〜教経 Side〜

「じゃぁ始めようか。琴、前へ出ろ。先陣切るのはお前さんだ」
「はい。お任せ下さい。必ず斬ってみせます」
「あぁ。『貫いて』やるが良い」
「……はい」

琴と張繍が向かい合う。

「平教経!勝てば身の安全を保証する、というのは本当だろうな!?」
「あぁ。約束してやる。琴に勝てるという夢を見ながら死ななければ、だがね」
「抜かせ!」
「……屑。お屋形様と話す前に、目の前の敵に集中すべきだろう。お屋形様の剣であるこの私が貴様を殺してやる」
「小娘が!殺してやるわ!」
「我が名は太史慈。太史子義。私はお屋形様の剣!悪を断つ剣なり!」
「我が名は張繍!貴様を殺す男だ!覚えておくが良い!」

気負って名乗りを上げる張繍に対し、琴は気合いが乗っているだけの状態だ。まぁ、そうでなくても勝敗の行方は見えている。張繍からは何の脅威も感じないし、琴の所作には隙が見受けられない。

「やれ」

俺の言葉を合図に張繍が剣を抜く。
琴は手加減も出し惜しみもするつもりが無いようで、いきなり抜刀斬りをかました。張繍はある程度予測していたようだが反応が遅れ、後ろに下がって躱そうとしたが腹部を浅く斬られていた。

「いきなり斬りつけてくるとは、この卑怯者め!」
「……死姦愛好者に比べれば卑怯者の方が遙かにマシだろう。話している暇があったらさっさと掛かってこい」
「死ねぇ!」

張繍が剣を突き出した。中々に早いし重心もブレていない。そこそこには使えるようだが、相手が悪すぎる。誰が琴に剣を仕込んでいると思って居るンだ?この俺が糞爺から課された鍛錬に歯を食いしばって付いてくる人間に、貴様程度の人間が勝てるわけがないだろうが。琴は完全に見切って一寸で躱す。

「……どうした。私を突き殺すのではないのか?それとも貴様が出来るのは、下半身の粗末なモノで死体を突くことだけか?」
「舐めるなぁ!」

完全に見切られたことに気が付いて居ないのか?張繍は連続して突きを放っている。いつ横薙ぎに変化するのかと待っていたが、一向に変化する気配がない。そのうちに突き疲れたのか、一旦後方に下がって剣を構え、息を整えている。

「はぁ、はぁ……避けてばかり居てはこの私を倒せないぞ!」
「……貴様の言う通りだな。では次は私から行こう。突くからしっかりと躱してみろ」

琴が剣を水平に構え、右手を切っ先に宛がう。
……様になってるじゃないか、琴。弛まぬ修練の成果って奴を見せて貰おうか。

「馬鹿にするな!突きが来ると分かっていて躱せぬ私ではないわ!」
「そうか。……行くぞ!」

琴が一直線に走り込む。疾い、と言って良いだろう。張繍は全く反応出来ていない。後は琴がしっかり貫くことが出来るかどうかだ。壬生狼として、『悪・即・斬』を、その牙で。

「死に絶えろ!」

全身のバネを使い、凄まじい突きを繰り出した。一連の動きに無駄はない。そのしなやかな体躯から生み出される力は、その全てが無駄なく牙に伝えられている。

「ガッ」

琴が放った牙突が張繍の喉に吸い込まれると、張繍は声にならない声を上げた。……中々えぐいねぇ。首がちぎれ飛びそうになっている。これが三番隊組長なら上半身ごと引きちぎったのかね?

「そこまでだな。ケ忠、首取って死体は葬ってやれ。長江に投げ捨ててな。……琴、良くやった。鍛錬の成果、確と見せて貰った」
「……はい、お屋形様」

頭を撫で、その手を琴の頬に当てる。
琴は目を瞑って頭を撫でられ、頬に当てられた手に自分の手を重ねた。抱き寄せてやりたくなるほど可愛いが、それは後だな。

「名残惜しいが次だな。……蓮華、呂公。出ろ」
「孫権か……母親と同じように殺されたいのか?」
「……黙れ」
「貴様の母親はそれは名器だったぞ?今まで犯してきた女の中で最高だったわ。思わず3度も膣内に精を放ってしまって大変だったのだ」
「貴様ぁッ!」

