〜教経 Side〜

袁術が、皇帝を僭称した。国号は『仲』。国都を寿春とし、兵と兵糧をかき集めている。

「お兄さん、袁術さんからお手紙なのです」

その袁術から、俺宛に書状が届いた。
領地を接している訳だし、何を考えているのかを知っておく必要はあるだろうねぇ。知ることこそ、全てに勝る力を得ることと同義なンだから。

それにしても『お手紙』って……風、ラジオか何かじゃないんだから。
そう思って書状を見る。

OK?じゃ、行きます。

は〜い、始まりました〜『ビシビシバシバシアンアンれぃでぃお』〜!
俺はDJ 教経です。今日も宜しくお願いしま〜っす。

リスナーからお手紙を頂いているようなので、早速そちらから参りたいと思います。
ラジオネーム、袁術さんからのお手紙。


初めましてなのじゃ、平教経。
       はい、初めまして。なのじゃ?

妾は名族である袁家の袁術なのじゃ。
       俺は歴史上最も有名な負け組、平家の教経なのじゃ。
       ……なンだ?この既視感は。再放送かね?

この度、妾は皇帝であることが分かったのじゃ!
       要するにアレか、ユンケル的な?
       ギンギラギンでもさりげなくもなく、ギンギンなわけですね。
       わかります。

じゃから、お前は私に従うが良いのじゃ!
       じゃぁ〜から貴様は阿呆なのだぁ〜!

分かったら、今すぐ妾の為に寿春に来るのじゃ!
       分かった。貴女にはこの言葉を贈ります。
       よろしい ならば戦争だ。

袁術
       教経

はい、カーット!

「……風、俺は寝る」
「ぐぅ」
「何という様式美!そこに痺れる!憧れるぅ!
じゃなくて、風。起きやがれ!」
「おぉ!世紀末覇者に誘われて〜」
「……風、その人はラジオのDJなんかしないから。そして何故貴様がそれを知っている!」
「それでは、袁術さんからのリクエスト曲で、さだまさしの『秋桜』なのです」
「淡紅の〜秋桜が〜秋の日の〜……似てない!
……貴様ッ、見ているな!?」
「知らないのです」

今日も平壌運転、もとい、平常運転だ。

「この一族は呪われた血筋か何かで、成長するにつれ頭がちょいとアレな感じになっちまう可哀相な一族なのか?」
「間違いないのです」
「ふむ。……折角のお誘いだが秋まで軍事行動は控えるって決めたんだよねぇ。お断りのお手紙代わりに、『秋桜』の歌詞を書き付けて送ってやってくれ」
「分かったのです」
「分かるのかよ」

いつもの事だが、風は面白い娘だね、うん。
可愛いから何でも良いんだねぇ。

「で、風。真面目な話、コレ、どうなると思う?」
「多分ですが、孫策さんに討伐されると思うのです」

やっぱり、そうなるかね。

「稟ちゃん、孫策さんの動向はどうですか?」
「兵と糧食をこれでもかとかき集めていますね。表向きは新皇帝への馳走の為ですが、その実討伐のためであることは誰の目にも明らかでしょう」
「誰の目にも明らかなのに、誰も袁術に教えないところが凄いな」
「領民からは既に見放されていますね」
「ついでに言うと、家臣からも見放されてるわよ」
「知らぬは本人ばかり、かね?」
「そうね。ああなったらお終いよ」
「そうなると、孫策が袁術の領地を奪って勢力となるか」
「かなり、手強いわよ?ボクの方じゃ、辺境領主に反乱を起こさせるくらいしか出来そうにないわ」
「風の方も似たようなものになると思いますね〜。元々治めていた領地では慕われていますし、これから手に入れる領地では袁術さんが袁術さんでしたから、余程の失策をしない限りは暫く煽動など出来そうにないのです」
「軍事的にも袁術殿を討伐したところで矛を収めると思いますし、付け入ろうにも周辺諸侯の力が弱すぎてどうにもならないと思います」
「……一応保険を掛けておく必要はあるだろうな。風、星と愛紗に5万程度の軍勢をいつでも動かせるように準備しておくように伝えておいてくれ」
「分かったのです」
「詠、詠は糧食を集めておいてくれ」
「前の残りが十分にあるから、集めるまでもないわよ」
「そうかね。じゃぁ、取り敢えずは安心だねぇ。
稟、目端の利くものに、孫策達の戦ぶりをよく見ておくように伝えておいてくれ」
「既に伝えてあります」
「……流石は稟だねぇ。頼りにしてるよ」
「……はい」

照れちまって、可愛いねぇ。

皆、孫策が勝つ事を疑っていないようだ。まぁ、俺もそうだがねぇ。
孫策は、天下を望むのか。望むとして、その思い描く天下はどんなものなのか。

機会があれば、話をしてみたいモンだねぇ。




















〜冥琳 Side〜

袁術が、伝国璽をその拠り所として、皇帝を僭称した。
国号を『仲』とし、諸侯に対して臣従するように書状を送りつけているようだ。

雪蓮は、袁術から兵と糧食をかき集めてくるように命令されたのを良い事に、至る所に顔を出しては新皇帝の為に馳走をすべし、と説いて廻って兵と糧食を集めている。当然裏では、皇帝を僭称した袁術に鉄槌を下す為に合力しろ、と説いて。

