〜霞 Side〜
勝ち抜き戦から暫く後。
経ちゃんの完全休養日を迎えた。今日は、二人で過ごすと決まっている日だ。
寝台から身を起こして服を着込む。
……ウチ、経ちゃん起こしに行った方がええんやろか?
そう思っとると、部屋の扉を叩く音がする。
「霞、起きてるか?」
「ああ、経ちゃんか。おはようさん」
扉を開けてそう挨拶をする。
「どうしたんや?こんな早くに起きとるなんて、珍しいな、自分」
「……あのな、今日一日、デートするんだろ?」
「でぇと?」
「あ〜、つまり、恋人宜しく一緒に居るんだろ?」
……自分で言うとってなんやけど、結構恥ずかしいな。
「……う、うん」
「……照れてンのか?霞」
「うるさいわ。悪いんか?」
「いや、悪くないぜ?可愛いよ、霞」
「あ、阿呆!何を言うとるんや!」
「恋人なら、普通だろ?」
何や調子狂うわ。
星や愛紗はようこんなん耐えられるな。
「んじゃ、先ず朝飯でも食うか」
「そやな。食堂行くんか?」
「いンや。取り敢えず、簡単なものを俺が作ってみようかと思って早起きしたんだよねぇ」
「何でや?」
「……恋人だから?」
「……恋人やったら飯作るんかい」
「作るんじゃないかね?多分」
「星や愛紗にも作ってやったんか?」
「俺は今霞と居るんだぜ?他の女のことを話すのは野暮ってモンだろうが」
「それでも気になるやんか」
「ったく……作ったことはないよ」
「ほな、何でウチに作ってくれるん?」
「作ってやりたいと思ったから、じゃ駄目かね?」
直截的な表現にも程がある。
……そらまぁ、嬉しいけど……
「ほ、ほな作って貰おか」
「よっしゃ。実は材料とか全部集めてあるんだよねぇ」
「……ウチが作らんでええ、て言うたらどうするつもりやったんや」
「?無理矢理に食べさせる?」
「はぁ……聞いたウチが阿呆やったよ」
「だねぇ」
「そこは同意する所とちゃうやろ?」
「どこが?」
「……もうええよ」
「まぁそう言うなよ霞。飯、作ってくるからさ。髪梳かしとけよ?綺麗な髪してるんだから」
「うるさいわ!さっさと行きぃ!」
「ホイホイっと」
全く。
……何作ってくるつもりやろか。結構楽しみやな。
「で、これなんだが」
「ただの米か、これ」
「だな」
「……なにを作るって?」
「簡単な料理」
「米やん。炊いただけやん」
「これからだよ、これから」
「はぁ?ここでか?」
「そうそう。これを掛ける……!」
そう言って取り出した右手の掌に……卵?
「何するつもりや、卵で」
「こうするんだねぇ」
そう言って卵を割り、米の上に掛けた。
「なんやこれ、気持ち悪い」
「まぁ外人はみんなそう言うんだけど、結局最期には丼物文化にどっぷり浸かって故郷に帰り、『あぁ、日本に帰って牛丼とかカツ丼とかカレーが喰いたい』とか言うって相場は決まってるんだよねぇ。宗教捨てる奴まで居るんだから」
「外人?日本?」
「まぁまぁ。黄身を割ってしっかり混ぜて、昆布と鰹の削り節の中にぶち込んで煮詰めた塩を掛けて、ごま油を掛けて……」
なんや、結構ええ臭いがするな。
「完成!教経特性卵かけご飯だ!」
「見た目かなりえぐいな、これ」
「ま、騙されたと思って食べてみやがれ」
ちょっと怖いけど、まぁ経ちゃんが作ってくれたんやし、断るのも悪いしなぁ……
……覚悟、完了!
