〜詠 Side〜
ボクは姓を賈、名を駆、字を文和。真名は詠。
親友の月を補佐する、董卓軍の軍師よ。
元々ボク達は涼州を統治していたのだけど、月の政の評判を聞きつけた朝廷からの要請により、司隷校尉として洛陽に入ったの。全く、汚職官吏が多すぎて嫌になったわよ。ぜ〜んぶ、処断したけどね。月に色目使ってた汚らわしいケダモノ共は全員死刑よ!勿論、命を取った訳じゃないわ。男としての死刑よ!フンッだ!
そうして、洛陽で政の補佐をしながら過ごしていたわけ。
黄巾賊討伐が終わった後、霞から戦友を助けてやってくれ、と言われた。
彼らが望む糧食と金子の調達に、月の力を貸して欲しい。そう、真面目な顔をして頭を下げられた。
……まぁ、霞が戦友だと言い切って助力を依頼してくるくらいなんだから悪い人間じゃないんだろうけど、月がそんなことに力を入れる必要はないと思う。
そう思ってたけど、月は、友人である霞が協力を要請する為に頭を下げても良いと思う人間が悪い人のはずはない、月も友人の為に出来ることをする、と言って協力を約束していた。……ホントに、甘いんだから。でも、そこが月の良いところでもあるんだけど。仕方がないから、糧食購入については官軍で購入する際に含めて購入し、価格を抑えて彼らの為に分配出来るようにしておいた。……月に頼まれたから、仕方なくなのよ、仕方なく。
糧食を手配してから、霞の友人が、天の御使いと言われている并州牧の平教経だということが判明した。これだけの糧食を確保して、一体何をするつもりなのよ。
残る問題は、金子の問題。糧食の金子もまだ受け取ってない。
平教経の臣下が礼を述べにやってきている、と言うので、月と一緒に会うことにした。本来なら、月を表舞台には立たせないのだけど、礼を述べに来ている人間を無碍に扱うわけには行かないでしょ?
……女だから、月に対応させるの。男だったらボクだけで対応するに決まってるでしょ!
「それにしても、平教経?本当に強欲な奴ね。金子を強請に来たようなものじゃない!」
謝辞を受けた後、いきなりそう言う。だって本当の事じゃない。
「詠ちゃん、配下の方の目の前なんだよ?」
「だって、本当の事じゃない!」
「まぁ、そう言われても仕方がないとは思うのですよ」
程cと名乗った女がそう言う。
のほほんとした口調だけど、かなりの切れ者なのは分かってるのよ。このボクを、賈文和を甘く見ない事ね。
「でも、自分の為にそういうことを仰る人ではないのですよ。その点については承知しておいて貰いたいものなのです」
「それは、どういうことですか?」
「……お兄さんは、自分を慕って付いていくという民衆の糧食を確保する為に、自分の金子を出しているのです。ただ、付き従いたいという人数が多すぎるのです。今の金子では、とても購える量ではないのです」
「……それって、どれくらい必要になるの?」
「恐らく、ですが、15万程度の民衆が付き従うと思うのです。お兄さんは、間違いなく負担を掛けないように移動すると思いますので、長安までと考えても2ヶ月くらいは掛かると見積もっているのです。もしその先まで行くことをお兄さんが考えているのであれば、3ヶ月分。それを確保する為に、私がやってきたのですよ」
15万。とんでもない数だ。だから、あんなに糧食を必要としていたのね。
でも本当にそんなに人に慕われているのかしら。
「詠ちゃん。詠ちゃんは失礼なことを言ったみたいだよ?」
「わ、分かってるわよ。……程c、その、ごめんなさい。そういう事情があるとは思わなかったの」
「構わないのですよ。分かって頂けたら何も言うことはないのです」
「そういう事情であれば、私も陛下にお伝えして何とか金子を多く下げ渡して貰えるようにお話をしてみます」
「有り難う御座います。出来れば、あと一つだけお願いがあるのですが」
「……何よ?」
「民衆がお兄さんに付いて并州から雍州に移動することについて、陛下の勅許を頂いておきたいのです。本来であれば、離民は認められない事だと思います。が、民衆の為にもそれを是非お聞き届け頂きたいのですよ」
「……分かったわ。その件については、金子を多く下げ渡して貰う調整が成功した場合に、その場で行いましょう。時間をおくと勅許はおりないと思うわ」
