〜華琳 Side〜

袁紹軍の糧食を纏めて管理していた烏巣を襲撃し、その糧食を焼き払う事に成功した。何らかの対策を立てている可能性が有り、苦戦することまで考えていたのに。拍子抜けね。これで私の勝ちは揺るがないものになったわ。

「凪!沙和!直ぐに兵を纏めて城へ戻るわよ!」
「はっ!」
「騎馬を戦闘にして帰路に居る敵兵を蹴散らした後を徒が進む。騎馬隊はある程度まで掃討したら戻ってきて後背に迫る敵にぶつかってまた前方へ。これを繰り返しなさい!騎馬は沙和、徒は凪がそれぞれ指揮しなさい!」
「了解なの〜」

城に戻ったら兵を再編し、逆上して城に攻め掛かって来るであろう袁紹軍の猛攻を凌げるようにしておかなければならないわね。麗羽のことだから逆上して突っかかって来るでしょう。その時が貴女の最期になるかも知れないわね、麗羽。





「華琳様!袁紹軍が撤退を始めております!」

官渡の城に戻った私達は一旦兵に休息を与え、来るべき袁紹軍の全面攻勢に備えていた。まさか撤退するとは思わなかったけれど、攻守が入れ替わるだけで特に問題はない。残念ながら麗羽を此処で討ち果たすことは出来そうにないけれど、麗羽を逃がす為に多くの兵を殿に回すことでしょう。その殿を徹底的に叩いて暫く軍事行動が起こせぬように痛手を与え、その間に私がその回復力を上回る速度で領内を慰撫して廻れば立場は逆転することになるでしょう。

「そう。皆出陣の用意をしなさい。態々エン州まで死にに来てくれたのにあれ程多くの人間がまだ生きているという結果に落胆していることでしょう。ここで彼らを手ぶらで帰したのではこの曹孟徳の器量が疑われるというものだわ。
……今から追撃戦を行う。前に立ちふさがるものは全て斬り捨てなさい。助命する必要はないわ。戦が終わるまでは、前に立つものは全て排除なさい」
「御意!」






「桂花、状況は?」
「春蘭、秋蘭の両翼が敵を中央部に押し込んでいるところです。後は本隊でこれを叩いてやれば勝ちは華琳様の手の内に自ずと転がり込んでくると思われます」
「そうね。敵将も中々やるものだけれど、相手が悪かったわね」

張飛と顔良が殿を務めているけれど、私の敵ではないわ。身の程というものを弁えなさい?貴女達程度が私と対等に渡り合おうなど思い上がりも甚だしい。

「敵が密集している中央部に向かって矢を立て続けに3本放ちなさい!放った後、敵に吶喊する!」
「矢を番えなさい!……放て!」

兵達が次々に矢を放っている。一本目、二本目、三本目。矢を射るごとに敵兵を減らしていく。それだけでなく、敵の隊伍を乱していく。

「行くわよ!続きなさい!」

兵を従えて敵中に切り込む。周囲にいる雑兵が私に向かって剣や槍を繰り出してくるけれど、そんなものは無駄なのよ。絶で全ての攻撃をいなし、いなした時に生じる勢いを利用してそのまま相手を薙ぎ払う。

「ぎゃぁ」
「あら、素敵な断末魔の声ね。容赦なく殺しなさい!敵は怯んでいるわよ!」

本隊が突っ込んだことで敵の圧力がこちらに集中して来ている。けれどそれも私の思惑通り。

「華琳様の目の前で醜態を晒す訳には行かんぞ!突っ込め!敵を討ち取って名を上げる機会を得よ!」
「姉者の隊に後れを取る訳にはいかないぞ!?夏侯淵隊、突撃せよ!」

全面に集中したことで薄くなった側面から、春蘭と秋蘭がここぞとばかりに攻め掛かる。敵は甚大な被害を目の当たりにして後退しようとしているが、それを許すはずがないでしょう?貴女達には私に降るか、此処で死んで貰うかするわ。

「申し上げます!」
「何事か」
「ち、陳留が袁紹軍に落とされました!」

何ですって?

