〜教経 Side〜

「大将、敵が白旗掲げてこっちに来る」
「……機を見るに敏、だな」
「……どういう意味だ?」
「機会を掴むのが上手いってことさ。もう少し遅れていれば、本格的に蹂躙すべく攻勢を掛けるところだったんだからねぇ」

何とか、勝てた。
それがこの戦の結果だ。策を見抜いて裏をかいたつもりが裏をかかれ、正面からぶつかって咬み破ってやるつもりが咬み破ることも出来ず、是非も無い状況で後退することを考えていた所に家臣が駆けつけて何とか勝ちを拾った。

慢心していたつもりはない。侮っていたつもりもない。ただ、俺はこの状況を予測出来ていなかった。この教訓を次に活かす機会を得られただけ俺は恵まれているンだろう。

軍使を迎えて降伏を受け入れる旨を伝え、互いに軍を纏めてから公孫賛と会談を持つことにして一旦軍使を返した。会談自体は明日になるだろう。それだけ決めてから、援軍に駆けつけた思春の隊へ向かった。

「……教経様、ご無事でしたか」
「あぁ。お陰さんで、ね」

戦が終わってホッとしたんだろう。足から力が抜けてこけそうになる。

「教経様、大丈夫ですか?」
「……済まんな。流石に、疲れた」
「……いえ」

思春が脇で支えてくれたお陰でこけなくて済んだようだ。

「それにしても良く来てくれた。お前さん達が来なかったら、今頃敗走していただろう」
「稟様が教経様が危ない、と仰って本陣を急行させていたのです。詳細は伺いませんでしたが、兎に角教経様の後を急追してくれ、と言われましたので」

稟が、ねぇ。稟は途中で気が付いたってことか。流石は郭奉孝だ。曹操がその才を何度も惜しんだだけの事はある。その稟が向こうから走ってきている。

「教経殿!」

泣きそうな顔をして走ってきて、俺に抱きついてきた。
ちっと傷に響くがだからといって振り解こうとは思わない。あんな顔してたンだ。安心させてやるのが先だ。今の俺は血まみれだから深刻な怪我してるように見えるだろうし、ね。

「稟、大丈夫だ。俺ぁ生きてるよ。深刻な怪我もしてない。おかげさんで、ね」
「本当に良かった……本当に……」

そう言うと、肩を震わせて泣き始めてしまった。こんなに心配してくれていたンだな。
蓮華がその後から歩いて来た。

「教経、貴方怪我は大丈夫なの?」
「あぁ。左肩がこれから死ぬほど痛くなるンだろうがね。……蓮華、お前さんにも助けられたみたいだな。有り難うよ」
「別に礼を言われるようなことではないわ……兎に角、無事で良かった」

そう言ってホッと息を吐き出した。

「先に戻って兵を纏めておいてくれ、蓮華。各隊に通達を。戦は終わった、矛を収めろ、とね」
「私から?」
「あぁ。稟はこんなだしな」
「……教経殿が悪いのです」
「そうだな。今回は俺が悪かった」

言いながら涙をぬぐってやる。稟はちょっと目を瞑りながら、ぬぐい終わるとまた俺に抱きついてくる。多分、稟は正確に今回の事態を見通したのだろう。だから俺が死ぬことまで想像していたに違いない。そうでないと人前でこんな風に俺に抱きついたりはしないだろう。

「……私も戻って伝令を出しておきます」
「そうか。じゃぁ、頼む」
「はっ」

蓮華と思春が伝令に指示を与えるべく去っていく。
空気を読んだってやつか。

「稟。落ち着いたか?」
「……まだです」
「そうかね。まだ抱きついているかね?」
「……はい」
「……そうか」

稟を抱きしめる。

「稟のお陰で俺は死なずに済んだらしいな。稟、何かして欲しいことあるか?」
「……口づけして下さい」
「今此処で、かね?」
「……はい」

甘えてくる稟が可愛い。

「……んっ……」

そっと唇を重ねる。短いような、長いような。そんな口づけだった。

「……これでいいかね?」

そう訊くと何も言わずに頷いてもう一度抱きついてくる。

「……あ〜、大将。そろそろ準備した方が良いんじゃないか?」

そっぽを向いて頭を掻きながらそう言ってくる。
ダンクーガめ、空気くらい読めよ。

「分かってるさ。けど今はそれより稟の方が大事でな?」
「……はぁ。程々にしとかねぇと関羽の姐さんやら馬超の姐さんやらにぶっ飛ばされるぞ?大将」
「暫くはこうさせとけ。後できちんとするさ」