蓮華を逆上させて隙を創り出そう、ということなンだろうがそうはいかないンだよねぇ。
今にも呂公に斬り掛かりそうな蓮華の腕を掴んで引っ張り、抱き寄せる。

「の、教経!?」
「……蓮華、落ち着け。お前さんがすべきことは呂公を殺すことであって、母親を犯した呂公に激高することじゃない。そうだろう?」
「え、ええ」
「なら、落ち着くことだ。お前さんならやれるさ。気負いも余計な感情も今は必要無い。呂公を殺してから後にいくらでも、思う存分感情を爆発させればいいンだよ。……分かったかね?」
「……ええ。有り難う、教経」
「何、お安いご用だ」
「貴様!立会に入り込んでくるとは卑怯だぞ!」
「何が?俺はまだ開始を告げてないぜ?何ならテメェの手足縛った上で嬲り殺しても良かったンだ。この場の支配者が誰なのか、もっとよく考えて発言することだな、屑」
「何だと!?」
「あぁ、済まんな。屑じゃなくてカスだった。いや、それも違うな……ドカスか?」
「き、貴様ぁ!」

良い感じに逆上しやがったな、馬鹿めが。

「やれ」

逆上していた呂公は蓮華に向かって槍を碌に構えもせずに繰り出した。槍ってのはな、腰で突くんだよ。そんな態じゃ槍の柄から切り落とされるぜ?

「舐めるな!」
「なっ……!」

蓮華はちゃんと落ち着いて槍の穂を柄から切り落とした。思春といつも鍛錬をしているンだ。これ位のことはやれるだろう。

「お、おい!換えの槍を寄越せ!」
「……馬鹿め。戦場のど真ン中でそんなことを言うのか?言わないだろうが」
「糞!巫山戯るな!」
「……巫山戯ているのはお前だ、呂公。余所見をするなど阿呆のすることだ」

蓮華が剣を振るう。右上から左下へ、しっかり踏み込んで上段から斬り下ろす。

「こ、こんな馬鹿な話があるか……」

左の首筋から右脇腹にかけて、一目で致命傷と分かる傷が刻み込まれ傷口から血が大量にあふれ出している。

「蓮華、それで足りるのか?」
「……ええ。これで足りるわ」

俺の問いかけに対し、蓮華は剣を横に振るいながらそう答えた。呂公の首が飛び、まるで水が湧き出るように胴から血が零れ出す。まぁ、確かにそれなら満足だろう。流石は雪蓮の妹だ。素質は十分にあると思うねぇ。

「それは何よりだ。ケ忠、これも同じように処理しておいてくれ」
「了解ですよ、大将」
「次だな。……ダンクーガと張允、前へ」

一番心配だった蓮華がかなり余裕を持って勝った。後はテメェだな、ダンクーガ。
俺の親衛隊長務めてンだ。醜態晒すんじゃねぇぞ?





















〜高順 Side〜

此処まで順当勝ちだな。まあ孫権の姐さんについては大将がちょっかい掛けてより確実に勝てるようにしてたから勝って当たり前なんだろうけど。

「次だな。……ダンクーガと張允、前へ」
「よっしゃぁ!」
「……断空我などという将は聞いたこともないわ。儂を舐めているのか?」

何だ?一丁前に挑発してるのか、このチビは。
……馬鹿が。俺は大将と口喧嘩しまくってるんだよ。その程度の安い挑発に乗るわけ無いだろうが。いつもは大将が相手だから乱されるが、テメェ程度に心乱されやしないんだよ。

「うるせぇよチビ。張允なんて名前、生まれてこの方一度も聞いたこたぁねぇよ。お互い様だろうが」
「口だけは達者だな、孺子」
「髪の毛もテメェよりは豊かにあるだろうが。チビで髪が薄いだけじゃなく、目も見えねぇのか?隠居しちまえよ」
「……どうやら死にたいようだな、雑兵が」
「生意気言ってんじゃねぇ。真っ二つにするぞ?この下衆野郎が」
「やれるものならやってみろ!」
「殺ぁぁぁぁぁってやるぜ!」

最早お約束になっている掛け声で気勢を上げると、禿げはちっとびびってるみたいだ。どうしたんだ?平家の将で俺の気勢で気後れするような人間は一人も居ないんだぜ?