「今何と言ったのかしら」
「は、はい。陳留が袁紹軍に落とされました。敵兵は20,000。敵将は麹義に沮授とのことです!」

やってくれるわね。幽閉されている諸葛亮が沮授に策を授けたと見て良いでしょう。

「華琳様、如何なさいますか?」
「……前面の敵を撤退させてやりましょう。ある程度手心を加えてやりなさい。その上で全軍を反転させて陳留へ向かうわ。一応、後背に注意しておきなさい。諸葛亮が絵を描いたのであれば、陳留攻略の軍それ自体がおとりだという事も考えられるのだから。本命は後ろから来る可能性が有るわ」
「はっ。了解致しました」

思わぬ所で邪魔が入ったけれど、私の裏をかこうなんて少し甘いんじゃないかしら。私は曹孟徳。貴女達に関わっているような暇は無いのよ。
















〜沮授 Side〜

「沮授。どうやら曹操軍が来たようだ」
「そのようですね。麹義殿、分かって居ると思いますが……」
「心配無用。諸葛亮殿の采配であればそれに必ず従おう。この私を完全に使いこなせるのは私ではなくあの方らしい。それを知って猶自儘に振る舞おうとは思わん」
「……安心致しました」
「ふん。貴様に心配される程阿呆ではないわ。
……貴様ら!陳留の城壁に拠って戦線を膠着させるぞ!それ以外のことを考えるな!打って出ることは許さん!民に狼藉を働くことも許さん!破ったものは例外なく死罪!分かったか!」

麹義殿の呼びかけに兵が気勢を上げて応じる。これならば持ち堪えることが出来るだろう。

「来ました。先陣は夏侯惇のようです」
「ほう。では矢を馳走してやろうではないか」
「麹義殿、余り前に出られますと、思わぬ怪我をなさいますぞ?」
「大丈夫だ。その辺りは心得ているつもりだ。私が不幸にも射られてしまうのか、それとも夏侯惇が不幸にも私に射られてしまうのか。これだけでこの戦を占うことが出来よう」
「それでは私もお供しましょう」
「卿までやられてしまったら困るが?」
「麹義殿がやられてしまったら策自体が崩壊しますから同じ事ですよ。崩壊するなら味方が此処に集まる前に、策破れたことが判明した方が良いのです。それなら被害は此処に居る20,000で終わります」
「……言うものだわ。好きにするが良い」

麹義殿と話している間にも、曹操軍が城門に攻撃を加えて来る。
前に出て馬上で指揮を執っているのが夏侯惇だろう。

「さて、私と貴様とどちらが天に愛されているのかな?」

麹義殿が弓を引き絞る。矢が麹義殿に降りかかるが、それが全く見えていないようだ。

「……貰った!」

麹義殿が発した矢は、馬上に在った夏侯惇を貫いた。顔に刺さった様に見えたが、どうやら目に刺さっているようだ。後退して治療を受けるかと思っていたが、その場で矢を引き抜いて眼球を喰らい、そのまま前線に留まって指揮を執り続ける。
……何という精神力だ。曹操軍の士気がこの上なく揚がっている。

「……アレは化け物か何かか?」
「そのようですな」
「まあ良い。運試しには勝ったのだ。この戦、私達の勝ちだろう。引き続いて抗戦してやるのみよ」
「では私は反対側へ向かいます」
「そうしてくれ。恐らく搦め手から攻めて来るであろうからな。あちら側の兵の指揮については卿に全権を委ねる」
「宜しいのですか?」
「私は此処に居て戦場の全てを見通せる程の人間ではない。現場のことは現場の人間が最もよく分かって居るものだ。低能であったり無能であったりすれば困るが、どうやら卿は総身に知恵が回りかねているような輩とは違うようだし、性根も据わっていることは分かった。信頼しておいてやる」
「……有り難う御座います。では、私はこれで」
「ああ。……死ぬなよ。卿らの本領は戦の後だろう。それを果たさずして死ぬような馬鹿な真似はするな」
「元より承知の上です」

麹義殿と分かれて、西側の城門を守備する為に移動する。
遅くなったが、袁家は一つに纏まりそうになっているのではないか。これであれば、天下争覇に乗り出せる。但し、この戦に勝利することが出来れば、だが。

