片手で稟の頭を撫でながら、もう一方の手で稟を抱きしめる。
暫くすると、稟は落ち着いたようだ。

「……もう、大丈夫です。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
「可愛かったよ、稟」
「教経殿!」
「それと、嬉しかった」
「……教経殿」
「取り敢えず、皆の所へ行くかね。兵を取り纏めたら、公孫賛と会談だ。稟も来るだろ?」
「はい」

稟の肩を抱いて歩き出す。
左肩が疼き始めている。傷は結構深い。まぁ、矢が刺さったままでかなり無茶したからな。他は問題なさそうだ。

先ずは軍を取り纏めて、明日の会談に向けて休んでおかないとな。










「教経様、お体は大丈夫なのですか!?」
「ご主人様、血が!?」
「教経、無事か!?」
「……大丈夫だから一度に迫ってくるなよ、対処に困る。幸いにも俺は無事だよ。手傷は負ったがね」

陣屋をはって傷の手当を受けていると、愛紗、翠、冥琳が揃って陣屋にやってきた。三人とも随分心配してくれていたようだ。心配ないことが分かったのか、三人とも張り詰めた表情が緩んだ。

「教経様、もう二度と危ない真似はしないで下さい」
「そうだよご主人様。これからはあたし達がやるからさ」
「愛紗達の言う通りだぞ、教経。もう少し君主としての自覚を持って行動して貰わなければ困る」

……いきなりの説教タイムだ。
けどなぁ、お前さん達。俺はそれを受け入れるつもりはないんだよねぇ。

「……悪いがそれは出来ん」
「どうしてですか!」
「なんでだよ!」
「何を考えているのだお前は!」

ウホッ。凄い剣幕だねぇ。

「俺はな、自分の手で天下を掴みたいンだよ。郎党共を死地に赴かせておいて自分だけのうのうと安全な場所で過ごすなんざ真っ平御免だ。
……一緒に戦ってやりたいのさ。俺に付き従ってくれる人間を死なせることを自分に納得させる為にどうしても必要なンだよ。だから俺は前線に立ち続けるぜ?」
「……教経様、前線に立つことが出来れば、良いのですね?」
「愛紗!?何を言ってるんだ!」
「翠、良いから黙っていろ。……教経様、どうですか?」
「……あぁ、前線に立つことが出来れば良い」
「それであれば、今後は断空我の他に必ずあと一人伴って頂きます」
「おいおい、ちょっと待てよ。それじゃ軍を指揮する人間がだな……」
「別に問題無いと思うがな、教経。他家はいざ知らず、平家には有能な将が多くいるのだ。その中から一人お前の側に付いたからといって軍の指揮に差し障るとは思えないが?」
「そりゃそうかもしれないが」
「それなら特に問題はないではないか」
「……まぁ、いいか」

そう言うと、愛紗も翠も喜んでいるようだ。これで一緒に居られる時間が増えるとか愛紗が言っているような気がするが、まぁ触れないでおいた方が良いンだろうねぇ。

「ご主人様、もうちょっと待っててくれたら猪討伐してたのに!」
「残念だったな、蒲公英」
「『残念だったな、蒲公英』、じゃないよ〜ご主人様!」

相変わらず元気なことだ。

「まぁそう言うなよ蒲公英の嬢ちゃん。こっちはこっちで大変だったんだぜ?」

同じく怪我の治療を受けていたダンクーガが蒲公英にそう言う。

「五月蠅いな〜、コージュンは黙っててよ」

?コージュン?皇潤か?ヒアルロン酸飲んでも意味はないんだぜ?詳細は割愛するが、全部消化酵素に分解されるんだよ。注射で注入したり直接塗りつけない限り効果は出ないんだよねぇ。

