〜愛紗 Side〜

皆様、お疲れ様です。
引き継ぎの資料を作成し終え、執務室で机に突っ伏している教経様を眺めている愛紗です。

「あの、教経殿、それ程に大変でしたか?」
「引き継ぎの資料作成自体はそんなに大変じゃなかったンだが、作成している最中に『おっほっほ』の得意げな顔が思い浮かんで何度も破り捨てそうになる自分を抑えるのに大変だったンだよ。……糞!絶対に!絶対に思い知らせてやるからな!俺はな、余り人を恨む性質じゃないが恨んだら絶対に忘れん人間なンだよ!」

あ、教経様が爆発した。凄い殺気だ。
……本当に怒らせないように気をつけよう。私は大丈夫だと思うけど。

「……愛紗、何とか止めて下さい。私は怖くて体が動きません」

そう言われてもどうしたら良いのか。
……とにかくなだめてみよう。

「教経様、落ち着いて下さい」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ〜!イライラするんだよ!今目の前に来たらぶっ殺してやる自信があるぞ!こう、全身余すところ無く切り刻んでやる!膾の如くなぁ!死ね!死ね!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

変なところに自信を持たないで下さい、教経様。あと危ないので清麿を振り回すのは止めて下さい。剣速が尋常でないことになってますよ。気が触れたようにしか見えません。それと、今人が入ってきたら死ぬと思います、その場所だと。

「どうしたんだ大将!って、どわぁ!」

あぁ……断空我殿の眉毛が……前髪も一直線に……

「なんだコラァ!って……ふはははははは、ダンクーガ、お前面白い顔してるな!馬鹿面提げやがってこの野郎が!はははははははは!は、腹が、腹がぁ〜!」

断空我殿の機転で上手く行ったようです。
流石は断空我殿。肉を切ったら骨が出た、ですね。

「何が面白いんだよ、この野郎!危ねぇじゃねぇか!」
「断空我殿、感謝します。お陰で教経殿が元に戻りました。直ぐに少し違う所に飛んで行ってしまいましたが」
「俺は断空我じゃないって何度も言ってるだろうが!」
「ぷっ」
「あん?……何で笑ってるんだよあんたまで!」
「す、すいません。ですが……その顔は……ぷぷっ」

……私も無理です。断空我殿。
取り敢えず、笑いながら鏡を指さします。

「な……なんじゃこりゃ〜!」
「ぶはははは、あれか、松田優作か!ははははは、やめとけやめとけ、お前じゃどうやっても三枚目だよ!ははははは!」
「……いつもいつも訳わかんねぇこと言いやがって!今日こそあんたをぶん殴ってやる!」
「ほれほれ、どうせいつも通りお星様になるんだろうが!掛かってこいや、この平安貴族が!ぶはははは!テメェがその顔で『麻呂がやぁってやろうかの?』とか言いながら蹴鞠してるの想像したら死にそうになるくらい腹がいてぇ!ははははは!」
「てめぇ〜!やぁぁぁぁぁぁってやるぜ!」
「OK!忍!」

ノリノリでガッツポーズをする教経様。
火に油を注ぐだけですよ……まぁ、積極的に延焼させようとしているのは分かりますが。

「あんたがそれ教え込んだんだろ!気が付いたら皆そう言うようになってたぞ!この野郎!」
「いつ気が付いたんだよ馬鹿!ははははは!馬〜鹿、馬〜鹿!それは平家の『血の掟』なんだから仕方がないだろうが!」
「んなわけあるか!止めさせろ!」
「やなこった!馬〜鹿、馬〜鹿!」
「あ〜!絶対にやってやるからなぁ!」
「掴まえられるなら掴まえてみろよ!ほれほれ!」

そんな6歳児並の会話をしながら二人は町へ駆け出していった。扉を突き破って。
……6歳児に仕えている自分って……しかもそういう関係で……はぁ……
横を見ると、稟も同じようにげんなりとした顔をしていた。

「……6歳児並の喧嘩ですね」
「……そう思います」

……どうせ、防壁なり人様の家なりを壊して帰ってくるのでしょう。
扉の分も併せて、帰って来たら折檻です。教経様。






















〜教経 Side〜

○月×日
今日は一日イライラしていた。
だからいつも通りダンクーガをぶっ飛ばして遊んだ。愉しかった。
でも家に帰ったらお母さん的存在になっていた愛紗と稟に、正座で説教された。ほんの3時間ほど。
またダンクーガをぶっ飛ばして遊ぼうと思いました。まる。

「あばばばばばば ヘブッ!」

あ……ありのままに今起こったことを話すぜ。
『反省文を書いていたと思ったら、愛紗にオラオラッシュを喰らった』
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。記憶がぶっ飛んでる的な意味で。
頭がどうにかなりそうだった……むしろ、顔面が。物理的な意味で。
ゴン・・さん・・とか鬼嫁とか、そんなチャチなモンじゃぁ断じてねぇ。
もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……

「教経様、ご反省頂けましたか?」
「はいっ!反省しました!」
「……はぁ」

深い溜息吐いてるね?愛紗。体調でも悪いのかね?

