〜教経 Side〜
長安を月に任せ3万の兵を率いて長安を出立した俺たちは、蜀の桟道付近で愛紗達と合流した。
付き従うのは冥琳、蓮華、思春の三名。星と詠、琴には南郷郡へ兵2万を率いて向かって貰った。詠と風が居れば、劉表如き何ほどでもないだろう。
「教経様、お待ちしておりました」
「愛紗、久し振りだな。相変わらず綺麗なモンだ」
「の、教経様!」
「ははっ、まぁそう照れるなよ、愛紗」
「教経殿、援軍有り難う御座います。これで完勝する目処が立ちました」
「稟、嘘は良くないなぁ。……俺が居なくても、完勝するつもりだったろうに」
「可能性がより高まる事に越したことはありませんからね」
「お前さんらしいよ」
良いながら、愛紗と稟を両手で軽く抱擁した。
二人とも、嬉しそうだ。
「ご主人様、あたしだって頑張ったんだからな?」
「分かってるよ、翠。ご苦労様」
そう言って腰を抱いてやる。
「ばばば馬鹿!こんな所で何するんだよ!」
「可愛かったからさ、こうしたいと思ったンだよ。嫌だったかね?」
「べ、べつに嫌じゃないけどさ……」
「あ〜!ご主人様!蒲公英も頑張ったんだよ?」
「だが蒲公英、お前は駄目だ!」
「え〜!」
やれやれ。皆普段通りで変わりがないことだねぇ。まぁ、わたわたとされても困るがね。
「教経、人前でいちゃいちゃするのは止めて貰えないかしら」
「ん?あぁ、済まんな蓮華」
「やれやれ……仕方のない男だな、お前は。ほら、羽織の襟が返って居るぞ?」
「あ?……おぉ、済まんな冥琳」
「構わないさ」
冥琳が甲斐甲斐しく俺の襟を直してくれた。
良い嫁さんになるだろうねぇ、冥琳は。
「……教経殿に訊きたい事が出来ましたが、今はおいておきましょうか」
……あぁ、そう言えばまだ知らないんだっけか。ヤヴァイねぇ。最近、稟の愛情が凄いことになってるのは分かってるンだよねぇ。刺されるんじゃないか?俺。そう思っていると、稟が眼鏡をクイクイしていた。
……良いねぇ。萌えてきたんだねぇ。俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。そして麦茶が好きなんだよねぇ。
「……ふ〜ん」
「?なンだ?蒲公英」
「な〜んでもないよ、ご主人様♪」
やたらニヤニヤしているが、まぁ別に良いか。蒲公英がこうなのは今に始まった事じゃないしな。
「で、状況は?」
「既に何度か戈を交えていますが、全く問題ありません。敵兵は1万強、細作の情報では、後詰めとしてケ艾とケ忠の姉弟が1万率いて桟道を梓潼に向かって行軍してきているようです。公孫賛率いる本隊は、東広漢側の桟道出口で布陣している模様です」
「良くそんなに速く情報を集められるな、稟」
「教経殿がテイ族を恭順させたお陰です。山の民である彼らの脚力を持ってすれば、何ほどのこともありません」
「成る程な。情報を制するものが戦を制する。彼らをそう活用することを思いついた時点で我らの勝ちは決まったようなものだな」
「ええ。そう思いますよ、冥琳」
ケ艾、ねぇ。ケ忠って、子供じゃなかったか?
まぁ、今更この世界の人物の性別とか関係に難癖を付けようとは思わないが。
「敵将は?」
「魏延に馬謖、王平という者達です」
「へぇ。で、向こうから戦端を開いたンだよな?」
「はい。劉循を首にした時点で撤退するかと思っていたのですが、どうやら痛手を受けなかったことで勘違いをしたようですね」
史実とは違うが、独断専行したのかね?
