〜教経 Side〜
本陣に殺到してくる賊共の勢いが無くなり、戦線は完全に膠着状態だ。
俺と星は、稟のいる本陣に一旦帰還している。
このまま、時間を潰させて貰いたいモンだ。賊共から掛かってこいだの何だのと威勢の良い言葉が聞こえてくる。此方の兵は、指示通りに適当にあしらってやっているようだ。敵が引こうとしたら嵩に掛かってここぞとばかりに追撃を掛け、敵が頭に血を上らせて戻ってきたら此方が引く。そうやって、膠着状態を長く維持するのだ。時間が経てば経つほど、俺たちに有利な状況に変わっていくことは目に見えているンだ。せこいと言われようと、武人にあるまじき心構えだと言われようと、そんな安い挑発に乗るつもりはないンだよ、俺は。勝つべくして勝つ。それが至上の兵法だ。
愛紗、風。無理してないだろうな?絶対に無理はしてくれるなよ。
そう思い戦場を見ていると、敵本陣側から前線に動揺が走っている。見れば、敵本陣に火の手が上がっている。
……どうやら、敵大将を討ち取ったと思って良いようだな。
問題は、誰が、というところなのだが。
「敵総大将、曹操軍の将、この夏侯惇が討ち取った!」
夏侯惇が、むさ苦しいひげ面のオッサンの首を提げて戦場を駆け回っている。
……やられちまった、か。
だがそれでも、俺主導で黄巾賊共を討伐した、という風評は得られる。これ以上を望むのは虫のいい話だったということだろう。身の程は、弁えないと、な。不幸になどなりたくはない。
星も稟も、無事だ。
遠目に『関』と『程』の旗も見えている。二人も無事だろう。
まずはそれを喜ぼう。
今日も、俺たちは無事に生き延びたのだから。
勝利に沸く戦場を見渡しながら、そう考えていた。
軍を再編し、曹操と最期の軍議をする。
その準備をしている最中に、稟から話があると呼び出された。
「邪魔するぜ、稟」
「教経殿」
「どうした、稟。呼び出したりなんかして」
「曹操殿の所に放っていた細作から、気になる報告があったのです」
稟が気になる報告、か。
「続けてくれ」
「はい。その細作が言うには、夏侯淵殿が敵本陣から三人の女性を自軍に保護した、ということでした」
「その話だけ聞くと、別段違和感は覚えないが。稟が気になっているのは、何だね?」
「……彼女達が曹操軍に連れて行かれる際、黄巾賊共の中に、張角様、と言う声があったというのです」
「……そいつは、穏やかじゃないな」
「はい。それで、どうしたものかと思いまして」
どうしたモンか、ねぇ。
曹操が保護した、ということは、もう黄巾の乱を起こすような事はしない、と判断したってことだろう。それとも、そもそも周囲のどうしようもない屑共に監禁されて祭り上げられていただけとか。そうでなければ、あの女は許さんのではないか?だが、それなら保護なんて必要ないはずだ、な。そんな無害な連中なら別に野放しにしていてもなんの問題も無いわけで。……何か利用方法を考えついた、とか?俺にはさっぱり思いつかないが。夜伽でもさせるのかね?