兵は既に3万を数えている。糧食も、その兵達が半年は行動出来るだけのものを集めている。
先代・孫堅様が亡くなってから、孫家は袁術に良いように使われ続けてきた。戦に政に、まるで飼い犬であるかのような扱いを受けながらもそれを耐えてこれたのは、偏に雪蓮の器量による。

『雪蓮が、秋を得れば』。
皆そう思い、耐えてきた。祭殿を始めとする武官も、私を筆頭とする文官も、皆そう思えばこそこれまで耐えてくる事が出来たのだ。

そして遂に、その『秋』が来たのだ。

「穏。糧食の貯蔵は十分か?」
「十分ですよ〜。今雪蓮様が集めている兵に孫家の兵を加えても、半年の軍事行動が可能ですね〜」
「そうか。亞莎、豪族達の動向はどうだ?」
「皆、雪蓮様に臣従する事を肯んじています。後は、その号令を待つばかりです」
「いよいよ、か。思えばこれまで長かったが、漸くにして雪蓮が天下にその名を揚げる時が来た。袁術のような生まれが良いだけの駄馬とは違う、本物の駿馬が思うがままに駆ける、その時が」

二人は、黙って頷いている。

そろそろ、始めるとしよう。

……私が描き出してみせる。
雪蓮が思い描く、理想の世の中を。
この、周公瑾が。









「雪蓮、調子はどうだ」
「あぁ、冥琳。絶好調よ。今日は戦をするのに良い日和ね」

雨が降りしきる中、城壁の上でそう言い放つ。
城壁前に集結しつつある兵達を目にし、雪蓮は武者震いを一つした。

「漸く、ね。漸く孫家の宿願を果たす事が出来るわ」
「そうだな。だが、これで終わりではないぞ?雪蓮」
「分かってるわよ。……冥琳、これからも宜しくね?」
「フッ……任されよう」
「策殿、準備が整いましたぞ」
「そう。じゃ、行ってくるわ」

集った兵達に孫家の主として言葉を掛けるべく、雪蓮が城壁の上に用意された舞台の上に立つ。

「皆、良く集まってくれたわ。わたしは孫策。知っていると思うけれど、一応自己紹介、しておくわね?」

雪蓮らしい言葉に、兵達が笑う。
意図せず、人の心を掴む。これは天性のものだ。
湧き起こった笑いが収まるのを見計らって、話を続ける。

「こうやって改まって集まって貰ったのには理由があるわ。以前から言ってきたと思うけど、今日がその時なのよ。しっかり聞いて頂戴。
……わたし達はこれより袁術を討ち滅ぼす為に挙兵する。
此処まで来るのに、随分長い時間が掛かった気がするわ。それでも、わたし達はこの機会を遂にこの手に掴む事が出来た。後は、袁術を倒すだけよ。
今わたしの目の前に集った貴方たちは、これから自分自身の手で、その手で己が未来をつかみ取るの!これは、袁術によってもたらされた苦難の終わりであると共に、貴方たち自身の手でその未来をより良きものに変えていく事が出来る、そんな時代の幕を開ける為の第一歩なのよ!
その手に武器を持って立ち上がりなさい!孫家と共に、貴方たち自身の未来を切り開くのよ!わたし達が犬ではなく、虎である事を!誇りと夢とをその胸に抱いた、誇り高き虎である事を、今こそ袁術に思い知らせてやるのよ!」

聞いていて胸が熱くなる。
雪蓮。普段はあんなにおちゃらけているのに。
今の雪蓮は、主君としての威厳に満ち溢れている。

「……目を閉じれば、お母様の笑貌が目の前に思い浮かぶわ。今はもう死んでしまっている、お母様だけれど。こうして目を閉じれば、直ぐそこに、いつもお母様が居る。
貴方たちも、目を閉じればそこに見えるはずよ。今はもう死んでしまった、父や、母や、親しかった人達が。彼らに恥じぬ生き方をしましょう!人として、彼らに、そして自分に恥じぬ生を謳歌する為に!今こそわたしと共に立ち上がって、共に袁術を倒しましょう!わたし達が敬愛して止まなかった、大切な人達の為に!そして何より、私達自身の為に!袁術を、共に打ち倒しましょう!」

兵達が、雄叫びを上げる。
泣いているものが殆どだ。皆、大切な人間を袁術の圧政で失ってきたのだろう。

この戦は、勝ちだ。
兵力も士気も勢いも、そして時流も。
全てが雪蓮に味方している。
これで負けるなら私達は余程無能なのだろう。

演説を終えた雪蓮が、こちらに向かって歩いてくる。
覇気と自信に満ちた笑顔で。

虎は、遂にその牙を手に入れた。
後はこの檻を破るだけだ。
破って、共にこの天下を駆け巡るのだ。自由に、奔放に、力の限りに。