〜星 Side〜
反董卓連合軍を撃退し、長安へ帰還した。
我々が出発時よりも多くの兵を連れて帰ってきたことで、長安の民達は安堵しているようだ。
だが、これからが問題になるのだが。
これから、主と董卓殿を目の敵にして諸侯が攻め込んでくるような事態が発生しうるのだから。まぁ、平家の軍師達が対策を万全にするだろうとは思うが。流石に、稟や風、それに詠の三人を向こうに回して完勝出来るほどの器量を持った人間は居ないだろう。主ですら、俺は絶対に稟に敵わない、と言っていたのだから。その他に風と詠がいる現状で、そこらの有象無象に後れを取るとは思わない。
長安の街を警備していた者達の報告書に目を通す。
やはり、兵達が大量に出陣したことで、風紀が乱れているようだ。
窃盗だけならまだしも、強盗、殺人、付け火など、平常であれば考えられないような事件が不在の間に多発している。何かしらの対策が必要だろう。警邏の兵を増やしても良いが、民に必要以上に圧迫感を与えるような真似を主は好まない。主の意に沿いながら、かつこの現状を急速に改善する妙手を考え出さねばならないだろう。
その事について悩んでいたある日、警邏中に古物商が広げている品物を何気なく眺めていると、蝶の仮面を売っていた。その美しさに、思わず目を奪われた。これは、欲しい。何としても、欲しい。これを作り上げた職人の魂がこれに凝縮されている。それ程のものだった。
「お、いらっしゃいませ。お客様、何かお気に召すモノはありましたかな?」
「……ふむ。この仮面、少々高いな」
「と、申されますと……あぁ、これですか。これはですね、有名な芸術家である……」
古物商が何やらぶつくさと説明をしているようだがそんなことはどうでも良い。
この仮面を手にとって分かった。
私は、この仮面と出遭うべくこの世に生を受けたに違いないのだ。
どうしても、この仮面が欲しい。
「商人、これを、貰おうか」
「へい。ありやとやんした〜」
商人に代金を投げつけるように渡して、仮面をひったくる。
これは、素晴らしいモノだ。
早くこれを付けてみたいが、このような往来でこれを付けて歩くなど、頭の具合を疑われること間違い無しだ。だが、人に見せつけたい。これを装着した私を見せつけたいのだ。何か良い案はないモノだろうか。
「キャー!助けて〜!」
「て、テメェら、近寄ってくるんじゃねえ!こ、この女ぶっ殺すぞ!」
警邏中に、女を人質として立て籠もった強盗がいると聞き、現場に駆けつけた。
……強盗は興奮しており、このままでは人質の命も危うい。
往来には人が屯し、どうなることかと経緯を見守っている。
騒ぎの中に飛び込んで一突きで殺しても良いが、私が平家の趙子龍だとあまり知られたくないものだ。そうなれば、気軽に買い物など出来ないではないか。往来を歩くにも苦労しそうだ。
……ふむ。これは、良い機会なのではないか?
そう思って、懐をまさぐる。
蝶の仮面。
これを身につければ、私だとは分からないだろう。
これを身につけてこの美しい仮面を付けた美しい私を、長安の民に披露出来る。
それは、私にとって甘美な誘惑だった。
「何をしている!」
「か、関羽様!」
愛紗が駆けつけたようだ。
生真面目なことだ。今日の警邏は確か琴の担当だったはずなのに。
まぁ、そんなことはどうでも良い。
今の目下の問題は、私がこの仮面を付けるという誘惑に従うのか抗うのか、ということだ。主でもあるまいし、あんな乳に構っている暇はないのだ。
……この誘惑に、抗う理由は……ない!
私は、今日、この時、この瞬間に生まれ変わるのだ!
「でゅわ!」
「待て!悪人よ!」
「な、誰だ!?」
「可憐な花に誘われて、美々しき蝶が今、舞い降りる!
我が名は華蝶仮面! 混沌の都に美と愛をもたらす、正義の化身なり!」
「怪しい奴め!そこで何をしている!」
ふ、愛紗。この美しさが分からぬとは……哀れ。
「ふっ……」
「き、貴様!その怪しい仮面を取って素顔を見せるが良い!」
「ふっ……この美しき仮面を奪おうなどと、この都には美を解す輩は居らぬと見える!」
「なにを!」
ふむ、愛紗よ。その後の強盗、この私の余りの美しさに唖然として居るようだぞ?
