〜麗羽 Side〜
私は、洛陽に一番乗りを果たしたのですわ。
この洛陽を、董卓と平教経の二人から奪ってやったのですわ。
小生意気な平教経。大した功も無いあの男を、并州牧に任じて袁家に従う機会を与えてあげましたのに、あの男は私に跪拝することをしなかった。本当に、生まれの卑しいものはこれだから駄目なのですわ。その上、今回の戦で寛大な私が折角董卓の小娘を殺して天下を手に入れようという戦に誘って差し上げましたのに、私への助力を断ったどころか董卓に助力をするなんて、本当にお馬鹿なのですわ。
私の元に集まった諸侯の生まれが卑しく、『華麗』でなかった為に苦戦したようですが、結局のところ私達袁家を中心とした『華麗』なる連合軍の、『華麗』で勇ましい進軍の前に脆くも崩れ去り、しっぽを巻いて領地へ逃げ帰ったのですわ。卑しい男に相応しい、無様な敗北だったのですわ。お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほ。
その平教経を雍州に放逐してやった後、并州牧を兼ねようとしていた私の邪魔をした董卓の小娘。ほんっとうに、憎らしい!殺しても殺しても飽き足らない女のなのですわ。もし洛陽で死んで埋葬されていたなら、死体を引き摺り出して何度鞭打ってやっても足りない程に憎かったのですわ。
その董卓も洛陽を捨てて、無様な平教経に縋って長安へ落ち延びていったのですわ。あの淫売は、平教経と寝たに違いありませんわ。命を助けて貰う為に。そして平教経はそれを受けいれた屑に違いないのです。そうでないと、この『名族袁家の袁紹』に従わないはずなど無いではありませんか!
全く。売女と情夫に相応しい、みっともない敗北ですわ。お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほ。
でも、もう良いのですわ。
あんなお馬鹿さん達には、用はないんですの。
皇帝陛下の身柄はこの私が握っているのですわ。
これはつまり、袁王朝を樹立せよ、という天命なのですわ〜。お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほ。
今私は機嫌が良いのですわ。貴女たち二人のような、取るに足りないウジ虫に関わっている暇はないんですの。
機嫌の良い私に、卑しい生まれの雑兵たちを取り纏めている、袁家の肥だめ掃除係のような部隊長が、洛陽で好きに振る舞っても良いか、と聞いてきたので、好きになさいと言ってやったのですわ!お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほ。
これからの袁家のことを、しっかりと考えないといけませんわね。
それを考えようとしていた私に、劉備さんが話しかけて来ましたわ。
最近、漸く劉備さんが私の偉大さに気が付いて、私のことを華麗だと言うようになりましたわ。
……全く。時間が掛かりすぎているのですわ。
一目見れば、私が高貴な生まれであることに気付いて跪拝するのが当然ではありませんか。貴方、そうは思わなくて?
そろそろ、お友達として認めてあげても良いかもしれませんわね。
水関でも虎牢関でも、私の為によく頑張っていたようですし。
そう考えている私に、劉備さんは略奪をしている兵達に、略奪をやめさせた方が良い、と言ったのですわ。『華麗』ではなくなってしまうから、と。
それは、『名族袁家の袁紹』としては、許してはならないことですわね。
そういえば、斗詩さんが何か言っていたような気もしますが、まぁ、そんなことはどうでも良いでしょう。斗詩さんは袁家の顔良なのですから、私が話を聞こうと聞くまいと、私の勝手なのですわ。お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほ。
兎に角、文醜さんと顔良さんに、その兵達を殺しておくように伝えたのですわ。
全く。私の、『名族袁家の袁紹』の兵ならば、例え生まれが卑しくとも『華麗』でありなさいな。
もう少しで、この私が『華麗』でなくなるところだったではありませんか!
本当に忌々しい!