泣いて馬謖を斬る、ということになるのかねぇ。まぁ、和議を結ぶなら間違いなく俺はそれを要求するがね。もしそれを飲むようなら、その場では許してやってもいい。後で難癖付けて攻めさせて貰うがね。テメェの家臣のケツはテメェがぬぐってやるモンだ。そうすればこそ、人の上に立つ資格があるンだからねぇ。配下の者の失敗をその者自身の責任にするような上司は不要だ。根こそぎぶった切ってやるよ。
「稟、策なり陣なり、決めているのか?」
「いえ。教経殿が来られる事は分かっておりましたから、教経殿に一任致します」
宜しくお願いします、ってか?可愛げがあるじゃないか。主君に甘えるのが上手いねぇ、稟は。まぁ、そうやって俺の器量を推し量っているってのもあるンだろうがね。
「んじゃまぁ、一任されるとするかね。こいつはちょっとしたお仕置きだ。誰に喧嘩を売ったのか、骨身に染みて分かって貰わないとなぁ?」
「御意」
さて、魏延に馬謖に王平か。
どの程度のモンか、しっかり計らせて貰うとしようか。
〜ケ忠 Side〜
姉貴と共に1万の兵を率いて梓潼郡へ向かっている。
なんて足場が悪いんだよ、この桟道ってやつは。これじゃ戦場に到着するまでに多くの兵を喪いかねないじゃないか。そう思って姉貴を見ると、姉貴は頷いて親指を立て、後をクイクイと指さした。流石は姉貴だ。
「全軍、ゆっくりと足場を確認しながら進め!戦場に到着して疲労困憊、なんて格好が付かないからな!」
そう言って全軍の進軍速度を落とさせる。これ位の速度であれば、足下を気遣いながら進軍出来るはずだ。
……にしても。
魏延と馬謖ってのは、一体何を考えて居やがるんだ。俺も人のことを言えた義理じゃないが、姉貴の言うことに背いたことは一度もない。雛里や白蓮様の態度からすれば、平家と事を構えてはいけない、というような事を言われていたに違いないはずだ。
「……ケ忠、覚悟をしろ」
「分かってるよ、姉貴。俺たちが殿だ。何とか生きて帰してやりたいからな」
そう言うと姉貴は頷いた。
肉親のひいき目かも知れないが、姉貴は軍事の天才だと思う。その姉貴が、覚悟をしろ、と言うのだ。間違いなく平家の将ってのは非凡な敵なんだろう。それを束ねる平家の大将ってのは、俺なんかには理解出来ないほどの器量を有しているに違いない。仕えて早々、難敵にぶつかることになるとはねぇ。しかも、命の危険がてんこ盛りと来たもんだ。
……姉貴だけは、逃がさないとなぁ。姉貴は、俺の生き甲斐だから。涼しい顔で進む姉貴を横目に見ながら、そう思っていた。
「ケ忠様、前方が開け始めました。お味方の旗が見えます」
「あぁ、見えてるよ。姉貴、到着したみたいだぜ?」
「……伝令」
「あいよ。伝令!白蓮様の本隊の先遣部隊として、ケ艾・ケ忠姉弟がやってきたと伝えてくれ!」
「はっ」
「……姉貴、どうするんだ?見たところ激しく戦闘が行われている様子じゃないけど」
「……掌握」
「姉貴、素直にいう事を聞く奴らだと思うか?」
「……やる」
姉貴も、彼らの為人に不安を抱いているみたいだな。
ッたく。白蓮様から全権を与えられた将であることを示す斧鉞を貰っておいて良かったぜ。
「行こうか、姉貴。最終的には斧鉞を持ち出せば良い」
「……うん」
姉貴と共に馬を進める。頼むからいう事を聞いてくれよなぁ。
「なんだと!?退けと言うのか!?」
「……当然」
「当たり前じゃないか、と姉貴は言ってます。戦略上の目的を果たしたにも関わらず、平家に対して兵を差し向けて徒に戦闘を継続するのは良くないことだ、と」
「そんなことが今更出来るはずはないだろう!」
「……遅滞、全滅する」
「此処で決断しなければ、全滅の憂き目にあうことは明白だ、と姉貴は言ってます。損害を被ることを覚悟の上で、撤退するのも勇気を示す道であろう、と」
「しかし!」
「……斧鉞」