「……蒲公英。誰だそれは?」
「俺だよ!俺!」
「いや、お前はダンクーガだ。エバーライフ的なものじゃない」
「えばー……?兎に角合ってるんだよ!」

……皇潤、ねぇ。こっちじゃなくてやっぱりあっちなんだろうけど、ねぇ。

「ダンクーガ。ちょっと今まで置いておいたが、お前さんの本名を聞こうか?」
「ちょっとじゃねぇだろうが!」
「ちょっとだ。ほんの3年ちょっと」
「名前名乗るのに3年かかるとかおかしいだろうが!」
「いや、ダンクーガには良くあることだから。黒騎士的に考えて」
「……俺の名前はな」

あ、無視しやがったなこの糞が。

「姓は高、名は順、字も真名もない」
「嘘付け」
「何で嘘付かなきゃいけないんだよ!」
「お前が高順な訳ないだろうが!大体テメェの真名は忍に決まってるだろうが!」
「何だと!」
「やんのかコラァ!」
「やぁぁぁぁってやるぜ!」
「二人とも静かにしなさい!怪我をしているのですよ!?」
「「はいっ!」」

愛紗に怒られちまっただろうが。
よくよく思い返してみる。太原の町ででっかい丸太を南門まで運ばせた。コイツはそれを持って移動しやがったんだったな。それなりに膂力はあった、ということだろう。けど、それなりでしかなかった。まぁ、今のコイツの実力を考えれば、何となく納得出来る気もするんだが。認めたくない。
高順ってのはさぁ、対峙した敵の陣を悉く陥とした、『陥陣営』と呼ばれた猛将だったはずだ。ついでに言うとどんなに呂布に冷遇されても忠義を尽くした人格者だ。それがこんな頭がちょいとアレな感じな人間だなんて信じられるわけがないだろうが。まぁ確かに、親衛隊を練金戦団化したのはコイツだし先の戦を見る限り統率力もそれなりにあるとは思うし気性的に猛将タイプだとは思うけど……まさかとは思うが、俺に関わってこんなになったとか言わないだろうな?……いや、それはあり得ないだろう。俺はこんなにナイスガイなのに。俺に関わった人間が皆頭がちょいとアレな感じになるなら、今頃平家は滅んでるぜ?

「おいダンクーガ」
「……やっぱり大将はそう呼ぶよなぁ……」
「教経様だけではないと思いますが」
「いや、そこはちゃんと呼んでくれ、関羽の姐さんよ」
「断空我は断空我で良いじゃないか」
「だからそれは違うって言ってるじゃねぇか!」
「この際改名しちまえ、うん」
「先祖代々受け継いできた大切な姓と親から貰った大切な名だろうが!」
「断空我の方がしっくりくるのだが?」
「だろ?冥琳」
「うむ」
「……もう良いよ」
「高順、強く生きなきゃね」
「嬢ちゃんだけかよ結局は」
「とりあえずそんなことはおいておこうか」
「……」

……冥琳、結構きっついよね、お前さん。
今のは流石に、ちょっと可哀相だった。ダンクーガは涙目だ。

「教経、公孫賛と話をするのだな?」
「あぁ」
「何の話をするつもりだ」
「この先の話を、だねぇ。奴さん達の力は見せて貰った。どちらかというと、思い知らされた感じだが。力は認めてやっても良い。後はその思想と為人だな」
「どうやってそれを図るつもりだ?」
「まぁ、俺に考えがあるから任せて貰おうか」
「ふむ。……魏延と馬謖、か?」
「……まぁ、皆まで言いなさんな」
「分かった。お前に任せることにしよう」
「任されるさ。取り敢えず、今日はもう店じまいだが、ね」

少し眠いんだよねぇ。血を流したからってのもあるんだろうが、兎に角疲れた。

「ところでダンクーガ、お前さん、いつの間に蒲公英から真名を預かってたんだ?」
「あ〜、そのだな。嬢ちゃんが大将の部屋に忍び込もうとしてたのを暗殺者でも来たのかと思って何度も打ち合ってる内にいつの間にかそういうことに」
「そういうこと〜♪結構強いんだよ?高順。何度やっても互角だったんだから」
「蒲公英!お前なにやってるんだよ!」
「お姉様も叔母様もご主人様と宜しくやってるんだから蒲公英だって良いじゃん!」
「駄目だ!」
「二人とも落ち着け。教経様は疲れているようだし、今日の所は休ませて差し上げた方が良いでしょう」
「っちぇ〜」
「ったく。行くぞ蒲公英」
「え〜」
「え〜じゃない!」

