〜霞 Side〜
万が一を考えて長安に待機することを命じられ取ったウチに、経ちゃんから書状が来た。経ちゃんは公孫賛を降し、これから続けて荊州北部へ侵攻するらしい。荊州北部は広い平野になっとるから、騎馬隊で蹂躙してやりたい、その為にウチの力が必要や、と書いてあった。
何でウチを長安に残したんか、やっと分かった気がする。雪蓮達が既に軍を発して義陽郡を攻略したことは知っとる。経ちゃんが合流地点に指定してきたのは、宜都郡。これを攻略するのに新城郡から雪崩れ込めっちゅうことやろう。現状、劉表は雪蓮達にきっちり対応出来とっても、ウチが騎馬を率いて出てくることまでは予測出来んやろうからな。
「霞様、お呼びでしょうか」
「あぁ、よう来てくれたな。経ちゃんから書状が帰途って、ウチらに出陣せぇゆぅとるんや。亞莎を軍師として宜都郡で合流しようっちゅうとる。三日後に出陣するけど、準備出来とるか?」
「は、はい。大丈夫です」
「そか。ほんなら出陣は三日後や。率いる兵は10,000。全部騎馬やで。まぁ、ウチが騎馬隊の運用の仕方っちゅうんを教えたるよ」
「お願い致します、霞様」
「その、霞様っちゅうんはどうにかならんか?なんやむずむずするんやけど。呼び捨てでも構わへんで?」
「そんな!呼び捨てにするなんてとんでもありません!」
ホンマ、この娘は真面目やで。経ちゃんも詠も軍師としての素質が高いっちゅうとったから、才能については全く文句は無いんやけど、こう真面目にやられると何や調子が狂うわ。
「分かった分かった。ほな好きに呼んだらええよ」
「はい、霞様」
……経ちゃんに真名預けた時に経ちゃんがどう感じ取ったかがちょっと分かった気がする。
「準備ができとるんやったら、明後日でも行けるか?」
「明後日ではまだ準備が出来て居ませんので、出来れば予定通りお願いしたいのですが」
「……そうなん?」
「はい。実は眼鏡を新調しておりまして。これで教経様のお顔もはっきり見えると思います」
あ〜、経ちゃん。アンタ勘違いしとるみたいや。睨まれとった、ちゅうとったけど、それ多分よう見えんかったからやと思うわ。現在進行形でウチも睨まれとる気がしとるもん。
「ほな、予定通り三日後や」
「はい」
これで経ちゃんに逢える。
出発前、経ちゃんはウチに暫く逢えへんから、ちゅうて結構恥ずかしい格好で助平なことを要求してきた。思い出したら恥ずかしいけど、ようあんな事出来たと思うで。その、胸で、なぁ。上着も着たまま前だけはだけさせて欲しいとか、かなり凝った趣味をしとるで。ホンマ、経ちゃんは何であんなことを考えつくんやろか。まぁその、嬉しそうにしてくれとったし、その後もうアカンっちゅう位に愛してくれたからウチとしては何でもエエんやけど。
それにしても、ちょっと経ちゃんと離れとっただけやけど、なんや寂しゅうてかなわんわ。早う経ちゃんと合流して、しっかり可愛がって貰わんとアカン。
ウチは経ちゃんに完全に嵌ってもうたんやなぁと思う。周りにようさん女が居るけど、後悔はしとらん。経ちゃんは皆のモンやって星も言うとったしな。
早う合流して、経ちゃんに褒めて貰うで。
〜教経 Side〜
白蓮から、魏延と馬謖に対する処罰について報告を受けている。笞刑を与えた上で、それぞれただの将校に降格させる、ということだった。笞刑は、魏延は150回、馬謖は80回。武官である魏延と文官である馬謖の回数が違うのは当たり前だろう。魏延も馬謖も、それぞれ死にそうになっているから挨拶は遅れるが、許してやって欲しい、と言われた。
「公孫賛、俺がそれ位で怒るかよ。刑罰は皆納得の上で決まったンだろうな?お前さんが土下座なり何なりかまして軽減して貰った訳じゃ無いよな?」
「それについては問題ありますまい。わしも張任も李厳も、集まることが出来たもの全てが納得した結果で御座いますれば」
「そうかね。それなら俺から言うことはない。死にそうになっているなら、医者を遣わしてやるから見て貰うが良い。本当に死んでしまったり使い物にならなくなったのでは困るからな。勿論、苦痛の軽減はしないぜ?それじゃ意味がないからねぇ」
「まあ、そうでしょうな」
で、このおっぱい星人は誰だ?
