を窺っていたが、恐らくコイツで間違い無いと思う。

根拠はある。
俺たち親衛隊は、兄貴に害を為さんとする人間を捜すために常に周囲に目を配っている。だが奴は兄貴の様子を窺っていたことが多々ある。俺は親衛隊員に目を配っていたから気が付いたんだが。
高順はコイツのことを高く買っているらしい。だからこそ、危険だと思うんだがねえ。

その事について話をする為に、高順と牽招を呼び出した。

「何の話だ、ケ忠」
「高順か。牽招はどうした」
「分からん。一応お前が呼んでるって伝えといたんだが」
「そうか」

まぁ、大丈夫だろう。今兄貴は趙雲の姐さんと一緒に居るはずだ。余程のことがない限り、牽招に後れを取ることはない。趙雲の姐さんは俺を含めた高順以外の親衛隊員について、全幅の信頼を置いていないみたいだからな。信頼を置いていないというよりは、万が一のことを考えて居る、ということなんだろうけどさ。

「で、何だってんだ。大将の警護から外れてでも来い、というのは穏やかじゃないだろうが」
「……多分だが、刺客が分かった」
「何だと!?誰だそいつは!」
「高順、落ち着いて聞けよ?……牽招だ」
「何を馬鹿なことを言っていやがる!アイツが刺客のはずがないだろうが!親衛隊員になったときに誰よりも喜んでいたんだぞ!?親衛隊員として大将を護ることが出来ることに誇りを持っていると、そう言っていたんだぞ!?」
「さてね。それを問い糾すためにお前と一緒に呼んだんだよ、俺はね」
「根拠はあるんだろうな!?」
「当然。聞きたいか?」
「聞かせろ!」

高順に、根拠を説明してやる。
最初出自について話をした時に、そんなことは関係ないだろうが!と息巻いていたが、警護の時の態度について話をすると、思うところがあったのか黙り込んでしまった。兄貴の身辺で長く警護をしてきた高順にしてみれば、やはり牽招の態度は怪しく思えたのだろう。

「……その事を誰かに話したか?」
「……いや。まだ誰にも話をしてない」
「……そうか。それが賢明だろうな。アイツは什長やってるんだ。動揺するに決まってる」
「で、どうするんだ?まだ来ないみたいだが」
「俺たちで直接訊くしかないだろう。牽招の部屋に行くぞ」

高順について、牽招の部屋に向かう。大人しく自白してくれれば良いんだが。

「牽招、中にいるんだろう?入っても良いか?」

部屋の前まで来て高順が中にそう問いかけるが、返事がない。中から物音がしない。

「……おいおい、まさかとは思うが、見破られたと察知して兄貴を殺しに行ったんじゃないだろうな」
「おい!牽招!いるんだろう!?扉を開けろ!」

高順が扉を叩くが中からは相変わらず返事がない。

「糞!ぶち破って中に入るぞ!」
「お、おい高順」
「オラァ!」

高順が扉をぶっ壊して中に飛び込んだ。

「なっ!」
「どうしたんだよ、高じゅ……」

……部屋の中で、牽招が死んでいた。自分の腹を支給されている槍で突き刺して。






兄貴を呼び出して、事の経緯を説明した。
刺客が送られていると考えて警護していたこと。
その中で、牽招が怪しいと思って調べようとしていたこと。
そして、その牽招が遺書を残して死んだ事。

