〜教経 Side〜
冥琳が南郷郡からやってきた。俺たちが置かれている現状について、少し話をしたいということだったので、逢うことにした。まぁ、情勢が激しく動き出しそうな感じだからねぇ。冥琳の希望で、余人を交えず話をしたいとのことだったから、俺の部屋で話をすることにした。
「教経、久し振りだな」
「あぁ。それ程長い間離れていた訳じゃ無いと思うが、随分と離れていた気がするよ……体調、大丈夫だろうな?冥琳」
「あぁ、大丈夫だ。変わりないさ」
「それなら良いンだ。お前さんだけが気掛かりだったからねぇ」
体調的に考えて。
「そ、そうか……気を遣ってくれるのは嬉しいものだ」
クールな冥琳が照れながら眼鏡をツイと押し上げる。
……やるねぇ。流石は周公瑾。俺の弱点を的確に突いて来やがるッ……!そこに痺れる!憧れるぅ!
「教経。今お前は周辺諸侯の動きについて、どれだけ把握して居る?」
ヘブン状態だった俺に、真面目に話しかけてくる。
しっかり切り替えないとなぁ、おい。愛想尽かされちまうぜ?
「先ずは公孫賛か。奴さん、生きていたんだねぇ」
「あぁ。私も最初聞いた時は名を騙る偽物だと思っていたのだがな」
「偽物にしては手際が良い。急速に勢力を広げていることから考えて、本人と見て間違いないだろう。ちょっと意外なほどにその成長が早い気がするがねぇ」
「有能な軍師が付いているそうだ。聞いたか?」
「あぁ。ホウ統が付いているらしいじゃないか。袁家を出奔して何処にいるかと捜していたが、まさか公孫賛に付いているとはねぇ……コイツは侮れないぜ?」
「『鳳の雛』、だろう?教経」
「あぁ、そうだ。油断すれば足下を掬われる可能性が高いからねぇ」
「漢中に攻め込んでくることも考えて置かなければならないだろう。大丈夫か?」
「ハッ。漢中には愛紗と稟がいる。稟が知恵比べで負ける、というのは考え難いねぇ。冥琳、お前さんが相手ならまだ分からんがホウ統なら稟の方に分があると思うぜ?」
「ほう。何故そう思う」
「稟はこれまでずっと平家の軍師として従軍して策を立て続けてきたンだ。才能的には互角だとしても、踏んで来た場数が違うだろうよ。経験ってのは、才能を凌駕することが多々あるモンだ。稟ほどの才能がある人間が経験を積んでいたら、そうそう足下を掬われることはないだろう。ホウ統がいつから戦に身を投じたのかは知らんが、稟ほどの経験は積んでいないだろうよ。もし積んでいるならば、天下にその名を轟かせているだろうからねぇ。
愛紗にはその配下として翠と蒲公英も付いているし、心配する必要はない。攻め込まれても十分に戦線を維持出来るだけの人材は揃っている。救援に駆けつけて、一気に屠ってやればいいのさ。
第一、急速に勢力を伸張させたところでその配下の兵数が劇的に変化する訳じゃ無いだろう。変化したとしたら、練度が低いと思うべきだ。練度が変わらなくとも、軍として連携して戦う事は出来ないだろうさ。そういう軍を恐れる程腰抜けじゃないんだよ、俺ぁな」
「そういう見通しが立っているなら問題はないか」
「まぁな。……次に大馬鹿者ンとこだな。青州と徐州を直轄領とすることに成功したらしいじゃないかね」
「そうだ。これで袁紹は後背を気にせず曹操か私達と事を構えることが出来るようになる。直轄領としたことで裏切りなど気にせず、安心して補給が出来るだろうからな」
「だろうねぇ。冥琳、お前さんはあの馬鹿共は次に誰を標的にしていると思う?」
「私達、と言いたいところだが、曹操だろうな」
「へぇ。何故そう思うんだね?」
「それはそうだろう。私達と曹操。どちらを先に相手にした方が良いか、わかりきって居るではないか。私達を相手にすれば、長期化は避けられない。長期化する戦の中で、曹操が指を咥えてみているはずもない。私達は幸いにも将に恵まれているから、曹操に備えることは出来る。が、袁紹はそうはいかないだろう。勿論、将は居るし軍師も居るが、曹操を押さえるに足る程の者が居ない。
であれば、先ず曹操を相手にしてこれを滅ぼした方が良い。平家の兵は揚州には殆ど居ない訳だし、気にせずに曹操だけを相手に出来るのだからな。曹操を滅ぼしたその後で平家を相手取った方が良いに決まっている」
「まぁ、普通ならそうだろうな。だが、奴さん達は普通じゃなくてねぇ。どうやら第三の道を見つけたみたいだぜ?」
「第三の道、だと?」
「あぁ。領内の黒山賊共を討伐するンだそうだ。素晴らしい考えだねぇ。既に討伐の為に軍旅を催し、絶賛戦闘中だそうだ」
