〜華琳 Side〜
麗羽が黒山賊討伐の為に軍旅を催した。
青州と徐州をその直轄領とした際の手際は見事なものだったわ。領民に慕われている孔融を、陶謙を使って殺し、その陶謙を孔融を殺した罪に問うて殺す。非情だがこれ程効率の良い事はないでしょう。麗羽にこれが出来るとは思えない。諸葛亮。アレがこの絵図を描いたのでしょうね。
全く以て厄介な存在だが、彼女は幽州に軟禁状態にある。私が施した策によって、その行動を制限することに成功したのだ。これで、楽に勝てる。麗羽を下した後諸葛亮を幕下に引き入れることが出来れば、現状私と桂花のみに掛かって居る負担を軽減することが出来るでしょう。そうなれば、教経との戦いが随分と楽になるに違いない。
皇帝劉虞から同族である劉璋を助けるように、との書状を受け取った劉表も、南郷郡へ攻め込んだ。当初練兵に時間が掛かっているから、と言って平家に対する明確な敵対行動を取ることを控えていた劉表も、練兵があらかた終わった状況では攻め込まざるを得なかったのだろう。
劉璋は公孫賛にその領地を譲り渡していち早くこの乱世から脱落したようだけど、その公孫賛の軍の一部が漢中に歩を進め、平家と戦闘を開始したという情報もある。こちらについては確度の低い情報だが、いずれ詳細が判明するでしょう。何を思って平家に軍を向けたのかしらね。まあ、いずれにしても当初の予定通り教経を縛り付けることに成功したわ。
それにしても。劉表に公孫賛。貴女達は不幸ね。
教経が自分に剣を向けた人間を許すとは思えない。間違いなく報復行動に出るだろう。それも、迅速に。
教経ほどの者であれば、この事態にも完全に対応してみせるはず。その領内における政も、麗羽や私に仕掛けている物資面での戦も、教経の企謀に拠るものであることは調べによって判明している。特に後者については本当に厄介ね。今のところ、これに対抗する手段が思いつかないのだから。まさか商人達に平家を相手に取引をするな、とも言えないし、言ったところでなんら効果を上げることはないでしょう。私の狭量さを世に知らしめるだけになってしまう事は間違いないのだから、そのようなことはすべきではないわ。
……戦は、算多き者が勝つ。平時から策を用いて敵に備えて居る教経が算少なかろうはずもない。戦の行く末は目に見えているじゃない。劉虞などという愚物の言うことを聞くから。理由は分からないけれど、教経の器量を計ることもせず平家に剣を向けるから。だから貴女達は敗亡するのよ。
でもそのお陰で教経は二面作戦を執らざるを得ない状況に陥った。此処で私までも敵に回そうとは思わないはず。この状況ならば、教経と会盟することが出来るかも知れない。
『私が麗羽を下すまで』『教経が二人を下すまで』
この条件で、密約を結ぶことが出来るかも知れない。反董卓連合の時に交わした二人の約定。それと同じような形で、確約を取り付けることが出来れば。教経は潜在的には敵だが、その約定は信頼出来る。私も交わした約定は絶対に守る。それを、教経は掛け値無しで信じてくれる気がする。
「秋蘭」
「はっ、華琳様」
「教経に書状を出すから書いて届けて頂戴」
「はっ、文面は如何致しましょうか」
「そうね……『貴方と二人きりで逢いたい』、とだけ書いてやりなさい、秋蘭。いつかのお返しよ」
「はっ……さぞや周囲の女達に非難されることでしょうな、平教経は」
ふふっ。きっとそうでしょうね。
全く。そんなに女を侍らせているのが悪いのよ?教経。女などに現を抜かさず、私との対決だけを考えていれば別に酷い目にはあわなかったものを。
教経が責められているのを想像すると、愉しくなってくる。
「ええ、そうでしょうね。頼むわね、秋蘭」
「はっ」
さて、教経?当然応じてくれるのでしょう?
今度は私が貴方の器量を試して上げるわ。そして貴方と会盟を為すことが出来たなら、麗羽を打ち破る。貴方と決戦する為にね。
〜教経 Side〜
「教経、大変よ!」
寝台で寝ていると、詠がドアを突き破るような勢いでブチ開けて飛び込んできた。
……ったく、気持ちよく寝ていたのに、目が醒めちまったじゃねぇか……
「あぁ?どうしたンだ?断空我がヴェクター化でもしたのか?」
「べくた……?そんなこと言ってる場合じゃないのよ!この馬鹿!……って、教経!?アンタ、誰を連れ込んでるのよ!?」
「はぁ?」
誰を連れ込んでるって言われてもだね。誰も連れ込んでいないンだよねぇ。
そう思って寝台に腕を突く。
……右手に、こう、ふにふにとした、弾力とハリのある感じの……「……んっ……」……ん?
