〜教経 Side〜
賊共を退けて鉅鹿に到着した俺たちを待っていたのは、黄巾賊共だけではなかった。
俺の目に映ったのは、『曹』の旗。
……曹操。曹孟徳。その人がそこにいた。
「私は曹操。曹孟徳よ」
「俺は平教経。字も真名もない」
「へぇ。貴方が天の御使い、平教経なの。思ったよりも普通ね。噂なんて当てにならないものね」
「あぁ、そうだよ。俺は平凡な人間なんでなぁ。別にご迷惑をおかけしてるわけでも無かろうに、ご丁寧な挨拶痛み入るね」
「あら、別にそう邪険にすることはないと思うのだけど?」
「なら自分の言葉が含んでいる険を取り除く努力でもすることだな」
訪いを入れてきた曹操を陣屋に招き入れ最初に抱いたのは、こんなちっこい娘が曹操か、という感想だった。意外だった。ちょっと、驚いた。それが顔に出ていたのだろう、曹操の機嫌が少し悪くなり、心温まる会話を絶賛継続中だ。驚いたことに腹を立てるって一体何なんだ?
「貴様!華琳様を愚弄するか!」
曹操の後に控えている二人の姉ちゃんのうち、黒髪のがそう突っかかって来る。
「……おい、曹操さんよ。お前さんの所の番犬は躾がなってないみたいだな?主君同士の会話に割って入ってくるほど自分は偉いと思っているらしい」
「貴様ぁ〜!」
「止めなさい、春蘭」
「ですが、華琳様!」
「やめなさい、と言っているのが分からないのかしら」
「うっ……申し訳ありません」
ふうん。家臣はしっかりと掌握している、ね。流石は、曹孟徳。
「家臣の失礼な言動について、謝罪するわ。ごめんなさい、平教経」
「あぁ、別にいいさ。気にならないからな。それと、姓名を続けて呼ばれるのに慣れてないンだよ。好きに呼んでくれて構わないが、出来れば分けて呼んでくれないかね」
「そう。じゃぁ、平。貴方、春蘭に殺されると思わなかったの?」
ここで返答間違えたらエラいことになるだろうな。
愛紗ん時みたいに、さ。
「殺すつもりだったんだろうが、生憎と俺の周りにも頼りになる人間がいるんでね?そう易々とは殺せないだろうよ」
「まぁ、そうでしょうね」
意外にあっさり引いたな。
「で、何の用だったんだっけ?曹操は」
「今日は顔合わせだけよ。明日、軍議を開きたいの。それに参加してくれるでしょう?」
……喋り口がSっ気タップリの女王様みてぇだな。俺は生憎ブヒブヒ鳴く趣味がないからご遠慮申し上げるがね。日本が生んだ孤高のパンパニスト、自○党の山○拓じゃないし、そういうプレイは御免被るさ。
成る程、主導権は私のものよ、か。
だがねぇ。それは出来ない相談なんだよねぇ。
俺達の方が兵数が多いし、主導権は俺が握るのさ。申し訳ないがね。
その為に官軍を引き連れて此処まで来たんだからな。
指を咥えて見ておいて貰えるかね?
「いや、こちらで軍議を開こうと思っていてな。出来れば、参加して貰いたいンだがね」
「あら、どちらが開いても良いじゃない」
「まぁ、こちらには官軍もいるしな。こちらに参加して貰った方が、後々やりやすいと思うぜ?お前さんが何を望むにしても、な」
「……まぁ、いいでしょう。では、明日私が再度訪いを入れるわ」
「申し訳ないが、その方向で頼むわ」
「春蘭、秋蘭、行くわよ」
「はっ」
「はい」
さて、曹操、か。
あれを皆はどう見たのかねぇ。
「教経殿、お疲れ様でした」
「あぁ?俺は疲れちゃいないぜ?」
「稟。教経様はあの程度の殺気では全く疲れを感じない。気にならない、と言っていた通りだ」
「そういうことだ。涼風にも感じなかったがな。謝らないなら本気で殺そう、って感じだったし、切迫した状況じゃなかったしなぁ。とにかく今すぐ殺すって感じじゃなかった。だから、気にもならなかったンだよ」
「しかし主、なかなかの武人でありましたぞ、あの二人は」
「だねぇ。あの後の姉ちゃん二人について、何か知っているか?」
「あれは恐らく、夏侯姉妹でしょうね〜」
……夏侯『姉妹』って……
夏侯惇と夏侯淵か。
「頭が残念そうなのは、夏侯淵か?」
「……いいえ、教経殿。あれは夏侯惇殿だと思います。伝え聞いている為人と一致していましたから」
おいおい、史実だと夏侯惇は冷静沈着な大将軍様だったはずだぜ?