「ほな、頂きます……」
「……どんだけ俺は信用ないんだよ……」
一口、口に入れる。
「……なんやこれ!?美味い!」
「どれどれ、俺も一口貰おうか」
経ちゃん、それ、今ウチが使うた箸……
「おぉ!美味い!う〜ま〜い〜ぞ〜!!!!!」
「……朝からエラい興奮やな。血管切れて死ぬで?」
躊躇いなくウチが使うた箸使いなや。
気にしたウチが阿呆みたいやんか。
「あ、味噌汁忘れてた」
「味噌汁?」
「いやぁ〜味噌捜すのに苦労したんだって。ほれ、飲んでみ」
またエラい色しとるな、このお湯は。
なんや変な臭いもするけど。
「さぁ、グッといこか、霞」
「えぇい、乗りかかった船や、最期まで付きおうたる!」
「いよっ!大統領!中華一!」
「……どういう意味や?」
「……アンタが大将!的な?」
ホンマ、こういう時の経ちゃんはよう分からんわ。
味噌汁?を啜ってみる。
「……塩気が利いてて美味しいな、これ」
「だろうねぇ。それ作るのに何度も味見したからなぁ」
結構一生懸命作ってくれたんやな。
「そかそか。有り難うな、経ちゃん」
「いえいえ。どう致しまして、霞」
「……こういうのもええな。戦乱の世の中やって忘れそうになるわ」
「皆がこういう平凡な日常を死ぬまで送ることが出来る世の中を創り出す為に、俺たちは戦っているンだ。次代に課題ではなく平和な世の中を残してやる為にねぇ」
「そうやな」
「そうさ。そうでないと死んでいった奴らが浮かばれないだろ?……ま、飯喰おうぜ霞」
普段滅茶苦茶ふざけとる癖にこういうところは締めるよなぁ、経ちゃんは。
次代に平和な世の中を残してやる為に、か。
分かっとったことやけど、ホンマに心底そう思っとるんやなぁ。
経ちゃんが作ってくれた朝飯を食べながら、そう思っとった。
「で、飯を食べ終わった訳だが」
「何やの?」
「何で中庭でいきなり酒呑んでるんだ?霞」
「ええやんか。今日はええ天気やし、外で酒呑んだら気持ちええやろな〜と思てな」
「……まぁいいか。霞がそうしたいならそうするさ」
そう言って、ウチの横に胡座をかいて座った。
目をしばたかせとる。そう思って見とると、欠伸をした。
「ふぁ〜あ……」
「寝とってええで?」
「そういう訳にもいかねぇだろうが」
「そうか?ウチは気にせぇへんよ?経ちゃん、実は結構早起きしとるやろ?」
「……まぁ、それなりに、な」
「せやからちょっと寝たらええよ。一日は長いんやしな」
「……一刻ほどしたら起こしてくれ」
「……何処で寝ようとしとるんや」
「……霞の膝枕で、だけど何か?」
「はぁ……ま、今日はそういう設定やったな」
「そうそう。諦めて膝貸してくれ」
「……ほれ、ここで寝たらええよ」
「んじゃ失礼しま〜す」
素っ頓狂な声を上げて、経ちゃんがウチの膝枕で寝始める。
……なんかホンマに恋人同士みたいやな。
暫くすると、寝息が聞こえてきた。
安心しきった顔をして、気持ち良さそうに寝とる。
「ホンマ、こうやっとると何処にでもおるような男なんやけどな」
黄巾賊討伐で主力として活躍し、反董卓連合を退け、雪蓮達を従わせ、益・荊州の北部を一気に領有して。とてもやないけど、ただの男には出来へんと思う。
『俺は越えられない苦しみのない、平凡な世界を作りたい』
この荒れた時代で夢みたいな事考えて、それを実現しようっちゅう変わった人間。けど星や稟、風が言うには色々とあったらしい。自分に付いてきてくれる人間が死んでいくことに思い悩んどったこともあった。そう言うとった。それを乗り越えて今の経ちゃんになった。
『平家の頭領として、郎党共が誇りに思える人間でありたい』
その為に月を助けた。例えこれで自分が死ぬことになったとしても、悔いはない。誇りを持って死んでいける。だから、俺を頼れ。そう賈駆っちに言ったらしい。その言葉を聞いて、賈駆っちは完全に経ちゃんにイカれてしもた。まぁ、あの状況でそんなこと言われたら惚れへん方がどうかしとると思うわ。
