〜教経 Side〜
蓮華達と会見し、今後の方針も定まった。一段落したと言っても良いだろう。
一日の仕事を終えて繰り出した長安の街は、相変わらず活気に溢れていた。
茶を飲みながら町を眺め、この活気をもたらす事が出来ている現状に一人満足している。
「……おい、教経。お前は何故いつも診療所に来ては我が物顔で茶を飲んでいるのだ」
いつも通り、凱の診療所で寛いでいると凱が何やら文句のようなことを言ってきた。
「まぁそう堅いことを言うなよ。此処は俺の国だ。だからこの診療所も俺の診療所だ。ここまでは大丈夫か?」
「……その時点で大丈夫じゃない」
「……凱、お前さん、意外に可哀相な頭をしているんだな……」
「失礼なことを言うな!おかしいのはお前の頭であって俺の頭じゃない!」
「基地外は皆そう言うんだ……大丈夫だ、凱。俺はいつでもお前の味方だ……!」
「教経……思わず『有り難う』と答えそうになった自分を殺してやりたい」
「そうか。自殺は良くないぞ、凱」
「うるさい、黙れ」
「やれやれだぜ」
「……苛つくな、その身振りは」
全く。凱は鍼師としての腕は良いンだが、ちょいと頭がアレな感じなんだよねぇ。
「あらん。どうしたの華佗ちゃん。そんなところで話し込んじゃって」
ぶるぁぁぁぁぁぁ!
「ばばばばば」
「ば?」
「バケモノだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あらぁ〜ん。だぁぁれが怪しいと書いて怪物、妖しいと書いて妖物、化けると書いて化物の三つまとめて愉快なバケモノ三昧ですってぇぇ!」
「貂蝉、落ち着け」
「ほう。イイオノコの香りがすると思って来てみれば、だぁりんの他にイイオノコがおるではないか」
見よ!東方は、紅く燃えているぅ〜!!
「あばばばばば」
「あば?」
「化け物だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「むぅ。その言葉、いくら何でも聞き捨てならんぞ」
誰がどう見てもバケモノだろうが!
「黙れ、バケモノめ!この長安で悪事を働こうなどと、そうはさせんぞ!……凱、少しだけこの場を頼む!直ぐに彼が助けに来るからな!」
「あ、おい!教経!」
急いで診療所の一室に飛び込み、仮面と衣装を取り出した。
こんな事もあろうかと、ブラックジャック先生と凱の診療所に予備を用意しておいて良かった。備えあれば憂い無しだな!
見ていろよ化け物共め!
完全体となったこの俺が、格の違いを思い知らせてやろうではないか!
「だぁりん、何じゃあの失礼なオノコは」
「あれは平家の主、平教経だ」
「……あらぁん。あれがこの外史の天の御使いね」
「?何だ?」
「いいのよぉん華佗ちゃん。こっちの話よぉん」
「ならいいが」
「そんなことより華佗ちゃん、今日も相変わらずのいい男ねぇん」
「貂蝉、抜け駆けは無しだと言っただろう」
「ちょ、二人とも何をやっているんだ!」
バケモノ共は凱をアッーしようとにじり寄っている。
……このまま新世界の扉を切り開き、ニュータイプならぬνハーフになるのを見ても構わんが、流石にそれだと診療を受けたくなくなるから助けようじゃないか!
「待てぇい!」
「ぬおっ!?なんじゃ?」
「プロテインとワセリンに塗れたアニキ共よ!我が肉体を見るが良い!
一切の妥協もドリンクを飲むことも無く作り上げた肉体美。
人、それをボ帝<ボテイ>と呼ぶ……!」
「な、何者なのぉん?貴方は!?」
「貴様らに見せるポーズィングは、ない!」
ふっ……決まった……
「とう!」
「ぬぅ……やりおるわ!分かっておるではないか!」
「美味しいところを全部持って行っちゃうなんて、欲張りバリバリ伝説ちゃんねぇん。貴方、平……」
「違うぞ!俺の名は蝶野攻爵!超人・パピヨンだ!」
「パピヨン?」
「チッチッ。『パピ☆ヨン☆』。もっと愛を込めて!」
「……その名前といい服装といい、なかなかイカしているじゃないの」
「……へぇ。この美しさが分かるとは、中々やるじゃないか」
「それはそうよん。漢女は美しいものに目がないものなのよぉん」
「そうじゃ。わたし達、漢女道を極めんと欲する者は常に美しくなければならぬのだからな」
どうやら、俺の早とちりだったようだな。
このスタイルを理解出来る者に悪事を行うものは居ない……!