まぁ、仕方があるまい。美しいことは罪なことだな……フッ。
「それっ!」
「な、何!?」
手に取った礫で、強盗の頭を強く打つ。
「ぐはっ!」
「き、貴様、何者だ!」
「やれやれ、物覚えの悪い奴だ。私は、華蝶仮面!この混沌の都に舞い降りた、美しき救世主だ!」
「何を言っている!貴様のような怪しい奴が、治安を乱しているのだ!」
「ははははは!問答は無用だ!悪は滅びた。私の役目は終わりと言うことだ!さらば!」
「ま、待て!逃げるつもりか!」
「さらばだ!また遇うこともあるだろう!」
そう言って、屋根から屋根へ飛んでゆく。宛ら蝶が舞うように。
全く、愛紗め。この私の美しさを理解出来ぬとは。
しかし、愛紗が分からぬのだ。きっと誰にもばれることはないはずだ。
今日から、私は華蝶仮面として、この街の治安向上に貢献するのだ!
「あ〜はっはっは!あ〜はっはっは!」
私の笑い声が、長安の街に響き渡っていた。
私が正義の使者、華蝶仮面となるべくこの世に生を受けたことに気が付いてから早半月が経過した。
あれから4件の事件を華麗に解決した私は、今長安の話題を独り占めしている。思惑通り、治安も向上しているし、私はあの美しい仮面を付けて美しい私を皆に見せつけることが出来ている。我ながら、誠に名案を思いついたものだ。
今日も今日とて、事件を求めて街を歩いている。
……ふふっ。早速事件が起こっているようだな。
今日は少し様子見をしてみよう。
最近、愛紗と琴、翠が私を目の敵にしている様で、その追及が激しさを増しているのだ。
きっと、現場には既に三人が駆けつけて、私が来るのを今か今かと待ち受けているに違いない。流石にあの三人を一度に相手取るのは無理だ。
ちなみに、主は二回目に遭遇し、私の仮面を褒めてくれた上で、仮面を何処で手に入れたのかを執拗に聞いてきた。私は華蝶仮面ではない、と言ったのだが、主が仮面を買った場所を教えないと今日は私を抱かないなどと卑怯な脅迫をしてきた為に、仕方がないから教えてあげると、主は喜び勇んで飛び出ていった。『パピ☆ヨン☆!もっと愛を込めて!』などと叫びながら。
……あれは、恐らく、買っただろう。あの興奮具合はちょっと理解出来ない。
しかし、流石は、我が主。それでこそ、私の伴侶となるべき人だ。この美しさを理解出来ぬものと同衾するなどあり得ないからな。
「む、星!良く来てくれた。私達三人と、華蝶仮面なる不逞の輩を捕らえよう!」
「そうだ!星、協力してくれ!」
「星、お願いします。お屋形様のお膝元で、あの様な怪しい輩をのさばらせる訳には参りません」
ふふふ。今お前達の目の前に居るがな?華蝶仮面は。
「ふむ。まぁ、考えてやっても良いぞ」
「よし!これで百人力だ!」
「ええ、今日こそ華蝶仮面を掴まえましょう!」
「ああ!」
目の前には、殺人の罪を犯したものが三人いる。興奮しているようで、周囲の人間を威嚇し、今にも傷つけそうな勢いだ。人質が二人。二人とも、子供だ。……何という卑劣漢。これは、華蝶仮面が許さんぞ?悪党共!
「どけ!俺たちを逃がせ!そうしないと、この辺りにいる人間を皆殺しにするぞ!」
「殺すぞ!近寄るんじゃねぇ!」
「うわぁ〜ん、お母さぁ〜ん」
「うるせぇぞ!糞ガキ!」
「なっ!」
子供を殴り倒した。
これは最早我慢できん!
そう思い、飛び出そうとしたその瞬間!
「待てぇい!」
「な、何処だ?何処から声がしているのだ?」
「羞恥心と世間体に囚われたウジ虫共よ!我が姿を見るが良い!
