〜教経 Side〜

襄陽から平家軍を迎え撃つべく出立した軍の詳細が判明した。率いている兵は40,000。主将は蔡瑁。副将として張允と張繍が付いているらしい。他に俺が知っている将として、胡車児と呂公が従軍している。
兵数はそれなりにあるが、恐らく寄せ集めで練度も低いだろう。黄祖が従軍していないってのは、江夏の兵を連れて来ていないということだろうからねぇ。恐らく荊州にいる兵で最も戦を経験して居るであろう兵を連れて来ていない。兵の質は推して知るべし、だろう。
将については、張繍と胡車児が居るってのがよく分からない。何の関係があって劉表の下にいるのか。まぁ詠が月の親友で月の下から離れるつもりがなかった時点で、董卓系列の将の人間関係については俺の知る歴史は全く当てにならないって事で間違いないが。

「……皆集まったようですね。軍議を始めます」

いつも通り、稟が司会進行役を務める。補佐に亞莎が付いているのがいつもとは違う点だ。。
亞莎と言えば、霞と合流した際俺の顔を見るなり顔を背けられた。此処まで嫌われれば立派なモンだと思い、そうまで嫌う理由が気になって聞いてみると、そういうことではなかったらしい。何やら俺の顔が眩しいとか言っていたが。この上なく眼鏡を愛する俺は、眼鏡っ娘から見ると後光が差して見えるのかと思って稟と冥琳に訊いて見たが、そんなこともないらしい。まぁ、どうでも良いンだが。

「現在、襄陽を出立した劉表軍が我が軍を目指して向かって来ています。その数は40,000。帥将は蔡瑁。副将に張允と張繍が付いています。兵の編成は、騎馬10,000、徒30,000。それに対する我が軍の兵は70,000。騎馬25,000、徒45,000で構成されております。
出陣してきた劉表軍の目的は、当然我が軍の侵攻を食い止めることでしょう。その目的を達するため、進行方向にある山に布陣して我が軍を待ち受けているようです。この敵を如何にして打ち破るのか。それが議題となります」

そう言った稟に、霞が応じて話し始める。

「出来ればやけど、そいつら平野に引き摺り出して騎馬で決戦したいな。こっちの騎馬は25,000もおるんや。押し包まれることもないし、馬の質も兵の練度でも上回っとる自信がある。騎馬を有効に活用することを考えて貰いたいんや」
「それは分かるけれど、態々布陣した山から降りてくるかしら。こちらの兵が多く、また騎馬の数で勝っていることは当然把握して居るでしょう。それと分かっていて地の利を捨てるとは思えないけれど」

蓮華の発言を受け、琴が冥琳に話しかける。

「冥琳、梓潼で張任殿と戦った際のように、策で釣り出すことは出来ませんか?」
「簡単なことだ。山に布陣した劉表軍を30,000の兵で牽制しておき、残った40,000を襄陽方面へ進発させればいい。それを見て行動を起こさないということはないだろう」
「どうしてだ?あたしからすると、態々地の利を捨てるとは思えないんだけど」
「その辺りは攻められた側の心理というものが大いに関係あるだろう。雛里、お前はどう思う?」
「あわわ……えっと、彼らは侵攻を食い止めるために出陣したのですから、襄陽が攻められるという状況を防ぐために動かなければならない状況にあります。だから40,000の軍を追って交戦せざるを得ず、そこを30,000の兵で後背から襲うのが良いのではないかと」
「……牽制した30,000を襲うことも考えられますが、その辺りについては?」
「確かに思春さんの言う通りですが、40,000で30,000を襲って無傷で済むと思うような馬鹿ではないと思います。平家軍が完膚無きまでに負けたとしても率いている兵の質から考えて半数の兵を喪うことは覚悟しなければなりません。残った20,000程度で襄陽を囲む40,000に勝てるという勝算があれば別だと思いますが……」
「あり得ないことね」
「はい」
「蓮華様は何故そうお考えになるのです?」
「平家の兵を相手に寡兵で勝てる策を考えられる軍師が劉表軍にいるならば有名になっているでしょう。それに何より、此処まで相手にしてきた劉表軍の兵の質はもっと高いものになっているはずよ。そうでない以上、私達にとって都合の悪い予測は現実になり難いでしょう」
「成る程。言われて見ればその通りです」
「……動かない」
「相手は頭が足りないから動かないかも知れない、と姉貴は言ってます。優柔不断で決断が出来ないような将が率いている以上、そちらの可能性の方が大きいのではないか、と」

