〜教経 Side〜

雍州に到着してから、既に3ヶ月が経過している。
今のところ、領内の民から反発を受けることもなく順調に馴致できている。
引き連れてきた并州の民も新しい土地と家に馴染み始めているようだ。

引き連れてきたダンクーガの眉毛は、今だその眉に馴染みを見せないようだが。

「……おい、大将。俺の眉になに貼ってやがる」
「海苔」

そう。わざわざお連れしたのに、全く馴染まない。馴染んでくれない。何が不満なんだ、海苔。やっぱりあれか?暑苦しすぎるからか?ダンクーガが。
……本当に困ったモンだ。この海苔は我が儘なのかもしれないな。いや、寂しいのか?今度は違う海苔も一緒に連れてこよう。

「いい加減ぶっ飛ばすぞこの野郎!」
「本気出したらぶっ飛ばせるような言動だが、やっぱりぶっ飛ばされるダンクーガなのでし、たっと!」
「あがっ!」

思いっきりぶっ飛ばしてやった。

「ファー!」

おうおう、初めて見る断空砲に長安市民も大興奮みたいだ。いやぁ、良いものを見たね諸君。我先に逃げていく長安っ子達。太原の小僧共は、いつも通り棒持って追っかけていく。追撃は宜しく頼むぜ?餓鬼共。後で菓子買ってやるから。

お、城壁にぶち当たった。
……やっぱりあれだな、城壁って凄いな!だって壊れないンだぜ?
引っ越し万歳!これで愛紗の説教が減る!



「何だいあれは」

小僧共にフルボッコされているいつも通りのダンクーガを見ながら、綺麗なお姉さんが歩いてくる。綺麗なお姉さんは、好きですよ?訊かれるまでもなく。

「ようこそ。馬騰、で良いんだよな?」
「あぁ。姓は馬、名は騰、字は寿成。……今噂の天の御使いが私に話があるって言うから態々来てやったのに、アンタ何やってんだい」
「俺は、姓は平、名を教経。字も真名もない。……噂してくれと頼んだ覚えもないがな。あんたの歓迎ついでに将来の長安名物断空砲をお目に掛けただけさ」

馬騰。涼州出身の、漢の征西将軍。もういい加減慣れてきたけど、これまた女だ。本当に、有名どころが全部女なんじゃなかろうな?
……安西先生、男の友人が欲しいです……
『諦めなさい。嘘つきは泥棒の始まりですよ?』
心の安西先生は辛口だった……反論できない自分が可愛い。

「で、何の話があるってのさ、この私に」
「まぁ、詳しい話は城でな。歓待の用意もしてある。焦ることもないだろう?案内する」
「ああ、頼むよ。長安を攻めたことはあるけど、町中歩いたことはあまりないんだ、私は」
「へいへい。頼まれましたよ」

そう言いながら、城へ案内する。
大事な話があるのさ、馬騰とな。













〜稟 Side〜

長安に到着して二月余り。
漸く雍州の現状を把握し終えた私と風に、教経殿が相談を持ちかけてきた。
曰く、『馬騰を長安に招待して話をしたい』。
……いつものことだが、突飛なことを言う人だ。

「教経殿、何を考えていらっしゃいますか?」
「何、ちょっと反董卓連合についてな」

反董卓連合。
あの話を聞いた後、風達にその話はしておいた。
皆あり得ぬ事だと言っていたが、教経殿はそれが間違いなく起こると思っているようだ。この間話をした時には、同じようにあり得ないだろうと言っていたはずなのに。何故、考えが変わったのだろうか。

「お兄さん、反董卓連合が結成されると何故思うのですか?」
「決まってるだろう。袁紹が馬鹿だからだ」
「……それは理由になっていないと思うのですが。教経殿」
「ふむ……じゃぁ、こう言おうか。
奴さんはこの世のことが自分の思い通りにならないと気が済まない人間だ。俺を并州牧にするように朝廷に働きかけたのは、并州を自分の支配下に置く為だった。だが、その目論見を見事にぶっ壊した俺に対してあの馬鹿は何をしたか。雍州への国替えだ。
では、その後で自分が并州牧も兼ねようとしている時にそれを見事に邪魔してくれたのは誰だった?」
「董卓さんですね」
「そう、董卓だ。では、奴さんはその事に対して何の報復行為もしないと思うかね?」
「……間違いなく、するでしょう」
「そう。だから、反董卓連合は結成される。馬鹿と諸侯の我欲によってな。であれば、今から出来ることをしようと思ったのさ。言うなれば、親董卓連合を結成してみようかな、とねぇ」

