〜稟 Side〜
教経殿を愛紗の部屋に送り出してから、私達三人は星の部屋に集まって話をしています。
「しかし、稟。良かったのか。順番で言えば、今日は稟の番だったはずだが」
「ええ、構いませんよ。愛紗を見ていると、何となく私もああだったのだろうな、と思ってしまって。他人事には思えませんでしたから」
「稟ちゃん。愛紗ちゃんは稟ちゃんほど淫乱ではないのですよ」
「風!」
「稟ちゃん。欲求不満は明日お兄さんにぶつけるのが一番で、風にはそういった趣味はないのですよ。本当に申し訳ないと思うのですが」
「人が聞いたら誤解するようなことは言わないで下さい!そして、本当に申し訳なさそうな顔をするのも止めなさい!」
全く、風は。
でも、このことは風から言い始めたのだ。
愛紗が、苦しんでいる。愛紗が教経殿に抱いている気持ちは、私達三人に勝るとも劣らない、真剣なものだ。憧れなどではない、志を好いているのでもない、教経殿自身を、その全てをひっくるめて好きなのだ。だから、それを何とかしてあげたい。想いを遂げさせてあげたい。教経殿が教経殿として生きていくことを決意したのは、愛紗が居たからなのだから。私達三人は、彼女に借りがあるのだ。そう言って。その時、星はニヤニヤしながら、頷いていた。
……我が友人ながら二人とも気が知れない。好敵手を更に一人増やそう、だなんて提案をする人間と、それをニヤニヤと笑いながら受け入れる人間。本当にどうしようもない。
でも、その一方でやはりそうでなくては、とも思う。星はいざ知らず、私と風に関しては、今の愛紗と全く同じ状況で苦しんだのだ。他人事に思えない、と言ったが、あれは言葉の上だけでなく本当にそのままの事だ。同じ経験を、私達二人はした。そして、教経殿が受け入れて下さった。そのお陰で、私達は今、幸せと言ってもいいだろう充実した毎日を送れている。臣下として、器量に優れた主君を戴いて。女として、その壮大な気宇や志操に全身を染め抜かれて。もし愛紗がそうあることを望むなら、きっと受け入れてあげるのが良いのだ。
そう思ったからこそ、教経殿に受け入れてあげて欲しいと伝えたのだが、果たして上手くいったのだろうか。
「まぁまぁ、稟、落ち着け。結果が気になるのであれば、後から愛紗に詳細に報告させることになっているのだ。それを聞けば良いではないか……ククッ」
……星、また碌でもない遊びを思いついていたようですね。
「そう心配するな、稟。稟も一緒に聞けば良いではないか。主がどのようにあの愛紗のいやらしい躰を貪り、花開かせたのか、手取り足取り教えて貰いながら酒でも飲むとしようではないか」
……の、教経様が愛紗のあのいやらしい躰を……
「クッ」
「稟ちゃん、鼻血が出ているのですよ。やっぱり稟ちゃんは淫乱なのです」
「ふ、風!」
「はい、チーン」
「チーン」
全く。そう毎回鼻血を出してばかりだと思われても困ります。私とて、教経殿とそういう経験を重ねて多少は……多少は……あぁ……教経殿……いやらしい手つきで胸を……愛紗は、きっと処女なので……な、なんと!そのようなことは……いけません!いけません、教経殿!それでは愛紗は壊れてしまいます!……
「ふむ、また旅に出たな」
「そうなのです」
「風、どうなるかな」
「愛紗ちゃんは、一番いやらしい躰をしているので、稟ちゃんの妄想力によってその戦闘力は数千倍に跳ね上がるに違いないのですよ。かいおうけんなのです」
「よく分からんが、とにかく凄いことになりそうなのは分かった」
「……少し辛そうな顔をする愛紗に構わず、教経殿はそのいきり立った怒張を……」
「……前から思っていたのだが」
「はい?どうしたんですか?星ちゃん」
「稟は一体どうやってこの手の語彙を増やしているのだろうか」
「あぁ〜、稟ちゃんは昔から801本が大好きだったのです。戦いに勝利するには先ず敵を知らなければならない、というお馬鹿な理由を付けてはそれを眺めて発射していましたね〜」
「成る程、昔取った杵柄、と言う奴か」
「現在進行形で取っているのですよ。あ、げんきだまが飛んでいきますよ。世界中の皆から少しずつ妄想を分けて貰って」
「……げんきだま?」
「それはそうなのです。いやらしいことなのですから、げんきなたまになるのですよ、星ちゃん」
「……最早何も言うまい」
「ブーッ」
「おぉ!稟ちゃん、辺り一面ぺんぺん草一本生えない不毛の地に変えてしまったのです」
「そもそも此処は石敷きの床なのだから草は最初から生えていないぞ、風」
「そう言うお約束なのですよ、星ちゃん」
……あぁ、刻が、私にも刻が見える……
……愛紗、私は、貴方の報告は、聞きたくありません。その、命に関わりそうなので。
