〜白蓮 Side〜

本陣前で激戦が繰り広げられている。いよいよ、最期の時が来たんだ。
関靖と田楷と共に出撃する為に、本陣へ行くと、関靖が居た。関靖だけが。

「関靖!田楷はどうした!」
「殿、田楷は先に敵を叩きに出ております」
「田楷だけ行かせたのか」
「殿を待っておりましたが、待ちきれなんだ様でしてな。田楷から、杯を預かっております。田楷が注いだ返杯です。飲み干してやって下され」

田楷め。勝手に死にに行くなんて。
そう思いながら、一気に飲み干した。

「……馬鹿め、田楷。直ぐに私もそっちに行くからな」
「……」
「……どうした、関靖」
「私は殿から末期の酒を頂く為に待っておったのですが」
「そうだったな。済まない」

気が動転していたようだな。
関靖の杯に酒を満たしてやる。

「……ほら、末期の酒だ」
「有り難く、頂戴致します」

そう言って関靖が一気に酒を飲み干した。
返杯の為酒を注いでいる関靖が話しかけてくる。

「殿、生まれ変わったら、また易京の桃の木の下で三人で飲みたいものですな」
「……あぁ、そうだな」
「目を閉じれば、易京の桃の花が今でも目に浮かびましょう」

言われて、思わず目を閉じて想像してしまう。
きっと、美味い酒だろう。

「さて殿、返杯で御座います」
「あぁ……」

そう言って、また一気に飲み干した。

「さて、逝くとしようか、関靖」
「ええ、生きましょう、殿」

関靖、お前何を……

「殿、この関靖も田楷も、殿のことを孫娘と思うて生きて参りました。……殿、この先何があろうとも、目覚めた時どうなっていようとも、今からいう事を決して忘れないで下され。
絶対に生きることを諦めないで頂きたい。何としても、公孫賛として生き抜くことを諦めないで頂きたい。その為に、我ら両名を始め多くの者達は死に申す。殿、『生きること』。只それだけを、お忘れ召さるな」
「か、関靖……何か、盛ったな……」

眠気が酷い。耐えられない。
目を見開いているが、関靖の姿が歪んで見える。

「殿、田楷も盛っておりますよ。我らのこと、出来れば、お忘れ召され。殿が我らにまみえるのが、遠い未来のことであることを祈っております。殿、天から殿のことをずっと見ておりますからな」

馬鹿、忘れられる……訳が無いじゃないか……私も連れて行……け、関靖……田……楷……










〜雛里 Side〜

公孫賛軍の関靖さんから、書状が来た。

『何とか殿を助けて頂きたい』
それだけを書いた書状。そこに籠められた想いを感じられた。

朱里ちゃんを止めるには、内部からでは無理だ。止めようとすれば、私でも殺されてしまうかも知れない。今の朱里ちゃんは、そういう人になっている。
……だから、袁家を抜ける。抜けて外から朱里ちゃんを一度打ちのめす必要がある。歪んだ理想を掲げていることに、気付いて貰う為に。
ただ、問題はいつ、誰の所に逃げるのか、だった。曹操さんか、平教経さん。二人とも覇道を歩んでいる様に見えるが、そのどちらかしか選択しようがない。より好ましいのは、平教経さんだろう。甘いところがある。その甘さは、考えの甘さではなく人としての優しさから来る甘さだと思う。多分でしかないのがもどかしいけど。

そういう時に、書状が来た。
……公孫賛さんは、諸侯の中で唯一劉虞の皇帝即位に反対した人だ。天下の心ある人達は公孫賛さんを義侠の人だと言っていることを私は知っている。彼女と共に逃げて、勢力を作り上げる事が出来ないか。公孫賛さんは、今回のことで国を失う代わりに大きなものを得た。『義侠の人』という名声は、間違いなく大きな力になる。得ようと思っても得られないほどの名声を、負けることを承知で臨んだこの戦で得たのだ。
一時期公孫賛さんにお世話になっていた時に、彼女の為人は知っている。あの人が、覚悟を以て事に臨んだ。私が知っている公孫賛さんでは、あり得ないことだと思う。彼女は、覚悟を持つに至ったのではないか。この乱世でどう生きていくのかについての覚悟を。もし、そうであれば。