「もういいです、教経様」
「そうかね?じゃぁ、俺はこれで」

そう言いながらスキップで部屋を出て行く。

「……待って下さい。いえ、待ちなさい!」

愉しい愉しい鬼ごっこ。
捕まったら痛いんだろうねぇ。
まぁ、良い気晴らしになるわな。

遠くに稟が見える。
こっちを見て、眼鏡をクイクイしている。

「馬鹿め、そんな餌に俺がつられると思うなよ!?」
「……教経殿、目の前まで来てそれは説得力がないと思うのですが」
「残念!それは残像だ!」

残像だって言ってるのに稟が俺に抱きついてくる。
……稟ってさ、結構良い体してるよね。
気付くと、後から愛紗も抱きついてきていた。

「お前さん方、まだ夜には早いぜ?」
「えぇ、分かっていますよ、教経様」

そういうと、愛紗は更に俺を求めるように強く抱きしめてきた。
……可愛いねぇ。
ところで、愛紗、そろそろさ、その、ね、息が、息、が……

「教経様、ご反省頂けましたか?」
「あ゛い゛」
「それならば宜しいのです」
「げほっ、げほっ」

……死ぬかと思った。

「あ、愛紗、洒落になってない」
「教経様、洒落じゃないですよ?」
「……すいません」
「はい」

そう言って愛紗はにっこり笑った。
……完全に尻に敷かれてる気がする。糞爺共が全員その嫁さんの尻に敷かれてた時点で、それに教育された俺もそうなるのかな〜?とは思ってたけど、ねぇ。


















「では、教経様も戻ってこられましたし真面目に話をしましょうか」
「あいよ」

死にそうだったがね。
呼吸音がダースベイダー的だったもの。ちょっと濁った感じの。

「先ず、私の方から。教経殿の想像通り、この度のことは袁紹殿が帝に提案されて実現したようです」
「やっぱりねぇ。利益を得たのがあの馬鹿だけだからな」
「袁紹殿は并州牧を兼ねることを望んでいたようですが、なんの功績もない者にその地位を与えるのは公正を欠く、という董卓殿の言葉により、それは叶わなかった模様です」
「……偉く立派な人間に聞こえるな、董卓は」
「はい。洛陽の民衆にその為人を訊くと、全ての人間が董卓殿を褒めていたそうです」
「殆ど全てじゃなく、『全て』、なのか?稟」
「はい。『全て』です」

そいつは凄いな。
だが、馬鹿の恨みを買ったのは間違いない。
……まさかとは思うが、個人的な恨みだけで反董卓連合結成しないだろうな。

「で、愛紗はなんかあるのか?稟が、先ず私からと言っていたが」
「はい。教経様、風が便りを寄越しております」
「……これまた早いな」
「はい。此方になります」

何か問題でも発生したのか?
……成る程、早馬で張遼に知らせて協力を仰いだのか。張遼は快く承知してくれたらしい。有り難い縁だねぇ。戦友、となると特別だろうからな。武人にとっては。
にしても、風はやることに卒がないな。

「教経様、なんと言ってきているのですか、風は」
「張遼が協力してくれるそうだ」
「それは、有り難いですね」
「あぁ。本当にな」

後は、どれくらい金をふんだくれるのか、に掛かってるわけだ。
それ次第で、今後の展望が大きく変わってくるからな。

「で、俺からはちょっと相談があるんだ、稟」
「なんでしょうか」
「今、冀州の糧食の相場は安いか?それとも高いか?」
「高いです」

すっと回答が出てくる辺りが優秀だよな。

「んじゃ、稟。冀州で糧食売り払ってきてくれ。許せる限り」
「はぁ。しかし教経殿。糧食を確保する為に風が奔走しているのでは?」
「まぁ、最期まで話を聞け」
「はい」
「糧食の相場が安いのはどこだ?」
「荊州ですね。一番安いと思います。今年豊作だったようですし」
「じゃぁ、売り払って出た金で糧食を買い占めて、それをまた冀州で売り払ってくれ」
「……」

俺がやろうとしていることに何となく気が付いたみたいだな。

「で、冀州の糧食相場が暴落したら、全部買い占めてくれ。買えるだけな」
「……成る程。袁紹軍の糧食を減らしておこう、と?」
「というよりは、奴さん達から巻き上げてやりたいんだよ」
「教経殿は面白いことを思いつきますね、本当に」
「まぁ、悪戯の鬼だからな」

そう言うと、稟と愛紗が顔を見合わせてクスクス笑っている。
何が面白いんだ?

「何か面白いこと言ったのか、俺は?愛紗?」
「いえ、本当に6歳児並なのかな、と」
「はぁ?」
「此方の話です、教経殿」

そういってまた二人で笑っている。
何が面白いんだか。
まぁ、泣いたり怒ったりしてるよりは遙かに良い。
それでいいさ。

「まぁいいや。俺は風呂に入って寝る」
「あ、それでは私はこれで失礼します。教経殿」
「……教経様、お背中をお流しします。参りましょう」
「へいへい。しっかり今日の仕返ししないとねぇ」
「の、教経様!?」
「冗談だよ、愛紗。行こうか」
「……はい」

いつまでも初々しいというか、奥ゆかしいね、愛紗は。

……袁紹、まだまだ仕掛けてやるから愉しんでくれや、なぁ?