〜教経 Side〜

「主、私は納得いきませんな。こ奴は主の夢も理想も何もかもを悪だと断じたのですぞ!?」

星が吼える。
琴が臣下になった。
その事を皆に伝えたところ、星が真っ先に、凄い剣幕で吼えた。

「いや、星。琴にしても、連合の正義って奴を信じてた訳でなぁ。前に言ったと思うが、人間ってのは理由もなく人を殺し続けるなんて出来ないンだ。どうしても、自分を正当化する為のお題目が必要だ。そのお題目上、月と俺は極悪人だった訳だから、そう言うのは普通だと思うンだが」
「主、それとこれとは話が別です!」
「星、アンタ少し落ち着きなよ」
「碧!お主は何とも思わぬのか!?」
「思わないねぇ。この娘は、袁紹の馬鹿を盲信してた訳だけど、漸く目が醒めて、晴れて小娘から娘に昇格した訳さ。人は変わる。それが徐々になのか、劇的になのかは、人に拠るだろうに」
「しかしだな」
「……大体、星。アンタ、ご主人様と初めて遇った時、殺そうとしたんだって?」
「うっ……し、しかし、あれは」
「しかしも案山子も有るもんかい。そのアンタが、此処まで劇的に変わっている訳だろうに。身も心もご主人様に捧げるほどに。それで居て、琴の言うことが納得出来ない、というのは少し我が儘に過ぎると思うんだがねぇ、星?」
「う……」
「あ、あの。申し訳ありませんでした」

……尊大な言葉遣いをしない琴は、なんというか、ちょっと可愛げが有る。
愛紗は、面語して直ぐに気に入ったようだ。まぁ、サイドポニー?同士、気が合うんだろうねぇ。
碧は、助力して貰ったこともあり、納得しているようだ。
翠は、母親の命の恩人だと思っている。大歓迎だろう。
稟と風は、星が認めるなら認める、というスタンスのようで。仲が良いことだ。

「……何が申し訳ないのだ」
「……あの時、何故貴女があれ程に怒るのか、理解しようとも思っておりませんでした。ですが、今なら分かります。もし私が、お屋形様のことを『悪・即・斬』を貫けぬ腑抜けである、と言われたら、何をしてでも必ず殺そうと思うでしょう。それが突然同僚になると言われても、納得がいかないと思います。
……私のあの時の言動に対して、申し訳なく思います。済みませんでした。
ですが、今私はお屋形様と共に歩んで行きたいと願っているのです。……認めて頂く訳には、行かないでしょうか……?」
「……ふん。これでは私が聞き分けのない子供のようではないか。……良いだろう。但し、完全に許した訳ではない。これからのお前の言動と態度で、主に対する忠誠と想いを示せ」
「……はい。今は、それで十分です。有り難う御座います」
「……どうなることかと思ったが、なんとか纏まったみたいで結構なことだ」

目の前で殺し合いとかしてくれるなよ?本当に。

「教経殿、函谷関が見えて参りました。董卓殿がお待ちになっておられるようです」
「そうか。無事で何よりだ」
「平。月様の元へ先に行っていても構わないか?」
「あぁ、行くといい。その方が俺も安心だからな」

華雄が馬を駆って函谷関へ向かう。
華雄には、虎牢関で合流した後、念の為更なる強化を掛けておいた。
曰く、『士は己を知る者の為にこそ死ぬのだ』。
如何にそれが素晴らしいことか、武士として当たり前のことなのかについて、延々と聞かせてやった。大いに感ずるところがあったようだ。マシュマー状態だろうな、今の華雄は。『月様、ばんざぁ〜い!』とか言いながらMSに乗ってそうだ。

……此処までやった俺がこう言うのもなんだがね、お前さん。
もの凄く違和感が有るンだねぇ。強化しすぎたか?