〜朱里 Side〜

「申し上げます!」
「何でしょうか」
「張コウ殿、田豊殿が曹操軍の後背を突きました!」
「そうですか。御苦労様です」
「はっ!」

陳留を落とした麹義さんと沮授さんが頑強に抵抗している内に、張コウさんと田豊さんが率いる15,000の兵が曹操軍の後背を突いた。尤も、それを予測していたのであろう。いつの間にか構築されていた柵によって上手く兵の勢いを殺されてしまった為、後背を突いて一気に瓦解させるという当初の策は破られた形だ。
麹義さん、沮授さん、張コウさん、田豊さん。この四人は今必死に戦っているはずだ。袁家の行く末を決めるこの戦に参加しているのは、私を含めて5人しかいない。私は常々彼らにそう言ってきたのだから。そして曹操は彼らの必死さを肌で感じているはずだ。増援があったとしても、僅かなもの。そう思っているに違いない。

「申し上げます!張飛殿が兵2,000を率いて後方から出現し、敵後背に攻撃を開始しました!」
「敵本隊は後方の友軍に対する攻勢を強めていますか?」
「はっ!敵本隊は陳留攻めを一旦中止して後方の友軍を殲滅せんとしている模様です!」
「そうですか。下がって構いません」
「失礼致しますっ!」

此処までは全て計算通りに来ている。
麹義さん達には悪いが、私は彼らに伝えた策が私の企謀の全てであると言った覚えはない。彼らは皆、それが全てだと思っていたようだけど。敵を欺かんと欲すれば先ず味方から。秘匿すべき策というものは、私だけがその全貌を知っておくことで成立する。

彼らにこの策を話した後、鈴々ちゃんを呼び出してあらかじめそうしてくれるように話をしてあった。桃香様の為にどうしても必要だ、というと、鈴々ちゃんは一も二もなく策に従うことを約束してくれた。その結果として、鈴々ちゃんが兵を再び返して此処に居るのだ。

しかし曹操軍はそれでも崩れる気配を見せない。城内の友軍を押さえ込みつつ、後背の田豊さん達を殲滅すべく攻勢を強めている。やはり曹孟徳は有能で、そして危険だ。並の将であれば張コウさんと田豊さんが後背を突いた時点でこれを防ぐことが出来ずに壊走しているはずなのだから。
それが今現れた鈴々ちゃんの軍までも押さえ込んで見せている。最初から後背を突かれることを織り込んで策を立てていたのだろう。こうでなくてはならない。それでこそ、曹孟徳。乱世の梟雄と呼ぶに相応しい才幹の持ち主だ。

だが、曹操軍はこれで行動限界を迎えるはずだ。
……例えば、ここでもう一つ。もう一つ新しい力が加わればもう耐えられないだろう。そしてそのもう一つの新しい力を私は有している。

「七乃さん、用意をお願いします」
「やっと出番ですか〜。何も言わずに兵を纏めて此処で待機しておけ、と言われて連れてこられた戦場で、まさか私がこういう役目を担うとは思っていませんでしたよ〜?」
「はい。そうでしょうね。誰にも言っていないのですから」
「まあ、私はお嬢様が無事なら何でも良いんですけどね。此処にお嬢様が居ればな〜」
「危険ですよ。余計な遊びを行えば、その綻びを突かれて逆にこちらが負けることになるのです」

これが、私の最後の切り札。
七乃さんには旧領である汝南郡で美羽ちゃんの旧臣を募って貰った。その数は8,000。もう少し少ないかと思っていたけど、意外に毛嫌いされては居なかったようだ。この8,000を含め、世間では既に袁術という家がかつてあったことなど気にも留めていないだろう。だが、名門である袁家に付き従ってきた長い年月というものは、その長さに相応しい心理的束縛を郎党に与えるものだ。
曹操や平教経は、袁術など歯牙にも掛けていないだろう。だからこそ、計算から外れているはずなのだ。飛び抜けて優れた人間が居なくとも、敵に対して常に衆で在り続け、和を保って共通の目的に沿って行動すれば勝てるのだということを彼らは分かっていない。いや、分かってはいるだろうが、袁術という存在を頭の片隅においておく程自分の才能に不安を感じていないだろう。
理由のない万能感というものが自分の身を滅ぼすのだ、ということを彼らも知るべきだ。平教経には、曹操が滅びることによって。そして曹操には、自身が滅びることによって。