俺の不審そうな顔を見て、公孫賛が口を開く。
「では、これから一人ずつ挨拶をする……します。私は公孫賛、字は伯珪。真名は白蓮です」
「俺は姓は平、名は教経、字も真名もないから好きに呼んでくれれば良い。あと、言葉遣いは別に気にしなくても良いから好きにしろ。丁寧に話そうとして訳の分からん違和感を感じるくらいなら、気を使わずに話してくれた方が良い」
「……分かったよ。でも、いいのか?」
「……勢力の長としては失格したが、実力は高く買っているンだ。それ位は認めるさ」
そのまま、皆から真名を預けられた。
ホウ統の真名は、雛里。……異名のまんまじゃねえか。ちょっと気が弱そうだな。先に俺と話をした際はそんなことはなかったと思うんだが。張り詰めていたものがなくなって、素の自分に戻ったってところか?
おっぱい星人は厳顔だった。真名は桔梗。手に持ってる武器がちょっとアレだが、パイルバンカーってのか?分の悪い賭けが好きそうな武器を持ちやがって。
爺は張任。その横の若いのが李厳らしい。
「……ケ艾、士載。百合」
「私は、姓はケ、名は艾、真名を」
「俺は分かるんだよ、ケ忠。知ってるだろうが。……百合、宜しくな」
「……うん」
「……そう言えばそうでしたね。んじゃ、俺の方を改めて。俺は姓はケ、名は忠。字も真名もありません。ですから大将の好きに呼んでくれれば良いです」
「お前さんも真名がないのかね」
「ええ。宜しくお願いしますよ、大将」
「まぁ、宜しくしてやるよ。貴重な男性陣だからねぇ」
ダンクーガに、張任に、李厳に、ケ忠。
……4人か。ブラックジャック先生と凱とアドンとサムソン入れても7人しかいない。本当にどうなってやがるよ、この世界はよ。
「で、早速だがね。俺たちはこれから劉表のカスにお仕置きをしに行くンだ。蜀の地は今まで通り蜀の人間に任せようと思う。その方が上手く行くだろうからねぇ。但し、度量衡については従って貰うし、法についても平家の法に従って貰う。……質問があるかね?」
「私はどうすれば良いんだ?」
「お前さんと雛里については従軍して貰う。百合とケ忠もだ」
「分かった」
「か、畏まりましゅた……うぅ」
……カミカミのょぅじょってどういう需要があるンだ?可愛いのは否定しないが。こう、父性愛的なものが溢れてくるんだよねぇ。
「……うん」
「了解ですよ」
百合は心なしか嬉しそうだな。まぁ、あれだけの器量があるんだし、戦で自己表現するタイプの天才だろうからねぇ。やりがいがある。そういうことかね。
「用意した糧食的には、ギリギリって所だろう。ギリギリと言ってもある程度余裕を見積もった上でのものだがね。だがそれでもここで無駄にするわけにはいかないンだよねぇ。劉表が思っている以上にやる相手なら、そこで余剰を吐き出す必要がある」
「……急ぐ?」
「兵は拙速を尊ぶ、さ。今はそれが当てはまるだろうよ」
「……分かった」
「分かったところで出発するぞ。お前さん達は兵を連れてこないで構わん。連動出来んだろうからな。向こうに着いたらそれぞれの下に兵を付けるからそのつもりで居てくれ」
「御意」
これで後は劉表のカスだけだ。誰にちょっかい掛けてくれたのか、しっかり分からせてやらんとなぁ。まぁ、既に雪蓮に思い知らされているのかも知れんがね。
〜ケ忠 Side〜
大将について荊州北部、宜都郡を攻略すべく軍を進めている。大将は姉貴と俺に兵5,000を預けてくれた。指揮して分かるが平家の兵ってのは尋常じゃない。命令に対する反応速度が速い。白蓮様には悪いけど、俺や姉貴にとってはこっちの方がやりがいがある。自分が思い描くとおりに兵が動くってのは本当に気持ちがいいもんだ。
まぁ、姉貴にとっては別の意味で良かったと思うけど。
「ふむ。ならここは……こうするかねぇ」
「……甘い」
「チッ。流石に読んでたみたいだねぇ……と見せかけて実は〜、こう!」
「……ん……」
「……どうだ?残された手はあると思うぜ?」
「……罠」
「そうだねぇ。そこまで見えるってのは中々居ないと思うがね。……立派に軍師が勤まるんじゃないのか、百合」
「……ん」
「照れてるのか?……可愛いねぇ」
「〜〜〜〜」
「ははっ。より一層可愛くなったぜ?」