蒲公英の首根っこをひっつかんで翠が陣屋を出て行く。その後を皆付いて出ていった。
冥琳を残して。

「さて、教経?」
「……なんだね、冥琳」
「今日は私の番なのだがな」
「……愛紗は休ませてやれ、と言っていたはずだがねぇ」
「あぁ、休ませてやるぞ?私の腕の中で、だがな」

俺の頭を抱えるように抱き寄せる。

「……あまり心配させるな、教経」
「……あぁ」
「私がどれ程心配したか、分かっているのか?」
「冥琳も気が付いて居た、ということか」
「当たり前だ。私を誰だと思っている」
「美周嬢、だねぇ。……俺が死ぬ、と思ったのか。稟と同じように」
「死ぬかも知れない、と思ったさ。失うことになるかも知れないと。それがどれ程私を不安にさせたか、分かっているのか?」
「済まなかったな。だが、俺はこうして生きているじゃないか。ちゃんと生きて冥琳の腕の中にいるだろう?」
「馬鹿め……」

そう言って口づけしてくる。

「……俺が生きてるってこと、実感させてやるさ、冥琳」
「……馬鹿め」

二度呟いて、そのまま体を預けてくる冥琳をしっかり抱き留めて。寝台に横になる。

「教経。出来るだけ無茶はしないようにな」
「あぁ。分かってるさ。……これからちょっと無茶をするかも知れないがね」
「何を馬鹿なことを……ちょ、ちょっと教経!?疲れているのだろう!?」
「言ったろ?生きてるって事、実感させてやるさ」

冥琳を抱き寄せて、何度も口づけをして。
致した後、そのまま二人で寝た。
冥琳は俺の体を気遣ってくれていたが、俺の方は何故だか妙に元気が良かったんだよねぇ……

明日は、公孫賛との会談だ。どんな奴なのか。まぁ、楽しみだよ。俺の試しに対する回答込みで、ね。


















〜雛里 Side〜

「良く来たな。改めて自己紹介をしよう。俺が平教経だ。一応、天の御使いをやってる」
「私は公孫賛だ。字は伯珪。今は雛里達の主をやっている」
「……平家の軍師を務めている郭嘉と申します」
「……ほ、ホウ統です」

戦の翌日、平教経さんと白蓮様が会談することになった。
ここに来るまでに陣中の様子を窺ったが、戦が終わったというのに兵達は皆気を緩めることなく体を休めているようだった。よく、この軍勢を相手に此処までこぎ着けることが出来たと思う。

「さて、公孫賛。お前さんは俺に降伏すると言ったわけだが、偽りは無かろうな?」
「あぁ。降伏するよ」
「降伏するに当たって、何か俺に訊きたいことはあるかね?」
「……ケ姉弟は無事か?」
「あぁ。俺の個人的な虜囚になって貰ってる。不自由だろうが、つつがなく過ごしているとは思うぜ?」
「……そうか。良かったよ」