「重ね重ね、有り難う御座います」
そう言って、程cは宿舎に帰っていった。
後日、月と程cが陛下と調整した結果、本来下げ渡される予定の3倍の金子を下げ渡されることになった。まぁ、当然よね。ボクが考えた筋書き通りに話をすれば、金子を下げ渡すことが漢王朝の利益になると思うようになっているんだから。勅許についても、その場で頂けたようだ。
程cとその護衛は、下げ渡された金子から糧食の代金を支払い、丁寧に礼を述べて帰っていった。
糧食は、洛陽で受け取る、と言い残して。
「詠ちゃん、有り難う」
「まぁ、月の頼みだから仕方なくよ、仕方なく」
……ホントに、月は甘いんだから。
〜星 Side〜
太原を出立して1ヶ月。
道中全く問題も無く、順調に来ている。民達がしっかり付いて来ることが出来る速度で行軍している為、旅は捗らないがそれでいいのだと思う。追われている訳ではないのだから。
主は、愛紗と同じ馬に跨り、愛紗の腕の中で眠りこけている。
暢気に眠る主の顔を見ながら、私達二人が帰還した際の主の計らいを思い出す。
……あれは本当に嬉しかった。食事が豪華だったことではなく、主が私が元気でいたのが嬉しいと言ってくれたことが。我ながら小娘のようだと思いながらも、やはり、嬉しくなってしまう。愛しい人に大切にして貰えるのは、何より嬉しいものだ。
最近、自分の中で、女としての自分が大きくなっているような、そんな気がする。主に出遭う前の私であれば、それを良しとせず、ねじ伏せてしまおうとしたかも知れない。何よりも先ず武人であることを優先させただろう。だが、今はそうは思わない。この人がもたらしてくれた変化。それは、大切にしたい。この人から与えられる言葉、思い出、影響。その全てが大切なものに感じられる。
私に夢中にさせようと思っていたのに、いつの間にか私の方が夢中になっている。もう、主の居ない人生など考えられない程に。どう将来を描いても、必ず主がそこにいる。……本当に、憎いお人だ。
愛紗を見やると、嬉しそうだ。愛しそうな顔をして主を眺めており、その二人を、周囲の兵や民達は微笑ましそうに眺めている。思えば愛紗も変わったものだ。最近、態度に険が無くなってきている。人と接する際、相手を余計に緊張させることがなくなった。そもそも、あの様に人前で主といちゃつくようになるなど考えられもしなかった。
主の寵を受けた四人が四人とも、主の側であれば自分らしく居られるし、自分の変化についてありのままに受け入れることが出来ていると思う。この人は、人主として私が望みうる最高の器量を備えている人だと思っているが、男としての器量もまたこれ以上望めない程の人だったのだろう。
これで独占できれば更に嬉しいものを。そう思うが、独占できないからこそこれ程までにこの人が愛しいという所もあるだろう。四六時中一緒に居ればそういうわけにも行かないだろうが、私と一緒に居て嫌そうな顔をしたことは一度もない。疲れていたこともあっただろうに、嫌そうな顔一つせず、私と共に夜を過ごしてくれる。それが、その心遣いが嬉しい。
ちなみに、私も愛紗と同じ様に主と馬に同乗したが、断空我に『似合いの夫婦だな』、などと言われ、それに主が『だろう?』と応えたものだから、気恥ずかしくてついつい槍の石突きで突いてしまった。断空我だけ。まぁ、断空我だから大丈夫だろう。主に思いっきり殴られても死なないのだから。
……何故あの男には眉毛が無かったのだろうか。
漸く洛陽に到着した我々を、霞が迎えてくれた。
相変わらず、元気そうだ。
「おぉ〜、ひっさしぶりやなぁ〜経ちゃん、歓迎するで!」
「久し振りっつっても2ヶ月程度しか経ってないだろうが。……張遼、後で改めて礼をさせて貰うが、取り敢えず世話になったことに礼を述べさせて貰おう。有り難う。お前さんの助力のお陰で助かった」
そう言って主が頭を下げる。
普段が普段だけに、こういう切り替えをされるともの凄く真摯に見える。
霞を見ると、少し照れくさそうにしているようだ。
まぁ、普段の主を知っているだけにそうなるのは当然だろうな。
「……経ちゃん、水くさいことはなしにしようや。ウチらは戦友や。敵対したのなら兎も角、そうでないなら助力するのは当たり前のことや」