「……この機会を曹操が逃すはずもない。袁家は滅亡するぞ」
「それがそうとも言い切れなくてねぇ」
「何故だ?良いように兵力を分散させられ、糧食も潤沢ではない。物事の優先順位が理解出来ない小物しか揃っていないことも証明された。正直、滅びるに十分な要素が出揃っていると思うが」
「……袁家には諸葛亮が居る。アレがただ黙って滅びるに任せるはずもない。必ず、起死回生の策を打ってくるはずだ。それが何なのかは、分からないがね」
そうなのだ。
――諸葛亮。
アレがもし演義並みの天才であるなら、間違いなく何らかの手を打ってくるはずだ。油断は出来ない。慢心も禁物だ。詠の調べでは、幽州に軟禁されているらしいが、そこからでも何かしてくる可能性が有る。
「諸葛亮、か。確かに何やら画策しているようだな。教経、今諸葛亮が何をしているか知っているか?」
「幽州で軟禁されている、と聞いているが」
「……私が調べたところでは、青州にいる、という情報も、徐州にいる、という情報もある。これだけ情報が錯綜すること自体、おかしいとは思わないか」
それは今初めて聞いた。
「幽州にいて、青州にいて、徐州にいる。三つ子だった、とかいう落ちはないよな?」
「……実はそれと同じ事を雪蓮が言い出したので真面目に調べてみたが、諸葛亮は諸葛家の次女だった。当然、双子でも三つ子でもなかったよ」
「調べたのかよ……まぁ、その辺りが冥琳が冥琳たる所以なんだろうけどな」
「どういう意味だ?」
「頼りになる美人さんって事さ。だがこうなると……」
「巫山戯たことを……あぁ、何処にいるかが全く分からないな」
「……それは問題にならンだろうねぇ。問題は、所在を隠したいという意図があり、そして隠すことが出来ているということだろう。これで確信出来たよ。間違いなく、諸葛亮は何かを企んでいやぁがる」
「行方を眩ましてまで私達に備えなければならない理由はない。となると……」
「あぁ。華琳はちっと痛い目に遭うかも知れンねぇ」
「少しで済むかな?」
済むに決まっているだろうが。
曹操は袁紹に勝つんだぜ?官渡の戦いでねぇ。
「済むだろうよ。華琳はそういう人間だ。アレを嘗めてかかると痛い目に遭うぜ?曹孟徳は伊達じゃない。その器量は、天下を覆うほどのモノなンだからねぇ」
「だが、曹操はこの情報を手に入れていない可能性が高い。今のところ戦乱に巻き込まれていない為に余裕がある私達が入念に調べた結果こういう事実が明らかになったのだ。一番最初に耳に入ってきた、幽州に軟禁されている、という情報を信じて策を構築するのではないか?」
「例えそうであったとしても、華琳が負けるってのはちょっと想像出来ないな。大馬鹿者が負ける、というのは想像するに容易いンだが」
「そこまで評価しているのか、曹操を」
「あぁ。アレは正しく英傑と呼ぶに相応しい女だ。余人は知らず、俺はそう信じてるよ」
「……まるで恋人のようだな、教経」
少し怒ったような顔をして、そう冥琳が言ってくる。
……オイオイ、あり得ない想像に嫉妬したのか?冥琳。それに器量で言うなら、冥琳だって負けちゃい無いだろうが。もし周公瑾が長命で、孫策の配下でなかったら、『覇者 周公瑾』が生まれてもおかしくないほどの器量があったと俺は思っているンだぜ?
「……冥琳、そう嫉妬するなよ。冥琳の器量も同じくらい凄いモンだって思ってるぜ?」
「……どうだか」
嫉妬するな、という言葉に反論しないのな、冥琳。
「冥琳、機嫌直せって」
「……私のことをどれ程に想っているのか、それを聞かせて貰おうか、教経」
やれやれ。今日はやたら愚図るな、冥琳は。
どれ程の器量を持つ人間だと思っているのか、か。
「そうだねぇ。この天下に二人と居ない女だ、と思っているよ、冥琳」
「……教経……」
「?……冥り、んっ……」
あ、ありのままに(ry
冥琳が近づいてきたと思ったら、いきなり唇を奪われた。
……最近、俺はこういうのが多い気がするンだねぇ……
「……冥琳」
「……いきなりすぎたか?だが、別に問題はないだろう?お前は私のことをそれ程好いていてくれている訳だし、私はその気持ちに応えただけなのだから」
……OK、いつの間にか俺の迸る熱いパトスが冥琳をノックアウトしていた、ということで宜しいか?
どうやら俺の眼鏡愛は言葉という壁を越えて感応する事が出来るモノらしい。
流石は眼鏡神!そこに痺れる!憧れるぅ!
