〜斗詩 Side〜

黄河を渡渉する私達を曹操さんが襲撃してきた。先行して渡渉して警戒していた私と文ちゃんの隊は完全に抑えられ、半渡にあった本隊に襲いかかって来た。被害を出したが、事前に田豊さんから言われていたからこの程度で済んだ。もし郭図さん達が言うように何の確認もせずに一気に渡渉した場合、最悪麗羽様を討ち取られていた可能性だってあるんだから。

「田豊さんの言ったとおりにしておいて良かったですね、麗羽様」
「斗詩さん、何を言っているのです!被害が出たではありませんか!とんだ役立たずですわ!」
「なぁ〜姫〜。もし田豊のオッサンの言う通りにしてなかったら、姫の本陣に曹操が突っ込んできて姫を殺したかも知れなかったんですよ〜?」
「華琳さんなど私一人で十分だったのですわ!……まあ、役立たずは言い過ぎでしたわ」
「え……」

そういった麗羽様に、文ちゃんは驚きの余り固まっている。正直私も信じられなかった。あの麗羽様が自分の過ちを認めるようなことを言うなんて。

「……どうしましたの?」
「麗羽様、明日も行軍するんだし今日は早めに休んでおいた方が良いんじゃないかな」

どうやら文ちゃんは麗羽様の体調が悪いという結論を出したみたい。
……私もそう思うけれど。

「私もそう思います」
「?おかしな猪々子さんに斗詩さんですわね。まあ良いですわ。それなら今日はこれで休ませて頂きますわ」
「はいはい、どうぞどうぞ。こゆっくり〜」
「もう、文ちゃん!麗羽様、お休みなさいませ」

麗羽様はご自分の陣屋に入って行った。

「……斗詩、吃驚したよな」
「……うん」
「にしてもさ〜、郭図のバカ共は何を考えてるんだ?損害が出たのは田豊のせいで被害を抑えることが出来たのは自分たちのお陰とか言ってるみたいだけど」
「いきなり後退した人が言う台詞じゃないと思うよね」
「そうそう。それに比べたら田豊と張コウは良くやったよ。岸から見る限り、あれが上陸したら間違いなく痛手を与えてやれるって感じだったからな〜」
「まあ、曹操さんの方でもそう思ったからこそいきなり撤退したんだと思うけど」

その辺りは流石の一言に尽きると思う。

「惜しかったよな〜」
「終わったことを言っても仕方がないよ文ちゃん。今は官渡に着いてからの事を考えないと」
「分かってるけどさ〜。あたいは郭図みたいな奴を見るとイライラするんだよな〜。こう、ガツンとぶん殴ってやりたくなる」
「……文ちゃん、やっちゃダメだからね?」
「やっぱりダメかな〜」
「ダメに決まってるでしょ!」
「怒るなよ斗詩〜。欲求不満なのか?だったらあたいが」
「違います。ほら、文ちゃん。明日には官渡に到着するんだから」
「ちぇ。ちょっとくらい良いじゃんか〜」
「ダメです。文ちゃんも早く休んだ方が良いよ?」
「分かったよ〜、斗詩のいけず」

文ちゃんは何やらぶつぶつと呟きながら自分の陣屋に向かった。

「申し上げます」
「何ですか?」
「官渡での布陣についてお話があると、田豊様がおいでになりましたが」
「直ぐに通して下さい」
「はっ」

官渡での布陣について、か。
今回の戦で不安なのは、朱里ちゃんが居ないこと。朱里ちゃんが居れば、安心して居られるのに。私は、雛里ちゃんが出奔する際に一緒に行かなかった時点でもっと信用しても良いのだと思った。けど、周囲は違ったみたいで裏切り者の親友だから信用出来ないなどと騒ぎ立て、朱里ちゃんを徐州に遣ってしまった。
……ホントに碌な事をしないんだから。そもそも黒山賊を攻める必要だって無かった。自分たちの手柄を立てる為に戦をするなんて、郭図さん達はどうかしている。

