〜稟 Side〜

『反董卓連合結成の為、袁紹が檄文を発した』
細作から、その報告を受けた後直ぐに、檄文が送付されてきました。
随分と時間が掛かったようですが、当然のことです。
最早袁家の領内には満足に糧食が残っていないでしょう。そうなるように、私が仕向けたのですから。当然のことです。

「主、反董卓連合への参加を呼びかける檄文が廻ってきました」
「漸く、か。随分時間が掛かったみたいだなぁ?糞が。まぁ、それもこれも稟のお陰だ」
「いえ、そのようなことはありません」
「そのようなことがなかったらもっと早くに反董卓連合は結成され、為す術はなかっただろうさ……稟、有り難うよ。お前さんが徹底的にやってくれたからこそ、この現状がある」
「……有り難う御座います」

その言葉に、嬉しく、そして恥ずかしくなってしまう。
いつまで経っても、慣れない。慣れないどころか、酷くなっている気がする。教経殿に褒められると、それこそ天に昇るかのような気持ちになる。もう、抜け出せないと思う。この人から。

「……いいねぇ。俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。そして、麦茶が好きなんだよねぇ……」

なにやらぼそぼそと言っていますが、どうやら麦茶をお好みなのは分かりました。
……今度部屋においでになった時の為に、準備をしておかなくては。

「お兄さん、へぶん状態なのはわかりますが、お話を進めましょう」
「俺はあんな顔してないだろうが!……風、どこでそんな言葉知ったんだ?」
「分からないのです。風は」
「『電波を受信しただけですから』、だろ?」
「む〜」
「ははは。こちとらお見通しなんだよ!」
「教経様、話が進まないので少しおとなしくしておいて頂かないと。分かりますよね?」
「……はい」

流石は『対教経殿最終説教兵器』、愛紗です。あっという間に陥落させました。我が軍は圧倒的です。
悪ノリする前に叱る。母親のように見えますね。

「では、今回の戦の目的を那辺におくのか。教経殿のお考えをお伺いしたいのですが」

皆承知の上でしょうが、こういった事は何度確認しておいても良いものですからね。それを見失って敗亡した勢力の何と多いことか。私達は、そうはならない。その為に必要なことなのですから。

「戦略目的は、董卓の生存だ。今回だけでなく、今後に繋がる形での、な」
「分かっているのですよ、お兄さん。それでは戦術目的は、どのようなものになるでしょうか」
「水関、虎牢関。この2つの関で連合軍と対峙し、奴らを奔命に疲れさせる。その間に策を以て連合軍の軍兵の士気を低下させる。その上で、馬鹿共に軽くお仕置きをしてやる。それが戦術目的になるだろう。
そうしておいて、水関、虎牢関だけでなく洛陽までも放棄して馬鹿共にくれてやり、俺たちは長安に帰る。函谷関に蓋をして、出来るだけ多くの人間を引き連れて、だ」
「主、なぜ撤退するのです。なぜ洛陽を放棄するのです。親董卓連合の結成。潤沢な兵糧を用いた策。そして、曹操との密約。これだけの要素が揃っていて、負けることはありますまい。連合軍を殲滅することすら可能であるこの状況で、なぜ洛陽を放棄して撤退などしなければならぬのです!」
「教経様、星の言う通りです!教経様の策により、此度の戦の勝ちの目は多くなりました。なぜ勝てないなどとお考えになっておられるのです!」

星と愛紗は教経殿にそう言い募っている。
風は、静かに目を閉じている……寝ていないでしょうね?

「愛紗、誰が『勝てない』、と言ったのかね?」
「今、教経様がそのように仰ったではありませんか」
「俺は『撤退する』と言ったンだ。『勝てない』とか『負ける』とか言った覚えはないねぇ」
「……そう言われれば、そのような……」

