～鄧忠 Side～
「ひぃっ！バケモノだ！」
「下がるな！落ち着け！言った通りにすればそう被害は出ないはずだぞ！」
「誰がバケモノだコラァ！」
平家の軍兵が少数だがひとまとまりになって一気に突っ込んできた。先頭には浅葱色にダンダラ模様の羽織を着た男がいる。あれが、平教経だろう。
「ほら、貴様ら。俺の領地にちょっかい掛けに来たんなら当然命掛けてきたんだよなぁ？」
「ちっ、取り囲んで動きを止めろ！」
「ハッ、遅い遅い。お前さん方には力も疾さも練度も足りない！そして何より……危機感が足りない！」
一瞬で周囲にいた兵を切り伏せた。
俺の目がおかしくなったのではなければ、一瞬消えた様に見えたんだが。
「怯むな！ここで一旦敵を抑えなければ全軍崩壊だぞ！」
「オラァ！突き破れ！オレの武装錬金！！」
その平教経の横にいる男。あれも異常だ。
馬鹿でかい槍を振り回して、一薙ぎで三人の命を一度に奪っていく。付き従って居る兵も皆同じような武器を手にして突っ込んできている。こちらの損害ばかりで、あちらは今の所全く損害を受けていないように見える。
……なんて兵だ。あんな、ちょっとした将が勤まるくらいの武勇を持った奴らが全員兵卒だと？それを率いて乗り込んできたあの五月蠅い男も手強そうだが、平教経はその更に上を行くってのか？
……全く以て冗談じゃない。こんなのを相手にしていたら、姉貴の命を守りきれないぜ？
槍を構え直し、平教経に向かおうとする。
が。
「良し！一旦退くぞ！」
「おうよ！テメェら！退くぞ！」
「「「「「「OK！忍！」」」」」」
まだ先頭継続は可能だしあちらの方が優位にあったのに退いていく。あり得ない程整然と。殿は平教経と五月蠅い男が務めている。
なんだ？何を考えているんだ？まぁ、それは良い。今の内に第一陣を後退させ、第二陣で受ける事を考えなければならない。
「よし、第一陣退くぞ！第三陣の後ろに回って弓を射掛けろ！その間に負傷者の手当も済ませておけよ！」
一度目の接触でこんなに痛手を被るとは思っても見なかった。
平家は、バケモノ揃いかも知れないな。まぁ、あれ程おかしな奴らはそう居ないだろうが。そう思っていた。
実はバケモノしか居ないということを、それから思い知らされたんだが。
～蓮華 Side～
教経の策に従って、車懸かりの陣を布き戦闘を行っている。一番最初に突っ込んだ教経の隊は、軽く負傷したものは居たが重傷者・死者共にいなかった。教経も、ダンダラの羽織を着て不敵に笑っていた。
「次！翠の隊を前へ！愛紗の隊は後退して休息を！」
「補給部隊、何をやっているか！疾く負傷兵を手当てする為の物資を回せ！」
稟と冥琳は大忙しだ。
基本的に稟が軍に指令を出し、冥琳が補給などその他の面を補うように指示を出している。
翠の隊が敵に突っ込む。それを機に、愛紗の隊が退いていく。次は、私と思春の隊。その後で蒲公英の隊。そしてその後はまた教経の隊。これを繰り返すことになっている。
一体誰がこんな事を思いつくのか。確かに効果的だろうが、徒でこれを行う為にはそれこそ血のにじむような調練を積まなければならないだろう。突っ込む時機、退く時機。それを掴み、その時に機敏に行動出来なければ意味がない。それを顔色一つ変えずに行う平家の軍兵の凄みというものを実感させられている。
「蓮華、顔色が悪いな。緊張しているのか？」
「私は別に緊張などしていない！」
「そう肩に力を入れるなよ、蓮華。怪我するぜ？」
そういって私の方をポンポンと叩く。
「馬鹿にしないで。これでも孫家の女よ？」
「……分かり合う為に、殺し合いましょう？ってか？」
「……前言撤回するわ。私は怖じ気づいたりしないわ」
「ははっ。まぁそう毛嫌いすることもないだろうが。お前さんも後数年すれば、ああなるンだろう？」
「ならないわよ！」
「あははははっ」
全く！
「……何が面白いのよ」
「まぁそう拗ねるなよ、蓮華。……でかい声出したから、肩の力抜けたみたいだな？」
