〜教経 Side〜

「教経様、この『牛』は何なのです?」
「まぁ、その内に分かるさ。大変役に立つと思うんだよねぇ」
「はぁ。まあ、教経様がそう仰るのであれば」
「経ちゃん、何に使うのん?」
「まぁ、その時になれば分かる。その時になってどれ程の効果があるかを見ている暇はないだろうがね」
「ふ〜ん」
「そんなことは置いておいて、現状の確認をするのですよ」

……風は察して居るみたいだな。
まぁ、春秋戦国時代に実際にやった人間が居るからねぇ。

現状の確認。
たしか、牛について説明して、シャア的なヘルメットを被っていたお陰で致命傷で済んだ俺は、トミー・リー・ジョーンズ的な黒服にこっちを向いてと言われて……?
……! 頭が割れるようにイタい。
痛い!頭が痛いよ!兄さん!

「お兄さん、へぶん状態は後でお願いします」
「教経様?」
「……はい、済みません」

ディモ〜ルト ディモ〜ルト やれやれだぜ。

「現状ですが、連合軍は虎牢関前に軍を展開しています。その数は約100,000。一方で、山中の風達に対しても警戒しているようです。約20,000の兵をこちらに差し向けています。袁術軍のようです」
「へぇ。20,000程度で抑えられる、と?」
「そう思っていると思うのですよ、お兄さん」
「……じゃ、決まりだな。まずそいつらを叩いてやるか。そうすればこっちにより多くの兵を向けてくるだろう」
「ですが、いきなり出て行くのは良くないと思うのですよ。水関で既にやりましたので、警戒しているはずなのです。此処は、一旦山中へ引き摺り込んで戦線を膠着させた上で、やるべきなのです。水関が基準になるはずですから、一旦山塞へ篭もった風達が出てくるとは思わないのですよ。此処には、華雄さんがいませんから」
「分かってるさ。先ずは山へ引き入れて落石だの何だのしっかり喰らわせてやる」
「……それならいいのですよ、お兄さん」
「落石が成功したら、こっちに来た敵を適当にあしらいながら出血を強い、最終的には牛に頑張って貰う間に虎牢関へ移動する。俺は、敵中突破するかな。お前さん方はどうする?」
「風は、陣の後の道から行くのですよ。負傷兵達を運ぶのにはどうしても広い道が必要ですから」
「では、私も風についていきましょう。負傷兵達を護衛するものが必要でしょう。霞、教経様に同行し、御身を守ってくれ」
「わかっとる。愛紗も風も安心しとってええで。ウチが請け負ったるわ」
「霞の護衛か。これは光栄だねぇ。安心出来そうだ」
「大船に乗ったつもりでおりぃ!」

……クククッ。第二章開幕だ。第三幕まで一気に行くぞ?ここからが、お愉しみだ。
誰が主演なのかそんなことは俺は知らンが、主演女優を張りたいなら、しっかり演技してくれよ?袁紹。ああ、お前は馬鹿だから台詞が覚えられないかもなぁ。でも大丈夫さ。お前の役どころは、俺に良いようにあしらわれてイライラした後、洛陽を手に入れて有頂天になり、その後の人生で高転びに転ぶ役なンだからなぁ。台詞なんて必要ない。その時の感情をありのままに表現してくれればいいさ。まぁ、この戦の直後は高転びに転ぶなんて想像も出来ないンだろうがねぇ。
だが、将来華琳にやられちまう基を此処でお前さん自身が作ることになる。洛陽を手に入れた。その事がお前の慢心に繋がるのさ。漢王朝なんていう、既に腐っちまって何にも使えないガラクタを手に入れて、それがこの世界で唯一無二の、高貴な価値を持つものだと信じて居るが為に、な。人は家柄や組織に従うんじゃない。人は人に従うのさ。その事が理解出来ないお前さんには丁度良い役どころだと思わんかね?
今の内に言っておいてやるよ。逢えないだろうからなぁ、その時には。
主演女優賞、おめでとう袁紹。そして、さようなら。

アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリーヴェデルチ!

「……やはり折檻が必要ですか」

NO THANK YOUです、ヒョードル様。
何故懲りもせずに阿呆な事をするのか?とな?
フハッ!だぁ〜から俺はアホなのだぁ〜!



