構わん、凱をヤってしまうがいい。
「……どうやら俺が誤解していたようだな。我ら、求める道は異なれども求める姿は同じ!」
「おぉ!」
「そうねぇん!」
「……ちなみにこの服と仮面はクロノクルの店で買えるぞ」
「……貂蝉!」
「……えぇ、分かって居るわよん!」
「え?」
「だぁりん、直ぐに戻る!」
「行って来るわぁん、華佗ちゃん」
「は?」
呆然としている凱を置いて、二人の漢女は出て行った。
「蝶野攻爵と言ったな」
「オレを蝶野攻爵と呼ぶんじゃない!
その名で呼んでいいのは武藤カズキだけだ!」
「す、済まない。……パピヨン、教経を見なかったか?」
発音が良いじゃないか、凱。
「……彼なら少し用事があると行って出ていった。なに、直ぐに戻ってくるだろう」
「そうか」
許せ凱。俺は素性を明かす訳にはいかないのだ
「一先ずさらばだ!」
「あ、待て!何故診療所の中へ!?」
凱が何やら言っているがそんなことはどうでもいい。
先程の部屋に飛び込んで急いで着替える。そして窓から外へ出て、何事もなかったかのように再び診療所の門をくぐる。
「凱、どうしたんだ?」
「あぁ、教経か。何処へ行っていたんだ」
「何、少し買い物にな」
「華佗ちゃん、今帰ったわよ」
「だぁりん、わたし達が居ない間、寂しくて溜まらなかったのではないか?」
「いや、特には」
「相変わらず連れないだぁりん……じゃが、それが良い!」
「AA略だな」
「それは基本だ」
「で、買ってきたのか?」
「おおよ!貂蝉も買っておるぞ」
「当然よね。漢女の必須アイテムになりそうだもの」
「……凱、二人にお茶を出してやってくれないか」
「?まあ良いが」
そう言って凱に席を外させた。
これでここはホムンクルスを越えた第三の存在達のしゃべり場になった。
「それを身につけた時のお前さん達に相応しい名前をやろうじゃないか」
「ほぅ。それはどういうことかな」
「認めたって事かな。俺は平教経。あの時の名は、本名を蝶野攻爵。蝶人・パピヨンを名乗っている」
「ほほぅ。私は卑弥呼だ」
「あらん。私は貂蝉、しがない踊り子よん」
「卑弥呼、お前さんのあの時の名は、本名を蝶野爆爵。アドンを名乗ると良いだろう」
「おぉ。よく分からんがそれが一番しっくり来る気がしてきたぞ」
「貂蝉、お前さんのあの時の名は、本名を蝶野刺爵。サムソンを名乗るが良い」
「黙れ下衆!」
「……貴様ッ、見ているな!?」
「アポカリプス ナウ」
風と同じで電波を受信出来るようだな、貂蝉は。
「まぁいい。兎に角、長安の治安を乱す悪党共を俺たち三人+1で懲らしめてやろう」
「望むところだ!」
「良いわねぇん……+1って何なの?」
「星……趙雲という平家の将なんだが、蝶の仮面を付け、華蝶仮面を名乗っている」
「成る程、その者も求める姿は同じということだな」
「そうだ。これで俺たちは種族の違いを超えた同士となったわけだ」
「……失礼なことを言われている気がするが、まぁ同士であることには違いない」
「各自で登場時の台詞はアドリブかましてくれ。決め台詞も、好きなものにしよう」
「教経ちゃん、貴方は決め台詞を持っているの?」
「あぁ、サイコーにエレガントな奴をな」
「わたしも思いついたぞ、貂蝉よ」
「あら、わたしもよん」
「……んじゃ、全員で一度やってみるか?」
「……よかろう」
「……準備は良いわん」
では、行くぞ!
「蝶・サイコー!」
「見よ!東方は、紅く燃えているぅ〜!!」
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁ!」
素晴らしい一体感だな!
「「「俺たちに(アレ以外に)着れる服無し!」」」
「……決まったな」
「……うむ」
「……最高ね」
次に悪党共が出てくるのが愉しみだ。
厄災を届けてやるぜぇ?