そういえばそのような。
「……教経様、有り難う御座います」
「思春、礼を言われるような事じゃないだろうさ。……蓮華、別に気張る必要はない。お前さんが不足しているところは全部思春が補ってくれる。丁度俺が不足しているところを、稟と冥琳が補ってくれているようにね。皆で結果を出せばいいのさ。お前さん一人の肩に全てが掛かっている訳じゃ無い。……分かったかね？」
「……ええ。分かったわ。……その、教経。あ、ありがとう」
「……」
「な、なによ」
「……いや、素直になると可愛いモンだと思ってな」
「の、教経！」
「はははっ！思春、後は頼むぜ？」
「はっ」
「ちょ、ちょっと思春！」
教経は軽口を叩いて自陣へ帰って行った。
……思春、最近貴女、教経の言うことを優先していないかしら？
「……蓮華様の主君ですので」
見透かしたようなことを言わないで頂戴。
全く。仕方ないんだから。
「思春、そろそろ私達の出番よ？孫家の代表として、恥ずかしい真似は出来ないわ」
「はっ。教経様にも見せつけてやりましょう。孫家の勇猛さを」
「ええ」
「次！蓮華・思春の隊は前へ！翠の隊は後退して下さい！」
「補給部隊は一体何をやっているのだ！この辺りはもう危険がないから前線まで移動してこいと伝令を出せ！何？山上に不穏な動きがあるのならテイ族に協力して貰ってその危険とやらを排除してこい！テイ族には丁重に頼めよ！彼らにはこの戦に積極的に関わらなければならぬ理由はないのだということを努々忘れるな！」
皆、自分の役割を果たすべく懸命に戦っている。
私も皆に恥じることがないような働きをしてみせる。
「行くわよ、思春！孫家の将が劣るものではないという事を皆に見せるのよ！」
「はっ」
思春と共に、戦場を駆けて戦場に向かう。
その私を教経が嗤って見送ってくれている。
「蓮華！しっかり見せつけてやれ！王の器というものをなぁ！」
……王の器。教経は私にそう言った。
それが私にあるのかは分からないけれど、その期待には応えたい。
「見ていなさい、教経」
「その意気です、蓮華様」
横を見ると、思春が微笑んでいる。
……やってみせるわよ、必ずね。
兵と共に、敵陣に吶喊しながらそう思った。
～鄧忠 Side～
開戦からもう10回目の突撃を受けている。
率いてくる将率いてくる将全てが優秀だ。遮二無二突っ込んでくる奴から、手堅く攻めてくる奴、意表を突いた攻めをしてくる奴。いろんな人間が居やがる。しかも、それぞれが有能だと来てやがる。こっちも交代しつつ後退しているが、出している被害が尋常じゃない。
途中から溜まらず姉貴も前線に出るようにしたが、それでここまで徹底的にやられるとは思わなかった。俺の見積もりも甘かったって事なんだろう。まさか、こうまで叩かれるとは。
平家ってのは本当に大したもんだ。これを向こうに回して戦うなんて正気の沙汰じゃない。早いとこ桟道まで行って落石計を発動させ、敵を分断してとっとと逃げたいのだが、それを許してくれそうにない。相手は、次の隊が突っ込んできたら退くようにしている。最初に平教経がいきなり退いたのは、俺たちを釣り出す為だったに違いない。
「姉貴、そろそろ拙いぜ」
「……」
姉貴は、悔しそうにしている。姉貴にとっては初めての負け戦になる。悔しくて当たり前だろう。
「姉貴。先に行っててくれるか？俺が殿を務める」
「……駄目だ」
「姉貴！誰かが残らなきゃ逃げられないんだよ！」
「……残るなら私」
「……分かったよ姉貴。二人で最後まで踏ん張ろう」
「……うん」
俺の姉貴は生まれついての吃音だった。
そのせいで酷く虐められて、今のように無口になった。その事を知っているのは、この世にもう俺だけだがね。その姉貴に、軍才があることに気が付いたのは近所の餓鬼共を集めて戦の真似事をしていた時だった。どうやっても、誰も姉貴に勝てなかった。決定的になったのは、黄巾の糞共が略奪しに来た時だ。姉貴は義勇兵を率いて黄巾共を片端から撃破していった。お陰でうちの村には黄巾共は来なくなった。
