〜教経 Side〜
黄巾賊討伐の祝宴から一夜明け、人々は普段通りの生活に戻った。
……まぁ、一握りの人間はまだ寝ちまってるけど。
稟とか。愛紗とか。
……思い出したくないねぇ。昨晩のことは。
調子に乗りすぎちまった。この年で腹上死するかと思ったンだぜ?
「ザキヤマ秋の大乱交祭りなのです」
「……風、それだと『来るぅ〜!』って言う人だらけの大乱交祭りになっちまうぞ」
「よく分からないのです」
……なら言うなよ……想像しちまって吐き気がしただろうが……
「主、昨晩はお愉しみでしたな?」
「……お前さんも、随分乱れてたよな、星。『あ、主、主ぃ。私は……私はもう……』って」
顔を真っ赤にするくらいなら言うなよ、星。
あと、そんな可愛い顔すンな。滾ってくるだろうが朝から。
「お兄さんはゼンリンなのです」
「風、それは地図な。今風が言うべきだった言葉は絶倫な」
「ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ!歌舞伎役者に誘われて〜」
……獅童か?獅童さんか?
「知らないのです」
「ぶっ壊れすぎだ。あと何度も言うが俺の頭ん中覗くな」
「あはははっ、ホンマ自分ら見とると飽きんわぁ〜」
張遼、笑い事じゃないんだよ。まぁ、飽きないのは否定しないが。
「まぁ経ちゃん、程々にしとかんといつか刺されるで?」
「……気をつけるさ」
「あはははっ、自覚はあるんやなぁ」
無かったら只の馬鹿だろうが。
「はぁ〜、おもろかったわぁ」
「俺は面白くないンだよ」
「まぁまぁ。……ほな、ウチは行くわ」
「あぁ。張遼、世話になったな」
「こっちかてこんなお土産持たしてもろて、有り難うなぁ、経ちゃん」
「気にすんなよ」
「ウチ、洛陽に居るからこっちに来たら遊びに来てや?」
「あぁ、忘れてなかったらな」
「また照れてからに」
「照れじゃねぇんだよ。行く機会なんてそうそう無いだろうが!」
「まぁ、月にもええ土産話が出来たわ」
話聞けや張遼。
月?
「あぁ、今ウチが仲良うしとる娘や。董卓っちゅうねん。司隷校尉や」
董卓だと!?
「……董卓、ね」
「どうしたんや?経ちゃん」
「いや、董卓ってどんな人間なのかが気になってな」
「なんやホンマに女好きやな、経ちゃんは」
「お兄さん?」
「主?」
「違げぇよ!純粋にその政務の内容が気になってるんだよ!」
「月はえぇ娘やでぇ〜経ちゃん。いつも民のことばっかり考えとるような娘やし」
……張遼が言うんだ、間違いないンだろうが、意外だな。
俺の知る歴史とは大きく違うみたいだ。
良い娘、か。それなら、反董卓連合ってどうなるんだろうな?
「そうか。それなら良いンだよ。後一応だが、土産に持たせた酒が飲みたかったら洛陽にあるこの酒屋に行け。そこに太原から酒を卸す事になったンだ」
「おろ?経ちゃんはウチも狙うとるんか?」
「今の会話のどこにそんな要素が含まれてるンだよ!さっさと帰れ!」
「つれないなぁ。……ま、ええわ」
良いんなら言うなよ……疲れる……
「ほな、またな。経ちゃん。星も風もな」
「……じゃぁな、張遼。壮健でな」
「霞、この次もまた酒を飲むとしよう」
「霞ちゃん、またなのですよ」
最期がちょっと慌ただしかったが、黄巾賊祭りもこれで漸く終わりだな。
張遼を送り出してから暫く後、朝廷から黄巾賊平定の勲功褒賞が行われた。
のだが。
「……今、なんて言ったんだ?愛紗。悪いがもう一度言って貰えるかね?」
「は、はい。その、教経様を雍州牧とする、と」
「いや、その後だよ。その後」
「……并州は召し上げ、後任が定まるまで袁紹殿がそれを監督する、とあります」
「事実上の罰則にしかならんじゃねぇか。それ」
「……はい」
「はぁ〜」
一体何がどうなってやがるんだ。
「稟。何が起きたのか、調べることは出来るか?」
「……出来ますが、勅命を違えることは出来ないと思います」
「わぁ〜てるよ。でもなぁ、どなた様がお世話して下さったのか、知りたいだろう?歳暮の季節も近いしなぁ。暮れの元気なご挨拶、かましてやりたいじゃないかね?」
「一応、調べてみます」
「あぁ、頼むわ。まぁ、利益を得た人間が『おっほっほ』なのを考えると、間違いなくあの頭ん中が年がら年中春爛漫がやりやがったんだろうけどな。……風。朝廷に金出せって調整してふんだくれるだけふんだくって来てくれ」
「はぁ。それは構いませんが」
「その金を、移動費用と移動後の領地経営に充てる。それを踏まえてふんだくって来てくれ」
「分かったのですよ、お兄さん」
にしても、ちっときついぞ。漸く并州経営が軌道に乗ってこれから利益回収に走ろうって時に、并州から出て行かされるなんてなぁ。考えもしなかったねぇ。まさか、軍事力ではなく政治力でやってくるとはね。顔良、なんだろうねぇ。只の猪だと思ってたが、本当にやってくれるよ、ビチクソ野郎が。それとも、田豊なりが献策したのか?