逃げるには策が必要だが、それは思いついて居る。揚州に不穏な気配がある。そういう噂を流せば。そしてそれに備える為に、先ず私だけでも向かうことにすれば朱里ちゃんは賛成するだろう。私以上に信頼出来る人間が居ないはずだから。
そこから、国境を越えて一気に荊州南部と益州を攻略する。揚州は、人が少ない。平教経さんに臣従した孫家に付き従って移動し始めているという事を聞いている。だから、荊州南部と益州。戦火が及んでいないこの地域には多くの人達が避難している。そこを領有することが出来れば、大きな力を得ることが出来るだろう。

公孫賛さんを戴く事は出来ないだろうか。今の彼女なら、戴くに値する人ではないだろうか。
だがそれでも問題が在る。隠し果せるのか、という所と、私達が荊州攻略に乗り出している最中に後背を突かれはしないかというところだ。
これを解決しないことには、この策は万全とは言い難い。何か、無いのだろうか。それともやはり、平教経さんの所に逃げ込むのが良いのだろうか。

「此処におられたか。嬢、お久しぶりで御座いますな」
「あ……お久しぶりでしゅ……あわわ……」
「敵同士ではありますが、此処では関係有りますまい。殿を救おうという嬢に仇為そうとは思っておりませぬ故ご安心召され」

そんなことは思っていません。関靖さんがどういう人かは、分かっているつもりですから。

「……あ、あの……」
「殿をこれへ」
「はっ」

関靖さんが慌ただしく声を掛けると、公孫賛さんが担がれて来た。
……寝ているようだ。

「関靖さん、これは……」
「嬢、殿の身柄を、嬢に預け申す。公孫家からは、誰も付き添いませぬ。嬢に、全てを托します」
「……関靖さん、関靖さんはどうするのですか?」
「儂には、やることがありますでな。それに今更殿にこの老体は必要有りますまい。嬢、嬢が何を考えておるのか、儂は余り頭がよい方ではないから分かりませぬが、殿が命を長らえる事が出来るなら、どのようなことをして頂いても結構で御座る。ただ、殿の矜持を傷つけるような真似だけはしないで頂きたい。この通り、お願い申し上げる」

頭を上げた関靖さんの目を見る。
……この人は、死ぬつもりだ。

「関靖さん、関靖さんも一緒に行きましょう」
「駄目ですな。それでは時間が稼げない」
「時間を稼ぐ?」
「左様。嬢、嬢は逃げるのでありましょう?それであれば、易京に影武者を立てて立て籠もり見事公孫賛を殺して見せ申す。これであれば、時間が稼げましょうが」

確かに、時間が稼げる。影武者も用意するなら、公孫賛さんを隠し通すことも容易だ。
これなら、上手く行く。絶対に上手く行くだろう。この人達は、間違いなく最期まで抵抗するに違いないのだから。

「……分かりました。お預かり致します。必ず、公孫賛さんを生き長らえさせて見せます」
「……嬢が言うと、説得力がありますなぁ。委細お任せ致す。では、我らはこれで」
「……公孫賛さんと、お別れをしなくても良いのですか?」
「嬢、別れは済ませております。時間を掛ければ事が露見する危険も高まりましょう。それに少々強めの薬を飲んで頂いておりましてな、10日程度は目覚めますまい。儂や田楷で試した事がありますが、その程度は寝ており申した故。
……もし殿が目覚めて我らのことを口にし死地へ戻ろうとしたらば、この剣をお渡し下され。某と田楷からの形見分けじゃ、と。我らの想いを無駄にせんで下され、と」

そう言って、二振りの剣を渡された。
重い。剣自体は、軽い。でも、これに籠められた二人の想いは本当に重い。

「……死地へ戻ろうとしなくても渡します」
「いや、それは駄目で御座る。我らのことを忘れるようにお願い致しましたのでな。もし覚えておったらば、ということにして貰いたい。覚えていて身も蓋もなく悲しんでくれたらば、で」