「……恋も、行きたい」
「とっとと許可を出すのです!平!」
「呂布も行ってくるといい。……だが陳宮、テメェは駄目だ!」
「な、なんですとぉ〜!?」
「……ねね。留守番、頑張る」
「れ、恋殿〜!」
「冗談だよ、行ってこい」
「覚えておくのです!いつかぎゃふんと言わせてやるのです!……恋殿〜」

今なんじゃない!?ザキヤマ的に考えて。

函谷関に、『董』の旗が見える。戦火に燃ゆることもなく、風にはためいている。
それを見て漸く、実感が湧いてくる。

俺ぁ、『勝った』ンだなぁ。














〜詠 Side〜

「それにしても、最初から勝つつもりだったのね、アイツ」

目の前に堆く積み上げられた酒樽を見て、そう思う。
アイツは、負けるつもりが全くなかったのだ。祝勝会の酒まで用意していたのだから。
どこからその自信が来るんだか。

「申し上げます!」
「何?」
「平教経様があと僅かで函谷関へいらっしゃるそうです」
「そう、ご苦労様」

アイツが、帰ってきた。董卓軍も平家軍も、将は誰一人欠けることなく函谷関に向かっているらしい。
……ホントに、良かった。
出立前に、死ぬかも知れないなんて言うから。ホントに、心配したんだから。

「詠ちゃん、嬉しそうだよ?」
「べ、別に嬉しくなんて無いわよ」
「見送っていた時、詠ちゃん、少し泣きそうだったよ?」
「そそそそんなことないわよ!月の勘違いよ!」

……アイツが出陣した後、月に根掘り葉掘り聞かれた。

どこを好きになったのか。
なぜ、アイツなのか。
抱きしめられて、幸せだったのか。
その、そういうことは、気持ち良かったのか。
あ、愛して、いるのか。
……全部、答えさせられた。『詠ちゃん……隠し事するのは、良くないよ……?』と言われて。普段の月とはちょっと違って、有無を言わせぬ迫力があった。……でもあんな直接的に訊かなくても良いと思うんだけど……ボクは。

……答え?
ななな何でそんな恥ずかしいこと言わなきゃならないのよ!馬鹿じゃないの!?ふんっだ!

















「月様、ただ今戻りました」

一番に、華雄が戻ってきた。戦場で暴走しなかったのかしら、この猪。

「華雄さん、有り難う御座いました。華雄さんのお陰で、私は今生きています」

そういって、月が頭を下げる。

「……いえ、私は何もしておりません。全て、平教経の策に拠るものです。それに、私が月様の為に戦うのは当たり前のことです。魚が水の中でしか生きられぬように、私は月様の元でしか生きていくことは出来ないのですから。お気に病まれる必要はありません。礼であれば、平教経に申し上げるべきだと思います」

……誰よ、これ。
てっきり、『ふはははは!まぁ、平もよくやったが何より私の武勇に拠るところが大きいだろう!ははははは!』とか言うものだと思っていたのに。ボクは、きっと頭を強く打ったのだろう。若しくは、これは夢よ。きっとそうよ!
……はっ!まさか……これは、実は華雄の皮を被った暗殺者では!?

「……平の話では、もし戦に勝ってしまえば、月様のお命を頂戴しようと袁紹が画策する可能性があるとのことでした。平の思惑通りの結果を得ることが出来ましたが、万に一つということが御座います。本日より、この華雄は官を辞し、月様の身辺の警護に当たろうと思います」

失礼なことを考えているボクを余所に、華雄がそう言った。
……正直有り難い。華雄は、猪だが優秀な武人だ。
その華雄が、月の身辺警護に専念してくれるなら、これ程心強いことはない。頭は兎も角、その節義や忠誠心は大いに信頼出来るものだと思うから。

「……華雄さん、私にはそこまでして貰う資格が、無いと思います……」

そう言った月に対し、華雄が滔々と語った。

「資格を有する、という言葉の意味がよく分かりません。資格というものがあるとして、他の誰にもそのようにお仕えしようとは思いません。私は、貴女だからこそそうしてお仕えするのです。
字も真名もないこの私を、只の一人の人間として侮蔑せず接してくれたのは貴女が初めてでした。私が粉骨砕身してお仕えするのに、貴女程相応しい人はいないでしょう。
人は己を知るものの為に死ぬのだ、と平にも言われました。貴女こそが、私の武を、忠を、この命を捧げるに相応しい人なのです」