あれじゃダンクーガ並の残念具合じゃないかよ。
「それにしてもお兄さん、良く気が付きましたね〜。風が口を挟もうかと思ったのですが」
「まぁ、俺主導で黄巾賊を討伐したっていう風評が欲しいからなぁ。そう簡単には譲ってやらんよ。余程大きな代償がない限りはな」
「流石はお兄さんなのです」
「で、曹操自身について、どう思った?」
「見た限り、ですが。ご自身に強烈な自負を持っておられるようです。それ故に、教経殿が意外そうな顔をして自分を見たことが気に障ったのだと思います」
「あと、それなりの武人ではあるでしょうな。主には及ばないと思いますが」
「苛烈な人、という印象を受けますね。意志の強さを感じさせる言動でした」
成る程、皆きちんと観察してたって訳だ。心強いねぇ。
「風はどうでも良いのですよ」
……風ェ……
そう言った後、風は俺の方にとことこ歩いてきて、膝の上に座った。
「……風。なんぞこれ?」
「お兄さん、今日は風の順番なのです。これ位のことは何でもないことなのですよ」
「いや、風。ここには張遼もいるし、そういうのはどうかなぁと思うんだが?」
「あぁ、経ちゃん。ウチは気にせぇへんから好きにしとってええよ?」
「……そういう問題じゃないだろうが」
「お兄さん、どの辺りに問題があるのですか?」
「どの辺りって……」
それはお前さん、今お前さんの目の前に三匹の鬼が居るでしょうに。
「おぉ〜、三匹が斬る!ですね」
「それわかる奴いないから!というか、俺斬られるのかよ!」
「まみやりんぞう、千石しょもう!なのです」
「最終話まで見たことある人絶対にいないから。そしてそれは、続々 三匹が斬る!の方だから」
「そんなことはどうでも良いのですよ」
……またか?またなのか?
というか、何でそんなこと知ってるんだよお前さんはよ!
「年頃の女性には秘密があるものなのですよ、お兄さん」
「さて、教経様?風?」
「風、いかんなぁ、抜け駆けは。まだ夜には早いだろう。此処はこの星が主の膝の上に座りますかな?」
「ちょっと星!場を混乱させないで下さい!」
「……稟、本陣の兵が言っていたが、戦前に主に口づけしておったそうだな?」
あぁ、見られてるよね、あれはね。
だって俺と目があったんだもの。使い番。誰かに言いたくなるよねぇ。
仕方がないよね、人間だもの。
のりつね
「あ、あれは教経殿にきちんとして貰おうと思って!」
そう言った稟を置き去りにして風達三人が俺を取り囲む。
……あれだな、『ご用だ!ご用だ!』って感じだな。寛永通宝でも飛んできそうだ。大川橋蔵的に考えて。
「お兄さん、風は口づけしていませんよ?」
「教経様、それは少し依怙の沙汰が過ぎると思うのですが?私だって前軍で頑張ったと思います」
「主、何事も平等にしなければなりませんよなぁ?」
あ〜張遼助けてくれないかなぁ〜……って、居ないじゃねぇか!
あの野郎……いや、女か。
酒抜きにしてやるからなぁ、コラァ!
「オ ニ イ サ ン ?」
「ノ リ ツ ネ サ マ ?」
「ア ル ジ ?」
おぉ、遂に三人同時に覚醒したんだねぇ。凄い威圧感だ。俺の戦闘力を『たったの5か、ゴミめ』だとすると、三人は『私の戦闘力は53万です』とか言いそうだよな。細木数子のコラ、似てたな。ドドリアさんに。
まぁ、いい。
俺は操作系だ。強化系とは相性が悪い。此処は引かせて貰うぜ?
……と思ったが。
既に三方向からにじり寄られていて逃げるとかそういう問題じゃない。
これは……ペロリ。青酸カリだ!
じゃ、なくて。
……仕方がないから好きにさせる、か。それしかないよなぁ。
もうお婿に行けない!……あ、嫁貰えば関係ないのか。
「あ〜、三人とも、こっちおいで?」
そういうと、発を解除して此方に寄ってくる三人。
風や星はいつも通りだが、愛紗までなぁ。結構素直になったモンだ。
そう思っていると、次々に口づけしていった。星だけ、唇に。
「あ〜!星ちゃんずるいのです。風ももう一度するのですよ」
「星!私は頬にしたのですよ!?何をしているのです!」
「教経様、失礼します」
……最後変な言葉が聞こえたねぇ。
まだだ、まだ慌てるような時間じゃない。
それでも、それでも平なら何とかしてくれる!
『諦めなさい、試合終了ですよ』
日が沈んでゆく空で、安西先生がそう言っていた。
「だれかたすけてください?」
「いや、それはもう終わったから」
……おっつぁん、俺ぁ真っ白な灰になっちまったぜ……