『馬鹿だから』
その言葉の中に、これ程緻密な思考の結果が込められていると誰が思うだろうか。この人は相変わらず極端な言い方をする。そんな教経殿を愛しいと感じている私は既に手遅れなのでしょうけど。

……親董卓連合。
それは良いが、何故馬騰殿なのでしょう。

「教経殿、何故馬騰殿なのですか?」
「馬騰ってのは、只の兵卒から将軍にまでなった人間だ。厳密に言うと兵卒からたたき上げた訳じゃないが、それでも下っ端だったわけだ。それがその地位にまで昇った。その事だけで、優れた人物だと分かる。手を組むなら有能な人間の方が良い。
それに、董卓は涼州の人間だろう。同じ涼州の人間なンだ、多少の親近感は持っていてもおかしくない。大体、あれだけ立派な領主様なンだ。同郷の誇りに思えこそすれ、悪感情を持っていることはないだろうよ」

成る程。確かにそうかも知れない。

「では、馬騰殿に連合の話を持ちかけるのですか?」
「あぁ、今言った推測を交えてな。エラい目に遭った俺が言うことだ、信憑性を持たせながら話をすることが出来るだろう。何せ、実際に起こったことを元にして話をするンだ。そこから導き出される結論が少々飛躍したものでも、そんなことがあるのかも知れない、と思うのが人というものだからねぇ。
……まぁ、馬騰には悪いが俺の構想に何としてでも乗って貰う。拒否はさせんよ。俺に目を付けられたのが御運の末だった、と思って諦めて貰うとするさ」

そう言って、人の悪い笑顔を浮かべた。
……この偽悪趣味がある限り、人がこの人の本性を知ることは難しいだろう。でも、その方が私にとっては良いことかも知れない。きっと皆この人を好きになるに決まっているのだから。好敵手は、これ以上増えて欲しくないのだ。












〜愛紗 Side〜

「馬騰、俺と連合を組まないかね?董卓を助ける為に」

馬騰殿を連れてきた教経様は、酒を勧めながらいきなり話を切り出した。
親董卓連合の結成。
稟から話を聞いた後、五人で話し合いを持った時に宣言された。
この人は本当にやるつもりなのだ。

「……確かにアンタの言うことが本当に起こるかも知れない。けど、そこまでして董卓に助力をしてやる義理はないんじゃないのかい?アンタには。ついこの間出来たばかりの繋がりに、己の存在自体を掛けるような危険を冒してまで拘る必要があるとは思えないねぇ」
「……董卓を、我欲にまみれた糞共に殺させたくないンだ、俺は。董卓達は、窮した俺に手を差し伸べてくれた。その彼女達が窮すると分かっていて、手を拱いている程腑抜けてはいないンだよ。彼女達を救うのが、俺にとって最良の選択なのさ。俺の心情的にな」
「それでも、借りを返したいだけにしては背負う危険が大きすぎると思うんだがねぇ、私は」

……その通りだ。私も星も、風も稟も。皆そう言って教経様に諌言した。
だが、この人は平家の頭領として、それは出来ないと言いきったのだ。
その理由が気になりながらも、ああもはっきりと自分の意思を表明した教経様に、それ以上誰も何も言えなかった。

「そうだろうねぇ。俺も、正直そう思う」
「ならどうして助力しようと思うのさ。正直、もし反董卓連合がアンタの言う規模で結成されるなら、私だってそっちに参加せざるを得ない状況だろう。そんな中、アンタはあの娘に付くと言う。……その真意は那辺にあるんだい?」

いい加減な回答は許さない。
馬騰の全身から殺気を感じる。
これが、馬寿成。教経様が連合を組む相手に指名するだけのことはある。これ程の武人には滅多にお目にかかれないだろう。
……教経様は、なんと答えるのだろうか。