この人達は、どういうつもりなのだろうか。何故、こんな死に方を、別れ方をしなければならないのだろうか。桃香様の理想を掲げるなら、まず最初に手を差し伸べるべきなのに、何故こういう死に方を強要しているのだろうか。
哀しい。兎に角哀しい。

「嬢、嬢が泣くことはありますまい」
「……でも……でも……」
「……嬢がどういう人間かが分かった。これで、安心して逝けるというものです。有り難う御座る。
……さらばで御座る、殿」

そう言って、寝ている公孫賛さんの足下に平伏して、顔を背けるようにして急いで森から出ていった。きっと、泣き顔を見せるのを嫌ったのだ。

あの人達に誓って、私は彼女を生き長らえさせて見せる。
いや、そうしなければならない。それが私に出来ると信じればこそ、あの人は安心して死ねると言ったのだから。













〜田楷 Side〜

敵兵が多い。一人一人の力量も高い。
関靖が嬢から貰った情報通り、精兵を以て攻めてきたらしいの。

「やれ、貴様ら、まだ生きておるかの」
「……生きておりますぞ……」
「……まだまだ小僧共には負けはせぬよ……」

皆、元気なようで何よりじゃわ。
足下からその声が聞こえてきておる気がするがのぉ。

「見ろ!公孫賛が逃げるぞ!」

関靖よ、策が成ったのかの?
まぁ、そんなことはどうでも良い。儂はの、貴様が嫌いじゃが貴様ならやり果せると思っておる。信頼はせん。貴様がやると言ったのだから意地でもやって見せい。

「爺!投降すれば命は助けてやるぞ!」
「小童共よ、吼える前に剣を振らんから死ぬことになるのだ」

そう言って、小童共を斬り捨てる。
斬り捨てられたものの同僚が、怒りを露わにして槍を突いてくる。
躱すことが出来るほど、体力が残っておらぬでな。受けさせて貰うかの。

腹を突き刺されたが、その槍をたぐって小童を引き寄せ、首を掻き斬ってやる。

「じ……爺……」
「なんじゃい。儂は貴様など知らん。貴様の爺はとうに死んでおるのではないかの」

槍を避けようともせず喰らった上で小童を殺した儂を、どうやら恐れて近づいてこぬようだ。
最近の小僧共は戦人の心意気というものさえないらしい。この儂がまだ剣を振るえる内に、この儂を討ち取って立派な死に花を咲かせてやろうという戦人はおらぬらしい。
つまらん世の中になったものだわい。

今までの人生が、頭の中を駆け巡る。

──ほほぉ、これが走馬燈というものかの。中々乙なものじゃわい。

字も真名もなく、人から蔑まれ続けた。
関靖も、同じような人生を歩んでおった。
じゃが儂らは互いの傷をなめ合うには少々頑なに過ぎた。
事ある毎に反発し合い、周囲ともめ事を起こし、鼻つまみ者になっていった。
そんな儂らを見て、先代が殿の世話をするように、と仰ったのだ。これは命令だ、拒否は許さん。そう言っての。今にして思えば、何を考えておったのじゃと思うのぉ。あの時の儂らに殿を預けようとは思わぬよ。この儂自身がそう思うわい。

本当に生まれたばかりじゃったからの。おしめも替えたし、随分泣かれて子守歌を教えて貰いに街へ出て教えて貰ったりしておったよ。儂が武芸の稽古。関靖が学問。それぞれ、殿が都に出るまで教えておった。
殿は、儂らにとって孫娘のようなもんじゃ。
酔っぱらった関靖が、一度そう言うておった。儂も全く同感じゃったわい。

殿は、生まれてこの方周囲を恨み認めさせる為に戦の事しか考えておらなんだ儂をずいぶんとまぁ人間らしくしてくれたものじゃ。じゃがな……やっぱり死ぬ時ぁ一人、前のめりってのがいい。関靖の阿呆と出遭ったあの頃のようにのぉ。

