〜星 Side〜

長安へ帰ってから一月程経過したある日、主に呼び出されて広間に向かった。
寝所でなく、広間ということは、何か表向きの話があるのだろう。

……寝所に呼んで下さればよいものを。
最近、軍師を集めて軍議ばかりしているようだ。
偶には私や愛紗と共に鍛錬をして下されば良いのに。

そう思いつつ、広間に入る。

「ただ今参上致しました。主、話というのは何でしょうか」
「ん〜、俺からじゃないんだよねぇ」
「はぁ」

見れば、稟、風、愛紗、碧、翠、琴と揃っている。
その向かい側に、董卓軍の将が。詠、霞、呂布、陳宮と並んでいた。

中央の椅子に、主が座っており、階の下に董卓が立っている。その董卓の後に、華雄が跪いて控えている。

「あの、済みません、趙雲さん……私から皆さんに、どうしてもお話がしたかったのでこうして集まって頂いたんです」
「いや、別に構いません。気にされることもありますまい」

歩きながらそう言って、稟の隣、平家軍の列で一番の上座、つまり主に一番近い側へ立つ。

『ここは、星の場所な』。
主がそう言ってくれた、私の居場所。平家軍で一番の上座。そこに私を指名して立たせてくれた事が、嬉しい。それと同時に、この場所に恥じぬような女であらねばならないという、使命感というか、緊張感が湧き上がる。

……何となく、関係を持った順番に並んでいるような気がしますが?主。
まぁ、それでも嬉しいことには違いない。
異論を差し挟んで、此処と違う場所に立つなど私は嫌だ。

「じゃぁ、董卓。話ってのをどうぞ」
「は、はい……」

董卓は緊張しているようで、子鹿のように震えている。

「……緊張するこたぁ無い。想像が付いている、って顔をしている奴が何人か居るし、これまでそんな感じでやってきたんだ。其れを改めて宣言するだけなんだし、な。もっと気楽に考えて良い」
「……はい」

意を決して、董卓が話し始める。

「……皆さん、私は、董仲穎は、平教経様に……ご主人様にお仕えしようと思います」

……成る程、『これまでもそんな感じで』、とはこういうことですか。

「月、それでええんか?月は、董卓軍の主として、経ちゃんと対等とはいかんやろうけど、臣従する諸侯の一人として立つことも可能やと思うで?」
「……今回のことで分かったんです。私は、この乱世には向いていません。私は、私の為に死んで欲しい、なんて、言えません。この世の中をより良いものに変えたいと思うけど、その為に誰かに死んで下さいとお願いすることは出来ません。そう言う、覚悟がありません」
「……」
「……でも、ご主人様は違います。私を救う為に、『義』を打ち立てる為に、共に戦って死ね、と。そうはっきりと言える人です。それは、覚悟の違いです。私は、今のこのままの私でこの乱世で諸侯として立つことが、多くの人に迷惑を掛けるものだと思うんです」
「……そんなことない。月は、立派。恋にはできないこと」
「ねねも、そう思うのです」
「……ありがとう、恋さん、ねねちゃん。……でも、覚悟のない私の命令で、多くの人が死ぬのには耐えられないんです……耐えられそうにありません。ここまで皆さんに良くして貰っておいて……それでいて逃げるような真似をして……本当に卑怯だと思うけど、私はご主人様に全てを托してこの世界をご主人様が思う理想の世の中に変えて貰いたい……そう思うんです」
「……」
「だから、私にこれまで従ってくれた皆さんには、ご主人様の力になって上げて欲しいんです……お願い、できないでしょうか……」
「……月様、月様は、どうなさるのです?」
「……私は、ご主人様から政の面で支えて欲しいと言われています。ですから、ご主人様のお力になれるように、努めたいと思います」
「それであれば何の問題もありません。私は、平に仕える月様にお仕え致します。何度か申し上げております通り、私の主君は月様只一人です。例え月様が市井の一少女に成られたとしても、この身を削ってでも困窮することが無きようにお仕え致します。それが、この華雄の生き様というものです。誰になんと言われようと、この生き方を変えることは最早出来そうにありません」

そう、はっきりと華雄が言う。
……華雄は、本当に変わったな。
あれから随分立つが、全く以て芯がブレていない。見ていてすがすがしい気持ちになる。

「……恋も、そうする。月と一緒にいる」
「恋殿とねねは一緒なのです。だから、ねねも一緒なのですぞ」
「有り難う御座います」
「ボクは……」
「詠ちゃん」

悩んでいる詠に、董卓が話しかける。

「詠ちゃんは、ずっと私の為だけにこれまで生きてきてくれた。でも、私はもう大丈夫だよ、詠ちゃん。華雄さんが居るし、ご主人様もいるから。私は、きっと大丈夫だよ。だから、詠ちゃんにはご主人様にお仕えして欲しいの。……詠ちゃん、ご主人様のこと、好きだよね?」
「……う、うん」
「……ふふっ。詠ちゃん、随分変わったんだよ?詠ちゃんは。ご主人様と一緒に居るととても幸せそうで。ご主人様の話をしているととても愉しそうで。だから、詠ちゃん。詠ちゃんは、ご主人様と一緒に歩んでいった方が良いと思うの。ううん、私がそうして欲しいの。詠ちゃんには、自分の幸せの為に生きていって欲しい。今までずっと私の幸せの為だけに生きてきてくれたんだから。これからは、自分の為に、ね?」
「ゆ、月……」