……劉備さんには、感謝しても良いのですわ。
これからも、私が『華麗』であるために頑張ると良いのですわ。
この私、『名族袁家の華麗なる袁紹』の為に、『華麗』に。
お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほ。
〜斗詩 Side〜
洛陽に入ってから、軍の一部が暴走し、略奪や殺戮、強姦行為を専らにしていた。
私も文ちゃんも、麗羽様に止めるようにお願いをしたが、麗羽様は放っておけの一言で済ませてしまい、一顧だにしてくれなかった。
……はぁ……このままじゃ、麗羽様の名声が墜ちるんだけど……
でも、言うことを聞いてくれない麗羽様に、何を言っても無駄だ。そう思っていた時に、桃香さんが麗羽様を説得していた。私が教えた通り、『華麗』という言葉を使って。
……きっと無駄ですよ、桃香さん。私がさっきやりましたから。
しかし、麗羽様は桃香さんの言葉に耳を傾け、直ぐに略奪行為をやめさせるように命令した。私達が何を言っても言うことを聞いてくれなかった麗羽様が、桃香さんの言葉には素直に、直ぐに従った。
相性、というものかもしれない。
でも、私にしてからが、桃香さんのお願いを無碍に突っぱねることが出来なくなってきている。特に桃香さんに従いたいとは思わないし、桃香さんに仕えたいとも思わない。でも、桃香さんのお願いを聞かない、という選択を、ここ最近私はしたことがない。彼女が言うと、他の人が言ったら間違いなく怒るであろう事でも笑って聞き流せる。恐らく、これは人徳というものなのだろう。
……この人、ひょっとしたら。
この人なら、誰も出来なかった麗羽様のお目付役になれるかも知れない。普段ぽわぽわして居て、馬鹿なんじゃないかと思うことがある。文ちゃんは、麗羽様と同じ馬鹿だって大きな声で言ってたけれど……あ、あははは……文ちゃん、そういうことを言う時は、周囲をよく見た方が良いよ……
以前、朱里ちゃんが言っていた。桃香さんには、夢がある、と。桃香さんは、麗羽様を使ってその夢を実現させようと考えているのではないか。そうでないと、ああやって麗羽様を諌言しようとは思わないのではないか。
勿論、桃香さんが心から麗羽様と袁家の将来の事を考えてそう言ってくれた可能性もある。だけど、常識的に考えて、それはない。朱里ちゃんも雛里ちゃんも、麗羽様と桃香さんが仲良くすることを余り好んでいないように見えるから。だから、今まで積極的に桃香さんが麗羽様に献言したことはなかった。やったことは、精々麗羽様が民のことを考えて政を行っているのか、と聞いたぐらいで。それが、麗羽様の為になるような諌言を行った。
真意を、確認する必要がある。
そう思って、桃香さんと話をすべく、桃香さんを訪ねた。
「あ、桃香さん。ちょっとお話があるんですが」
「?どうしたの、斗詩さん」
麗羽様に天下を取らせて、ああやってお願いを繰り返すことで、自分自身の夢を成し遂げるつもりなのかも知れない。それは、正直な話、別に構わないと思う。麗羽様は、私が言うのも何なんだけど、その、昔と違って頭がちょっとアレな感じで。最近文ちゃんがそういっているんだけど。誰に教わったのかな、こんな迂遠な言い方。
兎に角、その夢が、麗羽様と袁家の為になる限りにおいて、私はそれでも構わないと思う。
だから、本人に真意を確認したい。
「……単刀直入に聞きますね。桃香さんは、麗羽様を利用してご自分の夢を実現しようとされていませんか?」
「……どうしてそう思うの?」
否定しなかった。つまり、そういうことなんですね?