〜思春 Side〜
軍議の翌日、中庭で教経様と蓮華様が話をしている。
実際にこの目にするまで、気に入らぬ奴だと思っていた。孫家の、そして蓮華様の悲願である旧領回復を成し遂げた私達にそれを放棄させるような真似をさせた男。我が身の為に良かるべしとて孫家に旧領を放棄させたのではないか。そう思っていた。
だが実物を目の前にして、そのような思いは霧消した。
教経様は間違いなく尤物、いや、傑物だろう。その器量は私が今まで見てきたどんな人間よりも大きく見えた。
「教経、貴方は平家の頭領として周囲の者からの期待が負担になったことはないの?」
「期待、ねぇ……俺ぁ爺共に駄目だ不足だと言われて育ったからなぁ。アレが期待の裏返しだって気が付いた時には、もう既に平家の頭領として振る舞うことが当たり前になっていたからねぇ。負担だとは感じたことはないな。ただ俺には家長としての責任があるのだ、ということを常に意識していただけでねぇ」
「……貴方が駄目なら私はどうなるのよ」
「別にどうにも成らないんじゃないかね?」
「どうにかなりそうよ。母様も姉様も、孫家の主として立派な人だと思う。私は、その後を継げ、と姉様に言われているのよ」
「それは知っているがね」
「私が母様や姉様のように成れるはずがないじゃない。そう思わない?教経は」
「そう思うぜ?」
……少しは気を遣って貰いたい。
蓮華様は、御自身に劣等感を抱かれている。比較する対象が孫堅様や雪蓮様であるから、致し方のない点もあるとは思うが。
「……やはり、そう思うのね」
「……なンで深刻な面をしているのか分からんがね、蓮華。お前さんはお前さんにしかなれんよ。それは当たり前のことで別に不思議なことでも何でも無いだろう」
「比べられる身にもなって欲しいわ」
「成る程、劣等感を抱いているのか、蓮華」
「……当たり前でしょう?母様も姉様も、孫家の主として立派な人間よ。その跡を継ぐ私は、当然母様や姉様のような人間でなければならないじゃない」
「その前提が間違っているンじゃないかね?」
「間違い?」
「そ。思春に聞いてみれば分かるんじゃないかね」
教経様はそう言いながら私の方へ向き直る。
「……教経様、私に、何か」
「思春。お前さん、蓮華が孫家の次期当主として相応しいから蓮華に仕えているのかね?」
「それは勿論そうです」
「……あ〜、訊き方が悪かった。お前さんは、蓮華が孫家の当主としての器があるから仕えているのか、それとも蓮華自身の器に惹かれて仕えているのか、どちらだね?」
……成る程、そういうことか。
「勿論、蓮華様自身の器量を見込んで、です」
「じゃぁ思春。蓮華は雪蓮のようにあらねばならぬと思うかね?」
「いいえ。蓮華様は蓮華様として生きて行かれるのが良いと思います」
「ほら、な」
「……思春は私に気を遣ってくれているだけよ」
「頑なだねぇ。もっと肩の力を抜いた方が可愛いぜ?蓮華」
「な、何を言っているの貴方は……」
こういうことに慣れていらっしゃらないからか、蓮華様は恥ずかしそうになさっている。
「……なぁ蓮華。蓮華は思春のことを信じて居ないのかね?」
「そんなことがあるはずないでしょう?私は思春を信頼しているわ」
「蓮華様……」
「では、その信頼する思春が言うことを言葉通りに信じてやらないのは何故かね?」
「そ、それは……」
「思春は、お前さん自身の器量を見込んでいる、と言っているじゃないか。お前さんが孫家の人間であろうと無かろうと、出遭えばきっと思春はお前さんに仕えてくれたことだろう。謙遜するのは良い。だが、自分の器量を不当に低く見積もるってのは、お前さんを信じる思春を裏切ることになるンじゃないかね?」
「う……」
「それになぁ蓮華。この国に一体どれ程の人間が居ると思っているンだ?お前さん、知っているかね?」
「……いや、知らない」
「実は俺も詳しくは知らない」
「……なにそれ……ふふっ」
「お、気持ちに余裕が出てきたみたいだな。……でもなぁ蓮華、沢山の人が居るって事は分かるだろ?」
「それは分かるわ」
「それだけ沢山の、数え切れないほどの人間が居るのに、全く同じ人間は一人として居ないんだぜ?蓮華。雪蓮は雪蓮だし、蓮華は蓮華、思春は思春だ。孫家の人間が全員雪蓮みたいだったらエラい事になるだろうが。『もっとお互いのことを知る為に、殺し合いましょう?』とか言って殺し合いかねんぞ?」
「……否定出来ないのがもどかしいわね」
「ははっ。まぁ兎に角だ。蓮華が孫家の主になるとしても、孫堅や雪蓮のようになる必要はないだろうよ。お前さんはお前さん自身としてお前さんの人生を楽しめばいいんだからねぇ。
誰かとどんなに似ているところがあったとしても、蓮華は蓮華なんだよ。蓮華が蓮華として生きていく事が、どれ程尊いことか。蓮華、お前さんは孫堅でも雪蓮でもない。蓮華は、蓮華で良いンだよ。いや、蓮華でなくては駄目なンだ。それが『生きる』ということだと思うよ、蓮華」
「『生きる』……」
「そうさ。雪蓮のようになろうとして雪蓮になりきったとしても、それは本来蓮華が歩むべき人生じゃない。蓮華は、蓮華らしくあればいいンだ。そこに優劣はない。等しく尊いものなんだよ、蓮華。だから、そのままで良いのさ」
「……有り難う、教経。少し楽になった気がするわ」
「まぁ、役に立てたのなら何よりだ。雪蓮のようになった蓮華を想像するのは避けたいからねぇ」
そう言って、二人は笑いあっていた。
蓮華様の屈託のない笑貌を見ながら、教経様に従ったことは間違いではなかったのだと、そう思った。