そう言った白蓮様を見て、平教経さんは眼を細めた。
白蓮様の人物を推し量っているのだろう。助命するに値するか否かを。

「他に訊きたい事はあるか?」
「いや、他にはないよ」
「そうかね……では、降伏したお前さんの処遇を決める前に俺から質問がいくつかあってな。それに答えて貰おうか」
「あぁ」
「お前さんは幽州で死んだ、と思っていたが、どうやって生き延びたンだね?」
「……老臣達が私の影武者を立てて、易京で抗戦したんだ。私を眠らせて、そこにいるホウ統に身柄を預けて。彼らのお陰で私は生き延びることが出来たんだ」
「へぇ。余程上手くやったらしいな」
「みたいだな。益州でも荊州でも、私が偽者だろうという人間が結構居たしな」
「その老臣達に命を救われたお前さんが再びこの乱世に起ったのは何の為だね?」
「私のような想いをする人間を出さない為に、かな」
「と、言うと?」
「さっき話に出た老臣達は私にとって家族のような存在だったんだ。それを理不尽に奪われてしまった。私が生き延びる為に必要な犠牲だったのは分かるけど、納得は出来ない。
生きていく上で、誰かの命を犠牲にしなければならないような世の中を正したかったんだ。そういう犠牲を必要としない世の中を創りたかった。その為にもう一度起ったんだ」
「復讐のため、ではなくかね?」
「……勿論、復讐はする。必ずだ。でも、それは私個人の想いだ。それだけを目的として居たなら、こうやって誰かの主として国を治めたりしようとはしないよ。膝元に忍び込んで確実に殺せる機会を待って殺せばいいんだから。それよりも、誰かの命を犠牲として要求するこの腐った時代を正す方が先だ。そう思ったんだよ」

そう言った白蓮様を平教経さんはじっと見つめている。

「理想も為人も申し分ないようだな。次だ。何故梓潼郡に踏み込んで戦を仕掛けてきたのかね?」
「そうならないように因果を含めて送り出したが、徹底させることが出来なかった。それは、私の責任だ」
「ふむ……まぁ、それは良いだろう。が、きっちり責任は取って貰う必要がある」
「……」
「そうだな……馬謖達を斬って貰おうか」
「……それは……」
「……断れる立場にあるとでも?」
「……駄目だ。彼女達がああいう行動をとったのは、私の責任だと言ったはずだ」
「それは監督責任であって直接戦端を開いた責は別にある。もっと言えば、お前さんがこうやって俺に降伏することになった原因は全てその二人にある。
その二人を斬り捨てるなら、俺と並び立つ諸侯として認めてやっても良いぜ?孫策や董卓より上の扱いをしてやっても良い。どうだ?斬り捨てる気になったか?国の為だ。奴らには確かに罪がある。斬刑に処されても仕方がない様な罪がな。であればこれを処断して俺の歓心を買い、諸侯として並び立てばいいじゃないか」
「そうやってまた誰かを犠牲にして私は生きてゆくのか?そんなのは御免だ。私はそんな世の中を正す為に起ったんだ。その私が率先して誰かを犠牲にしてのうのうと生き延びることをするわけがないじゃないか。
……私は、殺されても構わない。だから私に従っている者達は全員助けてやって欲しい」
「本気で言っているのか?」
「本気だ」

暫く黙って睨み合うような感じになっていたが、平教経さんがフッと笑みをこぼした。
……恐らく、試していたのだろう。

「良いじゃないか。抱いた理想に殉じるだけの覚悟をきちんと有している、か」
「……どういうことだ?」
「認めてやる、と言っているんだよ。俺はお前さんを試したのさ」
「……もし、私が二人を斬刑に処すことを受け入れた場合、どうするつもりだったんだ?」
「この場では言った通りに認めておいて、後から難癖を付けて攻め滅ぼしただろうねぇ」
「何故」
「お前さんが言った通りだ。奴さん達がああいった行動をしたのは、偏にお前さん自身に責任がある。確かに奴さん達を罰することは必要だが、『泣いて』馬謖達を斬るような真似をしやがるならその思い上がった自己陶酔ぶりをぶっ壊してやろうと思っていたンだよ。
信賞必罰は武門の拠って立つところだ。それを執り行うのは結構だが『泣いて』行う必要はない。正しいと思っているなら泣くなってことだ。泣くほど辛いなら斬刑以外で罪を償わせることが出来ないか、百官を集めて審議に掛ければ良いンだ。それをせずしてただ涙を流し、処分をする自分も辛いのだ、等と内外に印象づけるような真似をする奴は俺ぁ嫌いだ。『俺が嫌い』ってのは、俺にとって十分に攻め滅ぼすだけの理由になるンだよ。醜悪だと感じればこそ嫌うんだからねぇ」

醜悪だから攻め滅ぼす。
単純明快だ。あえて物事を単純に割り切ったような物言いをしているのだろうと思う。

「で、二人にはどんな罰を与えたんだね?」
「……特に罰しては居ないし、罰するつもりもない」
「……俺の聞き間違いか?今、罰しない、と聞こえたンだが?」
「聞き間違いじゃない。罰するつもりがない、と言ったんだ」