『犠牲のない世界など存在しない。現実を直視しない奴に時代を担う資格はない』
雪蓮と話し合いを持った際に経ちゃんはそう言うとったらしい。稟も、雪蓮自身もそう言うとった。
現実を直視しろって言っている癖に、飽くまで理想を貫こうっていうんだから。変わってるわよ、教経は。でもその矛盾は好ましいかな。そう雪蓮が言うとった。ウチも、そう思う。ちょっと危なっかしい所があって、支えてやらなアカンと思わせるところが経ちゃんにはある。
抱いている夢は儚く美しい。
乱世を生き抜くのに必要な覚悟も持っとる。
武人としての力量も高い。
主君としての器の大きさも申し分ない。
でもそれよりなにより、経ちゃん自身に魅力がある。
いつも阿呆なことを言っている癖に、真面目な時はホンマに真面目や。
『めんどくさい』ばっかり言うとるけど、やらなアカン事だけは絶対にやる。
俺の夢の為に死ね、と平然と言う癖に、実際に死んだ人間を見て辛そうな顔をする。
現実を直視しろ、と言う癖に、理想を抱いて溺死しそうな所がある。
矛盾しとるけど、人間らしい。ブレとるようで、ブレとらんと思う。自分がその時どう感じ、何をしたいんか。それをそのまま、ありのままに表現しとるだけや。『思うままに望むがままに生きる』。それが経ちゃんらしい。ウチらには絶対にああいう生き方は出来ひん。経ちゃんは天に愛されとる。ちょっと不公平やと思う。
真名が無かった朔の為に、真名を考えてやったのは経ちゃんやった。
後で月からそう聞かされた。真名交換をする機会があると予想して、前々から考えとったに違いない。そうでないとあんなに朔に相応しい真名を考えつく訳がないやないか。そう言うたら、そんなことはない、俺は知らんと繰り返すだけ繰り返して逃げて行きよったけど。
ウチが勝てへんと思うとる時にやれるんやと励ましてくれたのは経ちゃんやった。
ウチのことを信じとる、と。そう言いよった。諦めそうになったけど、経ちゃんの声を聞いて負けられへんのやと思うた。勝ってホンマに嬉しかった。勝てたことでなく、経ちゃんの信頼に応えられたことが嬉しかった。
……あぁ、なんや。ウチは、経ちゃんのことが好きなんやないか。戦友としてやなく、一人の人間として経ちゃんのことを好ましく思うとるんやないか。優勝して嬉しゅうて経ちゃんに抱きついた。人の目がある事に気が付いて恥ずかしゅうなって急いで離れたけど、ウチが何とも思うとらんのやったら恥ずかしいとは思わんかったはずや。ただの友達やったら、別に普通のことやと思うから。
丸々一日は必要無かったかもなぁ。
でもまぁ、折角経ちゃんを独占出来とるんやし。今日はこのまま一緒に居させて貰おか。
……それにしてもよう寝とるな経ちゃん……ちょっとやそっとじゃ起きそうにない……起きひんよな?……
〜教経 Side〜
「霞、そろそろ移動するぞ」
「何処へ行くねんな経ちゃん」
「付いてくりゃわかるから付いてこい」
「へいへい」
朝飯を食った後、霞の膝枕で寝た。寝心地は最高だった。
目を醒ました時若干霞が慌てていたが、ありゃ何だったんだろうな?鏡を見たが、見る限りおでこに『肉』とか『中』とか『米』とか書かれてなかったからまぁ良いンだがねぇ。
起きた後、町に繰り出してクロノクルの店で服見たり、何故か存在する現代風のネックレスを恐喝されたりした。クロノクルの店では酷い目に遭った。俺が見立てた服を着てみる、と言うから、ついつい冒険の書を新しく作っちまった。『再びTIMEの表紙を飾る為に!星の屑成就の為に!更衣室よ!私は帰ってきたぁ〜!』とか叫んだのが拙かったのだろう。フルボッコにされて、次に気が付いたらアクセサリを見てた。お詫び代わりに買うてくれるんやんな?とか言われてネックレスを恐喝されたんだねぇ。
