〜教経 Side〜

「実際の戦の推移について?」
「そうよ、詳細はアンタから聞いてくれって程cに言われたわ」

霞と仕合った後、賈駆に呼び出されて洛陽の城壁の上に行った。
城壁から突き落とされるのかと思ったが、どうやら違ったようだ。本当に良かった。ここから香ちゃんハンマー的なものでぶっ飛ばされたら死ねる。間違いなく死ねる。

「……アンタ、また変なこと考えてるでしょう?」

……本当に高性能だな、バイオセンサーは。何で分かるんだ?

「いや、考えてないし、これからも考えないです、はい」
「……まぁ、良いわ。で、どうするのよ?」

何とか誤魔化せたようだ。

「水関と虎牢関。基本的にここで奴さん達には消耗して貰うつもりだ」
「……時間稼ぎをする、ということね。策が発動するまでの」

……流石に優秀だな。

「そうだ。策が発動し、敵の士気が目に見えて下がったら、これを叩く。但し、奴さん達が逃げない程度に叩く。此処が一番大事だ」
「……今ひとつその必要性が見えないんだけど?殲滅できるなら殲滅した方が良いと思うけど、ボクは」
「それだと駄目なんだよ」
「何が駄目なのよ」
「賈駆、袁紹の目的が何か分かるか?」
「……月の命と、洛陽?」
「そうだ。では、その二つの目的を二つとも達成できなかった時、袁紹はどうすると思う?」
「……懲りずにもう一度攻めてくるんじゃないの?」

その認識の甘さは命取りだぜ?賈駆。
アレは馬鹿なんだからな。

「……董卓の命を狙う。それも、暗殺を仕掛ける。成功するまで、執拗にな」
「なっ」
「だから、勝てるが勝ちすぎては駄目なんだよ。勝ちすぎればもう袁紹は引っ込みがつかなくなる」
「ちょっと待ちなさいよ。それじゃ、程よく勝つだけでも駄目じゃない!そんなことじゃ満足しないわよ、袁紹は」
「……だから、お前さん達には洛陽を捨てて貰う」
「……」
「洛陽を袁紹に取らせれば、袁紹は一定の満足感を得られるだろう。董卓の命を執拗に狙うこともなくなる。目的の一つが達成されている以上、軍事的行動の成果があった、ということになるからな。その上で、兵の士気が揚がらず、国元で不穏な空気が蔓延している、となれば、董卓討伐を諦めて各々自分の領地へ帰還することになるだろう。それで初めて、董卓の命が生涯保証されることになるだろう、と思っているのさ。俺はな」

さて、賈駆はどう判断するかな、この策を。

「……すればいいの……」
「ん?」
「それからどうすればいいのよ、ボク達は。その後、洛陽を捨ててしまった後、ボク達はどうなるのよ。洛陽を捨てれば、間違いなく司隷州全体に侵攻してきて全ての領地を奪われてしまうわ。領地もなく、諸侯に疎まれているボク達は、どうすればいいの!?」

確かに、拠って立つ場所が無くなる、な。
だがねぇ、俺が居るじゃないかね。何とかしてやれると思うんだがね?
これ以上迷惑掛けられないとか戯けたことを考えてるんじゃ無かろうね?

「ねぇ、応えなさいよ。諸侯に疎まれて、殺しても構わないと思われているボク達は、一体どこに逃げて生きていけばいいのよ?それともずっと、これから先の人生、ずっと日陰者として、人の目を只ひたすらに避けながら生きていけって言うの!?」

……やれやれだな。このツンデレラってぇお姫様は。
もうちっと人に頼るって事をした方が楽に生きていけるぜ?
俺を見てみろ、俺を。
星が居て稟が居て風が居て愛紗が居る。頼りっぱなしだが、頼っていること自体を恥ずかしいと思った事なんて無い。人間てのは完璧な奴は居ない。もし居たら、そいつはもう人間じゃねぇよ。『人の形をした何か別のもの』でしかない。