「夜分に失礼致します」
「いえ。今日は御苦労様でした」
「それは顔良殿の方で御座いましょう。私などは別段何もしておりませんから」
「そんなことはないですよ。……それで、官渡での布陣についてお話があるとのことですが」
「はっ。実は官渡周辺の地理について、細作に調べさせました」
「もう調べたのですか」
「はい。官渡城の周辺は元々沼地が多かったのですが、どうやらその沼地を拡張してあるようです。また所々に岩が置いてあり、その岩をどかさないと全軍を無駄なく展開することが難しい感じです」
「成る程。そんな感じになっているのですね。岩は、退かしてしまえばよいのでは?」
「それがどうもそういう訳には行かないようでして。細作に言わせると、その岩があるから水に浸らなくて済んでいる土地が多いように思われるらしいのです」
「どういうことですか?」
「要するに、岩を退かせば水が流れ込んで足場が悪くなるし布陣出来る土地が狭くなるだけだ、ということです」
「……厄介ですね」
「相当周到に準備してきた物と思われますな」
「どうしましょうか」
「退けない方が良いでしょう。退けなければ、少々手狭になるだけです。場所によっては岩を防禦として有効に活用出来るでしょう。退ければ布陣場所がより狭くなることになりますからな。まあ何よりも、足場が悪くなることが痛いからですが」
「はあ……田豊さん、朱里ちゃんから何か聞いていませんか?」

朱里ちゃんなら、もっと前に掴んでいたはず。それであれば、腹心的な立場に収まっている田豊さんに何か策を授けている可能性が有る。

「さて、何でしょうかな?」
「田豊さん、朱里ちゃんがこの大戦をどう描いているのか、それを貴方は知っているのではないですか?もしそうであれば、朱里ちゃんが何を考えているのかを教えて欲しいんです」
「……私の口からは、何か申し上げることは出来ません」
「……言うことがないのではなくて、出来ないのですか?」
「……察して頂ければ、と思いますが」

やっぱり。朱里ちゃんは間違いなく田豊さんに策を授けている。けれど、それは際どい物なのだろう。それを知る人間が増えれば不都合が起こるような。特に郭図さん達がそれを知れば、間違いなく妨害しようとするだろう。これ以上朱里ちゃんと田豊さんに手柄を立てさせない為に。それを避けたい。そういうことだと納得する。

「分かりました。策の内容については訊きません。ただ一つだけ訊かせて下さい。信じても良いんですよね?」
「それは勿論。私は袁家の臣です」
「分かりました。信じて何も問わないことにします」
「有り難う御座います、顔良殿」
「いえ。では、私も明日に備えて休むことにします」
「それでは、私もこれで失礼致します」

田豊さんに見送られ、自分の陣屋に向かう。
朱里ちゃんが何か策を施していることが確認出来ただけでも良かった。味方にすら知らせることが出来ないと判断したのは仕方がない。何せ、疎まれて徐州に遣られ、軟禁されているのだから。監視者が沮授さんになったので厳密には軟禁という形にはならないと思うけど。沮授さんも田豊さんと同じで、朱里ちゃんに命を救われて恩を感じているようだから、朱里ちゃんの為に色々と便宜を図ってくれるだろう。それがこの際は有り難いと思う。遠く徐州にあっても、朱里ちゃんが策を施すことが出来れば心強い。沮授さんは、袁家の為になる限りにおいて積極的に協力するだろうから。

明日から始まる戦について、多少の安心感を得られた。
今日はゆっくり休むことが出来ると思う。精神的に、だけど。













〜秋蘭 Side〜

対岸に展開し始めた袁紹軍を見て、華琳様が不敵に嗤っている。
敵部隊のいくつかが、岩を除けたのだ。そうかと思えば、岩を除けずにそれを効率的に盾と出来る様に布陣する隊もあった。どうやら、敵は指示を徹底させることが出来ないような状況らしい。

「見なさい秋蘭。あれらは皆馬鹿なのよ。家中における権勢争いを戦場に持ち込むなんてね。国事を前に私事を優先させる蒙昧な輩が多くて助かるわ。相手側にとっては不幸でしょうが、それはそのまま私の幸福に繋がる。これで勝ったわね」
「華琳様、まだ勝ったわけではありませんが」
「あら、そうかしら。家中に和がない相手に負ける程私は低能ではないわよ?」
「しかし油断は禁物です」
「ふふっ。分かっているわよ秋蘭。私は油断しているわけではないのよ?客観的に見た事実を述べているに過ぎないのだから。指示を徹底出来ない軍が意思統一された軍に勝てるはずがないのよ。思惑がそれぞれ異なっている軍が勝利した例はあるけれど、指示が徹底出来ない軍が勝った例は古来より一度もないわ。破れた例ならいくらでもあるけれどね」
「油断されていないのであれば構わないのです」
「ええ。……諌言には感謝するわ、秋蘭。これからも支えて頂戴」
「はっ」