「全軍で一気に側面を突きます。曹操軍を壊滅させるのです」
「は〜い♪
全軍、側面を突いて下さい。先ず騎馬1,000で突っ込んだら、そこにねじ込みますよ〜?一つ崩せば城側か後背が崩れるはずです。暫く耐えているだけで勝利することが出来るんですよ〜。分かりましたか?では、突撃〜♪」

兵が丘陵を越え、気勢を上げて曹操軍に掛かって行く。予測していなかった方向からの攻撃に、兵を差し向けようとしているけど。もう、間に合わない。

「これで勝ちましたね。後は平教経が攻め込んでくるのを防ぐ為に戦捷の余勢を駆って、国境で待機するだけです。襄陽に留まり続けるなら、汝南から侵攻して本拠である長安との連絡を断ちます。南陽郡に戻った場合は暫く対峙して耐えていれば直ぐに実りの季節ですから、それで余力を養うことが出来るはずです」
「ひゅ〜ひゅ〜、腹黒いですね〜朱里ちゃん」
「七乃さん程ではありません」
「あらら。そう言われちゃうと落ち込んじゃいますよ〜?」
「……そんな人ではないでしょう。さあ、行きましょう」
「はい〜♪」

エン州を手に入れ、并州も併呑する。司隷州はそれから落とせば良い。司隷州の後は揚州だが、平教経が指を咥えてみているはずもない。

……出来れば、送った刺客に殺されてくれれば良いのだけれど。平家の強みはその当主の類い希なる才に拠るところが大きい。それは同時に弱点でもある。当主さえ居なくなれば、あの優秀な家臣団は求心力を失って瓦解するだろう。跡取りが居ればそれを奉じて国を維持することは可能だろうが、跡取りが居ない今彼を喪えば間違いなく平家は瓦解する。

袁家が平家に打ち勝つ為の絶対条件は、彼が死ぬこと。それが為し得ない場合、天下は終に平家のものとなるだろうことは想像に難くない。今回の刺客が仕留めることが出来なかったら、戦で彼を殺すしかない。最早袁家を慕い、その恩に報いようという、専諸の如き侠骨の士は存在しないのだから。
……私は彼の死を切実に願っている。私の夢を叶える為に。

死んで欲しいのだ。













〜華琳 Side〜

陳留攻略を行っている私達の後背を、予想通り袁紹軍が襲ってきた。あらかじめこれあるを想定しておいた私は、柵をこしらえて敵の勢いを削ぐことが出来る様に陣を構築しておいた。但し、柵が見えぬように柵を中心に布陣しておいたのだ。後方から襲いかかってくる袁紹軍には柵は見えていないはず。
……城の兵は春蘭に任せておけば問題無いでしょう。先ずは、この援軍を全力で叩く。

「秋蘭に兵を返すように伝令を。但し、麾下の3割で良いわ。残りは流琉と共に城攻めを続けるように」
「はっ」
「凪、真桜、沙和。後方にいる兵を前方へ移動させ、柵を挟んで敵と対峙するように布陣し直しなさい。敵は私達に襲いかかる必要がある。私達にはその必要はないわ。待っていれば向こうから勝手にやってくる。弓を射掛け、槍で突き殺してやりなさい」
「はっ!」

袁紹軍の将は、張コウと田豊のようね。流石にその勢いには侮れないものがある。彼らの攻勢は後のことを考えないものに感じられる。ここで、何としても私を討ち果たす。その為に死力を尽くしている様に見える。やはり想像通り、彼らが本命であったと考えて良いでしょう。そして、彼ら以外に援軍が来たとしても大した数ではないのでしょうね。