頭が足りないってのはお前さんの意見だろうが、ケ忠。百合は一言もそんなこと言ってないと思うンだがねぇ。うさんくさそうにケ忠を見ると、笑って片眼を瞑りやがった。キメェんだよ、糞が。どうせなら百合にそれやらせてくれ。

「ではそのまま襄陽を囲んでやれば良いではないか。何の心配も要らぬ」
「愛紗さん、もし襄陽に江夏の兵が合流して籠城した場合、40,000の兵だとこれを落とす事が出来ないかも知れませんよ〜?」
「む……確かに」

穏の意見を聞いて、愛紗は考え込んでいるようだ。他に手を挙げて発言を求める奴は居ない。意見は出尽くした、ということだろう。

「……他に意見はないようですね。では、今までの話を聞いて頂いた上での教経殿の意見を伺いたいと思います」
「そうね。教経、貴方はどう考えているのかしら」

雪蓮は面白そうな顔をして俺の面を眺めている。お手並み拝見、という感じだな。他の皆も俺を見て言葉を待っている。
……まあ、策ならあるンだよねぇ。誘い出すから問題なンであって、ね。

「どう考えているのか、と言われてもな。取り敢えず最初は冥琳が言った策で問題無いだろう。が、それで動かなかった場合は、策で平野に押し出してこれを叩こうと思う」
「……教経様、敵を釣り出す事が出来るのでしょうか」
「亞莎。俺は『釣り出す』とは一言も言ってないぜ?『押し出す』と言ったのさ。ここは啄木鳥に倣うことにしようと思って居るンだ」
「啄木鳥、ですか?」

亞莎が小首をかしげて俺にそう問いかけてくる。
……萌えるねぇ。眼鏡のために120%の力が出せる。それが俺の強みなんだよねぇ。

「そうだ、啄木鳥だ。啄木鳥ってのは木に潜む虫を喰らう際、馬鹿正直に穴にくちばしを突っ込んで喰らう訳じゃ無い。先ず虫が潜む穴の反対側をくちばしでつつき、それに驚いて穴から出てきた虫を喰らうのさ」
「成る程」
「稟はどうやら分かったようだねぇ。
山で布陣している奴らが追撃しなかった場合、動くつもりが無いことは分かっている。だから山を降りざるを得ないようにしてやるンだ。
……全軍を二手に分けて戦に臨む。先ず襄陽に向かわせる兵は徒ばかりの40,000とする。劉表軍が動かなかった場合、払暁にその後背から奇襲を仕掛けて奴さん達を平野に押し出してやるのさ。丁度啄木鳥が穴の反対側をそのくちばしでつつくようにねぇ。そして押し出されて山を降りて来た敵を、騎馬25,000と徒5,000の30,000で殲滅する。勿論、奇襲部隊と挟み込んだ上で、だ。
勿論動いた場合は雛里や冥琳が言った通りに殲滅してやる。30,000の方を襲おうと40,000の方を襲おうとねぇ」
「あの、教経様。今お考えになったのですか?」
「あぁ。これなら勝てるだろうと思っているンだがね」
「凄いです」
「そうかね。有り難うよ、亞莎」
「い、いえ」

皆の顔を眺めると、冥琳が何やら呆れたような顔をしていた。……約一名、ハァハァ言ってクネクネしているのが居たがそれはスルーしておく。

「相変わらず、雪蓮とは違った意味で軍師泣かせなことだな、教経」
「どういう意味かしら?冥琳」
「そのままだ。良くもまぁ次から次へと思い付くものだな」
「何言っていやぁがる。お前さんだってこれ位思いついただろう?敵を策で平野に『誘い出す』ことが出来るかどうかを聞かれたからああ答えただけだろうが」
「フッ……」
「嬉しそうだな?」
「それはそうだろう。お前が私のことをちゃんと理解してくれている、ということが分かったのだからな」
「……そうか」