「始めろ!」

大将の合図と同時に、禿げは後に下がりやがった。

「……オイ、やる気があるのか?」
「だ、黙れ!これは高度な戦略よ!」
「戦術、の間違いじゃねぇのか?」
「黙れ!」

張允が斬りつけてくる。……こんな遅いのか?いや、何か企んでる可能性もあるな。剣の振り方が素直すぎる。蒲公英の嬢ちゃんも、真っ直ぐ付くと見せかけて途中で変化して来やがったしな。しっかり見極めて防ぐことが大事だろう。
斬りつけてくる剣をしっかり見る。まだ変化しないようだ。此処まで来て変化しないってのは、要するに何の変化もないってことか?頭に振り下ろされてきた剣をある程度余裕を持って躱す。

「何とか躱したようだが、そう続けてかわせると思うなよ!」
「……まさかとは思うが、ひょっとして今のが全力か?」
「負け惜しみを!死ね!」

今度はしっかり踏み込んできて、横に剣を振るってくる。その剣速は相変わらず遅い。……ひょっとしてコイツ、力が凄まじいとかそういうことか?華雄の姐さんとかは馬鹿みたいな力してやがったからな。何にしても、大将から貰ったサンライトハートがあれば問題無いだろう。何せ華雄の姐さんと打ち合って折れなかったからな。
……丁度良いから力試しがてら力一杯ぶつからせて貰おうか!

「オラァ!」
「なっ!」

奴の剣と俺の槍がぶつかると、簡単にはじき飛ばせた。
張允が飛ばされた剣の元へ走って再び剣をその手に取る。

「くっ。力だけはあるようだな!」

張允の奴は負け惜しみを言っているように見える。が、計算かも知れない。

「……ダンクーガ。テメェの思っている様な相手じゃねぇ。そいつが弱いンじゃない。テメェが強いンだよ」
「俺が強い?」
「そうだ。チビの体をみやがれ。萎縮しちまっててもうどうにもならねぇよ」

そうだったな。表情や雰囲気でなく、相手の体の状態、特に筋肉の状態をしっかり見ておけ、と大将に良く言われてたっけ。……最初見抜けなくてぶっ飛ばされまくったが。
もう一度張允をよく見てみる。剣を持つ腕だけでなく、足の筋肉も張り詰めた状態だ。馬鹿なのか?張り詰めた筋肉じゃ、生み出した力はそのままの力でしかないぜ?地の力を、筋肉に瞬間的に力を込める事で増幅して叩き付けるのが全ての基本。張り詰めた風船は突かれて弾けるしかない。どんなときも張り詰めるな。精神的にも肉体的にも。そう大将から教わった。
それが分かってない時点でコイツは雑魚って事か。

「さっさと終わらせやがれ。……テメェは俺の親衛隊長だろうが。ビッとしたところ見せろ」
「……了解」

俺の親衛隊長、か。
そうだ。俺は平家の頭領の親衛隊を束ねる男だ。この誇りにかけて、目の前に居る様な人間の屑を屠るのに時間を掛けるわけにはいかない。

「……チビ、有り難うよ。おかげで俺がどの程度の人間かってのは分かった気がするぜ」
「何を言っている!」
「礼を言っているんだよ。今から死にゆくお前に、な。……行くぜぇ!俺は高順!大将の剣にして盾なり!」

大将がちょっと吃驚した顔をしているな。だが大将、俺はずっとそう思ってきたんだ。親衛隊長になったあの日から、ずっとな。

「吼えろッ!俺の武装練金!」

大将に向かっていくつもりで、全力で駆ける。大将ほど疾く走れないが、それでも関羽の姐さん達程度には疾いはずだ。この疾さから生まれる力fをそのまま槍に乗せて叩き付け、宣言通りに真っ二つにしてやるッ……!

「うぉぉぉぉぉおおおお!」

そのままそこを動くんじゃねぇぞ……ッ!

「一刀!両断ッ!!」

チビの体幹を上から下まで真っ二つにしながら駆け抜けた。俺の手にはチビの体を十分に斬った感触が残っている。
後で何かが地面に落ちる音がした。振り返ると、チビが真っ二つになって倒れていた。

「……やれば出来るじゃないか、ダンクーガ。今のは良い業だった。宛ら雷光の様だったな」
「雷光か」
「雷光斬り、とでも名付けておけ。ケ忠、処分しろ」
「はいはい」

どうやら俺はそれなりに強くなっているらしい。大将も認めてくれたって所だろう。後は、大将と孫策の姐さんだ。

















〜ケ忠 Side〜

前二人に続いて、高順の奴もきっちり勝ちやがった。初見の時から手強いだろうとは思っていたが、まさかあれ程の業を持っているとは思っていなかった。アレで一番将の中では弱いって言ってたが、平家ってのはバケモノの巣窟だな。