ったく、自分を追い込みやがって。

「肝心なところで馬鹿なんだな、賈駆。俺が居るだろうが」
「……え?」
「え?じゃねぇよ。俺が居るだろうが。俺はお前さんを疎まない。俺は俺ンとこに逃げて生きていって欲しい。俺はお前さんに、これから先の人生もずっと日向で人の注目を集めて生きていって欲しい。だから、俺ンとこに逃げてくればいいんだよ、賈駆」
「……ホントに?本気で、そう言ってくれてるの?ボク達は、アンタの世話になっても良いの?それをすれば、アンタはほぼ全ての諸侯の敵としてずっと疎まれ続け、攻められ続けることになるのよ?分かってるの?いつか攻め滅ぼされることになるかもしれないのよ?攻め込まれる大義名分を、常に抱えておくって事よ?」
「あのなぁ、今回董卓に付くって決断をした時点で、『たとえ天下を敵に回しても』っていう覚悟を決めてるんだよ。今お前さんが言っているのは今更のことだ、織り込み済みのことなんだよ」
「そのせいで、多くの領民が死んでいくわよ?ボク達が居るばかりに、アンタの領民や配下が死んでいくのよ?それに、耐えられるの?大体、今回のことはボクがもっとしっかりしていれば防げたこと。自業自得なのよ?」
「自分を追い込み過ぎなンだよ、お前さんは。今まで全てのことをそつなくこなしてきたからなンだろうが、もっと適当で良いンだよ。物事はなるようにしかならねぇ。落ち着くべきところに落ち着くンだよ。誰のせいでもない、そのモノ自身に相応しい形で全てのモノが落ち着くンだ。
水が低きに流れるのは水がそういうモノだからであって誰かが低いところに水を態々運んでいくからじゃない。犯罪者がむごたらしく殺されるのは、そいつが犯罪を犯したからであって貧しい生まれであったからじゃない。『そういうモノだから』『そこに落ち着く』ンだ」
「……」
「……『見義不為、無勇也』。これは、平家の頭領として絶対に外れるべきではない、生き様のようなモンだ。信念と言うよりは、な。平家の郎党となり、不幸にも平家に統治された以上、俺がそうありたいと思う俺である為に、皆には死んで貰うしかない。
『お前なんか要らない、死ねばいい』と思った時、俺を殺しに来ればいいのさ。だが俺が生きて『平教経』としてその生を謳歌する限り、この俺の夢を信じて付いてきてくれた多くの人間が居た以上、俺は俺として俺のままで生きていくことを貫いてやる。そう決めたンだ、それが死んでいった者達へ俺が出来る唯一のことだって思ってるンだよ。
お前さんがもっとしっかりしていれば防げたことだと言うが、人は完全じゃ居られないンだよ。誰だって間違う。誰だって迷う。誰だってどこかが不足してるンだ。だから誰かと一緒に生きていくンだろうが。お互いの不足しているところを補い合うように。それが自然なことなンだよ。
だから、気にしなくて良いンだよ、賈駆。甘えちまえよ。どんな難癖付けられようと、どんなに俺が困ることになろうと、俺が守ってやる。どんなことをしてでもな。
例えこの決定の為に命を落とす事になろうとも、俺はそれで誇りを持って死んで行ける。俺らしく、俺の生を精一杯に生ききった。そう自信を持って言える。それが、平家の頭領として相応しい生き様ってモンだと思ってる。だから、俺の迷惑なんて考えずにやりたいようにやっちまえ」

話の途中から、賈駆はずっと俯いて肩を震わせていた。
……この意地っ張りめ。こういう時は素直に泣けばいいものを。
そう思って、賈駆を抱き寄せる。

「なっ、なによ」

全く抵抗しない上に涙声でその言い様は無いだろうが。ったく。

「泣いても良いンだよ、賈駆。状況が許す限り、泣きたい時には泣けばいい。俺はそう教えられたぜ?皆に。泣いて、気持ちに整理を付けて、もう一度歩き出せばいい。大事なのは、見失わないことなンだよ。自分自身をな。もう一度歩き出した時、周囲をよく見て見ろよ。きっとお前さんに手を差し伸べてくれている人間が居ることに気がつけるさ。経験者が言うことだ、それは間違いないンだからねぇ。それから歩みを進めていけば良いンだ。だから、泣いて良いンだよ」