「このケ艾は畏れ多くも白蓮様から全権を委任された身。その私の言には従って貰わなければ困る。そうでなければ、この斧鉞で首を刈らなければならなくなるのだから、と姉貴は言ってます。斧鉞をその首に受ければその汚名は晴らされることはありません。生きてこそ汚名を雪ぐことが出来るのではありませんか、と」
「……分かりました。焔耶、退きましょう」
「瑛!何を言っているのだ、お前は!」
「戦端を開いた以上、平家は間違いなく私達を追撃し、益州南部を一気に攻略しようとしてくる可能性が高いでしょう。それを避ける為に、東広漢で備えて居る白蓮様と雛里様に合流するのが良いと思います。悔しいですが、私達の見通しが甘かったのです。こんなはずでは、なかったのですが」
「くぅ……」
「焔耶」
「……分かっている!糞!退けば良いんだろう、退けば!」
「……殿」
「殿は、このケ艾とケ忠が務めます、と姉貴は言ってます。皆様には先に撤退して頂きたい、と」
「分かった。……済まん、死ぬなよ」
「……無用」
「心配無用だ、と姉貴は言ってます。速く後退なされるが宜しいでしょう、と」
「瑛、全軍に撤退命令を。私達は退くぞ」
「ええ」
「……私は、残ってお二方を補佐致しましょう。この辺りの地理に詳しいですから」
「……王平、また後で。きちんと貴方には謝っておかなければならないから。生きて帰って来なさい」
「……ええ、そう願いたいものです」
俺たちと王平を残して、二人は撤退していく。
それを見た平家の軍がこちらに迫って来ている。
先頭には、『揚羽蝶』の旗が舞っている。
「……平教経」
「あぁ、来たな。姉貴、策は?」
「……三段、交互に退く」
「……了解。全軍三段に構えろ!ぶつかって戦線を押し止めたら一番前の段は一番後ろへ回れ。そうやって徐々に退いていくぞ!第二陣と第三陣に位置する隊は弓を間断なく射掛けてやれ!そうやって前線を援護するんだ!」
「私の隊で、今山上に落石計を仕掛けようとしています。石を落とせば、時間を稼げるはずです」
「……何処に?」
「桟道が丁度狭まるところです。さほど出血を強いる事は出来ないでしょうが、人が多く入り込めない場所ですから岩を退けるのに多大な時間を消費するはずです」
「……桟道」
「?」
「桟道を破壊するように設置し直せないか、と姉貴は言ってます。その方がより多くの時間を稼ぐことが出来るであろうから、と」
「成る程。では、そのように手配致します。……よくお分かりになられますな?」
「年の功というやつですよ。姉貴とは生まれてこの方ずっと一緒ですから」
「そういうものですかな。……では、一先ず私はこれで」
「ええ。宜しく頼みます」
「はっ」
王平ってのは、非凡ではないが優秀な将校だな。きっと良い軍人になるに違いない。この困難な状況で最善を尽くそうとしている。得がたい人材だろう。
まぁ、そんなことは生き残ってから考えれば良い。今は、生き残ることだ。
〜教経 Side〜
魏延達と一戦交えようと準備して、さぁこれから、という時に奴らが撤退を始めた。援軍としてケ艾とケ忠が到着したのを先刻確認したばかりだ。力を得て、懲りずに突っかかって来るかと思っていたンだが、どうやらそれ程阿呆ではなかったらしいな。いや、ケ艾が止めたのかも知れないがね。俺の知るケ艾は、彼が生きていた当時で恐らく最高の将だったはずだ。姜維とは違い、国力を換算した上で戦が出来る名将だったはずだからねぇ。撤退するにしては時機を逸しすぎている気がするが、撤退しないことに比べれば遙かにマシだろう。この決断が出来るだけでも、ケ艾の器量は優れていると見るべきだ。
「教経、どうするの?」
「あぁ?追撃するに決まっているだろうが。策を巡らす時間もなかっただろうし、このまま付いていくさ。奴さん達が東広漢で待っている本隊に合流するのなら、一緒に雪崩れ込んでやる。それでお終いだろうさ」
「……貴方、話し方が少し変わっているわよ?」
「済まんねぇ。戦んなるとどうしても乱暴な口の利き方になっちまってなぁ?」
「はぁ。姉様が貴方に惹かれる理由がよく分かる気がするわ」
「……失礼なことを言いなさんな。俺は戦闘狂じゃないンだからねぇ」