詠が、その目に涙をためて董卓を見つめている。
そんな詠と董卓を見ていると、なんというか、こう、目頭が熱くなる。
董卓は、やはり人主足る器を有していると思う。
良い友人が欲しいと思う人間はこの世の中に腐るほど居るが、それより先に、誰かにとって良い友人でありたいと願う人間はそう居ない。董卓は、そういう人間だ。まず、友人の幸せを願う。出来そうで出来ないことだと、そう思う。詠は、良き友と主君を持っていたものだ。主に負けぬほどに、その在り方は美しい。
この董卓を救った主の見識は、誠に正しいものであったと言える。このような人間、死なせてなるものか。そう思わせるだけのものを、董卓は持っている。そうであればこそ、洛陽に駐屯していた官軍の悉くが彼女に従ったのだろうが。

「……分かったわ。ボクはコイツに仕える。コイツに、責任取って貰わなきゃ、だしね」

詠がおちゃらけた口調で、そう答える。
……詠よ、それを言うなら、もう4人程居るがな?主に責任を取って貰わねばならぬ人間が。

「……ウチも、経ちゃんに仕えるで」
「……霞?」
「ウチは、月の願いを受けたる。経ちゃんの力になったるよ。それで、月は、月の望みは叶うんやろ?そしたら、ウチが叶えたる。ウチがしてやれることはそれくらいやから」
「……有り難う御座います、霞さん」
「董卓軍の意見が纏まったところで、平家軍の人間に聞くがね。……月が俺に臣従することに、反対する奴、納得がいかない奴はいるかね?」

そう主が問いかける。
横を見ると、皆が私の顔を見ていた。
……断る理由がどこにあるのだ。あれか、琴の件で何かそういうことに反対するのは私だと思われているのか?心外な。このような人間が仕えることに、反対する訳がないではないか。見損なって貰っては困る。この趙子龍。そのような腸の腐った女ではない。

「反対するはずもありません。董卓殿には、太原から長安へ移動する際にこの上ないほどに世話になったのです。その為人も、その思想も、我らが同僚として相応しい、誠、素晴らしい人物です。むしろこちらからお願いしたいほどで。董卓殿、これから宜しくお願い致します」
「私の真名は、月です、趙雲さん。これから、宜しくお願い致します」
「月、私の真名は、星だ。さっきも言ったが、こちらこそ、宜しく」

私がそう言ったのを皮切りに、皆が次々に真名を交換している。
それを月の後から、華雄が眺めている。少し、羨ましそうな顔をして。
……そう言えば、華雄には字も真名もなかったのだったな。こういう時、居心地が悪いことだろう。だが、私にはどうしてやることも出来ない。

「……あぁ、そうだ。そういえば俺からも言うことがあった」

そう思っていると、主が唐突にそう言い始めた。
また何かを思いついたのか。アレは、何かを思いついた顔だ。

「華雄、月が、お前さんに真名を呉れて遣るそうだ。『朔』という。お前さんに丁度良い真名だ。俺に仕える事に決まった時に、俺から授けてやって欲しいと言われてな、今まで預かっていたンだ。だが本当に俺から貰ったと思われても困るからな。月からそう頼まれた、と正直に白状するさ」
「……『朔』?」
「そうだ。月が天に輝く日と重なって見えなくなる状態を、天の言葉でそう言うのさ。お前さんの人生は月と共にある。月の人生にぴったりと重なって、お前さんは生きていく。人はお前さんを見ることは出来ないンだ。お前さんは月の影だから。普段は月の後で、月の影として月に隠されて生きていく。だが月の身に危険が迫れば、日のように月の前に立ちはだかり、月を隠してこれを守り通す。だから、『朔』だ。月も中々良い真名を考えてくれた物だと思わんか、華雄」

……月は、驚いた顔をした後、泣きそうな顔をして主の顔を見つめていた。
主、独断先行しましたな?そうでなければ月がこのように驚き、泣いてまで喜ぶはずはないではありませんか。誠に、細やかな心遣いをされる人だ。

周囲を見ると、皆同じように主を見て、微笑んでいる。
誰よりも武を知り、誰よりも智を知り。そして誰よりも、人を、人の心を知る。
本当に素晴らしい主を得たものだ。

「……『朔』。月様、有り難う御座います。このような素晴らしい真名を、この私に授けて下さって。月様、改めて名乗ります。私は、姓は華、名は雄。字はありません。真名を『朔』と申します」
「……私は、姓を董、名を卓、字を仲穎。真名を月と申します。これから宜しくお願いしますね、朔さん」

そう言って、華雄が先ず月と真名を交換する。

「さて、次は私の番かな?」
「いやいや、星、ここはウチからやろ?」
「阿呆め、俺に決まっているだろうが」
「教経殿は、交換する真名を持っていないはずですが?」
「いやいやいや、俺だけ除け者にするってのは、頂けないんだねぇ。……そうだな、じゃあ字を攻爵、真名をパピヨンにでもしとくか?蝶的に考えて。蝶!格好良い!」
「教経様、お巫山戯時間をこのような時に迎えなくとも」
「説教時間か……だが断る!」
「まぁ、何にせよ目出度いこっちゃ。華雄が生まれ変わった日なんやからなぁ」
「……二度目の誕生日、というものですか?」
「中々洒落たことを言うじゃないか、琴」

そんな会話をしながら、我が我がと華雄の前に並ぶ。
華雄は、感極まって泣いてしまった。
霞は華雄と肩を組んで一緒に泣いている。華雄の辛さを、分かって居たからだろう。
愛紗など、それを見てもらい泣きをしている。見れば、琴も泣いているようだ。
碧は、無いことに柔らかく微笑みながら、優しい目で華雄を見ている。
呂布や陳宮も、華雄と真名を交換した後、皆と真名を交換している。

この人が天下を獲れば、きっと、皆幸せになれるだろう。
皆、今の私達のように、微笑んで生きていけるだろう。

この人が、天下を獲れば。
いや、この人に、天下を獲らせるのだ。私達が、力を合わせて。