〜愛紗 Side〜
少し息苦しさを感じて、目が醒める。
目を開けると、教経様が寝ていた。裸で。私も、裸だった。
一瞬何が起きているのか分からなくなり、叫び声を上げそうになるが、昨晩のことを思い出して何とか踏み止まった。
……昨晩何があったのか、それは思い出したくない。恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。その、稟が教経様に抱かれている所に出会した時、稟はそれは切なそうな声を上げていた。まさか、自分が、この私が、同じように切ない声で鳴くなんて。思い出すと、顔から火が出ているのではないかと思うほど顔が熱くなる。
教経様は、まだ寝ている。
その腕に抱かれて、ずっと寝ていたのだ。
こうなってみると、今までずっとこうしたかったのだ、ということに気がつく。
私は、教経様が、本当に好きだったのだ。
昨日、一番嬉しかった言葉を思い返す。
「だから、もし良かったら、愛紗、その、一人の女性として、一人の男としての俺を支えて貰いたいんだ。これから。ずっと」
『ずっと支えていて欲しい』
こんな恥ずかしい言葉を、照れもせず、真っ直ぐに私の目を見つめて言ったのだ、この人は。好きな人にあんな事を言われて、私は天にも昇る気持ちだった。あれは、その、まるで結婚の申し込みではないか。あんな事を他の三人にも言ったのだろうか?……多分、言っているのでしょうね、教経様は。
この人は本当にどうしようもない人だ。でも、この人がこんな風にどうしようもない人だから私の想いを受け入れてくれたのだ。そう思うと、複雑な気持ちだ。
「……んぁ……」
馬鹿みたいに口を開けて、少し鼾をかきながら、教経様はまだ寝ている。
こうしてみると、年相応の、いや、もうちょっと幼いかもしれない、普通の『男の子』に見えてしまう。
でも。
剣を持って私に向かってきた時の教経様。
私に謝罪をしてきた時の教経様。
夢を語っていた時の教経様。
戦場を悠然と眺めていた時の教経様。
自分の過ちに気がついて自分らしく生きていくと宣言した、あの教経様。
紛れもない、『男』の顔。『女』である自分を惹き付けて已まない、『男』である教経様。
この人は、二面性に溢れている。
誰より大人な考えをしていることがある癖に、子供のように単純で。
人を傷つけるのが嫌いな癖に、好戦的で。
論理的に在ろうとしている癖に、感情的で。
傷つき易くて傷つきたくないから傲岸不遜なふりをしている癖に、死んでいった者達の為に自分を犠牲にするようなことをしようとして。
それを、一貫していない、駄目な人間だと言って嫌う人もいるだろう。
だが、こんな人間臭い人だから、私は好きになったのだと思う。
私にしてからが、そうご大層な人間ではないのだ。
素直になりたいのにそうなれず。
好きだと言いたいのにそう言えず。
……私に、お似合いだと思う。割れ鍋に、綴じ蓋。そんな感じなのだろう。欠陥だらけの二人が寄り添ってみると、不思議に互いの穴がふさがる。安心できる。そんな関係。
だから、私は、この人と、生きていく。
きっと私達は、お互いを補い合って生きていくことが出来るから。
もう一度、教経様を見る。
どうやら、起きたようだ。目は、まだ醒めていないようだが。
……本当に、仕方のない人。
自然に笑みが湧いてきて、愛しくなって、そのまま口づけをした。
〜教経 Side〜
夢を、見ている。
愛紗が、俺を見て優しく微笑んでいる。
微笑むだけでなく、俺に近づいてきて、そっと口づけをしてくる。
あぁ、夢だろうなぁ。
愛紗は、こんなに素直に俺に口づけしてくるわけ無いモンなぁ?
ったく、夢でこんだけ素直なのに。もうちっと普段こういうところを見せてくれても良いと思うんだけどなぁ。お前さん、そうは思わんかね?
唇に、唇が押し当てられる感触。
最近、俺の妄想力も稟に迫るものがあるよなぁ。
こんなにはっきりした感触があるなんて。
そっと唇を離し、愛紗はこちらをじっと見ている。
……全く、可愛いモンだ。碌でもない縁から始まった、俺たちの関係。まさか、こうなるなんてねぇ。思っても見なかっただろ?俺だって、思ってなかったさ。
そうだろ?まぁ、いいや。まだ俺はこの夢を見てたいんだよ、愛紗。だから、もうちょっとだけ、あとほんの少しだけで良いから、抱き合っていたい。
そう言うと、愛紗は嬉しそうに微笑んで俺に抱きついて来て、目を閉じる。
あぁ、この夢は、本当に良くできた夢だな。
……お休み、愛紗。お前さんが、俺のように良い夢を見れますように。
例えそれが、一時の、胡蝶の夢に過ぎぬとしても。