〜琴 Side〜

「今だ、全軍突貫して虎牢関を落とすのだ!」

孔融様の指揮の下、虎牢関へ攻め掛かる。関の上から間断なく矢が放たれてくる。だが、私も弓の腕には覚えがあるのだ。しっかりとお返しをしておく。そのように身を乗り出して矢を射ようとするから、死ぬことになるのだ。

「梯子を!梯子を掛けろ!」
「早くしろ!待ってる間にも味方がやられてるんだ!急げ!」

梯子を何丁も連ねて城壁に掛ける。
……虎牢関に乗り込んで敵将を斬る。それで、士気は大いに揚がることになるだろう。
友軍と友に、梯子を駆け上げる。上がりきったところで、いきなり槍を突き出してきた。
……だが、想定通りだ。予想していないとでも思っていたのだろうか。槍の穂を斬り飛ばし、そのままの勢いで関の上に躍り込む。すれ違いざまに、槍を持つ雑兵を斬り伏せる。

「我が名は太史子義!誰ぞ、私に殺されたいものは居ないか!」

そう名乗りを上げた私に、近づいてくるものが居る。

「大した自信だ。我が名は趙雲。趙子龍。平教経が槍なり!この私が相手になってやろう!」
「退け、下郎!平教経の首を所望!」
「馬鹿め、主は山中の陣に居られる。大体、貴様のような下郎を主が相手にするはずがあるまい。私でも惜しい程なのに」
「……口だけは達者なようだな」

身の程を思い知らせてやる必要があるだろう。
そう思い、抜き打ちに斬りつける。

「ふむ。なかなか早いが、主にはほど遠い、か。まあ、アレをお前に求めるのは酷というものだろうが」

私の抜き打ちを躱し、そう嘯く。
……思い知らせるような身の程ではないようだ。私と互角か、少し上かも知れない。

「では、こちらからも行くぞ!はいっ!はいっ!はいっ!はいっ〜!」

四肢の付け根を狙って、次々に突きを繰り出してくる。
……疾い。避けることは難しいだろう。剣でいなして軌道を逸らしつつ隙を窺う。

「……まさか、全ていなされるとはな」
「意外か?出来るのが自分だけだとは思わぬことだ」
「思っては居らぬさ。何せ主にはまだ一度も勝っていないのだから、な!」

槍を横に薙いで来る。
これも疾いが躱せぬ疾さではない。後ろに下がって躱す。

「……主の剣と似た剣を持っているから、てっきり主と同じように対処をしてくると思っていたが、どうやらそうではないらしいな」
「抜かせ。貴様の主のことなど知ったことか。平教経のことで知っているのは、奴は生きている価値がない極悪人だということだ」
「……ほう、悪、とな」

……挑発に乗ってきたな。

「そうだ、極悪人だ。何が天の御使いだ。洛陽で圧政を布く董卓と結託し、無辜の民を搾り取ろうとしているだけの極悪人ではないか!生きている価値がどこにある!奴のような人間の出来損ないは、この世から消し去るべきなのだ!貴様ほどの武人が、何故あの様な屑に従っている!あの様な男が、この世界に安寧をもたらせるはずがないではないか!その望みは、醜悪な我欲に塗れたものに違いないのに!」
「貴様、主を、愚弄したな……?」

良い感じだ。もう少し頭に血が上れば、斬り伏せることも可能だろう。

「どうした、悔しいのか?事実を言い当てられて」
「貴様!」

よし、来た!

「待ちな!星!」

槍を手に飛びかかってこようとした趙雲を、貫禄のある女が制止した。
……近い。此処まで接近されるとは。私もまだまだ鍛錬が不足している様だ。

「碧、黙ってみていろ。この女を殺す」
「まぁ、待ちなよ。此処は私に譲って貰おうか?」
「何だと!」
「……星、冷静になりな。アンタ、挑発されてたんだよ。……ったく、ご主人様のことになると趙子龍も形無しだねぇ」
「む……」
「私に任せて貰おうか、星。アンタはあっちへ行って他の奴らに対処しておきな。これは、平家軍副将としての命令だ」
「……分かった。だが、その女には思い知らせてやって貰わねば困るぞ?碧。主も、主が抱いている夢も、理想も、その全てを悪だと断じたも同然なのだからな!」
「……ああ、分かって居るともさ。だから、私が怒っているんだろう?」
「……太史子義、と言ったな。命があったら覚えておくがいい」
「待て、逃げるのか!趙雲!」
「……アンタ、誰を目の前にしているのか、分かって居ないようだねぇ?」

いきなり、剣風が目の前に湧き起こる。
……剣を振った。只それだけだ。だがその剣風は、触れれば只では済まないことを如実に語っていた。

「……太史子義だ。貴女の名前を聞こうか」
「……馬寿成。征西将軍さ。今は、平教経の配下だ」

馬寿成。義侠の人と聞くこの女が、何故極悪人の下に付いているのか。

「……何か弱みでも握られているのか?私で助けになれることがあれば、手助けするにやぶさかでないが?」

そう言った私を、馬騰は嗤った。

「あはははっ。アンタ、おめでたい頭をしているねぇ。常に自分は正しく、敵が悪い。そう考えているのかい?」
「当然だ。私は正義をこの剣で為す為に生きているのだから」
「正義、ねぇ。アンタ、本気で連合軍に正義があるとでも思っているのかい?」
「当たり前だ!洛陽で圧政を布いている董卓に荷担する貴様らよりは遙かに正義に近しい存在だ!」
「……もしそれが全て袁紹の作り上げた嘘だったとしても、かい?」

