〜教経 Side〜

四人に良いようにされた明くる日、大きな陣屋で軍議を開いている。
司会役は稟。補佐に風。
俺たちはその説明を聞いている、という形だ。

「……そういうわけで、先ず前面に主力を置いて敵を引きつけ、左右から攻め上がるのが宜しいかと」
「異議はありますか?曹操さん」
「いえ、無いわ。それより、受け持ちについて話し合った方が建設的だと思うのだけれど」
「そうだな。稟、案を」
「はい。先ず敵前面にて敵を引きつける部隊ですが、これは教経殿と張遼殿が率いる隊でやって貰います。右翼として、曹操殿の隊。左翼として、愛紗と風が率いる隊。正面には17,000。右翼8,000。左翼7,000。これで如何でしょうか」
「まぁ、我が軍については妥当でしょうね」
「曹操も納得してくれたみたいだし、これで行くかね」
「戦術上の目的は?」
「張角・張宝・張梁を討ち取ること。それが主命題になります。戦略上の目的も変わりありません」

そうなんだよねぇ。張角は、間違いなく死んでいるはずなのに。
何で生きてるのか全く分からん。

「平、貴方大丈夫なの?敵は100,000は居るのよ?平家軍の全軍を以て当たった方が良いのではないかしら」
「100,000って言っても戦えるのは5〜60,000程度だろうよ。全部が全部戦えるなら、様子見なんてせずに襲いかかってきてるだろうぜ?」
「それでもかなりきついと思うのだけど?」
「……そんな生半可な訓練させてないんだよ、うちの郎党には。張遼んとこを考えても、40,000までなら互角にやれるだろう。策混みでならもうちょっと行ける気もするが大言壮語して失敗したら目も当てられないからな。そういうことにしておくさ」
「まぁ、いいわ。とにかくやれるのね?」
「あぁ、やってみせるさ」
「そう、それなら構わないわ。秋蘭、行くわよ」
「はい。華琳様」

そう言って陣屋を出て行く。
まぁ、色々と準備があるだろうしな。
俺たちを出し抜くために。
















「さて、こっちの話だが」
「はっ」
「星、そう気負うな。気楽に行こうぜ、気楽に、な」
「はぁ」
「先ず、張遼。済まんな。一緒に苦労してくれ」

そう言って頭を下げる。
一番割に合わない役どころだ。御免被りたい。そう思うのが普通だ。

「ん、ええよ」
「……もうちょっと恨み言言われると思ってたんだが」
「いや、経ちゃん、先の戦でウチに敵将討たせてくれたやんか。ホンマやったら、官軍盾にして闘こうてもバチは当たらへんところやったと思うで?せやから、今回は全面的に、あんたの言うとおりに動いて協力したる」

気持ちいいほど武人の矜持に溢れてるねぇ。

「済まんな。正直助かる。甘えさせて貰うよ」
「ま、えぇけどウチに甘えとったら四人にまた怒られるんとちゃう?」
「そういう意味じゃないだろうが!」
「ニシシ」

……はぁ。頼むから。心臓に悪いから止めてくれよ。

「んじゃ、愛紗と風で7,000率いて行ってくれ。急勾配になっていたり、柵が建ててあったりするが、基本的に広い道だと聞いている。歩兵と騎兵を有機的に組み合わせることで、より良い戦果が期待できるだろうからな。まぁ、釈迦に説法な気もするが」
「教経様、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ。こっちは気にしなくても良い。攪乱しまくってやるよ。
俺たちで張角・張宝・張梁の三人を討つことが出来れば、更に望ましい風評が立つだろうからな。だからこその7,000なんだ。まぁ、だからといって無理はするなよ、愛紗。俺にとってはそんな風評よりお前さん達の方が大事だ。先ずお前さん達があっての話だからな?」
「有り難う御座います。ですが、必ずや討ち取って見せます」
「そう気負うなよ、愛紗。風、風も頼むぞ。気負わないように、適当にやってくれれば良い」
「わかっているのですよ、お兄さん」
「後は、奴さん達の前に広がっている平原にちょいと悪戯仕掛けとくかね」
「悪戯、ですか?」

愛紗はポカンとしている。
……可愛いねぇ。

「あぁ、悪戯だ。草むらの草を結んでおくのさ。所々に、目立たないようにな」
「……成る程。騎馬の足を捕る、ということですね」
「目的まで分かるってのは凄いな、稟」
「教経殿が考えることですから。話を聞けば同じ結論は出せると思います」
「そう言うがね、そういう人間は中々居ないモンだよ」
「む〜、お兄さん。風も分かっているのですよ?」
「はいはい」
「騎馬の足を捕って前線を膠着させた所で、火を着けてしまうのですね〜」