そう言って大将が姉貴の頭を撫でている。姉貴は照れて俯いているが、嬉しそうにしている。
大将は、何故か姉貴が言いたいことが全部分かる。姉貴にとって、俺以外に自分が言うことを全て理解出来る人間がいるのは初めての経験だ。こうやって盤上で模擬戦をやっては二人で仲良く戯れているのを見ると、微笑ましい気持ちになる。
虜囚の身から解放されることが決まったとき、大将に挨拶に行った姉貴は不機嫌だった。不機嫌な原因は、大将の横に寄り添うようにいた関羽の姐さんの存在だろう。どう見ても男女の仲だったからな。姉貴は自分の感情を持て余しているようだった。
まあ、それはそうだろう。今までずっと姉貴と一緒だったが、あんな姉貴は生まれてこの方初めて見た。あの姉貴の不機嫌さを目の当たりにして、姉貴が大将に恋している事に気が付いた。唐突すぎるし敵なのに、とは思ったが少し考えて当たり前だと思った。姉貴の発する短い言葉だけで言いたいことを理解出来る人間は、今まで俺しか居なかった。それが突然目の前に現れたんだから。しかも異性であり、その器量は申し分なく、話した限り何よりも民のことを考えているような人間性を有している。顔はまあ、俺の方がいい男だと思うけどね。
兎に角まあ、その感情が嫉妬だなんて思いも寄らなかったのだろう。後で姉貴と話をした時、姉貴は大将に恋していて、嫉妬したんだよ、と言ってやると顔を真っ赤にして槍で突き殺そうとしてきた。何とか躱して無事だから今こうして居る訳だけどな。姉貴、照れるのは可愛かったけどちょっと考えてくれ。俺じゃなかったら間違いなく死んでたぜ?
大将の周囲からは冷たい視線が大将に向けられているが、姉貴に対しては許容して貰っている。……こうなるまでが一苦労だった。胃が痛かった……大将、何人相手が居るんだよアンタには……。
最初、姉貴が大将と話したそうにしていたから、適当に理由を付けて大将と話せる場を創り出した。それを見た関羽の姐さんや郭嘉の姐さん達がもの凄い目で姉貴を睨んでた。姉貴の生い立ちを説明し、姉貴にとって大将が人生で初めて出遭った自分を理解してくれそうな人であり、出来れば姉貴の好きにさせてやって欲しいと胃に穴が空きそうな思いで伝えると、皆溜息を吐きながら『仕方がない』だの『一番は私です』だの言ってくれた。
姐さん達は、大将が姉貴を気に入るだろうと言っていた。外見は申し分ないし、可愛らしく、これまでの事を考えるといじらしくて保護欲が湧くだろうから、と。弟の俺が言うのもおかしいが、姉貴は綺麗だ。百人見て百人が綺麗だと言うだろうし、そう言わない奴には何が何でもそう言わせるから間違いない。
姉貴がどう想っているかは分かる。どう表現して良いかが分かっていないようだがね。
……全く、我が姉ながら手の掛かることだ。
「姉貴、そういう時は大将に抱きつけば良いんだよ」
「〜〜〜〜」
照れながら俺のケツを思いっきり抓ってくる。かなり痛いが、こうやって照れる姉貴は可愛い。こういう姉貴を見るのは新鮮で、からかうのは止められそうにない。
「ケ忠、お前さんも中々分かってるじゃないか」
大将もニヤニヤしながら姉貴の顔を見ている。同好の士ってのはこういうことを言うんだろうねえ。
「でしょう?そういう訳で大将、抱き抱えてやって下さいよ。こう、両手で姉貴を抱えるように」
「ふむ。何やら寒いからやってみるかね。抱えていれば暖まるだろうしねぇ」
大将はこういうところでノリが良いから乗ってくるとは思っていたが、周囲からの視線を寒い気がするで済ますのは正直どうかと思う。まあ、苦労するのは俺じゃないし姉貴の恋を成就させてやるのが俺の役割であって、その結果大将がどうなるかなんて興味はないからどうでもいいけどね。
「よっ……と。百合、やっぱり女の子なんだねぇ。軽いし、何より柔らかい」
「〜〜〜〜」
姉貴はばたばたと手足を動かしているが、そんな姉貴も可愛い。ああ、最高だよ姉貴。
関羽の姐さん達は頭を抱えて溜息を吐きながら陣屋から出て行った。気を利かせてくれたって言うよりは、見続けていると大将をぶっ飛ばしそうになるから席を外したんだろう。大将、後で痛い目を見るんだろうけど、まあ、自業自得って事でここは一つ殴られておいてくれ。