まぁ、そうやって日が沈むまで時間を潰し、一日の締めをしようと城壁の上へ移動している。
「よっしゃ、到着だ」
「……」
城壁の上から眺める長安の街は、赤々と燃え上がっているようだった。
この為に各家に蝋燭を配って、日が落ちたら家の外で灯してくれ、と頼んでたンだからねぇ。出火したら洒落にならないから、手当を出してぼや騒ぎが起きないように人を配しているけども。
「どうだ、霞。中々乙なモンだろう」
「……すごいな、これ。どうしたんや?」
「霞の為に用意したんだぜ?」
「ウチの為?」
「そ。天じゃ恋人達は二人で夜景を楽しむんだよ。今日一日だけだが恋人って設定だし、こういうのも悪くないと思ってな」
「……そか」
喜んでくれるか、と思っていたンだが。
反応が悪いね。失敗したか。
「……気に入らなかったか」
「ち、ちゃうちゃう。そんなことあらへんよ。その、嬉しいで?」
「まぁ、そう思ってくれたンなら色々準備した甲斐があったってモンさ」
「……なぁ、経ちゃん。天の恋人達は夜景を見ながら何を話すん?」
「そうだねぇ。歯の浮くような、愛を囁く奴ばかりだと思うが生憎俺には経験が無くてね」
「例えばどんな感じなん?」
……流石に純愛物語読むだけあって興味があるみたいだねぇ。
「……夜景も綺麗だけど、霞も綺麗だよ」
「……ホンマに?ホンマにそう思う?」
顔が赤く染めて、そう聞き返してくる。
……冗談とかノリで言ってる訳じゃ無い、のか?ひょっとして。
霞が綺麗かどうか、か。
まぁ、綺麗だろうさ。特に頬を染めた霞は夜景なんぞよりも余程に、ねぇ。
「……あぁ。綺麗だよ、霞」
「……そ、そか……」
恥ずかしそうにしている霞は、普段とは違ってこう、女の子って感じだ。
「なぁ経ちゃん、今日、有り難うな」
「別に礼を言われるようなことでもないだろう。俺も愉しかったさ」
「……ウチからも経ちゃんにあげたいものがあるんや」
「へぇ。そいつは愉しみだねぇ」
「……ホンマ?」
「あぁ、愉しみだ」
「……ほな、目ぇ瞑ってくれるか?」
「あぁ、良いよ……ほれ」
何をくれるつもりなんだ?
そう思っていると、霞が近づいてくる。気配で分かる。
そのまま俺に近づいて、目の前で止まり。
「んっ……」
口づけされた。
目を開けると、霞の顔が目の前にあった。
「……霞」
「……吃驚した?」
「吃驚するだろ、普通」
「……今日一日、恋人やんな?」
「まぁ、そういうことになってるな」
「ほな恋人らしゅう、して欲しい。……経ちゃんから、ウチに口づけして欲しい」
「……霞」
「……アカン?」
そう言って目を潤ませて上目遣いに俺を見つめてくる霞。
町の灯に照らされた顔が綺麗だった。
霞を抱きしめながら、口づけをした。
「……ちゅ……ちゅ……」
「……ん……んふ……つ、経ちゃん」
「……何だ?霞」
「経ちゃんからしてくれたのは、経ちゃんもウチのこと想ってくれとる。そう思ってもええ?」
霞も、乙女なんだねぇ。
本当に可愛いモンだ。
「……あぁ、いいよ」
「……今日一日だけの恋人じゃなくてこれから先もそういうことでええ?」
「そのつもりだよ、霞。俺は欲張りなんだよ。だから、霞も俺のものにする」
「……ん……ええよ、経ちゃん……」
もう一度、口づけを交わした。
「……なぁ、経ちゃん」
「……ん?」
「……その、な。ウチの部屋に来ぉへん?」
「……ん、お邪魔するよ」
「……うん」
霞の肩を抱いて城壁を後にし、霞の部屋でその後一緒に過ごした。
『ウチ、嵌ってまいそうや』。
事が終わった後、霞はそう言っていた。
何に嵌りそうなんだね?と聞いたら、俺の耳元でそっと囁いた。
『経ちゃんにや』、と。