「そりゃ、問題はないがね」
「では他に何かあるのか?」
「ん〜」
「……稟達に悪い、と思っているのだろう?教経」
「……そうだ」
「そう言うと思ったよ」
冥琳は苦笑すると、懐から書状を取り出した。
懐って言うか、冥琳、今胸の間から出さなかったか?その書状。
「……これは?」
「風からの書状だ。軍師組の中では風が元締めなのだろう?教経」
「なンで分かるンだね?」
「どうして分からないと思っているのだ?」
「……そんなに分かりやすいかよ」
「分かりやすかったぞ?」
そう言って、ニヤリと笑った。
様になってるじゃないか、冥琳。眼鏡美人ってのは何やっても様になるねぇ。
そう思って手紙を開く。
『風の立派な旦那様であるお兄さんへ。
お兄さん、これを見るような状況になった、ということですね?
後でお仕置きなのです。
まぁ、冥琳は真面目にお兄さんのことを好いているので、今日の所は受け入れて上げればよいのです。
ですが!
お兄さんの本妻は風だということを忘れてはいけないのですよ。
胸に付いた余計な脂肪に誑かされているようなら、ただではおかないのですよ、お兄さん。
風ェより』
……風、確かにお前さんには、その、胸が……ムッ!何か見える!?これは……フルボッコ……!これ以上考えれば命はない……!なんという風・・さん・・的存在!俺は操作系だ。強化系とは相性が悪い。ここは、思考停止するんだぜ?
風ェって何だよ……毎回思うが俺の頭の中覗きすぎだろうがよ、お前さんはよ。
「……教経、その、嫌……なのか?」
冥琳が不安そうに俺の顔を覗き込んでくる。
……この野郎!俺を殺す気か!
クールビューティーが眼鏡を掛けて、黒髪ロングが眼鏡を掛けて、自重しないボディが眼鏡を掛けて、俺を覗き込んで来るとは……!
『眼鏡』こそ至上!『眼鏡』こそ最強!体の部位(ry
……それより不安そうにしている冥琳にちゃんと応えないとねぇ。
「嫌な訳無いだろうが」
「本当か?」
「本当さ。それをしっかり証明してやるさ」
冥琳と寝台へ移動する。
「最初に言っておいた方が良いだろう……教経、私は処女ではない」
……そうか。まぁ、そうだろうな。冥琳が綺麗だし、過去にそういう相手が居たとしても不思議じゃない。むしろ、今までが異常だっただけだ。あれだけ可愛い娘達が皆処女だった、ということ自体があり得ないことだろうからねぇ。
「……へぇ」
「……『面白くない』、という顔をして居るぞ?教経」
「……そうかね?」
「ああ。……独占欲が強いんだな、教経は」
「……悪かったな」
「いや、嬉しいよ、教経。……その、私は処女ではないが、男とそういうことをするのは、初めてだ」
……え?
それはそのつまり、ユリシーズ的な?
「あ〜、教経。誤解の無いように言っておくが、決してそういう気がある訳じゃ無い。いずれ、お前にも分かる時が来るからさわりだけ言っておくが、雪蓮の悪い癖が原因だ」
「雪蓮の悪い癖?」
「そうだ。……だが、私の口からそれを言うつもりはない」
「別に良いさ。冥琳の初めての男は、俺なんだろ?」
「何だ、現金な奴だな……愛しているよ、教経。狂おしいほどに」
ストレートに言われると、グッと来るねぇ。
「……冥琳」
「何だ、言ってくれないのか?教経は」
こう見えて、意外に漢女、もとい、乙女なんだよねぇ。
アブねぇ……吐きそうになった……
愛している、か。
「冥琳、俺も、愛しているよ……」
「……んっ……」
何度も何度も、冥琳を抱いた。
最初、冥琳は俺が外で果てるのを許してはくれなかった。
『私は、お前の子が欲しいんだ、教経』
そう言って、その瞬間に腰に足を巻き付けられて逃げられないようにされた。まぁ、その一回だけだったが。
……いきなり父親になる覚悟をさせられた訳だ。
妊娠していても別に構わないが、出来れば戦が終わってからにして貰いたいモンだねぇ。戦が終わったら、子作りに励むさ。……腎虚で死ぬことになりそうな悪寒がするがね……
「教経。私の夫になるのだから、しっかり妻のご機嫌は取らなければならないぞ?分かっているだろうな?」
「……へいへい。努めさせて頂きますよ」
そう言うと冥琳は抱きついてきた。
断空我じゃないが、いつか俺は刺されて死にそうだな。
まぁ、冥琳を始めあれだけの器量好しを侍らせてたらそうなるのが当たり前かも知れんが。
出来れば、平和的に死にたいモンだ。
……風のお仕置きって、何なんだろうねぇ……