……百合、ねぇ。
『お姉様、アレを使うわ!』『えぇ、良くってよ。』とか言いながら、電動コケシをウィーンウィーンいわせるわけですね、分かります。バスターコレダー的に考えて。……何が良いのかさっぱり分からん。まぁ、ないだろ。ないない。
曹操の真意が那辺にあるにせよ、此方がそれを知っている、ということを教えておいて、後日何らかの取引に使えればそれで良しとするのが一番良い気がする。そう、稟に伝える。
「分かりました。それとなく、此方が気付いている、ということが伝わるように致します」
「ンな事出来るの?稟ちゃん」
「はい。出来ます」
……凄いな、この娘。簡単に言うけど、それ難しいと思うぜ?どうやって自然にやるんだよそんなこと。細工が過ぎれば露見するし、かといってやり方間違えたら全く伝わらないし。ひょっとして、歴史上の俺が知っている郭嘉も、こんな風だったのか?いや、本当に凄いわ。
「稟、稟が居てくれて本当に助かる」
「ど、どうされたのです、教経殿。いきなりそのようなことを仰って」
「いや、凄い人間が仕えてくれているんだなぁと感動してた所」
そういえば、そんな人間に惚れられてるってのも凄いねぇ。あ〜の日あ〜の時〜あ〜の場所で稟〜と遇え〜なか〜ったら〜。
……こうなってなかっただろうねぇ。もし巡り合わせが悪かったら、稟は曹操軍か。嫌だねぇ。絶対に嫌だねぇ。これが敵に回るとかあり得ない。全面降伏だな。ケツ毛全部抜かれちまうような負け方しそうだなぁ。俺ぁ。
まぁ、それを言い始めたら、俺に仕えていてくれている人間全てがそうなんだけどなぁ。
……恵まれてるんだな、本当に。
それが身につまされて分かっただけでも意義があったって言えるかな、この戦には。
曹操との、最期の軍議。
戦功の報告を行い、今後追って沙汰在ることを張遼から聞かされた。
まぁ、余り期待はしていないがね。俺は太守らしいからな。この上はないだろう。
そう思っていると、未来の覇王様からいきなり話を切り出された。
「で、平。私に何か言いたいことがあるんじゃないかしら?」
直球だねぇ。イチローでも打ち返せないんじゃないかね、そのストレート。内野安打も怪しい球速だと思うんだがね?
「さぁ。なんであると思っているのか、それを知りたいものだねぇ」
「そんなことは私に訊かれても困るわ。貴方に言いたいことがないのなら私から話すことはないもの」
「なら、それでいいだろうに。何か問題でもあるのかね?」
「まぁまぁ、経ちゃんも孟ちんもそう険悪な会話続けんともっと仲良うしたらええのに」
「険悪な会話をした覚えはないわ」
「右に同じく」
「はぁ。まぁ、ええよ。取り敢えず、ご苦労さん。これで解散や。まぁ、経ちゃんとは太原まで一緒に行ってお酒飲ませて貰わんと困るけどな」
「はいはい、歓待させて頂きますよ」
「ホンマやろな!?」
「あぁ、ホンマホンマ」
「気のない返事やなぁ」
「じゃぁ、私達はこれで失礼するわ」
「あぁ、曹操」
「何?」
……張角達には、名前を捨てさせろよ?バレちまうぜ?
そう、耳元で囁く。
「!」
「じゃぁ、な。曹操。また逢う日まで、壮健でな」
「……えぇ、貴方も壮健でね、平」
そう言って、曹操達は自領に帰るべく自陣に帰って行った。
次に逢うのは、戦場かな?何にせよ、楽しみなこった。出来れば、味方が良いねぇ。相手は……『おっほっほ』辺りが良いなぁ。気兼ねなくやれるからねぇ。借りもあるし、なぁ。顔良?
「……なんやったん?」
「野暮用って奴さ。張遼が気にするような事じゃないさ」
「ふぅ〜ん」
「さぁ、帰って宴会でもしようぜ?酒もしっかり出してやるよ。お前さん達には今回世話になったと思ってるンだ。そこらの官軍と一緒の扱いはしないさ」
「よっしゃ〜、直ぐに出発やで〜」
本当に酒が好きだな、張遼は。
太原に帰還して、祝宴を行っている。
誰も彼もが嬉しそうに笑っている。これで、賊の被害が減る。そう思って。
だが、俺はこの先の歴史を知っている。
色々と歴史が変わっちまっている以上、全てがその通りにはならないと思うが、戦乱の時代が幕開けるのは間違いないンだ。そう思うと、少し気が重くなる。だが、俺はもう立ち止まらない。俺の為に死んでいった奴らの為に。俺は俺として俺らしく生きていく。彼らが望んだ、俺の夢の実現を成し遂げる為に。
「教経様、どうなさったのですか?」
「あぁ、愛紗か」
「少し哀しそうなお顔をされていましたよ?」
「あぁ、ちょっと考え事をな。再確認、という奴だよ。心配ない。俺は俺だよ、愛紗」
「……それなら宜しいのですが」
「主、愛紗と二人で何をいちゃついておられるのですかな?」
「星、私は別にそのような」
「やれやれ、星、もう酔っているのか?」
「そんなわけがありますまい、主。霞と飲み比べをしておりましたが、まだまだ行けますぞ?」
誰だそれ?