一条の絹さえ纏わぬ、鍛え上げられた逆三角形。
人、それを全裸という……!」
「な、何者だ貴様!」
「貴様らに見せる裸は、ない!」
そう言って、屋根の上にいた男が天高く舞う。
蝶の仮面を付けている。
間違いない。あれは主だろう。
これは、運命の出会いか。
「死ねぇい!流星・ブラボー脚!」
「ブベッ!」
凄まじい高さからの蹴りを放ち、早速暴漢の一人を伸した。
流石は我が主。
「……あ、今のキャプテンじゃん……おい屑、貴様ら、子供に手を出したな。さてこの不快感どうしてくれよう」
「な、何だテメェは!巫山戯てんのか、その格好!」
「フザける?何が?このまま舞踏会に駆けつけられる程素敵な一張羅じゃないか!」
確かに、あの衣装も美しいものだ。
「テメェは、何モンだ!」
「俺か?俺の名は蝶野攻爵……いや、蝶人・パピヨン!」
「ぱ、ぱぴよん?」
「チッチッ。『パピ☆ヨン☆』もっと愛を込めて」
「どうでもいい!テメェをぶっ殺してやる!」
「五月蠅いな。悪党は悪党らしく、さっさとやられちまえば良いンだよ!ゴッドハンドスマッシュ!」
「アガッ!」
主が力一杯に殴りつけたのだ。
断空我宜しく空に飛んでいくのは当然だろう。
「……また間違えた……でも登場シーンはロム兄さんだから許容範囲だ……でもあれだな、ニアデスハピネスやるならもっとこう火薬がないと駄目なんだが……殺傷能力無くても派手に飛び散るような奴を開発しておく必要があるな……」
……お巫山戯時間を迎えたようだ。
「ひぃっ!この変態め!それ以上近づいたら、このガキ殺すぞ!」
「変態だと!?どうやら本当に俺を怒らせたようだな!貴様もいっぺん死に臨んでみろ!意外と恍惚で病みつきだぞ!?」
……主、怒るべきは子供を殺すと言ったところであるべきであって、『変態』という言葉に対してではありますまい。しかも……瞬動を使っている……何をやっておられるのですか主……本気でやったら死んでしまいますぞ?
主はそのままその男の目の前に移動し、その腕を子供から引き剥がした上で殴り続けている。
「粉砕ブラボラッシュ!」
粉砕も何も、既にその男は主の拳と壁の間を行ったり来たりしているのですが……
「成敗!」
殴るのをやめた瞬間に、男が倒れた。それは、そうだろう。もう随分前から意識がなかった。
周囲の民達が歓声を上げる。
その歓声を受け、主が嬉しそうに叫んだ。
「蝶・サイコー!」
その主に、愛紗が話しかける。
「貴様、蝶野攻爵と言ったな」
「オレを蝶野攻爵と呼ぶんじゃない!
その名で呼んでいいのは武藤カズキだけだ!」
「す、すまん……じゃない!貴様、なんて格好をしているんだ!」
「セクシャルバイオレットなオシャレで気に入っているんだが?」
「せくしゃる……?」
「と、兎に角お前、その格好はなんだよ!あたし、お前みたいな変態初めて見たぞ!」
「五月蠅い娘だ。喰らえ!悩殺!ブラボキッス!」
主の破綻ぶりに、琴は大混乱だ。
翠は主の身振り手振りが恥ずかしかったのか、わたわたしている。
愛紗も呆気にとられているようだ。
……というか、全員気が付いていないのか。
「では諸君、さらばだ」
「まて、変態!」
「まだこのスタイルの魅力がわからんとは。貴様はつくづく可哀想なヤツだな」
「な、なにを!」
「そこにいる美しき女性を見習うべきだね。さらば!また逢うこともあるだろう!」
そう言って主は瞬動で離脱していった。
……こういうところに全力を傾けるのが主の主たる所以だ。
しかし、これで主と共に夫婦仮面としてやって行けそうだ。
いや、素晴らしいものだった。
「はぁ……長安は、どうなるのだ……」
「あ、頭が痛いです……」
「……」
三人を見ると、頭を抱えていた。
あの美しさが理解出来ぬとは。
まだまだ、精進が足りんぞ?
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i : ::: :. ,、V/ /::::::/ヘ、 蝶、
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