全く。可愛らしいことを言ってくれるモンだ。
冥琳の目を見る。冥琳も俺の目を見つめ返していた。

「……わたしを無視して二人の世界に入るのは止めて貰っても良いかしら?」
「雪蓮。邪魔をしない貰おうか?」
「冥琳。最近わたしの扱いが雑だと思うんだけどな〜?」

にこやかに会話をしているが、全く笑えないんだよねぇ。

「二人とも。まだ軍議の最中ですよ」
「他に何か話すことがあるの?」
「……ん」

百合が挙手して発言を求めた。

「何かありますか?百合」
「……地図」
「地図なら事前に手に入れましたが」
「……書いた」

成る程ねぇ。ケ艾のライフワークは確か地図の作成だったはずだ。自分でも赴いて気が付いた点を書き加えたりしていた、とかいう話もあった。兵法に通じた人間が作成した地図。かなり貴重なモノなンじゃないか?重機を持ち出して山を削ったり出来ない以上、大して地形は変わっていないはずだからねぇ。

「稟、百合は荊州の出身だ。ついでに言うと、地図作って地形を把握するのが癖みたいなモンらしい。手元の地図と見比べてみると良いンじゃないかね?」
「教経殿がそういうなら。百合、少し見せて頂いても宜しいですか?」
「……うん」

百合から受け取った地図を眺めていた稟は、最初普通に眺めていたがだんだんと食い入るような感じで地図を見るようになっていった。

「これを自分で書いたのですか?」
「……うん」
「……軍師を務めることが出来ますよ、百合」
「……ん」
「稟、役に立ちそうか?」
「はい。この地図があれば、教経殿が考えた策を行うのに最も大切な奇襲を成功させる事が出来ると思います」
「その辺は頼む。俺は大方針しか出せないからねぇ」
「はい。……それ以外に何か意見のある人は居ますか?」

誰も手を挙げない。

「じゃぁ、これで軍議は終わりだな。誰がどちらに参加するかについては後で軍師から通達があるだろうからそれに従ってくれ」
「御意」

山本勘助宜しく策を見抜かれる可能性もあるがね。残念ながら相手は『闘争は愉悦』とか言うような人間じゃないだろう。もし相手が上杉謙信だったとしても、平地に騎馬25,000を用意してあるンだ。打ち破ってみせるさ。














〜雪蓮 Side〜

山に拠って布陣した劉表軍に対し、平家軍も本格的に動き始めた。40,000の兵を率いて進発する際、教経から林の向こうを移動し、姿を見られないようにしながら、しかし土煙はちゃんと立てるように移動しろ、と言われた。気付いて山から降りてきてくれた方が楽で良いだろうからな、と言っていたけど。

「冥琳。劉表軍、食いついてくるかしら」
「さあ。まあどちらでも構わん」
「結果は変わらない、か」
「そういうことだ。尤も、此処まで来て後方に見えない時点で動かないで居るのだろうがな」
「そっか。ま、何でも良いわ。劉表の奴を殺せるのなら、ね」
「意気込むのは構わないが、先走るなよ?」
「分かってるわよ。ここに劉表が居る訳じゃ無いんだし、心配要らないってば」
「ならいいがな。教経といい雪蓮といい、前線に立ちたがる主君ばかりで困る」
「はいはい。わたしの分まで教経に言っておいてね」
「雪蓮!」
「まあまあ、落ち着けって冥琳。きっと雪蓮だって分かってるはずなんだから。お前が信じてやらなくて誰が信じてやるんだよ」
「そうそう。良いこと言うじゃない、白蓮」
「……いや、それを自分で言っちゃ駄目だと思うんだけどな……」
「あわわ……あ、あの、済みません。りゅ、劉表軍の動向について報告があります」
「冥琳、先ず報告を聞いた方が良いんじゃない?」
「チッ……雛里、報告を聞こうか」
「は、はい。劉表軍ですが、どうやら山から動いていないようです。蔡瑁という人は頭はそこそこに回り戦ぶりも悪くありません。襄陽を目指す私達の動きを察知しているに違いありません。が、保身や我欲に基づいて行動する人ですから、この動きが誘いであった場合に包囲殲滅される可能性を前にして居すくんでいる、というところだと思います」
「成る程。荊州に詳しい雛里がそう言うのなら間違いないだろう。となると……」
「はい。奇襲を掛ける為にこれから移動します」
「どう移動する?」
「思い切って1,000単位で40組に分けて分散させようかと。思い思いの場所で身を隠させ、刻を定めて集結すれば良いでしょう」
「敵に発見されたとき危険ではないか?」
「それも考えましたが、恐らくは大丈夫かと。私達を追い掛けてこなかった時点で後方へ気を配ることは無いと思います」
「穏はどう思う?」
「そうですね〜、麓に本隊として集結するのは20,000程度にして、後は敵陣を臨める場所に最初から移動させておいた方が良いと思いますね〜。百合ちゃんから貰った地図を見る限り、身を隠すに適している場所が結構ある様に見えますから」