「私は今理由は述べていないわよ?自覚、あるんじゃない?」
「放っておけ。……思春」
「はっ」
「蓮華のこと、言うまでもないと思うが頼んだぜ?大事な大事な人なんだからねぇ」
お客さん的な意味で。
「ちょ、ちょっと」
「御意」
「し、思春!?」
慌ててるな、蓮華?可愛いモンだ。
「教経、策は?」
「車懸かりの陣で征く」
「車懸かり?」
「そうだ。隊を少数に分けて、左から吶喊したら敵を抉って直ぐに右に移動して戻る。それを、多数の隊で順番に次々に行って敵の防御陣を確実に削り取ってやるのさ。この狭い場所で馬でやることは出来ないかも知れないが、徒でもそれは出来るだろう。平家の軍兵の練度、舐めて貰っては困るぜ?」
「ほう。それは中々良い案だな。今、思いついたのか?」
「思いついた、というより、天の世界に昔居た戦馬鹿が考え出した陣だよ」
「面白いものだな。それをこの戦で再現しようというのだな?」
「あぁ。稟、冥琳。兵の指揮は任せる。稟が正軍師、冥琳が副軍師、な」
「「御意」」
「ちょっと教経、貴方先頭に立つつもりなの?」
「当たり前だ。俺の為に死んでいく兵が出るんだからな。俺も等しく危険を共有してやる。戦場においては、俺も皆も変わらない、ただ一匹の戦の鬼なんだからねぇ。他家は知らず、平家においては頭領は常に戦場に立つ。それだけは譲れないんだよ」
「有能な家臣が居るなら任せておけば良いじゃない」
「そうやって主君は貴族化していくのかね?それじゃぁ駄目なんだよ、蓮華。俺の一族は一度そうやって滅亡したンだからねぇ。平家の頭領たる者、それが戦であれ政であれ、常に最前線に立たねばならない。そうでないと、いつか家を滅ぼすことになるンだよ。貴族の称号を得るのは良いが心構えまで貴族になってしまったら駄目だ。貴族ってのは制度化された豚の集合体に過ぎんのだからな」
「大将、準備出来たぜ!」
「よし、ンじゃ征くとするかね。ダンクーガ、気合い入れろ?この戦は先陣を切る俺たち次第でその戦果が大きく変わってくると思え」
「ぃよっしゃぁ!やぁぁぁぁってやるぜ!」
「……教経様、彼はいつもこんな調子で?」
「……思春、コイツは頭がちょいとアレな感じなんだよ」
「……成る程」
「……テメェら、俺の事をそんな目で見るんじゃねぇ!」
ダンクーガが馬鹿でかい槍を手に、そう抗議の声を上げる。
パピ☆ヨン☆にやられたのが余程に悔しかったらしく、あの馬鹿でかい槍を完全に使いこなせるように鍛錬を続けている。俺が鍛冶屋に頼んで、武藤カズキ状態のダンクーガの為にサンライトハート的なものを作ってやったら喜んでそれを振り回していた。武装練金だ、と言って渡してやったら頭に?を浮かべていたが。
……アレをいきなりぶん回せるってのは、ちょっとどうかと思う。俺に付き合っている内に、お前も立派に人外の仲間入りをしてたんだな、ダンクーガ。めちゃ重かったぜ?アレ。
「ダンクーガ。お前さんも鍛錬の成果を見せつけてやれ」
「たりめぇだ!」
相変わらず口の利きか方なっていない奴だな。
「よし、吶喊するかね」
「オラァ!親衛隊!歯ぁ食いしばって大将に付いていくぞコラァ!やぁぁぁぁってやるぜ!」
「「「「「「OK!忍!」」」」」」
ちなみに親衛隊の皆さんも天元突破しているらしく、並の兵じゃ歯もたたない感じになっちまってる。全員ダンクーガと同じようなでかい槍を持っている。まぁ、ダンクーガのよりは小さくて軽いんだが。初めてダンクーガの槍を見た隊員達が、口々に『かっけぇ!』とか『イカス!』とか言っていたが……隊長がアレだと隊員もアレになるんだねぇ。今度そういう機会があったなら、ちょっと気をつけよう。
「じゃぁ、後は頼むぞ、稟、冥琳。征くぞ!平家の鬼共よ!俺に続け!」
敵陣に向かって駆け出す。
フフ、この風、この肌触りこそ戦場よ!
……あれ?これ微妙に死亡フラグじゃね?
まぁ、いいさ。そんなフラグがあったとしても、へし折ってやるだけだからねぇ。