「さて、次は俺か」
「は?大将がトリを務めるんじゃないんですか?」
「それは雪蓮に譲るさ。……胡車児、来い」

胡車児が大将に呼ばれて前に出る。コイツは今まで出てきた奴とは違って、手強そうな奴だ。まあ、大将は歯牙にも掛けていない感じだが。大将の得物は、いつもの清麿じゃなくて斬艦刀と呼んでいた馬鹿でかい剣だった。

「ふん。一勢力の大将ともあろう者が望んで死にに来るとはな」
「なンだ?此処に立っているだけで死ぬのか?そいつは怖いな」
「……この俺が殺してやると言っているんだよ」
「……お前には出来ないかも知れないがね。やってみるかね?」
「抜かせ!」

胡車児は斧を振り上げて大将に斬り掛かっていく。

「でぇぇぇぇぇい!」

大将に近付いて叩き付けるのかと思っていたが、胡車児は斧の範囲に大将を捕らえる前に凄まじい勢いで斧を地面に叩き付け、もの凄い土埃をあげた。大将は直ぐに後方に飛び下がり、大剣を盾にするような格好を取った。……大剣が何かを弾いたようだ。

「ハッ。匕首を投げつけてくるとはな」
「良く避けたな」
「弾いたンだよ。見てなかったのかね?」
「見ていたさ。貴様はまだその大剣を使いこなせていないようだな!少々ぎこちなかったぞ!」

斧を振り下ろして何度も大将に叩き付けるが、大将は大剣を振るうのではなく、先程と同じように寝かせて盾にするようにして防いでいた。

「どうした!この程度の攻撃に手も足も出ぬようではこの俺に勝つ事など出来んぞ!」
「チッ……調子に乗ってンじゃねぇ!」

大将が剣を振るって斧を弾き上げる。今の剣の振りっぷりから考えて、あの大剣をどの程度使えるのかを確認していたと言うよりは、あの大剣がどの程度のものなのかを確かめていたようだ。だが胡車児も中々やるようで、直ぐに後方に下がって追撃を許さない。

「……『その武はこの世に冠するものである』と聞いていたが、大した事は無いじゃないか」
「言ってくれるねぇ。まぁ、その認識は誤っているから別に何とも思わんがね。この世に冠する武を有しているのは俺の師匠だからな」
「ハッ。どうせその師匠とやらも大した事はないのだろう」
「あっ」
「あ〜」
「あちゃ〜」
「……やっちまったな」

?何だ?関羽の姐さん達が、高順が言った通り『やっちまった』って顔をしている。

「おい、高順」
「……なんだよ」
「やっちまったってどういうことだ?」
「俺も見たことはないが、大将は師匠を馬鹿にされると人が変わるらしい。こう、全力で殺しに掛かるらしいんだよ。華雄の姐さんが殺されるかと思ったって言ってた」
「何でそれをお前が知ってるんだ?」
「良く大将と口喧嘩するからな。絶対に言っては駄目だ、と教えてくれたんだよ」
「そういうことか」

大将を見ると、さっきまでの不敵な表情は既に無く、透き通った表情をしている。怒りが大きすぎると人はああいった顔になるが。

「……お前、今なンて言った……?」
「何だ?悔しかったのか?何度でも言ってやる!貴様の師匠も貴様同様大した事のない愚図だろうと言ったんだよ!」

ここぞとばかりに胡車児が挑発する。冷静さを失わせようというのだろう。

「……成る程、どうしても死にたい。そういうことか。……ドカスに相応しい死を呉れて遣る」
「貴様を殺して貴様も貴様の師も屑だということを証明してやろうじゃないか!」
「黙れッ!」

大将が一気に殺気を開放した。……その雰囲気に気圧される。人は、これ程の殺意を内包出来るものなのか。胡車児もどうやら今自分が目の前にしている人間がとんでもない存在であることに気が付いて居すくんでいるようだ。