冥琳に、穏に、雛里。
この三人が話し合って出す結論以上のものはないでしょうね。わたしの勘も任せとけば良い結果が出るって言ってるわけだし。
とっとと片づけて、劉表を殺しに行かなきゃね。












「そろそろ時間ね」
「ああ。……行けそうか?」
「わたしは大丈夫よ。白蓮達の方が心配なんだけど?」
「私も大丈夫だ。平家を相手にしていた時と比べれば何てことはない」
「そ。期待させて貰うわよ」
「ああ。やれるだけはやらせて貰うさ」
「姉様、そろそろ」
「ええ。行くわよ。気勢を上げて付いてきなさい!」
「あ、ちょっと姉様!」

気勢を上げながら敵本陣に突っかけていく。直ぐ後を蓮華と思春が駆けているみたいね。劉表軍も流石に気が付いて居るようだけどもう遅いのよ。

目の前に飛び出してきた雑兵がこちらを向いて固まっている。きっとあり得ないとでも思って居るんでしょうけどね。此処は戦場なのよ?

「邪魔よ!」

一太刀で斬り捨てる。
その左右に飛び出してきた雑兵を、蓮華と思春がそれぞれ斬り捨てた。

「やるじゃない、蓮華」
「姉様!先頭を走っていくなんて危ないことをしないで下さい!」
「蓮華、此処は戦場よ?先頭を走ろうと後にいようと死ぬ時は死ぬのよ。どうせ死ぬなら先頭に立って死んだ方が遙かにマシよ。わたしは後で我が身の安全を図った挙げ句に死ぬなんて御免なのよ」

山の木々の間から、次々に兵が出て来ている。本隊として集まっていた20,000だけでなく、山中で息を潜めていた兵達が一斉に、それこそ至る所から湧いて出るかのように劉表軍に襲いかかっている。

「で、ですが!」
「蓮華。蓮華は蓮華、わたしはわたし。この言葉を貴女がどう思うか分からないけれど、それは事実なのよ。わたしはわたしらしくわたしのやりたいようにやるの。誰の指図も受けないわ」
「雪蓮、何やってるんだ!行くぞ!私達で追い落としてやるんだ!」
「分かってるわよ、白蓮。どんな感じ?」
「劉表軍の奴らは皆浮き足立ってる!それどころか我先に逃げだそうとしているんだ!さっさと決定的にしてやろう!」
「いいわね。それじゃ行くわよ!」

白蓮と並んで駆け出す。前に立ちふさがる雑兵を、二刀で次々に斬り伏せている。

「中々やるじゃない!」
「まあ、これだけは、ね」
「後でお手合わせ願おうかしら、ね!」

左右から件を振り下ろしてきた兵を二本の剣で同時に斬る。その白蓮の横からやってくる雑兵をわたしが斬り捨てる。不意を突いたのは確かだけど、それにしてもちょっとね。

「随分向かってくる兵が少ないわね」
「殆ど逃げ出したんだじゃないか?馬もその辺りに結構放ってあるし、状況の把握が出来ずに逃げ出したんだろう。あと少しって所じゃないかな」
「あら、後に下がるの?」
「ああ。取り敢えず現状を把握しないとな。それに雛里は戦う術は持ってないんだ。側に居て守ってやらないとな」
「そう。じゃ、わたしはこのまま行くわ。あ、あと言っておくけど雛里は大丈夫だと思うわよ?冥琳も穏もそこらの雑兵なんて問題にしないくらい強いから」
「そうか。でもまあ私は戻るよ……って、聞いちゃ居ない」