……嘘、だと?そんなことがある訳がないだろう!四代に渡って三公を輩出した、漢の名族であり、忠臣だぞ?それが何の益あってそのような嘘を態々吐かねばならぬのだ。

「そのような見え透いた嘘に踊らされる私ではない。虚言を以て私を惑わそうとした罪を、その命で購って貰おう!」

右上段から左下段へ斬り下げる。その剣を、馬騰は後ろに下がって躱した。

だが、私の剣は一度行ったら終わりではないのだ。どうやら、見積もりが甘かったようだな、馬寿成。

返す刀で、左下段から右上段へ斬り上げる。だが、馬騰はこれも後に下がることで躱した。
?確かに、斬ったと思ったが。少し遠いのか。間合いが、遠いように感じる。

「……やるようだな。流石は、馬寿成。何故貴女のような人物が、鬼畜共に従うのだ」

そう言って挑発してみる。

「……ふん。私は星ほど純情じゃない。相手にしている人物を見損なうと、死ぬよ?小娘が」

今の今まで無防備に只立っているように見えた馬寿成。
それが、気が付けば目の前に迫っていた。
何故。いつの間に。どうやって?

「流石、と言ってくれたね?その流石の馬寿成から感じる覇気や殺気にしては小さいものだと疑問に思わなかったようだねぇ。これだから、小娘は駄目なのさ。己を韜晦することをしない。駆け引きを知らない。そして何より、相手を恐れることをしない。そういうのを、阿呆というんだよ!小娘!」
「ぐっ……あ……」

右の肋骨を、その剣の柄で目一杯に叩かれた。
間違いなく、折れた。それが分かった。

今の言からするに、自分の殺気や覇気を押さえて、距離感を狂わせていた、というのか。私は、確かに距離を測っていたはずだ。この目で、確かに。それを、狂わされるとはどういうことだ?

「……不思議そうな面をしているねぇ。簡単なことだ。星と話しをしている時、私は持てる限り全ての殺気をアンタにぶつけていたのさ。星が向こうに行ってから、それを押さえた。アンタの精神は、どうやら私の殺気をきっちりと脅威だと感じていたみたいだねぇ。だからこそ、殺気を押さえた状態を、私が遠くにいるように感じていたのさ。実際は最初と同じ位置に立っていたよ。だが、アンタの体は、差し迫った命の危機が遠のいた為に、私が遠くにいるようにアンタに見せていたのさ。人の体は、その精神に依存する。星を挑発して勝ちをその手中に収めようとしていたんだ。それくらい、理解出来るんだろう?小娘。
……目に見えるものがこの世の全てではないのさ」
「……ぐっ……殺せ……貴様らのような……大悪人に殺されることだけが……心残りだが」
「……まだ、言うのかい。……本当に信じ切っているようだねぇ。馬鹿の唱えるお題目を」
「何が、悪い」
「……その命、一度だけ助けてやるよ。拾った命でしっかり考えてみると良いよ。アンタが、如何に馬鹿なのかについて、ね。
次遇った時、同じ事を言うようであれば、殺す。この私が、必ずね」

私の全身を、かつて感じたことのない殺気が打つ。
直ぐ側に居るように感じるが、居ると感じる場所より遙かに遠い場所にいることを、私の双眸は確認している。これで、私は惑わされたのか。こうも、惑わされるものなのか。

「とっとと帰りな。味方は全員帰りつつあるよ?アンタを見捨ててね」
「くっ……礼は、言わぬ」
「礼を言われる筋合いはないねぇ。お前如き小娘に、私が殺してやる価値はない。只それだけのことさ。良く覚えておくことだね。今日の醜態を」

馬騰の言葉を背中に聞きながら、関から飛び降りて自陣へ向かう。
……いや、逃げる。逃げている。
私は、負けたのだ。初めて、負けた。この世に生を受け、物心ついてから武芸を修めてから後、負けたことがなかった私が、負けた。それも、完膚無きまでに。殺す価値もないと哀れみさえ受けて。屈辱に、身が震える。悔しい。涙が、零れてくる。
私は、正しいはずだ。奴らが、悪のはずだ。何故、私が正義ではないなどと言うのだ。何故、悪党であるのに、私を殺さなかったのだ。

『目に見えるものが全てではない』

そう言った馬騰の顔と言葉が、頭から離れなかった。