平教経さんの気配が剣呑な物に変わる。

「俺が言ったことが理解出来ていないみたいだな?奴さん達は斬刑に処されるべき罪を得たンだ。それを罰しないというのは、いずれ国を誤らせる基になりかねないモンだぜ?」
「だからといって彼らを処分することは私には出来ない。私は、自分が生きていく為にもう誰も犠牲にしたくないんだ」
「戯けたことを。お前さんが俺と争ったが為に戦場で死んでいった人間は、正しくお前さんが生きていく為に犠牲になったんじゃないか。何を言って居やぁがる。自分が直接関わる、近しい人間が犠牲になるのは嫌だが、そう親しくない人間が死ぬのは構わないとでも抜かすつもりか!」

そう、怒号をあげる。

「そうじゃない!」
「そうじゃないだと?何処が違うって言うンだ?奴らの非を鳴らし、その罪に相応しい罰に服させないってのは俺が言った通り近しきを優先することと同義だろうが!」
「……」
「俺に降伏した以上、俺の言うことには従って貰うぞ、公孫賛。
……奴らを処罰しろ。分かったな?」
「……嫌だ」

白蓮様はどうやら平教経さんが言っていることを少し誤解しているようだ。差し出がましいけれど、ここで発言しておかないと取り返しが付かないことになるかも知れない。

「……貴様、いい加減に……」
「教経殿、少し、宜しいでしょうか?」
「……まぁ、良いだろう」

私が発言を求める前に郭嘉さんが発言を求め、平教経さんはそれに許可を与えた。
郭嘉さんを見ると、私の方を向いて頷いてくれた。
多分、私が言おうと思ったことと同じ事を言ってくれるだろう。

「公孫賛殿、教経殿が仰っていることが理解出来ないのでしょうか」
「……理解は出来るよ。でも」
「少し、聞いていて下さい。
確かに教経殿は最初斬刑に処せと仰いましたし、その罪に相応しい罰は斬刑であると仰いましたが、何が何でも斬刑に処せ、とは仰っておりません。それに、気が付いて居ますか?」
「え?」
「『泣くほど辛いなら斬刑以外で罪を償わせることが出来ないか、百官を集めて審議に掛ければ良い』。そう仰いましたが、聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「あ……」

どうやら、白蓮様も気が付いたみたいだ。

「……後は、教経殿にお任せします」
「……成る程、そこで食い違ってたからああまで頑なに処罰を拒否してたのか」
「そういうことです」
「……稟、有り難うよ。もう少しで誤った判断を下すところだった」
「いえ。それを正すのも軍師の役目ですから」

少々、耳が痛い言葉だった。
本来であれば、私が言わなければならなかったことだ。それを平教経さんと郭嘉さんにさせてしまっている。私自身、話を聞くまで処罰と斬刑が同じ物だと思い込んでいたからだけど。

「さて、公孫賛。俺が言いたかったのは、『処罰は必須』ってことであって、『斬刑は必須』という事じゃないってことだ。それは、理解出来たな?」
「……ああ」
「では、どうしても斬刑に処すことが出来ないなら今から百官を集めて奴らの罪に相応しい罰を与えてやれ。きっちり罰を与えたなら、俺の方で言うことはない。が、斬刑こそ相応しい罪だ、と思っていることだけは忘れるなよ?忘れて甘すぎる罰を与えたなら、その時は俺自身がお前さん含めて処断を下す。
……分かったかね?」
「……分かったよ」
「ご理解頂けたようで重畳だ。じゃぁ、お前さんの処遇について結論を出そう。
今のお前さんに、月や雪蓮と同じような、一勢力の主としての権限を与えてやることは出来ない。全面降伏し、俺の手足として働いて貰う。家臣団も一旦解体し、平家に組み込んだ上でお前さんの配下に幾人か付けてやる程度にする。……異存はあるか?」
「……それだけなのか?」
「あぁ?」
「いや、私はもっと酷いことを想像していたんだが」
「例えば?」
「その、私を慰み者として囲い込むとか……」
「馬鹿め。俺はお前さんの体に興味はない。興味があるのは中身だけだ。
お前さんが信賞必罰をしっかり行えていたなら、月達と同じように俺の下で勢力を保ったまま付き従うことを誓約してくれれば良いと思っていたンだがねぇ。残念ながら落第したんだよ、お前さんはね」
「……そうか」
「そうだ。
……勢力の主として、最後の務めを果たしてくるが良い。それが、『責任を取る』って事だ」
「分かったよ」
「全てが終わったら報告しに来るが良い。その時点から、お前さん達は平家の郎党だ。その時改めて真名を預かろう。それまでは公孫家の主として、またその家臣として恥ずかしくない行蔵を示せ。あぁ、それからケ姉弟は解放して一旦お前さん達の所へ返す。百官を集めて話をする以上、重要参考人になりうる二人が居ないんじゃ話にならンだろうからねぇ。
……会談は以上だ。ご苦労だったな」