俺の腕の中から、歔欷する音が聞こえてくる。
……お前さんも、きっと歩みを進める事が出来るさ。後ろ向きにではなく、前を向いて、空を見上げて、胸を張って、な。

そのまま城壁の上で、ずっと賈駆の頭を撫でながらすっかり暗くなった空を眺めていた。













〜詠 Side〜

「落ち着いたか?」
「……うん」
「……まあ、なンだ。とにかく俺に頼れ。良いな?」
「……うん」

自分たちの命以外、全てを失う。
そのことはボクがもたらしてしまったこと。そう思えてならなかった。
ボクのせいで、月が死んでしまう。命はあっても、日陰でしか生きられないなら、死んだのと同じ事だ。その事に、耐えられなかった。
ボクだって、コイツに頼ることは考えた。正直、頼りたかった。助けてくれるのは、もうコイツしか居ないんだから。でも、それをすれば今度はコイツがボク達と同じ目に遭う。助けに来てくれたコイツに、そんなことまで押しつけたくなかった。

それなのに。

『俺が守ってやる。』
『例えこの決定の為に命を落とす事になろうとも、俺はそれで誇りを持って死んで行ける。』
『泣いても良いンだよ』

そんなことを立て続けに言われて、あっという間に泣いてしまった。泣かないように、我慢してたのに。

……こんなの、ボクの柄じゃない。
そう思うけど、コイツの腕に抱かれて、頭を撫でられてると、ホッとする。今まで張り詰めていたモノ全てが撫でられる度に取り払われていくような、そんな感じがする。
……コイツの周りにいる女って、皆こうやって誑かされたんでしょうね。

「……ねぇ」
「あぁ?」
「アンタって、女誑しだって馬騰が言ってたけど、やっぱりこうやって誑かしてきたの?」
「……碧、テメェ覚えとけよ……さぁ、どうかね。どっちかというと、俺が泣きつく側だった気がするけどな」
「……嘘よ」
「本当だよ。自分らしく生きていくことを貫く、って言ってたろ?死んでいった者達の為に俺が唯一できることだからって」
「……うん」
「その答えを出す過程でな、愛紗に叱られて泣かれ、風に泣かれて。俺ぁ、極端な答えを出しちまっててなぁ。『強くある為に自分を徹底的に殺す。その為に自分が自分で居られなくなっても構わない』。そう思ってたンだよ。それを叱られて思い直させられて、漸く自分にとっての答えを出したンだ。形から言うと泣かれた訳だけど、実情を考えると俺がのたうち回って助けてくれって言ってたようなモンだと思う」
「……ふぅん」

コイツでも、そんなことあったんだ。ちょっと意外。
あんな顔してあんなに心に響く言葉を吐いたのに。コイツに、そんなことがあったなんて、ね。

「……もう、大丈夫よ」
「そうか?なんならまだ抱いて撫でててやるぜ?」
「う、うるさいわね」
「……もうちょっと掛かりそうだねぇ。キレがまだ不足してるぜ?普段通りに戻ったのなら、直ぐにでも俺の腕を払って抜け出ていくだろうに」
「……ふん」
「はは。ま、お前さんらしいと思うがね。賈駆」
「……詠よ」
「……詠」

そう言って、優しくボクのことを抱いてくれている。
最初から分かってたことだけど、口が悪いだけで心根は本当に優しい。人としてのあり方が、本当に好ましい。慈しむような目でボクを見ている。こんな男がこの世にいるなんて。

……ボクは、コイツのことが好き。きっと、初めてあの顔を見た時から、ずっと。霞が言っていたことが正しいのがちょっと気にくわないけど。『ボクを、裏切るなんて』。コイツが軍を率いて洛陽に来た時、そう思った。裏切られたと感じたのは、ボクの好きという気持ち。だからこその、あの感情だったんだって、今にして気付いた。
あとちょっと。もう少しだけ。きっと明日からは、いつも通りのボクで居られると思うから。もうちょっとだけ、一緒に居て欲しい。胸を貸しておいて欲しい。

「……そろそろ、帰るかね。冷えてきたぜ?」
「……きょ、今日だけ、一緒に居なさいよ。明日からはちゃんとするから……その、今日だけ……今日だけで良いから、甘えさせなさいよ……」
「……了解だ。お姫様」

そう言って、頭を撫でるのを止めて、両手でボクを包み込むように抱いた。
それから朝まで、ボク達はずっと一緒に居た。その、ボクの部屋で。
……ボクは、コイツに誑かされた。全部見られたんだから。心も何もかも、本当に、全部。

ちょっと、ご挨拶しに、行かないとね。
趙雲も程cも郭嘉も関羽も、皆そうだって言うんだから。
やっぱり、女誑しだ。