「……張遼、照れてンのか?」
「……別に照れてないわ」
「つれないねぇ……まぁ、いいや」
主との挨拶が一段落したようなので、霞に話しかける事にした。
「霞、久し振り、と言ってもこの間まで世話になっていたが」
「おお、星!久し振りやなぁ。で、約束のモンは?」
……いきなり土産の催促とは。
やれやれ、本当に霞は仕方がないな。まぁ、世話になっている内に互いに気の置けない相手になっているから霞のこの態度は当たり前だが。
「此処にあるぞ?主秘蔵の酒がな」
「うわぁ〜、これ旨そうやなぁ〜。ほな貰うで?」
「あぁ、構わぬとも」
「……星、お前さん、何勝手に人の酒持ちだしてンだ?」
「主、霞に礼をしなければなりますまいに。霞が酒が良いと言う以上、主の秘蔵の酒を渡すのは当然ではありませんか」
「……何か納得いかねぇけど、仕方がない……のか?騙されてる気がしないではないんだが」
主は納得がいかない風情でそうぶつぶつと呟く。なにやら悩んでいるようだ。
ふふっ、主。別に主の秘蔵の酒である必要はないと思いますぞ?私が霞の相伴に預かって飲ませて貰いたいから、という理由では断じてありませぬ。
「……何か引っかかってんだよなぁ。もうちょっとで分かりそうなんだが」
そう言ってまだ悩んでいる主を見て、稟と風が笑っている。愛紗も気が付いているらしい。声を押し殺して笑っている。
気付かないのは主ばかり。誠、面白いものだ。
こうやって皆で和やかに暮らして行ければ良いな。
本当に、心から、そう思いますよ。我が主。
〜教経 Side〜
洛陽に入城する手続きを済ませ、指定された宿舎へ移動する。
民達は、洛陽郊外に用意されていた仮宿舎へ既に収容済みだ。皆、直ぐに出て行ったようだが。此処まで長い旅だったが、民達はさほど疲れていないらしい。初めて見る洛陽の町へ繰り出して買い物を愉しんだり、食事を愉しんだりしているようだ。
……お前さん方、観光に来た外人さんじゃないんだからな。分かってるんだろうな?
そう思うが、辛いはずの旅の中で楽しみを見つけられるのは良いことだろう。
彼らは、俺の為に故郷を捨てたのだから。辛くないはずはないのだ。住み慣れた町。思い出に溢れた家。それら全てを、彼らは捨ててきた。俺でさえ、太原から離れるのは寂しかったのだ。彼らの辛さは推して知るべしだろう。だがそれでも、皆俺に笑ってみせる。そこまで俺を信じ、慕ってくれていることに、ちょっと涙が出そうになっちまう。誰に見せるつもりもないがねぇ。
「御遣い様!遊ぼう!かくれんぼしようよ!」
見ると、小僧共が10数人、こっちを向いて笑っている。
……こいつらは、家を捨てたってことにまだ実感が湧かないんだろうなぁ。
「……お前ら、迷子になるぜ?この辺で鬼ごっこしとけよ」
「じゃぁ、御遣い様が鬼ね!」
「きゃははは」
「わ〜い」
「ちょっ、待てよ!……って、行っちまいやがった」
……俺には、彼らを幸せにする義務がある。
もしそれが義務でなくても、必ず俺がそうしてみせる。
その幸福がたった一時の、仮初めのものでも構わない。これから始まる末世の苦しみを少しでも軽減してやりたい。俺が生きていた時代ならいざ知らず、彼ら自身が能動的にその幸福を追求していけるような世の中ではないのだ。身分の差がある。貧富の差も激しい。生まれを、越えることが出来ない。だから、おこがましい気もするが、俺が彼らを幸せにするンだ。俺には、それだけの力があると思うから。
俺の家。
俺の町。
俺の国。
俺の、家族。
俺は、その家長だ。
家族を幸福に出来ない家長など不要だ。家族を幸せにする為なら、何だってしてやる。切羽詰まって余裕がないなら、例え他家の人間を不幸にすることであってもそれが俺の家族の幸福に繋がるならそれをしてやる。そのことについて、別に何とも思わない。確かに罪悪感は感じるだろうが、俺は、俺の家の家長なのだ。その俺がよその家のことを優先して考えることなどあり得ないではないか。よその家のことは、よその家で何とかしてもらう。余裕があれば、考えてやっても良いがな。
「家長としての責任は、果たす。それが平家の頭領ってモンだ。そうだろ?糞爺共」
我知らず呟きながら、町へ愉しげに駆けて行く小僧共の背中をずっと見ていた。