ここでの戦闘はもうそろそろ終わりね。それでもまあ、出来るだけ死んで貰わないとね。私が殺してあげるわ。殺せるだけ、ね。
















〜百合 Side〜

「……ご主人様」
「あぁ。ワラワラとおいでになったようだねぇ。ケ忠、伝令出せ。右翼、左翼ともに出し惜しみせずに一気に蹂躙してやれ、とね。采配はいつも通り稟が取る。稟から通達があるまでは自由にして構わんが、通達があった場合は絶対に従え、とな。まぁ、通達が出るとすれば戦闘終了のものだろうがね」
「了解ですよ」
「ダンクーガ、親衛隊の連中に半弓を用意しておけと言っておけ」
「……大将、アレをやるのか?」
「そうだ。取り敢えず親衛隊1,000名だけだが、どれ程役に立つかを見せてやることにしよう」
「了解!」
「百合とケ忠はのこりの4,000の騎馬を率いて俺の護衛だ。まぁ、約束させられたからな」
「……分かった」
「よし、行くぞ!」

ご主人様が親衛隊を率いて前線に向かう。その前を、翠と蒲公英が率いる右翼と霞と亞莎が率いる左翼が縦列で駆けている。劉表軍は迎撃の為に陣を構えているが、全体的に浮き足立っている様に見える。

「姉貴、大将は何をするつもりなんだ?」
「……胡服騎射」
「胡服騎射?」
「……馬上で矢を射る」
「出来るのかよそんなこと」

そう問いかけてきた忠に頷く。
多分出来ると思う。親衛隊の兵の練度は私も忠も身を以て知っている。あれだけの力量がある兵がその訓練をしていたのであれば問題無くやってのけるだろう。

「……護衛」
「分かってるって。よし!大将の護衛として付いていくぞ!」

ご主人様の後を駆けていく。

「おいおい、敵さん総崩れになるんじゃないかこれ」
「……間違いない」

右翼の翠と蒲公英が一列縦隊で敵陣中央目掛けて突っ込んでいく。霞達左翼は途中で5列縦隊で2,000程の兵に分かれて、順番に敵に突っ込んでいる。車懸かりの陣。私がどうにも出来なかった陣は、本来騎馬で行うものだと言っていた。それをやろうと言うのだ。徒の兵でさえあの圧力だった。騎馬であれば一溜まりもないだろう。

「ダンクーガ、やれ!」
「よっしゃぁ!テメェら、今回は一方的に蹂躙してやるぞ!やぁぁぁぁぁってやるぜ!」
「「「「「OK!忍!」」」」」

親衛隊は一斉に馬を駆って敵の近くまで接近し、そのまま弓を射掛けて外周を走り続ける。グルグルと敵の周りを回りながら、組織立った抵抗をしている箇所へ駆けていっては弓を射掛け、敵が近寄ってきたら駆け去る。近寄ってきた敵は、近くに誰もいなければ私と忠が側面に突っ込んで混乱させ、右翼や左翼、本隊がいる場合は彼らがその間隙に付け込んで傷口を開いていく。

「ハッ。大将!気持ちいいな!」
「だろうが!一方的な戦ってのは気持ちが良いモンだ!このまま押して押して押しまくるぞ!」
「了解!」

相手からすればたまったものではないだろう。一方的に殴られ続けて居るのと同じような状況だ。もし私が劉表軍を率いて居たらどうするかを考えるけど、ここまで一方的な状況になってしまったら手の打ちようがないと思う。
劉表軍は、山に布陣するべきではなかった。隊を細かく分けて近隣の村に分散させ、襲撃するときに集結して昼夜を問わず襲撃し、また分散して人の中に隠れる。これを繰り返して侵攻速度を遅らせ、その間に襄陽の防備を固める。襄陽の防備が固まった時点で襄陽に帰還して共に籠城すると見せかけ、城外から城内と連携して防ぐか、暫く放置しておいて城外からの奇襲がないと油断させた上で一気に本陣を突く。そういう絵を描くべきだったと思う。

「姉貴。勝ち戦ってのはやっぱり気持ちが良いね」
「……まだ勝ってない」
「っと。そうだったな。じゃあ、気を引き締めて行きますか」
「……うん」

ご主人様が頭上で刀を回している。
今まで遠巻きに矢を射掛けているだけだった親衛隊が、吶喊しようというのだろう。効果的だと思う。突っ込んでくるとは思っていないと思うから。

