〜星 Side〜

「教経殿、何故昨晩私の部屋においでにならなかったのですか?」
「教経様、一体どういう事情で一晩行方をくらませていらっしゃったのです?」
「お兄さん、どういうことなのか、説明が必要だと思いませんか?」
「ご、御免。何か全部話しちゃって……」

目の前で、主が頭を抱えている。
詠、ネタ晴らしは最期にしなければ意味がないとあれほど言ったであろうに。

……主が、またやらかした。
勿論、女性的な意味で。ついでに、性的な意味でも。

今日の昼、中庭で稟と話をした際、昨晩主が稟の部屋に来なかったことについて、何か知らないか?と聞かれた。主が稟の部屋に行かない。そんなことがあるはずがない。だが、稟の表情は深刻だった。他の二人なら、何か知っているかも知れない。そう思って、『非常招集』を掛けた。

この『非常招集』とは風が考えた物で、主の女性関係に何かしらの変化を感じ取った際に行う緊急招集のことだ。非常招集だということを伝えるように、と使い番に言うと、もの凄い勢いで走っていった。
……きっと、風に弱みを握られて良いように使われているのだろう。でないとあんなに必死な表情で城内をひた走ることなど無いだろうから。

それから一刻もしない内に、風と愛紗がやってきた。愛紗は練兵中だったが、騎馬に跨り、青龍偃月刀を持ったままの格好で、もの凄い速度で洛陽の町中を駆けてきたようだ。息を切らしているからな。もう少し迷惑という物を考えた方が良いと思うぞ?……は?勿論、私は考えない。私は全てに優先されるからな!

話し合いを持った結果、二人も知らない、ということだった。
断空我などの、主の身辺を警護しようと自発的に警邏している者達を掴まえて訊いてみたが、昨晩は一晩中部屋にいなかったようだ、と言っていた。特に断空我は、朝主が見つかるまで、ずっと城の内外を問わずに走り回って捜していたようだ。先手の兵達を総動員して。……だから昨日の晩、「OK!忍!」と五月蠅かったのか、城内が。寒い季節なのに暑苦しいことだ。
何だかんだと言っても、断空我は主のことを掛け替えのないものだと思っている様だ。そう言ってやると、うるせぇよ!とか、んなことあるわけないだろうが!とか言っていたが、主に死なれたらこの先何に希望を見いだして生きていけば良いか分からないだろうが、とぼそぼそと語っていた。主といい、この男といい、素直ではないものだ。まぁ、だからこそああやっていつも喧嘩をして仲良くしていられるのだろうが。似たもの同士なのだろう。全く、小僧のようなものだな、二人とも。……はぁ?私は大人の女性だ。主にしっかりと開発されているのだからな!ククッ。わかったかな?

この時点で分かったことは三つ。

夜、稟の部屋に行かなかったこと。
一晩中、自室にいなかったこと。
朝、主は何処かから無事に戻ってきたこと。

これらの事から考えられることは……!
分かったぞ!犯人はこの中にいる!婆様の名にかけて!
ちなみに私の婆様は取り立てて特徴のない、普通の婆様だ。趣味はひなたぼっこ。偶にそのまま昇天したのではないかと思うくらい微動だにしない。

そう思って全員を眺める。
一人。二人。三人。四人。

ふむ、此処には容疑者が四人いる。
?四人?

「アンタ達、顔突き合わせて何やってるのよ」

ほう、賈駆か。

「い、いえ。別に何でもありません」
「そ、そうです、そうです。何でもありませんよ」
「そうなのですよ。賈駆さんには余り関係のないことなのです。平家軍の主立った将と軍師に関わる秘め事なのですよ」
「……ふぅ〜ん。それって、アイツの事じゃないの?此処にいる全員、アイツに誑かされた訳だし」
「……まぁ、そうですね」
「賈駆さん、どうしてそれを……って、霞ちゃんですか」
「馬騰からも色々聞いたわよ。超一流の女誑しだって」

主、主の与り知らぬところで主の評価はうなぎ登りですな。
間違いなくストップ高です。
ある意味、ストップ安ですが。

「で?なに話してたの?郭嘉は何か深刻な顔してたし、問題でも起こったの?」
「……丁度良いので少し聞いてみたいのですが、良いですか?賈駆殿」
「いいわよ、関羽。何?」
「昨日の晩、教経様を城内で見かけたりしませんでしたか?私達に割り当たられた区画一帯と、城外にいらっしゃらなかったので、もしかしたら董卓軍の皆様が使用している区画に居たのではないかと思っているのですが。……特に、霞の部屋などに。居ませんでしたか?」

そういった愛紗に、賈駆は何やら言い辛そうに、顔を赤らめている。
……真犯人を発見した。犯人は、お前だ!
ふふ。我ながら惚れ惚れする名推理だ。これで十分生きていけるな。

「その、だから、言ったじゃない。『此処にいる全員、アイツに誑かされた』って」
「……霞でなくて、こっちですか……」
「……はぁ……お兄さん……」
「……私の他に眼鏡っ娘が……これは戦略の練り直しが必要ですね……」

……誰一人あり得ぬ事だとショックを受けていないところが、問題だと思いますぞ?主。
全員が全員、主ならやりかねないし仕方がないと思っているということですからな。
当然、私も主ならやりかねないと思っておりますよ?