「義を見て為さざるは勇無き也」
「……」
「正しいことだと分かっているのに大勢に流されたり圧力に屈したりしてそれを行わないのは、勇気がない臆病者と同じだ、ということだ。俺はな、馬騰。平家の頭領足るべく一族の糞爺共に色々と教えられてきた。正直ぶっ殺してやろうと思ったことが何度もあるが、この言葉を教えてくれたことには感謝してる。
董卓達は、正しく政を行い、今この世を懸命に生きている人間を救ってやれるだけ救ってやろうとしている。それは、正義だ。決して独りよがりなものではなく、多くの者にとって有益な、そんな正義の実現を目指している。その董卓達を醜くも自分たちの我欲の為だけに抹殺しようとしている糞共がいる。その際に、正義を打ち立てる事を目指している董卓を助けてやるのは、正しく『義』だろうよ。俺はただその義を為そうというだけだ。
俺はな、糞爺共に腰抜けと言われるのは嫌なンだよ、馬騰。義を見て為さざるような、そんな腐った男にはなりたかぁないンだ。『平家の頭領は、そんな糞虫には勤まらん』。そう言われて育ってきたし、俺自身義を見て為せる男でありたいと思う。
だから、助ける。
平家の頭領として、一族郎党が誇れる自分でありたい。それだけの事なんだよ」

『見義不為、無勇也』
正しいと分かっていることは何があってもやれ。ただそれだけの言葉だが、胸が熱くなる。確かに、月並みな言葉だ。だがそれを、何者にも屈せず、譲れぬこととして貫き通せる人間がこの世のどこにいるというのだ。

ここに、一人いる。
その事を、声を大にして皆に教えてやりたい。その人は、私の主君なのだ。そう言ってやりたい。私は、この人と出逢えて本当に幸福だ。心からそう思える。

「……参ったね」
「何が?」
「いい加減に応えたら殺してやろうと思ってたのさ。でも、満足のいく答えが聞けたよ」
「……じゃぁ、連合の件、承知して貰えると思って良いんだな?」
「ああ、私はアンタの側に付く。……馬鹿な男だよ、アンタ」
「それは知ってるさ。嫌になるほどに、な」
「けど、これ以上ない程に良い男だ。馬家の頭領が立派に勤まるよ、アンタなら。どうだい、馬家の頭領になってみるかい?」

何だと!?
教経様、教経様はそれを受け入れるようなことはありませんヨネ!?

「……怖いから遠慮しとくよ」
「ははは、愛されてるじゃないか、この女誑しが」
「誑そうと思って誑してるわけじゃねぇよ」
「そういうのを女誑しって言うのさ。知らないのかい?」
「……けっ」
「まぁ、これから宜しく頼むよ、盟主様」
「……対等で良いぜ?お前さんと俺の地位なんてこの際どうでも良いンだからな」
「そういうわけには行かないのさ。……言いたくはないが、漢はもう長くないだろう。皆好き勝手にし始めている。最早国としての体裁を保つのに精一杯さ。漢王朝が滅亡した後、直ぐに別の王朝が打ち立てられれば良いのだろうが、そうはならないだろう。長きにわたる戦乱の世がこれから始まることになる。
アンタに遇うまでは、私は漢に殉じるつもりだった。戦乱の世で多くの民衆が為す術もなく唯々死んでいくのを見るのはもうたくさんなんだ。だから娘達に全てを託して死のうと思っていた。それが、自分の死に様として相応しいと思っていたのさ。
だけど、アンタに遇って気が変わったよ。無論、私自身もそう長くはないだろうが、アンタの考える理想の国って奴を見てみたいもんさね。その為には、外からじゃ駄目だ。内でその国を実感しなきゃ意味がない。だから、アンタに従うことにするのさ」

……要するに、臣従する、というのか。
西涼の、漢の征西将軍である、あの馬騰が。

「臣従するってか?」
「ああ、そうさ。涼州はアンタに従う。いや、貴殿に従おう」
「……承けようじゃないか、馬騰。お前さんの申し出を」

親董卓連合。
教経様と、馬騰。たったの二人。
だが、不思議と負ける気がしないのは何故だろうか。

「……あと、言っておくけど私はアンタを馬家の頭領にすることを諦めた訳じゃない」

……何だと?

「……はぁ?」
「私には娘がいてね。馬超ってんだ。字は孟起。真名は本人を誑して聞いておくれよ。まだ私には及ばないが、若い頃の私に似ていい女だよ?その婿になって貰おうかねぇ」

そういって馬騰が私を見て嗤う。
……いいだろう、その勝負、受けて立とうではないか。私だけだと思っていたら大間違いだ。他に三人もいるのだからな!……言っていてなんだか悲しくなってくるのは気のせいだと思いたい……

「……なんか、ややこしい事になった気がするのは気のせいかね……」

教経様、絶対に入り婿などさせませんからね?
あと、背中が煤けてますよ?教経様。
役満でも喰らいましたか?