教経殿が私達を眺める。
私の顔を見て、笑いながら頷いている。私が教経殿の考えていることを理解している事が、分かっているようだ。

「稟は分かっているようだが、説明が必要だろうからねぇ。俺から説明してやるさ。
先ず、星。今回の反董卓連合の糞共が目的としていることは何だと思う」
「董卓殿の命を頂戴することですな」
「そうだ。それが袁紹の馬鹿の主目的でもある。だが馬鹿の目的は、それだけじゃないんだねぇ。風?」
「……洛陽の占拠とそれに拠ってもたらされる皇帝陛下の身柄なのです」
「正解だ。それが副次的目的だな。その二つが奴さん達の戦略目的なのさ。
星と愛紗が言った通り、今回の戦闘で俺たちが負ける、ということはほぼ無いと思っているンだよ、俺はな。だが、それは俺の軍が勝つ、というだけのことで戦略目的を完全に果たしたと言えないものだ。確かに、戦に勝てば董卓の命を救ってやることが出来る。それは間違いない」
「では、何故教経様は」
「まぁ、待てよ、愛紗。俺のお話はこれからだ。
董卓を殺せず、国都洛陽を押さえることも叶わなかった馬鹿は、ずっと俺と董卓に対する恨みだけを募らせていくことだろうねぇ。俺は兎も角、董卓に対して執着心を持たせるのはまずいンだよ。手段を選ばず暗殺に出ることもあり得るわけだろうが。
古来、暗殺というものが成功してきている理由はな、暗殺ってのは狙う側で全てを決定する事が出来る為なンだよ。いつ、どこで、どうやって。その全てを、暗殺を仕掛ける側が決定できる。どんなに警戒しても、それを全てはね除け続けることは難しい。二度三度と失敗して諦めてくれればいいが、折角連合を結成したのに目的を何一つとして果たすことが出来ず、自分の風評を地に落としてしまったあの馬鹿がそう簡単に諦めると思うかね?きっと俺と董卓が死ぬまで、その命を狙い続けることになるだろうねぇ。

この一戦で袁家を根絶やしにすることが出来ない以上、戦略上の主命題である董卓の命を今後董卓が自然死するまで確保してやる為には馬鹿の為に代替的行動を用意してやることが必要なンだよ。代替的行動があれば、それによって主目的を満たせなかったという不満は解消される。この場合の代替的行動、それは、副次的目的である洛陽の占拠だろう。それを行うことで、憎い董卓を殺す、という妄執に似た主目的への執着から解放されることになるだろうよ。そういう訳で、洛陽の放棄は戦略的勝利を掴む上で絶対に必要な要素なンだ。

……分かって貰えたかね?俺は勝てないんじゃない。敢えて『勝たない』んだよ。表面的にはな。実質は大勝利なんだがねぇ……クククッ」

……教経殿は、人の心理をよく理解している。
何事に付けても論理的な考えを求める教経殿は、人の心の働きについても独特の理論を持っている。夜話として幾度も討論したことがあるが、事人の心の働きについて、私も風も教経殿に全く歯が立たなかった。この人の、人の心の働きについての考察は深すぎる。意識と無意識。幼少時の体験からもたらされる精神的な制約。人の精神が持つ、自己防衛的忘却能力。そういったことについて、論理的な説明をされたことがある。この人はまだ、こんなに若いのに。どうやってそのような価値観や考え方を身につけたのか、本当に不思議だ。

「……成る程、確かにそうかも知れません。稟は分かっていたのか?教経様がこのように考えていることを」
「代替的行動云々という形で考えていた訳ではありませんが、一定の満足感を与える為に必要な行動として洛陽を占拠させることを考えておられるであろうとは思っていました」
「……ふむ。愛紗よ、どうやら我々では主達には及びも付かないらしい」
「……全くだな。偶に自分の無学さが恨めしくなる」
「そうはいいますが、星、愛紗。私と風は教経殿と共に戦場で戦う事など出来ません。こういった部分でのみお役に立てるのです。同じようなものだと思いますが」
「稟ちゃん、そんなことはないのですよ」
「風?」
「稟ちゃんは昨晩もお兄さんのお役に立ったのですよ。性的な意味で」
「ふ、風!」
「ああ、そうだな。全く、最近稟はいやらしいからな。嬌声が私の部屋にまで聞こえてくるのだ。何とかして貰わないとな」
「せ、星まで!な、何を言っているのです!」
「確かに、良く聞こえてくる」
「愛紗!」
「稟ちゃん、昨晩のお兄さんは、それはそれはいやらしかったようなのです。稟ちゃんのそのいやらしい体を、お兄さんはどのように貪ったのですか?その胸をそのように触って貰ったのか、風は興味津々なのです」