……それは考えてなかった。
風向きを考えると、確かに有効だろう。平原から山側へ向けて風が吹いている。延焼するのは奴さん達だけだ。良く思いつくな。流石、奇計百出と思わせるだけはあるねぇ。

「風、それは考えてなかったよ。お陰で楽になりそうだ。有り難う」
「いえいえ〜お兄さんがそう言ってくれれば献策した甲斐があるというものなのですよ」

今回兵数的には厳しいが、主導権を握り続けることが出来る、という点では前の戦と何も変わりはない。戦は主導権を握った方が勝つのさ。戦い方も何もかも、主導権を握った方が決めることが出来るのだからな。

「頼むぞ、皆。これで黄賊共のお祭り騒ぎは終わりにさせるンだ」
「はっ、畏まりました」
「分かっているのですよ、お兄さん」
「承知致しました」
「承知しました」
「了解や」

各自が各々の責務を果たすべく、陣屋を出て行く。
出来るだけの準備をし、出来るだけの策を立てた。人事は尽くした。後は、天命を待つだけだ。



















「では、そろそろ始まりますかな、主」
「あぁ、そうだろうねぇ」

山手側から殺気がビンビン伝わってくる。
正面本陣から兵が移動し、減少したことは確認しているはずだ。
この機に、一気に殺る。
そう思っていることだろう。

「教経殿、来ました!」
「お〜、壮観だねぇ」

賊共の騎馬隊。ひとかたまりになって駆けてくる。その数およそ8,000。

「柵の後に身を隠し、長柄の槍を以て対応するのです!」

そうそう。交通事故起こして貰わないと困るからな。その後で火箭を浴びせてやるよ。

「どうやら、そのまま草むらに突っ込んでくるようです」
「あぁ、見えている」

さて、どうなるか。
先頭の騎兵が、草むらを突破しそうだ。
数が少なかったか?だがあれ以上は増やせないだろう。傍目でおかしいと思ってしまうだろうからな。違和感を覚える程度だが、その違和感から全てを看破されてしまっては意味がない。

先頭集団の騎兵が、草むらを突破して駆けてきた。
……失敗したか。
そう思ったが、後続の騎兵が次々に落馬し始めた。その後の騎兵は、味方を踏まぬように急停止しようとして落馬したり立ち往生したりしている。見れば、敵騎兵の殆どが草むらに入り込んでいるようだ。

「今だ」
「弓兵、火箭を浴びせてやれ!」

星の号令で、一斉に火箭を放つ。

「ぎゃぁ〜」
「あぢぃ〜、助けてくれ〜」
「うひぃ!逃げろ〜」

大混乱だな。火遊びって愉しいよなぁ。こう、惹き付けられるものがある。だから放火魔ってのが居るんだろうがな。

「此方に抜けてきた騎兵共は?」
「数が少なく、全て対処致しました」
「よし。これで敵に騎兵が居たとしても、大した脅威にはならん数だろう。これで勝利自体は確定したようなものだな」
「はい。それではこれから、敵歩兵に当たります」
「張遼に伝令を。敵騎兵を殲滅せり、前線で好きなだけ暴れてこい、とな」
「はっ!」
「あれで宜しいのですか?」
「張遼に限って、見極めを誤ることは無いだろう。押し込めすぎても駄目。引きすぎても駄目なんだ。その辺は上手いことやるだろうよ。戦するために生まれてきたような女だからな、あれは」
「はい」
「星、そろそろ俺たちも征くぞ?」
「はっ。準備は出来ております」
「教経殿、ご武運を」
「あぁ、ありがとうよ、稟。星、征くぞ!」
「教経隊!趙雲隊!前進するぞ!賊共を駆逐するのだ!」

兵と共に駆け始める。
草むらを大きく迂回して左方向から俺たちが。右方向から張遼の騎馬隊が突入する。
良いタイミングだ。

「やぁやぁ我こそは、ってか?」

賊の先頭集団とぶつかる。
此方に向かって尽きだしてくる槍の穂を切り落とし、そのままの勢いで懐に飛び込んで斬り捨てる。周りにいるのは餓鬼共だ。何を思ってこの世に迷い出てきたものやら。しっかり送ってやるからなぁ、地獄まで。俺は伝承者じゃないから、有情拳的なものが使えないんでかなり痛い思いをすることになるだろうが、そこは我慢してくれると嬉しいねぇ。

右と左から、同時に剣を突き出してくる。
お前らが使っているその剣は、膂力で叩き付けるように作られてるんだよ。そんな剣を寝かしていたら、腹をぶっ叩かれて剣が折れちまうだろうが。

剣の腹を清麿の鞘でぶっ叩く。左側の男が持っている剣がそこからあっけなく折れた。自分の命をそんななまくらに預けるなよ、馬鹿が。
右から突いてくる男。頭を突き刺そうとするなんて、お前は本当に阿呆だな。狙うなら腹なんだよ、腹。それなら余程のことがない限りは躱されて反撃を受けることもなかったものを。