「……その、何か言うことは無いの?『この泥棒猫!』とか、『淫売!』とか……」
「この泥棒猫の淫乱眼鏡っ娘め、なのです」
「ちょ、ちょっと!淫乱って何よ!」
「賈駆、声が大きすぎる。皆こっちを見て居るぞ?あと、風、口調がのんびりしすぎだ」
「おぉ!お兄さんだから当たり前のことだと思っていたのでつい同好の士を発見した思いがしまして」
「はぁ……また好敵手が増えた……」
「教経様は本当に仕方のない……」
「「「「はぁ……」」」」

仕方のないことだと思ってしまうところが、なんともまぁ。
皆が皆、しっかりと調教されてしまっているからなぁ、主に。

「それでその、なんて言って良いか分からないけど、その」
「ちょっと待って下さい」
「え?」
「賈駆殿、賈駆殿は教経殿のどこに惹かれてそうなったのです?」
「……一目惚れ、かな」
「はぁ!?」

これは意外だ。想定外だ。

「べ、別にそんなに驚くこと無いじゃない!」
「いや、しかし賈駆殿。教経様のお顔は十人並みなものだし、そこまでの美男という訳ではない。その教経様に一目惚れとは……物好きなのか?」
「ち、違うわよ!顔見ただけで惚れる訳無いでしょ!その、アンタ達が長安に移動する時に洛陽に駐屯してたでしょ?」
「ええ」
「その時に、アイツが『家長としての責任は、果たす。それが平家の頭領ってモンだ。』って言いながら、子供達が走っていくのをじっと、厳しいけど、優しい目で見てるのを見て、それでその、まぁ、そういうことに」

……流石は釣りキチ ジゴロ。
その表情と言葉一つで見事に一本釣りしましたな。
川のヌシも余裕で釣り上げられることでしょう。

「……賈駆さん、でもそれだけでお兄さんとそういうことにはならないと思うのですが」
「そ、それはその」
「どの?」
「星、黙っていて下さい」

おお、怖い怖い。

「……昨日、戦の経過をどう考えているのか、という話をしている時に、洛陽を放棄しろ、と言われて。でもそうすると、月もボクも逃げる場所がないと思って。アイツに頼りたかったけど、迷惑掛けることになるから、それはできないと思って。どうして良いか分からなくなって」
「……成る程。どうせ主のことだ。『俺が守ってやる』だの何だのということを、さぞ凛々しい顔で自分の信念を述べながら言ったのでしょうな」
「う……そ、そうよ」

賈駆の顔がまた赤くなった。
……これはまた、この短期間に良く此処までの重症に。主の顔を思い出してなのは間違いないが、顔だけでこうなるとはまた可愛らしい女であることだ。だからこそ、主も抱いたのだろうが。

「……皆、これは仕方あるまいよ」
「……まぁ、そうですね。無かったことにはできませんし」
「む〜、賈駆さん、風の真名は風なのですよ」
「私は、稟です。賈駆殿」
「愛紗と申します。賈駆殿」
「私は星だ。宜しくな、賈駆殿」
「へ?どういうこと?」
「お兄さんは、皆のお兄さんなのですよ。お兄さんを共有するお仲間に入れてあげても良いのです」
「ななな何言ってるのよ!きょ、共有って……ど、どういうことよ!?」
「賈駆殿、私達は、一日交替で教経様と夜を共にしているのです」
「へ?」
「賈駆殿が教経殿を好いていらっしゃるなら、こちら側へおいでになった方が良いと思いますよ?」
「そうだな。それが一番の解決方法だからなぁ。愛紗の時もそうであったし」
「わ、私のことは今関係ないだろう!」
「ある」
「どこが!」
「知らぬ」
「せ〜い〜……今日という今日は許さぬぞ!」
「おお、怖い怖い。賈駆を放っておいて良いのか?愛紗」
「……くっ……覚えておけ!」
「私は忘れっぽいのでなぁ」
「言っていろ!」
「言っているさ」
「二人とも、賈駆さんが呆気にとられているのですよ」
「……その、四人とも、何とも思わない訳?ボクがその、アイツとそういうことをするのに」
「賈駆殿、よく考えてみられよ。此処に四人もいるのですよ?」
「そうなのです」
「我らはそれぞれ、主に集った蝶なのだ。主にとって一番の蝶になればよい。皆そう思っているのだ」
「……まぁ、そうね。ボクは、賈駆。字は文和。真名は詠よ。……負けないわよ?」
「詠、歓迎しよう」
「これで詠ちゃんも立派な肉奴隷予備軍なのです」
「ちょ、ちょっと!人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「まぁまぁ、詠。落ち着いて下さい。夜に集まって、教経殿の話でもしましょうか」
「それは良い」
「……でも、その前にやることがあるのですよ」
「そうですね」
「当然です」
「当たり前だ」
「……あ〜、御免、教経。なんかこうなっちゃった」










そういう訳で、こうなった。

「全く、教経殿は女性に少しだらしなさ過ぎるのです!」
「……はい、申し訳ありません」
「お兄さん、皆平等にしなければならないのですよ?」
「……はい、心得ております」
「教経様、少しご自重下さい。一体何人泣かせれば気が済むのですか?」
「……誠に以て申し訳のしようが御座いません」
「主、私だけを愛してくれていればこうは成っていなかったのですぞ?自業自得ですな」
「……ただいま痛感して居るところで御座います」
「ぼ、ボクのことも、きちんとして貰わないと困るんだからね!?」
「……新規参入おめでとう御座います。精一杯勤めさせて頂きます」

全く仕方のない主だ。だがまぁ、仲良きことは美しきかな、かな?
まぁ、まだ懸想している人間も居そうだし、後何回殴られればいいのでしょうな?主。