「……麗羽様に、諌言をして下さいました。あのままでは、麗羽様は天下の信望を失ってしまっていた可能性があります。それを、止めて下さいました。本来であれば、袁家がその力を失うことは、桃香さんにとって望ましいことだと思います。麗羽様や私に良いように使われて、面白いはずがありませんから。居なければいいのに、と思うことはあっても、居て貰わないと困る、とは思わないはずです」
「……」
「それが諌言をして下さる。それは、麗羽様の利益がご自身の利益に直結する場合以外にはあり得ないことなのです。今日のあのやり口から見て、お願いを繰り返す事でご自身の夢を麗羽様を通じて実現しようとされているのではないか、と思ったんです」
「……うん、そうだよ」
「やはり、そうですか」
「でもね、斗詩さん。私は」
「いえ、別に構わないと思いますよ?私は。ただ、その夢の内容を教えて頂かないことには、このまま放っておく訳にもいかないんです。ですから、それを教えて頂けないかな〜、と思いまして」
「……私の夢は、戦争が無くなって皆が笑って、仲良く手を取り合って生きていける世界を作ることなの」
「……」
「その夢を実現させる為に、袁紹さんに天下を取って貰って、その上でお願いを繰り返そうと思ってるの」
その夢の実現は、麗羽様の利益となるか、それとも不利益となるかを考えてみる。
……よく考えてみるまでもなく、利益になるに決まっている。
民のことを考えて政をする、ということに他ならない。それなら、その姿勢を創り出しているのが例え麗羽様でなくとも、その政を行っているのが麗羽様である以上麗羽様の利益になる。
これは、この人と手を結ぶべきではないか。
この人と手を結べば、麗羽様を天下人に出来るかも知れない。
私一人では絶対に無理だと諦めていた。でも、この人が居れば。この人が麗羽様の側に居れば、麗羽様は天下を獲れるかも知れない。今日のあの遣り取りを見る限り、この人を通して献策したり諌言したりすれば、麗羽様は素直に聞いて下さるだろうから。
一度は、諦めた、私の夢。
麗羽様と、文ちゃんと。
一緒に天下を統一して、ご先祖様に胸を張って誇れるような政を、麗羽様と一緒になって行う。その夢が、今また目の前に蘇ってくる。
あの頃は、純真無垢だった。麗羽様も、今とは違って素直な人だった。だから、それが出来ると思い、そして成長するにつれて麗羽様が麗羽様ではなく『名族袁家の袁紹』であろうとして虚勢を張るようになり、自分を貫くことと他人の意見を聞かないことが同じであると勘違いをして、人の諌言の一切を受け付けないようになってしまってから、私の前から姿を消してしまっていた、私の夢。その夢が、今、手が届くものとして私の目の前にある。
……叶えたい。
この夢を、叶えたい。
私は、どこまで行っても袁家の顔良でしかないのだから。
麗羽様の為に生まれたのだと言われて育ち、麗羽様と一緒に、ずっと一緒に育ってきたんだから。だから、麗羽様と一緒に天下を統一したい。統一して、人から尊敬される麗羽様になって欲しい。そういう麗羽様に、成って欲しい。私が、してあげたい。
私だけでは、叶えられない、私の夢。
「……わかりました。桃香さん、私と一緒に、麗羽様を助けてあげて下さい」
「……えっ」
「貴女の夢を麗羽様を通じて実現しましょう。それは、麗羽様の為になります。その為なら、私は協力を惜しむつもりはありません」
「……うん。わかったよ、斗詩さん。ありがとう。本当なら、怒られても仕方がないことなのに」
「いいえ。貴女が袁家にこうやって客将として居なかったら、麗羽様はいずれ滅ぼされていたかも知れませんから。麗羽様自身の性格やああいった態度のせいで、今まで多くの家臣達が麗羽様の元を去っていきました。あの麗羽様を見て、それでも麗羽様に天下を獲らせようと考えてくれる貴女の方が、彼らなどより余程信用出来ます。私の方こそ、お礼を申し上げます。桃香さん、本当に有り難う御座います。
……麗羽様を、見捨てないであげて下さい。麗羽様は、本当は心優しい、素直な人なんです。袁家に生まれ、『名族袁家の袁紹』として生きていく為に、ああやって虚勢を張って生きていかなければならない人なんです。そうでないと、本当の自分が傷ついてしまう、そんな弱い人なんです」
「大丈夫だよ、斗詩さん。私も居るし、斗詩さんも居る。猪々子さんも居るし、鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも雛里ちゃんも居る。きっと、大丈夫だよ。袁紹さんを、皆で天下人にしよう?」
「そうですね」
この人が一緒なら、きっと叶えられる、私の夢。
……私は、今もう一度、この世界に生まれたんだ。
袁家の顔良ではなく、麗羽様の為に生きる、顔良として。