流石は華琳様だ。油断も慢心もせず、眼前の敵と向かい合っている。私の余計な諌言にも嫌な顔一つされず、むしろそれを喜んで下さった。正しく王の器であろう。

「桂花、袁紹軍の構成を報告しなさい」
「はっ。現在袁紹軍は大きく三つに分けることが出来ます。郭図と淳于瓊を頂点とする派閥と、審配と逢紀を頂点とする派閥、そして袁紹直属である劉備の派閥。この三つです。
郭図と淳于瓊の下に辛評・辛毘が、審配と逢紀の下に高覧がそれぞれ付いております。劉備の下には田豊と張コウが付き従っているようです。
田豊が提案したと思われる布陣の仕方について、他の二派閥はそれを無視して布陣を行ったようです」
「成る程。潁川派閥と冀州派閥、劉備派閥に分かれて争っている、というわけね。布陣時の件と言い、この私を前にして権勢争いをするなんて舐められたものね」
「ですがそのお陰で敵の攻勢は連動を欠くことでしょう。我が軍にとって望ましい状況だと思います」
「そうね。精々思い知って貰う事にしましょう。春蘭、秋蘭。折角我が領内に来てくれたのだからしっかりおもてなしをしなければならないわ」
「華琳様!必ず奴らに思い知らせてやります!」
「姉者の申すとおりです。奴らに報いを呉れて遣りましょう」
「頼もしいわ。……真桜、例のものは?」
「準備出来とるで〜」
「恐らく麗羽達は物見櫓を作って城内の様子を探ってくるでしょう。それを優先的に破壊しなさい」
「了解」
「秋蘭は弓兵を率いて官渡城を守備しなさい。凪と沙和は秋蘭を補佐しなさい。桂花も城から戦況を確認し、必要な手を打ちなさい。春蘭、季衣、流々は私と共に城外から秋蘭たちと連動して敵に対応するわよ」
「御意」

このことあるを見越して用意してきた華琳様が負けるはずもない。あとは我らが期待通りの活躍をすれば自ずと勝利は華琳様のものとなるだろう。

此処が死力を尽くすところだろう。此処を乗り切れば、華琳様が終に天下にその手を掛けることになるのだ。



















〜田豊 Side〜

官渡に到着した兵は110,000弱。現在、郭図と審配の献策により、官渡城と城外に居る曹操軍へそれぞれ攻撃を仕掛けている。劉備殿を始め、その与党と見なされている我々は後詰めとして後方へやられている。それは構わないが、何故馬鹿正直に正面から攻めているのか。それが理解出来ない。

……曹操が十二分に準備をしているのを実感したばかりであろうに。

布陣の際、あらかじめ伝達しておいたにも関わらず、岩を退けた。その結果布陣できる土地が減ってしまったばかりか辺り一帯の足場が悪くなってしまった。その事もあって意固地になっているのだろう。遊撃の為に敵左翼側へ向かうことを提言したのだが、全く聞く耳を持たなかったのだから。

「田豊のおじちゃん」
「……なんでしょう」

一向に進捗のあがらない戦場を見つめていると、張飛殿が話しかけてきた。
……我ながら、おじちゃん、という言葉がこれ程堪えるとは思わなかったが。

「何で皆馬鹿みたいに真っ正面から掛かって行っているの?敵が待っているところにそのまま突っ込んでいくのは馬鹿のすることなのだ」
「私もそう思いますよ。けれど、そう思わない人も居るということです」
「ふ〜ん。ただの馬鹿なのだ」

身も蓋もない言い方だが、全く以て同感だ。張飛殿でも理解していることを、分からないと言うならまだしも分かっていて敢えてやっているところが度し難い。
城内の様子を窺うべく物見櫓を立てているが、城内から巨石が飛んできて破壊されていく。当然、櫓だけでなく城に殺到する兵の群れの中に落下し、前線は混乱している。そこを城外に展開している曹操軍に良いように蹂躙され、見かねて後続の兵が突出する。その後続の兵の後側へ逃げ込んで再度隊伍を組み直して戦線に参加する時機を待っている。先程からずっとそれを繰り返しているように見える。