「そして、聞けッ!」

足を肩幅ほどに開き、見るからに重そうな斬艦刀を右腕一本で横に薙ぐ。

「我が名は教経!平教経!!我こそは悪を断つ剣なり!!」

斬艦刀を振り下ろした反動を利用して、天高く翔んだ。跳んだんじゃなく、正に翔んだと表現するのが相応しいほどに高く跳躍した。

「ぬおおおおおおッ!」

そこから胡車児目掛けて斬艦刀を振り下ろすつもりなのだろう。大きく体をのけ反らせて斬艦刀を振り上げる。具現化した死がそこにあった。

「チェストォォォォォォォォォオ!」

斬艦刀を胡車児に向かって振り下ろした。胡車児の足下が大きく抉れ、土石が周囲に飛び散る。
暫くその場に立っていた胡車児の右半身と左半身が、互いに永遠の別れを告げた。

「我が斬艦刀に!断てぬもの無しッ!」

……大将が本気で怒ったら洒落にならないな。良く覚えておこう。

「……とんでもないわね、教経は」
「……凄まじい武でした。気当たりして動けぬ相手を全力で斬りつける。必殺の剣と言って良いかと」
「……凄い」
「……教経を怒らせないように気を付けよっと」
「……蒲公英も気を付けよっと」
「……流石にああなったら私は止められそうにないな」
「……教経様、凄いです」
「とんでもないですね〜」

初めて見る面子は皆呆気にとられているみたいだ。そりゃそうだろう。あんな馬鹿でかい大剣持ってあれだけ翔んで、一刀両断するなんて。肉体のそもそもの作りが違うんじゃないのか?

「お屋形様……素敵でした」
「教経様。お見事でした」
「ご主人様、凄かったよ」
「相変わらず大したもんやで」
「……あぁ。で、なンで四人とも俺に抱きついているンだね?」
「勿論、お屋形様を普段通りのお屋形様に戻す為、です」
「そういうことです」
「べ、別に抱きつきたかった訳じゃ無いからな!」
「減るもんや無いんやし、別にええやんか」

さっきまで命の遣り取りしてたのにもういちゃついている。そしてそれを姉貴がちょっと悲しそうに見ていた。……仕方がない。俺が姉貴の為に機会を作ってやるしかないだろう。姉貴にあんな顔をさせておく訳には行かない。姉貴に関しては関羽の姐さんも郭嘉の姐さんもほぼ公認だから、頼み込めば姉貴に想いを遂げる機会を作ってやることが出来るに違いない。あれだけ綺麗な姉貴が言い寄るんだ。我慢出来る奴はこの世に存在しないはずだからな。







「最後だ。雪蓮、蔡瑁。前へ」

大将自身の都合でちょっと間が空いたが、これで最後だ。孫策の姐さんは瞳孔が開きっぱなしに見える。

「……母様が受けた屈辱をきっちり返させて貰うわ」
「小娘が。そう簡単にいくと思うなよ?」

自分の腕に自信があるような物言いをしているが、俺でも余裕で勝てそうだ。

「……やれ」

開始を告げられたと同時に孫策の姐さんが前に飛び出して剣を振るう。剣は蔡瑁の胴を左下から右上に斬り上げようとしていたが、蔡瑁は体を捻って胴を剣で斬られるのを回避した。