突きを見きって頭を右に躱す。そのまま体を右前へ移動させて左下から右上へ逆袈裟に斬り上げる。剣を折られ、呆然としていた賊は、星に一突きに殺された。

「主、危ない真似はなさいますな」
「星、危なく見えたのか?」
「いえ、見えませんでしたな」
「んじゃ、問題無いだろうが、よっと!」
「そういうわけには参りませんな!皆から主を任されているので、責任重大なのですぞ!?」
「まぁ、そうだろうとは、思ったよ!」

会話を続けながら周囲の賊共を掃討する。

「いやぁ、余裕があって何よりだねぇ」
「誠、張り合いがありませんな」
「ンじゃ張り合うか」
「ほう。主。この星より多くの敵を屠ってみせると?」
「まぁ、そういうこった。そら、4人目だ」
「ちいっ、主、中々やりますな!これで5人目!」
「こっちはこれで6人目なんだねぇ」
「それ!6!7!8!」
「おぉ〜、やるねぇ、星。鍛錬の成果は着実に出ているってか?7!」
「当然ですな。主、剣で槍の広さから生まれる利点を埋めるのは難しゅう御座いますかな?9!」
「ちっ、言ってろ。8!9!こいつで10だよ!」
「此方も10!」

俺たちの周りに、賊共の死体が折り重なっていく。
周囲の兵達は、そんな俺たちを見てスリーマンセルでしっかりと賊共を叩いているようだ。

「はぁ、はぁ……ったく、こっちに向かってくる奴が居なくなっちまった」
「主、息が、上がって居るようですな?」
「ハッ、お前さんも同じだよ、星」

負けず嫌いだなぁ、星は。俺も人のことを言えないが、ねぇ。

「まぁ、宜しい。前線を二人出回って潰していきますかな」
「そうだねぇ。賊共にしっかり教えてやらんとなぁ」

前線の戦況は、のっけからこっちに優勢だ。

「黄巾賊は、今日で終わりだな」

そう呟いて、次の戦場へ星と共に移動した。






















〜愛紗 Side〜

「風、先ず徒を突っ込ませて柵を取り払おう。そうでないと騎馬の利点が生かせない」
「はい。それがいいでしょうね〜。一つ柵を壊したら騎馬で蹂躙する。これを繰り返しましょう」
「そのつもりだ」
「では、風から先に行くのですよ。愛紗ちゃん」
「気をつけてな、風」
「大丈夫ですよ、愛紗ちゃん」

そう言って風が軍を柵に向かわせる。
急がなければならないが、気負うな、と教経様は仰ったのだ。風からも、そう言われた。二人にそう言われるということは、私は気負っているのだろう。気負いは、怪我に繋がる。落ち着かなければ。

前方を見る。風は柵に縄を取り付け、引き倒そうとしているようだ。
あれならば、直接柵を壊すより遙かに少ない労力と被害で柵を壊すことになる。
流石は、風だ。

「騎馬隊、全員乗馬するのだ!先行部隊が柵を引き倒したら、敵に突っ込んで蹂躙する!味方を撥ね飛ばすなよ?」

騎兵達がその言葉に笑う。
いつも通りだ。これなら、やれるだろう。

「今だ!全軍、敵に向かって突撃しろ!」

駆ける。風の軍は、中央を開けるように左右に散っていく。
私の考えていることが手に取るように分かっているようだ。私も、風が考えていることがよく分かる。相性が良いのだろう。

「下郎共!邪魔をするなぁ!」

馬で撥ね飛ばす。偃月刀を頭上で振り回し、一振りで3人殺す。
他の騎兵も、次々に賊共を殺していっている。

平家の騎兵は、教経様が考案された鐙を採用したことで他家の騎兵とは大きく異なり、馬上での戦いで力を余分に使うことがない。鐙で踏ん張ることが出来ることにより、槍にせよ剣にせよ、普段とそう変わらない力で振るうことが出来るのだ。また、類い希な操馬技術を得るに至った。太股の力を、馬を制御することだけに使うことが出来る為に、小回りがきくのだ。だからこそ、今回の戦でも騎馬が活躍できる。こういった場所でも。

「風!此処は制圧した。次に行くとしよう!」
「了解なのですよ、愛紗ちゃん」

少しずつだが、確実に敵本陣に近づいている。
これで間に合わなかったら、それは仕方がないだろう。
此方は、順調に行っているのだ。これ以上は望めない。

「まぁ、確実に行くとしよう。まだ先は長いのだから」

そう独りごちて、前を進む風を見る。
もうそろそろかな。

「騎馬隊!同じ事を繰り返すが、油断するな!」

再度突入。制圧。
さて、曹操軍より先にたどり着けるだろうか?