「申し上げます!更に敵増援が参りました!」
「見えているわ。下がりなさい」
「はっ!」

前方に『張』の旗。殿を務めていた張飛でしょう。でもこちらにも増援が駆けつけたわ・

「華琳様!」
「秋蘭、良く来てくれたわね。見ての通り、後背から袁紹軍がやってきたわ。敵将は張飛。その数は約2,000といったところかしら。駆けてきたところを申し訳ないけれど、私と共に張飛を叩きに出て貰うわ」
「望むところです」
「そう。それでは行くわよ。城外の敵を一掃し、しかる後に陳留を取り戻す」
「御意」

城内の敵を押さえている間に城外の敵を叩く。城内の敵は、城外の敵を掃除してからで構わない。援軍の無い籠城軍など、干上がるだけなのだから。城外の敵兵を討ち、自分たちが陸の孤島に取り残された漂流者であることを自覚させてやれば、その士気は目に見えて落ちるだろう。そうなってから、ゆっくりと料理してやれば良いのだから。

張飛の軍とぶつかる。小勢にしては中々の手応えを感じるけれど、こちらの方が数が多いのよ?秋蘭が騎馬を巧みに敵後背に回し、退路を断とうとする。その動きに動揺した敵軍を少しずつ、だが確実に数を減らしていく。

「も、申し上げます!」
「落ち着きなさい。どうしたと言うの?」
「右手後方の丘陵から、敵が接近してきます!その数、およそ8,000!」
「右手後方ですって!?」

袁紹軍の方を向いている私達の右手後方。そちらは我が領地のはず。

「率いて居るのは誰なの?」
「旗印は『張』!その装備から判断するに、旧袁術軍と思われます!」

……張勲!袁術のことなどすっかり頭から除外していた。孫策に国を逐われ、袁紹の庇護を受けながら、これまで全く表舞台に立つことがなかった。袁術という人間は、その役目を終えて歴史に埋没したまま死ぬだろう。そう思っていた。それが此処で私の後背を張勲に突かせている。

「華琳様!」
「桂花、兵をいくらか割いて時間を稼ぎなさい!」
「だ、駄目です華琳様!騎馬が突っ込んできます!間に合いません!」

私達の後背に騎馬隊が楔のように打ち込まれる。全く想定していなかった方向からの攻撃に、兵達は混乱している。いや、混乱の極みにある。

「……桂花、貴女はどうすべきだと思うのかしら?」
「……撤退すべきです、華琳様。此処で配下の兵を全て喪うようなことになれば、再起は叶いません」

この私が負けたというの?麗羽に、この私が?

「まだ勝敗は決していないわよ?桂花」
「華琳様……」
「どうしたの桂花!私達はこの戦に勝って河北を平定しなければならないのよ!?」
「華琳様!落ち着いて良くお考え下さい!最早我が軍には余力はありません!司隷州に落ち延びて再起を図るべきです!華琳様もお分かりになって居られるはずです!」

あと僅かで勝利を掴もうかという所まで来たのに。此処まで来たと言うのに……!

「……それでも……」
「華琳様!」
「それでも負ける訳には行かないのよ!私はこの戦に勝たなければならないの!それが出来ないで、どの面を下げて教経に見えると言うの!?」
「……華琳様。桂花の言う通りです。此処は退きましょう。命あればこそ浮かぶ瀬もあろうというものです。それとも此処で御自身の拘りの為に多くの者達を無為に死なせるおつもりですか?」
「……くっ……」
「華琳様!」
「……撤退するわ。……桂花、秋蘭。有り難う」
「……いえ。華琳様に対し、不遜な物言いを致しました。申し訳ありません」
「いいえ。私が間違っていたわ。秋蘭、殿を務めなさい。桂花、伝令を。春蘭と季衣、流琉に司隷州までの露払いをなさい、と伝えて。凪達には秋蘭と共に殿を務めるようにと」
「はっ!」
「私達はこれから逃げるわ。水関まで駆け続ける。
……秋蘭。死んでは駄目よ?貴女は私のものなのだから。水関で貴女達を待っているわ。必ず生きて帰ってきなさい。いいわね?」
「……必ず」

馬に乗り、水関に向かって逃げ始める。
……この屈辱は忘れない。忘れようがない。その機会が得られたなら、必ず雪辱させて貰うわ。