「誰ぞ。儂の前に立つ勇気があるものはおらぬか!」

そう言っても、近寄ってこない。
仕方があるまいの。

「来ぬなら、儂から征くまでよ!この儂を殺したとて、この儂の心まで殺すことは叶わぬわ!小童共、戦人の死に様をしかとその目に焼き付けるが良い!」

小童共の中に飛び込んで目の前の敵を斬り、そして己が膾に切り刻まれていくのを感じる。

殿。儂は、先に逝っております。出来れば、来ないで頂きたいものじゃ。
だが関靖。貴様は駄目じゃ。早う来い。早う来て、儂と酒でも飲もうぞ。殿を天から見ながらの。
今度は……仲良うして……やっても……良い……が……の……














〜関靖 Side〜

「関靖様!」
「どうしたのじゃ」
「城内の地面に突然穴が開きました!」
「征け!征って奴らがここに来るまでの時間を稼げ!」
「分かりました!……関靖様、殿を頼みます」
「分かっておる。公孫家の主として相応しい最期を迎えさせてみせる」
「……さらば!」

漸く、この時が来たわい。
易京で、二ヶ月。二ヶ月頑張った。
田楷は、派手な死に方をしたらしい。嬢がその死に様について、態々知らせを入れてくれた。首にされたが、笑っておったらしい。
……阿呆め、阿呆め。乱戦の中、生きて落ち延びて殿を守り参らせることを、一度も考えなかったのだろうな。貴様は、阿呆だから。思いつかなかったのだろう、馬鹿めが。言うてやっておけば良かった。

嬢達は、既に荊州に入っている頃だろう。
手紙は合肥から来ていたのだ。
殿からの便りも有った。もう焼き捨ててしまったから読み返すことは出来ないがの。

馬鹿だの、阿呆だの、許さぬだの、色々と書いてあった。
赤子の頃のように、泣き廻っておったのだろう。文字が涙で歪んでおった。
じゃが、一番聞きたかったことが書いてあったから、一応及第点という所ですかな。

『私は、公孫賛としての生を全うしてみせる』
そう、書いてあった。学問を見なくなってから随分経つが、あの様に綺麗な文字を書くようになっておったのだな。よく間違えては叱られて泣いておったものを。

執務室へ走りながら、昔のことを思い出しておった。歳は取りたくないものじゃの。
執務室の前まで来ると、儂の隊の古兵共が屯しておった。

「関靖殿、殿は既に自害なさった」
「そうか……立派であったか?」
「……立派に、役目を果たされた……立派にな……本当に、立派であったよ……誇りに思われよ」
「……そうか……」
「顔は、既にそぎ落としてある。衣服と、髪留めと、剣は既に脇に置いてある。後は、火を掛けるだけじゃ」
「……そうか。では、儂が中に入って火を掛ける。お主らは……」
「……誰も殉死せぬでは疑われましょう。最初に言ってあった通り、皆殿の御前で、見事華と散ってみせるつもりで御座る」
「そうか。最早何も言うまいぞ」
「では、先に逝かれよ。我らも後を追い申す」
「うむ。……さらばじゃ」

そう言って、部屋に入って中から鍵を閉め、火を放つ。

孫娘が、死んでおった。
よう、死んでくれた。辛かったろう。苦しかったろう。
安心せい、儂も直ぐに逝く。じゃがあの世に行ったら、田楷めに酌をさせてやると約束してしまっておっての。申し訳ないが、一度だけ我慢してやってくれい。

火が強くなる。外から、油を掛けているようだ。
闘争の音も聞こえてくる。皆抵抗しているのだろう。その方が、真実味が増すだろう。そう言って、配下の古兵共は全員死ぬことを主張したのだ。あ奴らも、阿呆だ。儂も阿呆だがな。公孫家は、どうやら阿呆の巣窟だったらしいの、田楷。お前が一番の阿呆じゃと思うがの。