会談は終わった。勢力としての公孫家は無くなった。けれど、白蓮様は生きている。
……良かった。関靖さんや田楷さんに、顔向け出来ないようなことにならなくて。

平家に組み込まれることになるけれど、私だけでも白蓮様と共に居られるようにお願いだけはしてみよう。白蓮様の死は許されない。白蓮様が死ねば私も死ぬのだ。私と共に死ぬと白蓮様が仰ったあの時に、そう決めたのだから。そう、誓ったのだから。

焔耶と瑛に下す処罰を検討する為に皆に招集を掛ける。それなりに厳しい罰を受けて貰う事になるが、あれ以降の二人の様子だと進んでそれを受けるだろう。これで今回の戦は、本当に終わることになる。

それから後は、私の大願を果たせるかどうかが重要だ。
……一度、平教経さんと話してみよう。歪んでしまった朱里ちゃんを救い出す為に、私は朱里ちゃんと道を違えたのだから。それだけは、どうしても叶えたいから。
















〜愛紗 Side〜

教経様が公孫賛との会談を終えて陣に帰ってきた。少しご機嫌斜めに見えるけれど、何かあったのだろうか。そう思って稟を見ると、稟は少し困ったような顔をしていた。

「教経様、お帰りなさいませ」
「……あぁ、ただいま、愛紗」
「愛紗、教経殿のことは頼みますね。私はこれから軍を再編しなければならないので」
「あぁ、分かった」
「……ふぅ」
「お疲れになっておられますね。どうなさったのですか?」
「……実力は確かだった。為人も理想も申し分なかった。が、器量がちょっと、ねぇ……楽が出来ると思ってたンだが、そうは問屋が卸さないらしい」
「教経様のお眼鏡には、適いませんでしたか」
「ちょっとな。信賞必罰が為ってない時点で一国を任せるとかあり得ないだろうよ」

成る程。器量が十分なら益州南部と荊州南部を任せて御自身は北部に専念しよう、と言う腹づもりであったらしい。

「面倒臭い、ですか?お得意の」
「うるさいねぇ。面倒臭いのは確かだろうが。俺ぁその手のことに関わるのは嫌なンだよ」

様々な経験をして色々と成長されたが、此処はあの頃と変わらないらしい。
仕方がない人だ。

「そう言っていつも稟や風を困らせているではありませんか」
「最近は文官連中も増えてきたことだし、そう困らせた覚えはないんだがねぇ。太原にいた頃ならいざ知らず、今じゃ二人とも平家の重鎮で配下をこき使える身分なンだ。良いようにしてくれればいい物を」
「それでも教経様にご採決頂かなければならないこともあるでしょうに」
「分かってるから面倒臭いながらに政務に励んでいるんじゃないか」
「言ってもやることが変わらないなら、黙ってやった方が良いと思いますよ?」
「放っておけ。その事で人が俺をどう評価しようと面倒臭い物は面倒臭いんだよ。人間楽をしたいって考えを捨てちまったら技術は進歩しないぜ?」
「楽をしたいと思うのとサボりたいと思うのは別だと思います。我田引水も程々に、ですね」
「……俺を虐めて愉しいかね」
「はい、とても」
「……はぁ〜。嫌だ嫌だ。公孫賛が存外に期待はずれで落胆している所を慰めて貰おうと思っていたのにこんな風に虐められるなんてなぁ……辛いから今日は余所で慰めて貰うとするよ」
「の、教経様!?」
「……なンだ?愛紗は俺を虐めて愉しいんだろう?いいさ。俺は他で慰めて貰うからさ」
「ひ、卑怯です!」
「何が卑怯なんだね?」
「そ、それは……教経様の普段の行いが悪いからではありませんか!」
「あ〜、更に傷ついたなぁ〜?」
「うぅ……ど、どうすれば良いのですか!」
「膝枕して貰いたいなぁ〜」
「……ここで、ですか?」
「そ、ここで」
「陣屋の中でならば……」
「こ・こ・で」
「〜〜〜〜」