俺が兄貴に説明する間、高順はずっと俯いていた。

「……で、牽招は何で死んだんだ」
「……最初は、諸葛亮に言われて兄貴の下に付いたらしい。いつか兄貴に繋ぎを付けるために潜り込んでおいて欲しい。そう言われていたみたいだ」
「……それで?」
「益州討伐が決まる前、兄貴を殺すようにと書状が来たらしい。その時点で、牽招は兄貴と高順に心酔していたようだ。けど、牽招は袁家に恩ある身であり、この指示を受けないという結論を出すことが出来なかったんだと。
でも、どうしても兄貴を殺す気になれなかった。いや、正確に言えば、兄貴の為にと自分を信頼して兄貴の側に置いてくれている高順を裏切ることが出来なかった。役目も果たせず、兄貴と高順を裏切るような真似をしようとした自分に残された道は、自害しかない。そう書いてあるよ」
「……そうか。他に何か書いてあったか」
「……今まで良くしてくれて有り難う御座いました、と高順に宛てた詫びがこれでもかと書いてあったよ」
「……馬鹿野郎が」

拳を握りしめて、高順が声を絞り出すようにそう言った。

「……そうか」
「……大将、俺を降格してくれ。後釜にはケ忠が座ればいい」
「……何故そうして欲しいんだね?」
「俺は見抜けなかったよ。ケ忠は見抜いてた」
「……高順。それは違うだろう。俺は後から入ってきた新参者だ。だからこそ、先ず親衛隊員全員を疑って掛かったんだ。それにな、俺は一番上に立つってのは無理だ。姉貴の補佐をずっとやってた関係上、俺は補佐に向いて居るんだよ。そこに特化しているんだから。
大体、自分の配下を完全に信頼せずに身辺調査を徹底的にやらかす人間が頂点に立てるはずがないだろう。上に立つには、素質が必要なんだよ。丁度兄貴が信頼した人間に裏切られて死んでも悔いはないと言っているように、親衛隊員は全員家族だと言い切れるお前のような人間じゃないと、誰も命を捨てようとは思わないだろう。
逆に言えば、お前がそうだからこそ牽招は自害したんだ。俺が親衛隊長だったら、躊躇いなく兄貴を殺しに行ってたに違いないんだから」
「……」
「……忠が正しいだろう。ダンクーガ、お前は降格しない。理由は今忠が言った通りだ。それから、神葬祭の用意をしろ」
「……何で?」
「牽招は、俺の命を狙って親衛隊にまで入り込んでいた刺客を見事に討ち果たしたンだ。その刺客が自分の中にいたから、自分を突き刺して殺してやったンだよ。立派に親衛隊員として死んでいったンだ。刺客を道ずれにして。何処に出しても恥ずかしくない、立派な親衛隊員としてな。
それを平家の頭領たるこの俺が送ってやらないでどうする。平家の郎党が死んだら、神葬祭を執り行う。これは太原からずっと俺がやってきたことだろうが。コイツには俺に送られる資格がある。お前はそう思わないのか」
「……そうか、そうだよな。牽招は刺客を討ち取ったんだよな」
「そうだ。……俺はコイツがどういう奴だったのか知らん。お前が一番知っているだろう。奉呈する弔辞を用意しておけ」
「……分かったよ、大将」

……流石は兄貴だ。俺の兄貴はこうでなきゃならない。まあ、こういう人だからこそ姉貴も惚れてるんだろうけどね。

日没後、兄貴が神葬祭を執り行った。親衛隊の皆には、事情を全て説明してある。親衛隊員であることに誇りを持っていたこと。だが受けた恩義との板挟みにあった結果、自害せざるを得なかったこと。遺書で高順に何度も詫びていたこと。誰一人、牽招を罵る奴は居なかった。奴を知っている人間は、その心情を思って涙を流していた。

兄貴が高順の書いた弔辞を奉呈した。高順が、恐らく一番牽招に言いたかったこと。それを兄貴が詠み上げた時、啜り泣く声がした。それは、こういう言葉だった。

『俺の大切な家族』

夜の帳が下りる中に、そう詠み上げる兄貴の声が響き渡っていた。















〜詠 Side〜

教経の命を狙う刺客を殺すために、親衛隊員が一人死んだ。そいつの為に神葬祭を執り行った教経は、疲れた顔をしてボクの部屋に入ってきた。事情はケ忠から聞いた。断空我もかなり衝撃を受けていたみたいね。