「田豊さん、郭図さん達が麗羽ちゃんの周りに居ないみたいだから、献策するなら今の内だと思うの。何か無いかな」
「……時間を掛けずに一気に決戦するというのは望めません。相手は籠城しているのですからな。であれば、こちらもじっくりと腰を据えてやるべきなのです。櫓についても、何も城の直ぐ側に立てる必要はありますまい。離れていても城の様子は窺えるのです。櫓自体を動かせるように工夫してあることですし、徐々に前進するのが宜しいかと存じます。
しっかりとした足場を少しずつ前進しながら確保して拠点とし、確保した拠点と拠点を繋いで線とし、その線を少しずつ押し上げるように軍を展開して面を創り出すのです。こうすれば前進出来る距離は微々たるものでしょうが、一旦確保した土地は易々と奪い返される事はないでしょう。
これを全軍を以て行うのです。糧食の警備をする兵以外の全ての兵を投入し、行うのが良いと思います。派閥に分かれて対立している現状を考えると、三方向から各派閥で行う、という形を敢えて取ることで競争意識を持たせて行うのが良いでしょう。ひとまとめにしておいても連動するわけがないのですからな。どうせ連動しないなら切り離して運用し、効率化を図った方が良いのです。
また、こちらもあちらも糧食が不足してくることは間違いありません。現状通り烏巣に集積しておけば良いでしょうが、警備は現状よりも厳しくしておくべきですな。曹操軍が城外に展開している以上、ありそうにないことでもその痛手を考えれば対処しておくべきでしょう」
「う〜ん……難しくって覚えられないや」
「……紙に認めておきますから持って行かれるが良いでしょう」
「有り難う、田豊さん」

献策を紙に書き付けて、それを劉備殿に渡す。劉備殿はそれを持って献策に行かれた。
前線は何度も城に押し寄せているが、その度に城側から強力な抵抗を受けて乗り込めないで居る。数的優位を活かせる形で戦をしない限り、袁家に勝利はあり得ない。先の延津での戦に続き、緒戦も曹操のものになったと言って良いだろう。

だが、兵力差はまだ十分にある。孔明殿の策は最後の手段だ。そこまでは私が劉備殿を通して麗羽様に献策を続け、より良き方向へ向かわせる必要がある。
……せめて家中の和だけでも成し遂げられていれば。それならば、孔明殿を頂点として最上の策の元に戦に臨むことが出来たはずなのに。言っても始まらないことが分かっていても、どうしてもそう思ってしまう。

まあ、やるしかないのだ。孔明殿の策があるだけまだマシなのだから。















〜華琳 Side〜

「私達は北側の敵に対応するわ。東、及び南からの敵については春蘭だけで大丈夫でしょう。緒戦で負けた負け犬の力量は分かっているでしょう?」
「はっ!お任せ下さい!」
「任せたわ、春蘭。敵を撃退したら城内へ帰還しなさい。季衣と流々は私と共に北側へ。良いわね?」
「「「御意」」」

袁紹軍の攻め方が変わった。策もなく遮二無二正面から城を落とすべく寄せるだけだったものが、北、東、南から同時に、着実に兵を進めて来た。

東と南に関しては、先日来負かし続けて来た郭図や審配達であるからこちらの予測を超えるような動きをしてくることはないでしょう。しかし、北に関しては違う。劉備が漸く前線に出てきた。その配下には張飛、張コウという武将がおり、軍師として田豊が付いている。張飛の武勇は反董卓連合時に確認しているが、春蘭並の力があるでしょう。張コウと田豊については、黄河を渡渉する際の隊伍の組み方から見て先ず有能と言って良い才を有しているに違いない。これを侮ることは出来ない。
桂花や秋蘭も恐らく気が付いて居るとは思うけれど、万全を期す必要がある。まかり間違って城門を突破されるようなことがあれば、我が軍は負けてしまう可能性が有るのだから。

北側へ兵を駆けさせる。
城門前で凪が敵を食い止めるべく張コウと戦っているが、どうやら押されていた様だ。私の判断で間違っていなかったようね。季衣と流々に敵軍へ突入させるべく指示を出して、直属の兵を引き連れて凪の元へ駆けつける。張コウは寄せてきた私を確認し、形勢不利と見て兵を後退させていった。しっかりとした状況判断が出来る様ね。

「凪、随分押し込まれていたようね?」
「申し訳ありません。敵軍が渡渉して北側からやってくるのを確認し、迎え撃つべく防禦陣を構築して迎え撃ったのですが突破されてしまいました」
「そう。でも必要以上に気にしなくても良いわ。戦が終わったわけではない。最初劣勢にあったけれど、ここから挽回して貴女は勝つ事になるのだから。このまま押し返すわよ」
「はいっ!」