姉貴は、俺の自慢だ。この自慢の姉貴を、死なせる訳には行かない。その時は力尽くでも、姉貴だけ撤退させる。元より、死は覚悟の上だ。
「申し上げます！」
「どうした！？」
「桟道に仕掛けた落石計を平家に見破られ無効化する為に迫られた際、兵が誤って落石計を発動させました！」
「何だと！？」
「……退路なし」
何とか、ならないのか。これじゃ全滅だ。姉貴だけでも逃がそうと思っていたのに。それさえも叶わないのか。
「……姉貴、俺に任せてくれるか？次に平教経が突っ込んでくるはずだ。その時に、奴と話をする」
「……私が話す」
「……分かったよ。なら、この突撃は防ぎきらないとな？」
「……奮闘」
「よしっ！全軍、奮闘せよ！これを最後と思い定めて戦え！」
兵を一つに纏めて敵に叩き付ける。
いきなり圧力が増したことに、どうやら敵は驚いているようだ。ここで、叩けるだけ叩く。俺たちを追い詰めたら、ただでは済まない。そう思わせることが出来れば、何とか姉貴だけでも助けて貰えるかも知れない。有能だと知れば、姉貴だけでも登用したいと思わせることが出来るかも知れない。
頼むぜ、平家の大将。俺の姉貴を殺さないでくれ。俺の生き甲斐なんだから。
～教経 Side～
「大将！敵が大規模な反撃かましてるみたいだ！」
「やるな。相手の動きに慣れたこの時機に兵を纏めて叩き付ける、か。……非凡じゃないかね、この姉弟は」
「感心してる場合か！蒲公英の嬢ちゃんがやられちまうぞ！」
「分かってるさ……征くぞ、ダンクーガ！」
「やぁぁぁぁぁってやるぜ！」
「「「「「「「OK!忍！」」」」」」」
じりじりと後退を続けていた鄧艾達がいきなり兵を叩き付けてきたには理由があるだろう。先刻冥琳から落石計を企画していることを聞かされたばかりだ。そしてそれを発動させないように動くということも。……発動してしまったのか？この時機で。それなら、退路が無くなったことになる。必死に抵抗し始めたことも納得が出来る。
このまま続けていれば間違いなく全滅させることが出来るとは思うが、それは余りに惜しいだろう。
たった10,000。たったの10,000で60,000からの兵を相手に此処まで継戦して撤退し続けてきたのだ。俺が戦ってきた限り、奴らの兵の質は高いとは言い難い。その兵を率いて、此処まで粘り強く戦い続けてきたこと自体が驚嘆に値する。流石は鄧艾という所だろう。
蒲公英の所へ急ぐ。蒲公英の周囲に、敵兵が溢れている。
「ダンクーガ、何人か連れて蒲公英の所へ行け！」
「大将！それじゃ大将が一人になるだろうが！」
「俺の事ぁ良い！護衛が必要に見えるのか！？この俺に！？」
「……チッ。分かったよ大将！」
「俺たちはこのまま敵にぶつかるぞ！」
「はっ」
ダンクーガが蒲公英と合流し、撤退させるまでの時間を稼ぐ必要がある。窮鼠となった相手とまともにぶつかり合った蒲公英の隊は、混乱してしまっていてどうにもならない。奴らを落ち着かせて俺の隊に組み入れ、再編して戦わなければならないだろう。それも、優秀な将を目の前にして、だ。中々に困難なことだが、やるしかない。
「蒲公英の隊の人間を補助して正気に返らせろ！三人一組で戦えば何のことはないことを思い出させてやるンだ！いいな！？」
「「「「「お～！」」」」」
突っ込め。
そう命令しようとしたが、敵兵が一斉に退いた。その中から、女と男が一人ずつ出てきた。あれが、鄧艾・鄧忠だろう。……ここしかない、という絶妙なタイミングだった。あそこより早ければ逆撃を喰らっただろうし、あそこより遅ければ、俺が突っ込んでいたはずだ。
……やるじゃないか。
「……話をしようってことかね」
「ど、どうなさいますか？」
「どうするもこうするもない。話したい、というなら話には応じてやるさ。あいつらには俺と話すだけの資格があるンだからねぇ」