「……忠。突撃」
「了解!全軍、突撃するぞ!良いところ全部大将達に持って行かれたら俺たちはこの戦で大した働きもせず終わりって事になる!それは本意ではないだろう!?」

騎馬兵は皆頷いている。これまで見てきた限り、彼らもかなり厳しい訓練を受けているはずだ。きっと戦いたいに違いない。忠は相変わらず兵を鼓舞するのが上手いと思う。

「その意気や良し!大将に付いていって、一番美味しいところを横からかっさらってやるんだ!行くぞ!」

親衛隊が切り開いた敵陣に間髪入れずに突っ込んでいく。ぶつかった時の抵抗は殆ど感じられない。このまま切り崩して行けるだろう。

「姉貴、あの辺りに敵将が固まって居るみたいだ!」
「……包囲、殲滅」
「了解!お前ら、お手柄が目の前に居るぞ!奴さん達は逃げられない!後も横も味方しか居ないんだからな!俺たちが突っかかっていって首を挙げるんだ!」

配下の騎兵達が馬首を返して突撃を開始する。流石に抵抗が強いようだけど、後から雪蓮達が徒で切り込みを掛けているようだ。側面からも霞や翠が選りすぐったであろう隊で突撃している。崩壊は時間の問題。あとは、死ぬまで抵抗するのか降伏するのかの選択しかない。

「百合。戦は終わった臭いな」
「……うん」
「最前線に立てなかったが、親衛隊の働きが期待以上だったからまぁトントンってところだろう」
「……白旗」
「……降伏、か。少し確認したいこともあるし、受け入れてやるか。まぁ、確認した結果次第で死んで貰うことになるがねぇ」

ご主人様が私に嗤いかける。
何を確認するつもりなのか分からないけど、何かろくでもないことを彼らがしているのではないか。この人は訳もなく人を殺す人ではないと思うから。

「どうしたンだ?ぼーっとして」
「……何でも無い」
「?まぁいいがね。気を抜くなよ?まだ戦場だぜ?」
「……うん」
「ならいい。不意を突かれて怪我なんてするなよ、百合。折角綺麗に生まれてきたンだから」
「〜〜〜〜」
「……良いねぇ。可愛いねぇ」

……こういう時、どう答えて良いか分からない。ご主人様は、機会があれば私に綺麗だとか可愛いとか言ってくれるけど、本当にそう思ってくれているんだろうか。私は吃音だし、やっぱり魅力はないんだろうか。もし魅力があれば、愛紗や稟達のように、閨に呼んで貰えるんじゃないか。

「姉貴、何か考えているのは分かるけど、後でな」
「……ん」
「ダンクーガ、奴らの武装解除しとけ。親衛隊でやれ。同じ様な槍持って同じ様な格好してる人間がぞろぞろ来たら吃驚するだろう。その間に将の武器を回収して後手に縛っとけ。それから……」
「兵は武装解除して一所に纏めておけ、だろ?」
「そうだ。頼んだぜ」
「あいよ」

終わってみればあっけなく、私達の完勝に終わった。失った兵は5,000にも満たないだろう。策を二段階で構築した時点で、勝ちは確実だった。

「今回は思い通りに戦が出来たな。張り合いがないが、毎回こうであって貰いたいことだ」
「そうですか?俺はもっと骨がある奴を相手にしたいですがね」
「馬鹿め。楽に勝てるに越したことはないンだよ。どうやったって人が死ぬンだからねぇ。出来れば、人死にが少ない方が良いのさ。味方も敵も、ね」
「敵も、ですか?」
「そりゃそうさ。戦に勝ったら征服した土地は俺たちの領地になるンだ。そこに住む人間は当然領民になるわけだ。禍根になるような真似はしない方が良いンだよ。
白起が死を賜ったとき、何て言ったか知ってるか?『自分は長平で四十万もの人間を生き埋めにして殺している。元より死すべきなのだ』と言ったのさ。因果も業も巡り巡って返ってくると思いを致すべきなンだよ」
「己の為、というわけですか」
「そうだ。俺の為さ」

忠との話を聞いていて思う。
こういう人が人の上に立つべきだ。自分の為だと言っているけど、それは結局民の為にもなる。良い人に巡り会えたと思う。

忠と話し込んでいるご主人様を見て、そう思った。