……それは兎も角、太原の町の爺に話しに行かんとな。
俺は、約束を守れなくなっちまったからなぁ。
「よう、爺さん、邪魔するぜ?」
「これは御遣い様、ようお越し下さった」
爺さんは、いつも通り俺を少し迷惑そうに迎えてくれた。
いつも思うが、ちょっと失礼なんじゃないかね、お前さんは。
眼鏡属性も持たないニュータイプの出来損ないの癖に。
『墜ちろ!カトンボ!』ってか?
「爺さん、ちっと話があるんだ」
「……なんでしょうかな。我が家は既に昼食を終えていましてな」
「違げぇよ!……実はな、今回の黄巾賊討伐の恩賞として、雍州牧の地位を与えられたンだ」
「はぁ」
「……で、并州牧の地位は召し上げられた」
「……」
「後任は、袁紹っていう馬鹿だ。……済まんな、爺さん。俺はあんたとの約束を破ることになっちまった。この町を守るって言ってたが、それは叶わないことになった。本当に、申し訳ない」
そう言って、頭を下げる。俺には、頭を下げることしか出来ん。
「……御遣い様。それは、仕方のないことです」
「……」
「そういって下さるだけで、救われた気がします。もう頭をお上げ下さい」
「……済まん」
「それで御遣い様。いつ頃出立なさいますので?」
「もう一月ほど掛かるだろう。引き継ぎも必要だしな」
「それでは、我らにも準備する時間がありそうですな」
「……なんの準備だ、爺さん」
「御遣い様に付いていくのですよ」
「本気で言っているのか、爺さん。遠いぜ?」
「付いていく、という我らを、御遣い様は伴っては下さいませぬか?」
「……まぁ、戦時じゃないんだし、勅命でもある。道中特に問題が起こることはないと思うが」
「では、御遣い様に付いていくことにしましょう。
……身分不相応な事を申し上げますが、并州内に雍州へ移動する旨触れを出されるべきですな。ご自分がどれ程の人に慕われて居られるか、実感なさることになるでしょう」
「……4,5万集まるか?」
「甘いですな。10万を下ることはまずありますまい」
「そんなに糧食用意できないぜ?」
「持参致しますよ。ある程度は、で御座いますが」
「……わかった。何とかしてみよう」
……付いていく、か。有り難いことだよ、本当にな。
付いてきてくれる人間の安全と生活だけは保証しないとな。
根城に戻ると、風と星が丁度出立しようとしていた。
丁度良いタイミングだ。掴まえることが出来て良かった。
「風。糧食を買い集めておいてくれ。洛陽でもどこででもいいから」
「分かりましたが、どれほど必要ですか、お兄さん」
「10万の軍勢が3ヶ月ほど行軍できるだけの糧食を」
「……それはまた無茶なことを言い出しましたね。お兄さん」
「……太原の爺さんに話をしたら、付いていく、とさ。并州内に雍州へ移動する旨触れを出したら10万は付いてくるだろうとか言いやがったよ」
「成る程。それでは何とか15万分の糧食を集めてみましょう。朝廷から色々と理由を付けてお金をふんだくってくるのですよ」
「……済まんな。苦労を掛ける」
「今更なのですよ。確認したいのですが、霞ちゃんに話をして協力を仰いでも構いませんか?霞ちゃんに大きな借りが出来る可能性も考えられますが」
「あぁ、構わない。使えるものは全て使ってくれ」
「分かったのです」
「気をつけてな。星、護衛、宜しく頼むぞ」
「お任せあれ。まぁ、少ないとはいえ精兵を伴うのですから問題在りますまい」
「そう願うよ、本当にな」
「では、お兄さん。行ってくるのですよ」
「あぁ、頼んだ」
「……行ってらっしゃいの口づけはないのですか?それくらいの役得があっても良いと思うのです。暫くお兄さんに会えないわけですから」
……風らしいな。
そう思って苦笑いをしながら、風の唇を軽く啄んでやる。
「あっ……」
「……風、行ってらっしゃい」
「主?」
分かってるさ。
星の唇も、軽く啄む。
「ん……」
「……星も、行ってらっしゃい」
二人は振り返り振り返り、洛陽に向かって出発した。
そんな二人に手を振りながら、これから先の困難に思いを馳せていた。
間に合うのだろうか。
時代はまだ大きく動き出しては居ない。大きく動き出す前に、なんとしても地盤を固める必要がある。
足下が不安定なのに踏ん張る事なんて出来ないのだから。
その猶予を、与えられるか否か。
……天のみぞ知る、か。便利な言葉だな。思考停止に持ってこいだ。
だが俺は違う。足掻いて足掻いて足掻きまくってやる。
時間がないなら創り出せばいい。
今回のことで思い知らされたが、何も戦場でやり合うだけが戦争じゃない。
現代人に経済戦争しかけようと思わせたこと、しっかり後悔させてやるさ。