教経は基本的に甘い人間だ。特に、身内には。事情を聞いた限りでは、教経にも袁家にも義理立てをする為に死なざるを得なかったとしか思えない。義理堅い人間だったのだろう。
教経はそういう人間を好む。そしてそういう人間が謂わば自分の為に死んだことを悼んでいるに違いない。

「教経、割り切れないの?」
「……いや。どちらかというと、やりきれないな」
「やりきれない?」
「あぁ。聞いて廻った限りじゃ、死ぬしかなかったンだろうけどな。本人の性格的に考えて。それは分かる。だが何となくこう、もやもやするンだよ。これが悩んだ末に俺の前に刺客として立ちはだかったンだったらこんな気持ちにはならないだろう。悼みはするが、いつも通り割り切れただろうさ。何て言えばいいか分からないけど、兎に角やりきれない」

教経は寝台に腰掛けて目を瞑っている。

「嫌になったわけ?」
「……この乱世が嫌になったのは随分昔からそうだ。だからこそ終わらせようとしているンだよ」
「平家の主として人を死なせることに飽いた?」
「……人を死なせることにはとうに飽いているさ。だがそれでも俺は歩みを止めるつもりはない。それをすれば、今まで死んでいった奴らが無駄死にしたことになるンだからな」
「……それなら良いんだけど」

後からそっと抱きしめたボクの腕を教経が軽く掴む。そのまま二人で密着している。

「ねぇ、教経」
「なンだよ、詠」

さっきから不敵で不遜な物言いをしているけど、ボクの前では普通でいて欲しい。

「……ボクの前でぐらい強がるのは止めなさいよ。今此処にはボク達二人しか居ないんだから」

教経の頭を抱えながら、そう言う。

「……分かったよ」
「教経。アンタのおかげでボクも月も生きている。アンタはそうやって沢山の人を助けてきたのよ。確かにアンタは万能かも知れないけど、全能じゃない。アンタに出来ることなんて、高が知れているのよ。分かってるでしょ?」
「それは分かるさ。この件に関しては、俺は何もしてやることは出来なかっただろう。分かった上で、何ともやりきれないっていうだけなんだよ。別にもう平家の主として戦をしたくないだの、昔みたいに強くなきゃならないから自分の感情を殺すんだだのと言ってる訳じゃ無い。無力感に苛まれている訳でも何でも無いんだ。
自害しなきゃならないところまで追い込まれていた奴の事を思うと、哀れだと思うんだよ。それだけだ。だからどうこうしようって訳じゃないんだよ。哀れだ、と。ただそう思っているだけなんだよ」

仕方がないのかも知れない。割り切るべきだと分かっているけど、そして割り切ってはいるんだろうけど。教経の中に死んだ人を悼む思いがあるのは間違いない。ああいう死に方をした人間のことを悼めない人間よりは遙かにマシだと思う。それで立ち止まろうとしている訳じゃない。ただ、悼んでいるだけ。それの何処が悪いのか、と思う。
それにコイツはボクの前だからこんな風に話をして、自分をさらけ出してくれているんだと思う。

「……こっち向きなさい」

目を明けて顔をこちらに向けた教経に口付けする。

「……ン……んぅ……ちゅ……ちゅ……」
「……ん……詠」
「仕方がないから今日だけボクが甘えさせてあげるわよ。明日からきちんとしなきゃ駄目なんだからね?」

そう言うと、教経は軽く笑ってこちらに向き直った。

「ふっ……」
「な、何よ」
「いや、『明日からきちんとする』って言葉にちょっと聞き覚えがあってな?」
「う、うるさいわね!」
「……有り難うな、詠」
「ふんっ……しっかりしなさいよね」
「分かってるさ」

その日は汗を流した後、教経はボクの胸の中で眠りについた。
教経はこのままで良い。こういう奴だからボクはこいつが好きなんだと思うから。

「……ん……詠……」

……しょうがないんだから。