……じゃがの、田楷。
喜べ。
殿は、生きてゆく、と。そう言っておられわ。
我らの死は無駄ではないのだ。
我らは、守り果せたのだ。やり遂げてやったのだ。

……殿、儂も田楷も、幸せでありましたよ。

炎に巻かれながら、我知らず、笑っていた。















〜雛里 Side〜

荊州南部を移動し、益州まであと僅かの所まで来ている。
今頃、北平では関靖さん達が死んでいるだろう。

白蓮様が最初に目を醒ました時、関靖さんが言っていたように直ぐに戻ろうとした。一緒に死ぬんだと、そう言って。でも、関靖さんから托された剣を二振り渡した時、それを押し抱いてずっと泣いていた。その場から動かすことが出来ぬような、身も蓋もない様な哀しみ方だった。
聞けば、もし関靖さん達が死ぬことになったら、それぞれが持っていた、かつて白蓮様が欲しいと言って駄々を捏ねた宝剣を差し上げる約束をしていたのだそうだ。あんな昔のこと、覚えているなんて。そう言ってずっと泣いていた。

落ち着いてから、私の想いを話してみた。
私はどうしても朱里ちゃんを助けたい。その為に、白蓮様を戴いて、その名声を利用して勢力となり、朱里ちゃんを打ちのめすことでその過ちを正したい。

そう正直に言うと、白蓮様は自分も独力で関靖さん達の仇を取りたいと言った。どんなに苦しい思いをしても良い。今すぐには名前を出すことも出来ないだろう。でも、必ず、公孫賛として袁紹を討ち滅ぼして仇を取ってやりたい、と。

「ホウ統、私は、姓は公孫、名は賛、字を伯珪。真名を白蓮という」
「……白蓮様。私は、姓はホウ、名は統、字を士元。真名を雛里と言います」
「多分、私はお前に苦労ばかり掛けると思う。これと言った長所もないし、名声もお前が思っているほどにはない」
「……そんなことはありません。白蓮様、今世間の人が貴女のことをどう呼んでいるか、知っていますか?」
「……寝ていたから知らないよ」
「『義侠の人』。そう呼ばれていますよ。誰も知らぬものがおらぬ程に有名です」
「まさか」
「敗残兵の様ななりをした人間がこれだけ大ぴらに行軍しているのに、公孫家の旗を掲げると皆道を開けてくれます。物資を献じてくれる人も多くいます。追っ手が来たり調査をするために細作が居たりするのでしょうが、そういった人達を煙に巻いてくれています。それは、白蓮様に皆が期待しているからです。白蓮様の名声は、ご自身が思っているよりも遙かに大きなものとなっています」
「……それもこれも、関靖や田楷達のお陰か」
「……そうです。私は、関靖さんから白蓮様が生き長らえるように取りはからって欲しいと頼まれました。全身全霊を賭けてお仕え致します、白蓮様。私を信じてくれた関靖さんと田楷さんに誓って、そう致します。この身を犠牲にしてでも生き長らえることが出来るように致します」
「……自分を、犠牲にしては駄目だ、雛里。私は絶対に認めないからな。自分が死なないなら、それでいい。今までならきっとそうやって流されるところだろう。だが、もう真っ平だ。私とお前は運命共同体だ。お前が死ぬなら私も死ぬ。だから、いいな?絶対に自分を犠牲にすることは、それだけは許さないからな」

やはり、白蓮様はあの頃とは違う。優柔不断から来る甘さや適当さが無くなっている。この人は、この時代の群雄として立つに値する器量を持っていた。そして今、この時代の中で一勢力を築くだけの器量を身につけた。そう思える。関靖さんと田楷さんのお陰で。私は一生敵いそうにない。田楷さんは、笑って死んでいた。愉しそうに。きっと、関靖さんもそうだろう。私も、そういう死を迎えたいものだ。

「で、雛里、どうするんだ?」
「先ずは荊州と益州の境から始めましょう。その辺りに、有力な豪族が居るという情報を得ています。彼らに協力を要請し、その上で勢力を築きましょう」
「分かった。お前に任せる。良いようにしてくれれば構わない」

新しい天地で、新しい人生を。
私も、白蓮様も。
それぞれの宿願を胸に、必ずそれを成し遂げてみせると思いながら行軍を続けた。