「姉貴、そんな暴れると危ないから大人しくしようか」
「そうそう。危ないぜ?百合」
二人にそう言われても暫くばたつかせていたが、だんだんと動きが小さくなっていき、最終的には諦めたのか大将の胸に両手を添えて、頬を染めた顔も大将の胸に埋めて恥ずかしそうに、でも幸せそうにしていた。
「……おいケ忠。なんだこの最終兵器は」
「俺の自慢の姉貴ですよ。最強でしょ?」
「これはグッと来るねぇ」
「もっとグッと感じる事が出来る方法がありますよ、大将」
「……なにやら嵌められている気がするが、毒を食らわば皿までと言うしねぇ。突っ走ってやろうじゃないか」
「流石平家の頭領ですね」
「まぁな。……で、その方法とは?」
「姉貴を思いつく限りの言葉で褒めてやって下さい。但し、本当に思っていること以外は言わないで下さいよ、大将。それは嘘になるんですから」
「了解だ」
そういうと大将は姉貴の顔を覗きこんで、話しかけ始めた。
「百合、お前さん、こういうことには慣れてないんだな?」
「……うん」
「こんなに可愛いのに、周囲の男共は見る目がなかったんだな」
そう言われて、姉貴はイヤイヤと頭を大将の胸に押しつけて左右に振った。
……萌えるぜ、姉貴。
大将を見ると、大将は惚けた顔をしていた。何ともだらしのない笑みを浮かべているが、恐らく俺自身もそんな顔をしているだろうからそこには触れない。
「ケ忠ェ……お前は俺を殺す気か?」
「俺も死にそうですが」
「「……だが、それがいい!」」
満面の笑みで大将と向かい合い、頷きあった。大将に仕える事になったのは大正解だぜ。
「大将、姉貴をどう想っているか、まだそんなものじゃないでしょう?思っていることを全部伝えてやって下さいよ」
「任せておけ。……百合、お前さん、柔らかい体してるよな。こうしてると良い香りもするし、本当にいい女だと思うよ」
「そうでしょう、大将。俺は弟として姉貴の伴侶には俺が認められるような男じゃないと困るって思ってるんですよ。大将なら器量は十分だし、いっそ姉貴を貰ってやってくれませんかね。そうすれば俺も恋に生きることが出来ると思うんですよねぇ」
「そうかね。百合が嫌じゃなきゃそれでも良いがねぇ。こんな可愛らしい女の子なら大歓迎だぜ?」
姉貴はずっと恥ずかしそうに頭を振り続けている。その姉貴を見て、大将はご満悦だが。
……大将、引っかかりましたね?俺は、『思っていないことは言ってはいけない』と言ったはずですよ?それは分かってはいるんでしょうが、飽くまでも姉貴を恥ずかしがらせるのが目的で俺がそう言っていて、それに乗っただけだとか思っているんでしょうけどねえ。あんな状態でも姉貴はちゃんと正気を保っているわけで、大将が言った言葉は大将が本当に思っていることだって姉貴は理解するわけですよ、大将。
現に姉貴は恥ずかしそうにはしているものの、さっきとはちょっと違うわけで。まだつきあいが短い大将には流石にこの違いは分からないでしょうが、姉貴はただ恥ずかしがっている訳じゃ無いと思うんですよねえ。多分、いや、きっと大将と自分がそういう関係になることを想像して、頬を上気させているに違いないんですから。何せさっきまで大将の胸に添えられているだけだった姉貴の腕は、大将の背中に回されていて、姉貴は大将に抱きついている訳ですから。まだ、気が付いて居ないみたいですがね。
それからも一通り姉貴を褒めまくった後、大将の陣屋を後にした。
後にした陣屋から、断末魔の声が聞こえてきた気もするけど問題無いだろう。
俺の方は、姉貴ぶっ飛ばされた。首の骨が折れるかと思うくらいの衝撃だったが、何とか首の骨を折る程度の致命傷に止めることが出来たようだ。
遠退く意識の中で、姉貴が呟くのを耳にした。
「……忠、ありがと」
はは、姉貴。俺は姉貴の弟なんだから当然なんだぜ?
出来れば、大将の所の琵琶丸とか言う医者を呼んでくれたら有り難いんだけどさ……あれ、何処に行くの姉貴。医者、医者を頼むよ……
次に目が醒めたとき、寝台に寝かされていた。横には、包帯で巻かれた大将が寝ていた。
『ひでぇ目にあった』。
そう言っていた。アンタは良い思いしたからいいじゃないか。
姉貴が嫁に行ったら、俺も相手捜そうかな。