驚いた。
華雄が、こんなに雄弁に語るなんて。
その言葉はありきたりなものだけど、こう、心の底から本当にそう思っているっていうのがよく分かる。その表情に、物腰に、言葉遣いに。その全てに驚かされる。

「……華雄さん……有り難う御座います……宜しくお願いします」
「良き主を戴くことが出来ることは果報なのです。礼を述べるとすれば、私の方こそ述べるべきでありましょう。月様、有り難う御座います。この命尽きるまで、お仕え致します」

そう言って跪拝し、頭を垂れる。

……これは、別人ね。
己の武勇に対する過信と、それを証明する事への執着。華雄の欠点はその二つだった。だけど、見事にそれが無くなっているように見える。憑きものが落ちてしまったかのように。
どうやったのか分からないけど、兎に角アイツが華雄をこう変えたらしい。

その後、華雄は月の右後に立った。そこから、月を常に護る。そういう事らしい。

こうさせるつもりで、華雄を変えたんでしょうね。
全く。よくこんな事思いつくわね。人間を丸々変えてしまおうなんて、普通は考えないわよ。

恋とねねがやってくる。これから、慌ただしく、そして騒がしくなりそうだ。
……早く帰ってきて、ボクに顔を見せなさいよ、ばか。


















〜翠 Side〜

「過ごさぬ様に注意して呑めよ、皆」
「分かっておりますとも、主」
「経ちゃん!これ!この酒は!?」
「……そいつは新しく仕込ませた生酒だ。癖はあるし、まだちっとばかり若いと思うが、旨いと思うぜ?」
「星!早うこっち来んかい!こんな酒持ってきてるなんて、ホンマ経ちゃんは酒飲みの心をようわかっとる!」
「琴、これらは全て教経様が考案された方法で仕込まれた、米を元にした酒だ。癖もないし、甘いのも辛いのもある。良く味わって呑むと良い」
「……これを、お屋形様が考案されたのですか?……流石は、お屋形様です」
「稟ちゃん、次はこのお酒を飲むと良いのですよ」
「風。私はそろそろ駄目な感じですが」
「そんなことはどうでも良いのです。要は、風が面白いか面白くないかが大切なのですよ」
「詠ちゃんも、ご主人様のところに行かなくていいの?」
「良いの。どうせ後で逢うんだから」
「そうだな。今日は詠の番だから、思う存分甘えると良い。主は優しくしてくれると思うぞ?」
「ななな何言ってんのよ!」
「賈駆っち、愛しの経ちゃんが、こっち見とるで〜?ほれ、こう、ちらっとサービスしたらんかい!」
「ちょ、ちょっと!や、やめなさいよ霞!」
「ふむ、では今宵は詠の代わりに私が夜伽の相手を務めるか?」
「……へぅ……夜伽……」
「ちょっと星!そんなこと認める訳無いでしょ!?ボクの番なんだから!」
「詠ちゃん……」
「やれやれ、詠も災難だな。ただ、星の標的が私から詠になったのは正直有り難い」
「お屋形様、私はお屋形様のことを、その、尊敬しております……剣士としても……」
「……誰だよ、琴がこんなに成るまで酒呑ました奴は……剣士として『も』ってどういう事だよ……いや、別に聞かせてくれなくてもいいから。何となく惨劇にハッテンしそうだから。あ、発展だ、発展。アブねぇ……『ハッテン!ボクの街!!』とかいう新番組がスタートしそうだったな……完二的に考えて」
「教経様、琴は酒をほんの5杯ほど立て続けに呑んだだけです」
「……とんだ下戸だった、というわけだ」
「まぁ、そうですね。……ところで教経様?水関でのお振る舞いについて、少しOHANASHIがあるのですが」
「……なんか文字が違う気がするんだよねぇ……じゃ、俺はそういうことで失礼するぜ?」
「ノ リ ツ ネ サ マ ?」
「ま、まて!話せば!話せば分かるから!」
「教経様が!泣くまで!殴るのを!止めない!」
「毎度毎度修羅場っててご苦労なこった。……大将、そのまま死んでくれ」
「あはははは、ええぞ〜!もっとやってまえ!」