「はぁ」
「ま、いいや。お前、ダンクーガ呼んでこい。それから会見だな」
「はっ」
さて、何のお話かね？俺に降る……しかないと思うが。一応用心しておく必要があるだろうな。まぁ、その為のダンクーガだ。
～百合 Side～
平教経と話をすべく兵を一旦退いて敵前に歩み出た私達に対して、平家軍から平教経と護衛らしき男が一人出てきた。
「待たせて悪かったな。俺が平教経だ」
「俺は親衛隊長の「ダンクーガだ」……テメェ！」
「おいダンクーガ、敵さんの前だぜ？」
「……糞！」
「というわけだが、お前さん方は？」
……ちょっと面白かった。
「……鄧艾、士載」
「私の名前は鄧艾、字を士載と申します、と姉貴は言ってます。俺は鄧忠。字はありません」
「へぇ。俺も字はないぜ。ついでに真名もな」
名乗った忠にそう語りかける。
安穏とした話し口だが、全く隙がない。これが、平家の頭領か。
「……兵のい命、とひ、引き替えに」
「兵の命と引き替えに、俺の命を」
「あぁ、端から皆殺しにするつもりなんて無い。ついでに、お前さん方も死ぬ必要はない」
兵の命と引き替えに、私と鄧忠の命を呉れて遣る。それで、何とか兵達を見逃して貰えないか。そう言うつもりだった。私は、吃音だ。だから上手く伝えられないと思いながらも、きちんと言うつもりだった。忠が勝手に自分だけ死のうとするのは目に見えていた。だから一緒に死ぬつもりだった。それなのに、たったあれだけで分かったのだろうか。
「……アンタ、姉貴の言うことが分かるのか？」
「はぁ？分からんのか？さっき言い間違えていたようだが」
「いや、普通は分からねぇ……ないと思うんですが」
「……無理しなくても構わんぞ？俺は口調なンぞ気にしないからな。ダンクーガ見てりゃわかるだろう？」
「大将、そりゃどういう意味だ？」
「テメェの口の利き方がなっちゃいないって事さ」
「成る程……って、それじゃ俺が失礼極まりない奴みたいだろうが！」
「誰がどう見てもそう見えるに決まっているだろうが！」
「何だと！」
「やんのかコラァ！」
「やぁぁぁぁってやるぜ！」
「ぷっ」
「あ、姉貴！？」
……久し振りに、笑った気がする。もう何年も笑ったことがなかったのに。
「……失礼したな」
「……面白かった」
「……そいつは重畳だ。で、鄧艾、鄧忠。お前さん達の話ってのは、自分たちの命と引き替えに兵を国へ帰してやって欲しい、ということなんだな？」
そう言った平教経に、頷く。
「ふむ……お前さん方、一体何の為に梓潼郡へ攻め入ってきたンだ？」
「……撤退」
「あぁ、訊き方が悪かったな。なンで魏延と馬謖は平家に攻撃を加えたのかね？何か知っていることがあれば、教えてくれないかね？」
それは、私には分からない。が、予測は出来る。
「……勲功、魏延、馬謖、認められる」
「成る程、俺をダシにして『魏文長』『馬幼常』として周囲に認めて貰いたかった、ということかね」
また、頷く。
「……なぁ、大将。どうして鄧艾が言うことが分かるんだ？」
「はぁ？わかりやすいじゃないか。鄧艾が吃音だって事は知ってる。事情があってこういう話し方になったんだろうが、要点だけは伝えてきているし後は目とか顔の表情とか、雰囲気で大体のことは分かるだろう」
……私が吃音だって、知っている？どうして知っているのか。もう誰も、それは知らないはずなのに。
「……どうして姉貴が吃音だって知ってるんだ？」
「……俺は天の御使いだ。だから知ってるんだよ。ま、俺自身いつも忘れてるんだけどな。偶に思い出すくらいで」
「忘れてるのかよ！」
「忘れてるな。どうだって良いことだしねぇ。俺は俺さ。鄧艾が鄧艾であるのと同じでな。どんな評価を周囲が下そうと、吃音だろうとそんなことは大した問題じゃないだろう。問題になるのは、いつも自分自身の人間性なンだから」