「あぁ、主はまだ知りませんでしたなぁ。先程、張遼と真名を交換したのですよ」
「へぇ」
「経ちゃ〜ん、このお酒美味しいなぁ。なぁなぁ、このお酒、お土産に持たせて欲しいねんけどなぁ〜」
「こっちもこっちで出来あがってんじゃねぇか」
「なぁ〜ええやろ〜?お土産にくれたら、真名交換したるさかい」
そんな軽いモンだったっけ?真名。
「なぁなぁなぁなぁなぁ〜、それで駄目なんやったら、今晩付き合ったるよ?」
「は?」
「またまた〜知らん顔してからに。ほれ、男と女がすることっちゅうたら一つしかあらへんやろ?」
「おい、張遼。洒落にならんからそういうことは言うな」
これで稟までが『稟・・さん・・』的存在に目覚めたら間違いなく死ねるぞ。唯一の癒しが恐怖の対象に……
「なぁなぁ〜せやったら黙っとくからお酒お土産に持たしてやぁ〜」
「分かった、分かったから落ち着け!抱きつくな!胸を押し当てるな!」
「えぇ〜でも、こういうの好きやろ、自分」
強く否定できない自分が哀しい。
「教経殿」
「うへい!」
「教経殿、私がどれだけ教経殿のことを好いているのか、分かっているのですか?」
……何か変だ。
「あぁ、お兄さん。稟ちゃんはお酒を飲み過ぎておかしくなっているのですよ」
「……さいですか」
「それなのに教経殿はいつもいつも他の女性にかまけて……」
説教モードの稟。しかも、俺の女性関係について。
これ初めての経験じゃね?
「教経殿!聞いているのでしゅか!」
「はぁ、聞いておりまちゅ」
「ふじゃけているのではないのでしゅよ?」
「……風」
「なんですか、お兄さん」
「何でだんだん呂律が怪しくなってきてるの?」
「それはですね、いろんなお酒を飲ませてみたのですよ。その後頭も振っておいたのです」
それだな。
「教経様。教経様は最近私に構ってくれていないと思いますです」
……あぁ、此処にも酔っぱらいが……
「ククッ。主、うらやましいことですなぁ。美女を独り占めで御座いますぞ?」
……星ェ……
「お兄さん、風はお兄さんの味方なのですよ」
おぉ、風が黒くない!なんということでしょう!劇的ですな。
「但し、今後お兄さんには風の事を一番に考えてもらわないと駄目なのです」
残念。真っ黒でした。スイミーなんて目じゃないです。吃驚なAfter。何というAfter。
「なぁなぁ経ちゃん、これ、修羅場なん?」
「……知るかよ……」
……まぁ、今日くらいはパァーと騒ぐさ。
「酒持って来んか〜!」
「おぉ〜経ちゃんもイケる口やったんやなぁ〜」
「さぁ、主、飲み比べと行きましょうか」
「負けるつもりは更々無いンだよ!」
ん?稟、どうしたんだ、そんな顔して。え?何で今此処で愛の告白始めてるの?稟ちゃん。
愛紗?何かその、胸的なものがずっと俺の腕に当たってるんだけど?当ててる?はぁ。そうですか。
風、お前さんどこに座ってるんだよ。もぞもぞ動くんじゃありません。
星、は……何で抱きついてくるんだよ……
……収拾が付かないねぇ……