「……教経、私が愛おしいのは分かるが、その、人前では困るぞ?……まぁ、その、お前がどうしても、と言うのなら私としては我慢しないではないというかだな……」
冥琳が頬を上気させて体を起こし、俺の耳元でそっと囁くように話しかけてくる。シーツで胸を隠しながら、しかし自分の腕では押さえずに俺の背中に押し当ててずれないようにしているだけで。……当ててんのか?当ててるンだろうねぇ……
……冥琳と、致したのをすっかり忘れていたンだねぇ。
そして冥琳。いきなりアブノーマルな妄想が大・爆・発しているンだねぇ。アレか?琴と言い冥琳と言い、ちょっとアレな趣味の?……自慢じゃないが俺のマグナムは人目にさらせるほど立派なモノじゃないんだよねぇ……自分で言っていて涙が出てきた……だって、男の子だもん☆
「ちょっと教経!どういう事よ!」
香ちゃん、ちょっとそのハンマーはしまおうか。
「いや、どういう事と言われてもだな、詠」
「そういうことだ、詠」
抱きつきながら、俺の頬に手をやって自分の方に寄せようとする。
冥琳、話がややこしくなるだろうが。
「……へぇ。でも、コイツはボクのことが好きなんだから」
「……私に愛していると言ってくれたが?」
「ちょっと教経!ボクにはそんなこと一度も言ってくれたこと無いじゃない!」
「いや、詠?Sideが当たっていないだけで何度も言っている気がするンだがね?」
「は?Side?……そんなことはどうでも良いのよ!今言いなさい!直ぐ言いなさい!兎に角言いなさーい!」
おぉ、何という三段活用。
「……詠、愛してる」
「……ぼ、ボクも愛してるわよ……」
「……教経、私の前で他の女に愛を囁くなど、どういう了見なのか説明して貰おうか」
……あぁ……刻の涙が見える……
「別に良いじゃない!」
「良いはずがない!」
「良いのよ!」
「良くない!」
「なぁ、二人ともちょっと落ち着けよ」
「アンタは黙ってなさい!」
「教経は黙っていて貰おう!」
「はい喜んでぇ〜!」
じゃなくて。
「……なぁ詠。大変だって何が大変なンだ?」
「アンタが浮気してたことよ!……って、そうじゃないわよ!劉表が南郷郡に攻め込んできたのよ!それと時を同じくして公孫賛が漢中に攻め込んできたわ!」
なンだと!?
「そりゃ一大事じゃねぇか!」
「だからそう言ってるじゃない!……って、なにやってんのよ!」
あ、すっぽんぽんだったのね。勢いよく立ち上がってちょいとご挨拶をしちまったンだねぇ。まぁ、結構長安から出払っていて実質メインユーザー的な存在な訳だから、いつもご愛顧有り難う御座います的な挨拶をしたがっても不思議じゃないということでここは一つご理解頂けませんでしょうかねぇ?
……おいちょっと待て!ハンマーは駄目だって言っただろうが!
「この、馬鹿ぁ〜!」
顔を真っ赤にして恥じらいっている詠。
……良いねぇ。萌えてくるんだねぇ。ハンマーが近づいてきているが、それどころじゃないんだねぇ。俺は眼鏡属性持ちn
「ヘブッ」
「……自業自得かな、教経」
「ふんっ」
……冥琳、お前さんのせいでもあると思うンだがねぇ……
「……で、詠。状況はどうなっている?」
取り敢えず何とか復活出来た。水をぶっかけられて復活するとか、俺はシーモンキーか何かか?