凪を励まして寄せてきていた張コウの兵を追撃する。向こう側では季衣と流々が思い思いに敵軍を攻撃して押し返そうとしている。

「凪、季衣達を連動して敵を挟み込むように動きなさい」
「はっ!」

これで挟み込むことが出来れば、厄介な相手の力を大きく削ぐことが出来る。
そう思っていたのだけれど、やはりこちらの意図は読み取っていたようで直ぐに兵を纏めて後退し始める。張コウと言い張飛と言い、良く兵を掌握し退くべき時というものを理解出来ているようだ。

「このまま追撃してある程度敵を削ったら直ぐに城内へ帰還するわ。各隊に連絡しておきなさい」
「はっ!」

追撃を掛ける。季衣達も突っ込んでいるが、勢いを良くいなしながら後退しているようだ。

「弓兵を。敵後方に向かって射掛け続けさせなさい。敵はこちらの勢いを殺す為に密集しているからいくらでも当たるわよ」
「畏まりました!……弓兵!矢を敵後方に向かって射掛け続けよ!敵後尾ではないぞ、敵後方、進行方向側奥へ射掛けるんだ!」

密集している所へ弓を射掛けさせる。これで敵は後退速度が遅くなる上に多少混乱することになるでしょう。それを見逃さずに季衣と流々、凪が敵に掛かって行っている。このまま追い掛け続ければ殲滅出来る可能性もあるが、城から離れつつある。これ以上離されるのは拙いでしょう。

「各隊に伝令を。撤退するわ。殿は流々。損害の一番大きい凪から撤退させなさい。私達は流々と合流して共に殿として城に帰還する」
「はっ」

兵を纏め、城へ帰還する。北側でかなりの損害を受けたようだけれど、壊滅したわけでない。相手にもそれなりに損害を与えている。東側や南側がどうなったのかは分からないけれど、春蘭が痛手を被ることはないでしょう。兎に角、一度城に帰って状況を確認する事ね。







「桂花、状況を」
「はい。先ず我が軍ですが、ここ10日ばかりの先頭で残り45,000程度となっております」
「そう。思ったよりやられているわね。それで敵軍は?」
「城壁から確認した限りでは、60,000弱です」
「……おかしいわね。そこまで削った覚えはないのだけれど」
「私の方でも不審に思い、斥候を放ちました。その結果、烏巣にて糧食を守備している兵が10,000いる事を確認致しました」
「……糧食を、ね」
「はい」
「こちらの糧食は後どれくらい持ちそうかしら」
「残り一月程度しか残っておりませんが、それは相手も同じ条件だと思います」

返事をして、私の目をじっと見つめてくる。
……よく分かっているじゃないの、桂花。

「敵を官渡城に引きつけた上で別働隊で烏巣を襲って糧食を焼き払いましょう。春蘭、秋蘭。貴女達二人で配下の兵を指揮して、官渡城に敵を引きつけて抗戦しなさい。季衣と流々は二人の補佐を。桂花はこれまで通り城兵を指揮なさい。真桜は発石車を運用して敵を抑える手助けをしなさい。岩は残り少なくなってきているから効率的にね。
凪と沙和は私と共に烏巣の敵糧食を焼き払いに行くわよ」
「華琳様、華琳様御自身で烏巣の糧食を焼き払いに征かれる必要はありますまい。ここは私か姉者にお任せ下さい」
「秋蘭、言っていることは分かるけれど、これは私自身の手でやらなければダメなのよ。自分の運を天に問う戦なのよ。他人に代理で問わせるなんて出来るわけがないでしょう?ここは、私が行くわ」
「……そこまで固い決意を為されているのであれば、最早何も言いますまい。凪、沙和。華琳様を頼むぞ」
「はっ!」
「了解なの〜。沙和達にお任せなの」
「明日の戦闘後、兵10,000を率いて烏巣を襲撃すべく移動を開始するわ。皆で勝利を掴みましょう」
「御意」

これで麗羽を打ち破ることが出来るでしょう。
……教経、貴方は既に公孫賛に勝っているのでしょうね。ひょっとすると、劉表も下しているかも知れない。早く麗羽を降して領国を取り纏め、力を蓄えて教経と決戦出来るだけの用意を整えなければならない。

こんな所でこんな相手に躓いているわけにはいかないのよ。こんな相手に。