周囲には兵が居るのだ。その前で、教経様に膝枕をするなんて……

「あぁ、無理なら良いんだよ?俺は他に」
「……どういう噂が流れても知りませんからね!」
「おわ」

教経様を引っ張りながら座り込み、膝枕をして差し上げる。

「……強引だねぇ、愛紗」
「教経様が悪いのです。今日は、私の番なのに……他に行くなどと仰るから」
「分かってて言ったンだけどな」
「知っています。教経様は本当にお人が悪い」
「その人が悪い人間に抱かれる訳だがね?」
「……それとこれとは、話が別ですから」
「やれやれだぜ」
「なんですかそれは?」
「まぁ、気にしなさんな」
「はあ」

二人でゆっくりと過ごしている。こうして居ると、いつかお茶屋の軒先で教経様を膝枕していたことを思い出す。教経様も、同じだったようだ。

「……なぁ、愛紗。あの服、普段着てないよな。余り気に入らなかったか?」
「いえ。そんなことはありません」
「んじゃ、なンで着ないンだ?」
「その、一緒に買い物に行って、教経様に見立てて頂いて買った服ですから。大事にしようと思って……」

そう言った私にちょっと意外そうな顔をした後、嬉しそうに笑っていた。

「馬鹿だな愛紗。言ってくれればまた見立ててやるし、今度は俺が買ってやるさ」
「……お誘い、ですか?」
「そうだよ。愛紗、落ち着いたらまたクロノクルん所で服を買ったり、一緒に飯喰ったりしてゆっくりしようぜ?ンで、普段の愛紗とは違う、ちょっと素直な可愛い愛紗を見せてくれよ」
「か、可愛いなどと」
「可愛いよ、愛紗」

真面目な顔をしてそう仰る。

「あ、ありがとう、ございます」

そう言って俯いてしまった私の頬を両手で挟んで、前に向かせた教経様は、いつの間にか起き上がっていて。
そのまま私に口づけして下さった。

「……んっ……」
「……名残惜しそうだな、愛紗」
「そ、それはその……」
「……人前、だぜ?」
「あ」

忘れていた。

「教経様!」
「はいはい。……陣屋に入るか、愛紗」
「最初からそうして下さい!」
「虐めてくれた意趣返しさ」

共に陣屋に入って、それからずっと二人で過ごした。途中で、ケ姉弟が挨拶に来たけれど。ケ艾は少し不機嫌そうだった。そのケ艾を見たケ忠はニヤついていたが。

「片が付いたら、次は劉表だな」
「そうですね」
「今回ほど苦労するとは思わないが、用心していくことにしよう」
「皆から散々言われたとは思いますが、私からも言っておきますね。
教経様、ご無理をなさっては駄目ですからね?」
「あぁ。分かったよ。今回得た教訓は次に活かしてみせるさ」
「それなら、宜しいのです」

劉表に報いを呉れて遣ったら、めぼしい勢力は曹操と袁紹だけだ。
後少し。あと少しで、教経様が思い描く理想の世の中を顕現させる事が出来るようになる。その世の中で、私はどんな人生を歩むのだろう。教経様が言っていたように生きていけるのだろうか。

「どうしたンだね、愛紗」
「いえ、何でもありません」
「……まぁいいがね。寝るとしようか、愛紗」
「……はい、教経様」

今は、先のことを考えるのは止めよう。そうなった時に改めて考えれば良い。
教経様に抱かれながら、そう思った。