この人は面白い人だ。私が吃音と知っても蔑んだり哀れんだりするような顔を見せない。鄧士載という人間を、そのままに見てくれている気がする。彼にとっては、吃音だのなんだのということは本当に些末なことなのかも知れない。
「公孫賛やホウ統は、俺と戦うつもりがあるのか？」
「……うん」
「そうか。何の為にだね？」
「……家臣、家族」
「そう思ってるってか」
「……多分」
「馬謖と魏延を斬れ、と言ってやったらどうすると思うか、公孫賛をその目で見たお前さん達の意見を聞かせて欲しいな……鄧忠はどう思う？」
「……斬ったことにして匿うんじゃないか、と思うけどな俺は」
「鄧艾は？」
「……死戦」
「死ぬまで戦って守り抜こうとする、と言うのかね？」
「……うん」
「……もし公孫賛がお前さん達の言う通りの人間であったら、お前さん達を解放してやるよ」
「は？」
いつもこういう場で気を張っている忠が間抜けな声を上げた。
「お前さん達は俺が個人的に獲得した捕虜だ、ということにするさ。それなら俺の自由に出来るからな」
「……どういうこと？」
「もし公孫賛がお前さんが言うような人間で詫びを入れてくるなら、俺に付き従うことを明言し盟約する限りにおいて受け入れてやっても良い。お前さんのような人間が付き従って居る以上、俺にその理想を認めさせるだけの力があることは認めてやっても良い。まぁ、もう一度、直接戦って証明して貰うけどな。それで無残に敗れ去るようなら終わりだ。が、生き残るようなら考えても良い」
「……何故？」
「天下は広いんだ。俺一人が全ての土地を直接統治する何ざ面倒臭いことは御免なんだよ。今でさえ忙しくて遊べないのにこれ以上広がった過労死しちまうぜ？だから俺に付き従うと言う人間で有能な奴がいて、一国の主になりたいと言うのなら任せてやっても良いと思ってるンだよ。まぁ、ある程度だけどな。
だがなぁ、何の犠牲も存在しない世界があるだのとただ理想を述べるだけの屑は必要無い。力なき理想は有害だ。人に夢を見せるだけ見せておいて、それを夢見た人間の命を次々に奪っていく。俺は認めない。自分がやっていることの無残さ、むごたらしさを自覚しないままに人を死地に追いやって平然と良かったなんて言っているような奴らを、ね。だから、自分がそうではないということを証明して貰う必要がある。犠牲を払ってでも成し遂げたい夢がある。そういう人間なら受け入れてやっても良い」
「……夢が相容れない？」
「その時は全力で叩き潰すだけだ。が、まぁ家臣を家族だと言い切って死戦するような人間であるならば、そいつが抱く理想ってのは俺の抱く夢と共存可能だろうさ」
「……貴方の夢は」
「俺の夢は、誰もが越えられぬ苦しみのない『平凡な人生』を送ることが出来る世の中を創ることだ。『平凡な人生』を、全ての人間が、ね」
『平凡な人生』。
この言葉に、どれだけの想いが込められているのだろう。
「まぁ兎に角、俺の捕虜になって貰おうか」
「……分かった」
この人はお人好しなのだろう。本来なら、私も忠も殺された当たり前なのだから。
甘い。甘すぎる。
でも、反吐が出るような甘さじゃない。何となく、納得させられる。きっとこの人はこうあるべき人なのだ。それが自然なのだと、自然に納得させられる。
「大将、良いのかよ」
「まぁ、問題無いだろう。有能な人間は手元に置いておくに限るぜ？それが敵なら尚更になぁ。
……さぁ、公孫賛がどういう人間か、しっかり証明して貰いに征こうじゃないか。もし俺と相容れない思想を持っていてそれが反吐が出るようなモノならその場で斬り捨ててやる。『悪・即・斬』の下に、決して飼い慣らせぬ壬生狼の一人としてなぁ？」
そう言って不敵に嗤う。
この狼は、人に優しすぎる癖に戦を嗜む。二面性。普通なら、吐き気がすると思うけど。何処か一本、筋が通っている気がする。それが何なのかは分からないけれど。
「……姉貴、平家の頭領ってのは、変わり者だな」
「……不思議な人」
自分が捕虜になったことも忘れて、ぼんやりとそう答えていた。