そんなことを考えている俺を尻目に、軍師様達が二人して真面目に話し合っている。
「漢中は問題無いわ。稟が居るし、愛紗と翠、蒲公英も居る。あれだけ揃っているんだから抜かれることは先ず無いと思う。稟は蜀の状況を把握する為に細作を放っていたし、攻め込まれた時の為に蜀の桟道の出口付近にいつでも軍勢を展開出来るように準備していたみたいだから」
「成る程。蜀の桟道から出てくる兵を出口で半包囲して叩くことで数的な優位を常に保った形で戦を行う、というわけか」
「そうよ。そこに愛紗達が居る訳だから先ず大丈夫だと思うわ。テイ族もコイツのお陰で協力してくれるでしょうしね」
「では、劉表が問題だ、というのか?」
「そうね。雪蓮も居るし碧も居るけど、曹操に備えなければならない状況が何とかならない限りはかなり厳しい戦いになると思うわ。後背を常に気にしながら戦う、というのは見えない敵と向かい合っているようなものだから。いつ襲いかかってくるかも分からない状況だし、精神的な疲労も大きいと思うのよ。何より、兵力を分散しておいて危険に対する保険を掛けておかなければならないし」
「ふむ。どうにかならないものかな」
「現状じゃどうにも。長安を空ける訳にも行かないし、正直追加で兵を送っても規模が大きくなるだけで状況には全く変化がない訳だから」
華琳の存在がでかいな。
袁紹と向かい合っているとはいえ、どう動くかが読み切れない所があるからねぇ。
そう思っていると、星がやってきた。
「主。雪蓮と愛紗から早馬が……冥琳?」
「む、星か」
「……ほう。少しお話をする必要がありそうですな?主」
あぁ……冥琳……お前さんが服を着ないでそのままで話し込んでいるから……
「さっき十分に詠にお話された所なンだ。勘弁してくれ……で、二人から早馬だって?」
「……まぁ、宜しいでしょう。壁を見れば何があったかは分かりますからな」
そう言いながら、書状を差し出してくる。
……双方共に、暫くは大丈夫だ、と言ってきている。
が、そう悠長に構えても居られないだろう。
「……これから対応策を講じる為に軍議を開く。長安にいる将を全員集めてくれ」
「はっ」
ちっ。どうするかねぇ。
流石に三面同時作戦なんて無謀な真似は出来ない。
一つ破綻すれば国を失いかねないからなぁ。
あれから三日経つが、これといった善後策を講じることが出来ないで居る。
現状で俺が執れる方策は三つある。
一つめは、函谷関の防備を月に任せて漢中の救援に行くこと。
二つめは、これまた函谷関の防備を月に任せて南郷郡の救援に行くこと。
三つめは、華琳を攻めて膠着状態を創り出し、その軍事行動を制限した上で各地に援軍を送って各個撃破すること。
どれもこれも、リスクを含んでいる。
一つめと二つめは後背を華琳に突かれるリスク。
三つめは動員可能な兵力全てを以て当たることになる為、不測の事態が生じた場合もう打つ手が存在しないというリスク。不測の事態とは袁紹軍の全面攻勢。俺と華琳が争っているのを脇から現れて双方を討つ。これ位のことは現状袁紹軍を指図している小物でも思いつくだろうからな。
どのリスクも、それが現実のものとなった時の脅威は大きい。といって、現状維持は最悪の選択だろう。無駄に兵を死なせることになる。どんなものであれ、選択をしなければならない。リスクなしで利益だけを得ることはどうやら出来なさそうだ。
「さて、どうしたモンかねぇ」
広間に皆を集めて話をしているが、やはり今日も結論は出そうにない。
と、そこへ、断空我がやってきた。
「大将、書状が届いてる。大将に渡してくれ、と曹操の使いの者から言われたんだが」
「華琳からだと?……こっち持ってこい」
「あいよ」
断空我から書状を受け取って内容を確認する。
……『貴方と二人きりで逢いたい』、ねぇ。場所は函谷関の近く、か。
要するに、俺を試している。俺がかつてそうやったように、『自分を信じて話をしに来るのか?』、と。そういうことだな?華琳。
……上等じゃねぇか。
「教経、何と書いてあるのだ?」
そう言って冥琳が書状を取り上げて内容を確認する。
あ、冥琳、それは……
「……教経、いつの間に曹操まで誑かしたのだ?」
本当にイイ笑顔だ。
イイ笑顔を浮かべながら、星達に書状を渡す。
「……教経、どういうことなの?」
「……お屋形様、これは、どういう意味ですか?」
星、星なら分かるよな?
これ、反董卓連合の時の意趣返しだぜ?
「主、どういうことか説明が必要でしょうなぁ」
そう言ってニヤニヤ笑っている。
糞!コイツは裏切り者だ!
「「教経?」」
「お屋形様?」
それから後のことは余り覚えていない。
あっちゃこっちゃから引っ張られ、なじられまくった。
そんな俺を見て、星はずっとニヤニヤ笑っていた。
何とか説明をして理解して貰えたが、それまでにハンマーでぶん殴られるわ泣かれるわでエラい目に遭った。
……華琳、覚えてやがれよ?