祝勝会、という名目で、少しだけど酒を飲むことになった。
皆、愉しそうだ。ご主人様も、あんなに愉しそうに愛紗と戯れている。愛紗が殴る側で、ご主人様が殴られる側として、だけど。

……はぁ。アレを見る限りだと、別になんてことはないのに。

その、少しは気になってたんだ。
最初に遇った時に、あたしの為を思ってお母様を説得してくれたあの時から。
でも、今日のはちょっと卑怯だと思う。よく分からないけど、兎に角卑怯だ。

『……犬は餌で飼える。人は金で飼える。だが壬生の狼を飼う事は、何人にも出来ん』

……あんな顔をするなんて。あんな顔で、あんな言葉を言うなんて。
胸が痛かった。胸の、奥が。こう、グッっと、締め付けられた。
あの顔と、言葉を思い出すだけで、切なくなる。

「翠、アンタ、何やってんだい」
「お、お母様」
「何を見てるのかと思って視線の先を見たら、ご主人様とはねぇ……惚れたのかい?」
「な、何言ってるんだよ、お母様!」
「全く。アンタの考えてることぐらい、お見通しなんだ。早いとこ素直にならないと、あの狼の周りにはもっともっと女が寄ってくるよ?琴を見な、翠。アレも、ご主人様に誑かされた女さ。ああやって、ご主人様はドンドン女を落としていくよ?」

?琴が?
でも琴は……

「……お母様、琴って、ご主人様を殺そうとしてたんだよな?だけど、目が醒めて、ご主人様の剣士としての在り方に惹かれて臣従したんじゃないのか?それがどうして誑かされたとかいう話になるんだ?」
「アンタ、本当に馬鹿だねぇ。殺意ってのは、人間の負の感情の中で最も強烈なものだ。それが、ご主人様を認めちまった訳だ。つまり、好意的になった。強烈な殺意の裏返しは、強烈な好意、つまり、愛情さね。本人が今どう思っているのかは知らないがね、行き着くところは間違いなく愛情さ。
臣下としての親愛の情から、女としての愛情に変わるのは時間の問題なのさ。何せ、ご主人様の人としての在り方に惹かれたんだからねぇ。立派な君主だからということもあるんだろうが、それ以前に一人の人間として好ましく思ったからこそ、ああも執拗に壬生狼になりたい、してほしいと言っていたんだろうさ」
「そんなものなのかな?」
「……翠、アンタ、ご主人様のこと、好きなんじゃないのかい?アンタが物心ついてから初めて、異性として気になっている男だろう?アレは」

愛紗に殴られ続けているご主人様を顎でしゃくる。
……なんというか、こう、シュールな光景だ。
少なくとも、アレじゃないと思うよ、お母様。私が気になっているのは。

「……よく、分からないよ」
「……ま、良いさ。あんたが思うようにすれば良い。ただまぁ、母親としてじゃなく、一人の女として、人生の先輩として助言してやるけどね、翠。女は、惚れた男と添い遂げるのが一番さ。それが叶うなら、そうした方が良いよ?そうしなかったことを一生後悔して生きていくことになるんだからねぇ」

一生、後悔する、か。
でも、まだ分からないんだ。あたしは本当にご主人様を好きなのか。

好き、だとは思う。
でも、ご主人様の周りには、星や愛紗を始め多くの女の子が居る。情を交わす関係の、女の子が。

もう少しだけ、見極めたいんだ。お母様。
あたしは、ご主人様に情人<いいひと>が沢山いても、それでもご主人様のことを好きだって言えるのか。
それを、見極めたいんだ。

あの顔と、あの言葉を思い出す。
……あたしは、どうしたいんだろう。

そんなことを考えているあたしを、お母様がじっと見ながら、酒を飲み始める。

「翠、自分何やっとるんや?こっちきて皆と一緒に騒ごうや!」
「うむ。翠、この酒は美味いぞ?お前も飲んでみると良い」

ゆっくり、考えよう。
そう思って、あたしも祝勝会に巻き込まれに行った。