ど、どのようにって……その、髪を下ろして教経様を誘って……いつもとは違って少し荒々しくて……それでもその、優しくて……逞しくて……教経殿の胸板……背中にひっかき傷を作ってしまって……教経殿はその、何度も何度も私の……

「……おい、お前ら。こうなるのが分かっていてやりやがっただろうが」
「いやぁ、主、愛されておりますなぁ」
「風、どうなるのだ?これから」
「そういえば、愛紗ちゃんは見るのは初めてなのですよ。平家名物が見れるのです。愉しみにしておくと良いのですよ」
「おい風。議場が使えなくなると思うんだが?前回の覚醒した稟の発射現場を見る限り」
「発射?」
「まぁまぁ、愛紗よ。愉しみにしておけ」
「はぁ」
「……教経殿は何度も私の胸を力強く揉みしだき……の、教経殿、止めて下さい!……あ……わ、私は嘘を吐いていました。その、続けて下さい……続けて欲しいです、教経殿……」
「……お兄さん、昨晩はお楽しみでしたね」
「どこの宿屋だよ。というか、今すぐ止めさせろ!恥ずかしいだろうが!実況させんな!これを当事者の一方である俺に聞かせるとかどんなプレイなんだよ!」
「愛紗、今すぐ主を羽交い締めにしろ!」
「分かっている!」
「だぁ〜、お前ら止めてくれ、こんな恥ずかしい思いさせるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「どうした大将!」
「丁度良いところに清掃員が来やがったのです。そこに立っていると良いのですよ。もう少しなのです」
「はぁ?何が?というか、修羅場中だったのな。悪かったな、大将。誰かに刺されて死んでくれ」
「テメェ!ダンクーガ!ぶっ殺すぞ!」
「あぁん!なんだコラやってみろ!」
「時間になったのです」
「うむ。三番線から稟が発射しますぞ、主」
「ブーッ!」
「おわっ!……な、なんじゃぁこりゃ〜!」
「……ダンクーガ、前にも言ったがお前にはその役どころは無理なんだよ。当然、探偵も駄目だ。アレはかっこいいからな。お前は、お前だけは認めない!」
「テメェ、また訳の分かんねぇこと言いやがって!というか、これ大丈夫なのかよ!大将、これ死んだんじゃないのか?」
「馬鹿め!稟を舐めるなよ!?こんなモン序の口なんだよ!」
「これで序の口かよ……俺だったら死ぬぞ、この血の量」
「断空我よ、それは皆同じだと思う」
「だから俺は断空我じゃないって言ってるだろうが!」
「……これは凄いな」
「これが平家名物血の池地獄なのですよ。地獄巡り、愉しいですよ、愛紗ちゃん」
「なんだそれは?有名な観光地か何かなのか?風」
「知らないのです」
「……いつも通りの風か。所で、稟がぴくぴくしているが、大丈夫なのか?」
「大丈夫なのです。この程度のことは、日常ちゃめしごとなのです」
「風、それは茶飯事な」
「テメェ、待ちやがれ!」
「主、断空我遊びは愉しいですな!」
「だろ!今度また長安名物断空砲ぶっ放してやろうと思ってるンだよ、一緒にどうだ?」
「愉しそうですな。その際は是非」
「テメェ!この間太原の餓鬼共に棒きれでフルボッコにされたぞ!あれ、テメェがけしかけただろうが!」
「そんなことはない。お腹をすかせた餓鬼共が菓子が食べたそうにしていたから、それを振る舞ったら喜び勇んでお前を殴りに行っただけだ」
「俺が聞いた順番と逆なんだよ!」
「あぁ、お前は馬鹿だからなぁ」
「成る程、確かにそうですな」
「このアホ夫婦が!思い知らせてやる!やぁぁぁぁぁってやるぜ!」
「それにしても、城壁が丈夫で良かった」
「そうなのです。いちいち修理をしなくて大助かりなのですよ」

……どうでもいいですから。誰でも良いですから。誰か、トントンをお願いします。
その、気が遠くなってきましたもので。

「この宝ャが目に入らぬか〜」

……風、それはもう前回使ったネタで、しかも全くその流れではないので何が何やらわかりませんよ?