「どうした!まだ儂は生きて居るぞ!?」

確かに生きているが、ね。本当に気が付いて居ないのか?」

「そうね。まだ生かしているのだから当たり前じゃない」
「何を言っている!……ん?」

斬り上げられ、空に切り離された蔡瑁の左腕が地面に落ち、その音に気が付いた蔡瑁が地面を見やる。

「なっ……儂の左腕……!あぁぁぁぁぁ!!痛い!痛いぃぃぃぃ!」
「そう。良かったわ、ねっ!」

孫策の姐さんが剣を振るったのは、蔡瑁の右足、膝の辺り。膝から下が斬り飛ばされて転がってくる。汚ねぇ足だな。蹴飛ばして余所にやる。

「あ、足が!儂の足がぁ!」
「そのままじゃ据わりが悪いでしょう?直ぐに据わりが良くなるようになるわ」

続けて左足も同じように斬り飛ばした。地面に落ちて身動きが出来なくなった蔡瑁に姐さんが近付いていく。

「ひぃっ!来るな!来るな!」

残された右腕で剣を振り回している。

「その右腕も邪魔よね」

にっこりと笑って右腕も切り飛ばした。

「あががが……」

蔡瑁はそのまま気を失った。

「ちょっと、起きなさいよ。意識がないうちに楽に死ぬなんて許さないわ」

姐さんは太股を突き刺したり頬に突き刺したりして何とか起こそうとしているが、蔡瑁は目を醒まさなかった。

「雪蓮、多分血を失いすぎて死にかけてるンだよ」
「……楽に死ぬなんて許されないのに」
「ふむ……先生!凱!ちょっと来てくれ!」

大将は何か思いついたようで、黒男と凱を呼んだ。

「何だ教経。私は死体には興味はない」
「いや、黒男。まだ生きているようだぞ」
「ふん。どうせ10日もしないうちに死ぬ」
「なぁ先生。10日程度生き延びさせることは出来るのか?」
「私が手術をして、凱が治療を施せば多分な。だが恐らく意識は戻らんぞ?」
「そうかね……なぁ、雪蓮。蔡瑁の奴をぶっ殺すのを我慢出来るか?」
「……どういうこと?」
「いやな。コイツをこの状態で劉表に送ってやったらどうなるのかと考えてなぁ。テメェもこうしてやるっていう書状と呂公と張允の首を添えて送ってやったら面白いことになるんじゃないかと思ってな」

……碌でもない事を考え出したな、大将。だがかなり効果があるだろう。劉表自身も、蔡瑁を見た兵達も、平家と事を構えることに強い恐怖感を抱くに違いない。

「教経殿。それでは教経殿の風評も悪いものになると思いますが」
「別に劉表に直接届けてやる訳じゃない。市場に放置してやればいいンだよ。その時、『この者共は死姦せし者なり。その罪許すべからず』とでも書き付けた竹簡なり紙なりを添えておけば良いだろう」
「……それならば宜しいでしょう」
「どうせ10日程度で死ぬンだ。そうやって役に立って貰おうかと思うンだが、雪蓮はどう思う?」
「……教経がそう言うならそれでいいわ」
「……提案しておいて何だが本当に良いのか?俺は何としても自分で殺すと言うと思っていたンだが」
「我慢してあげるわよ。旦那様の言葉だしね?」
「……一体いつの間に……相変わらず手が早いな、大将」
「うるせぇよダンクーガ。……雪蓮が納得してくれるなら、そうするかね。先生、凱。宜しく頼む」
「やれやれ。まあ聞く限り人間の出来損ないのようだから同情はしないがね」
「……気が進まないな。人の命は貴賤の別なく尊重されるべきものだ。助けられる者は悪人でも助けてやるべきだし、救えないならせめて楽に死なせてやるべきだろう。そういう使い方をすることに、俺は賛同しかねる」

そう言った琵琶丸に大将が話しかける。

「凱。この世には生きるべき人間と死ぬべき人間が居るって事をお前さんは理解すべきだ。地位の貴賤によって命そのものの価値が左右されることはない、ということには賛同出来るがねぇ、人間性そのものの社会適合性が低く、そいつが生きているだけで他者の命を奪っていくような、生きる価値のない屑ってやつは確かに存在する」
「む……」
「お前さんがそいつを助けるのは独善でしかない。お前さんの行為によってそいつが救われた結果、我欲によって殺される人間が増えることに思いを致すべきだ。そしてこの場合、目の前に居る屑は生きる価値のない人間だろう。今奴が手足を付けて助けてやれる状況にあったとして、もし助けてやったとしたらきっとまた死姦するに違いない。生じる結果だけを見れば、お前さんは死姦される人間を増やしたいと言っているのと同じなんだよ。
コイツに恩義があったり、金を貰って最善を尽くすべく契約を結んでいたりするなら話は別だがねぇ。そうでないならむしろ積極的にそういう利用方法を考えてやるべきだ。生きていても役に立たない屑を、多くの善良な人間の為に利用しようって言ってるンだよ。躊躇う必要が何処にある?」
「……完全に納得出来た訳じゃ無いが、コイツに関しては生きる価値のない屑だということは認めよう」
「……話は纏まったようだな。琵琶丸、治療に移るぞ」
「ああ」

二人が蔡瑁を連れて陣屋へ入っていった。

蔡瑁を治療したら、襄陽の市場に放置させる。その結果、劉表がどういう反応を示すか。恐慌を来して襄陽に籠城せずに野外で決戦に臨むとかしてくれれば楽なんだが。まあそんなことにはならないだろうけどね。多分、襄陽に引き籠もるだろう。亀のようにね。

そうなった時どう対処するのか、しっかり勉強させて貰いますか。