〜教経 Side〜
皆様如何お過ごしでしょうか。
執務室での惨劇から復活した稟と共に并州全域から集められた情報・嘆願・報告などを取り纏め、急を要するものについて押印を繰り返す作業を終えて、机に突っ伏している教経です。
……いくら最近逃げまくってたからって、この量はおかしいだろうが。これならまだ刺身の切り身にタンポポ乗せるバイトの方が楽だわ。俺は記念スタンプラリーのスタンプマシーンじゃねぇんだよ。スタンプ集めてもポケモンもしまじろうも貰えねぇんだよ。おぉ、俺今上手いこと言ったな!
……ポケモンって、海外じゃ『pokemon』で放送されてたんだよなぁ。ポケットモンスターって俗語じゃ卑猥な言葉だし、まかり間違ってそれでOK出て放送しても勘違いをした大きなお友達からクレームの嵐間違いないからって理由らしいが。まぁ、確かに、「ポケモン、ゲットだぜ!」とか言いながら股間に向けてポケモンボール投げつける番組なんて見たくもないしなぁ。対象年齢というか対象視聴者層はどの辺なんだよ。そして何を掴まえるつもりなんだよ、何を。まぁ、ナニなんだろうけど。ガチホモ的に考えて。
「教経殿」
そんな馬鹿なことを考えている俺に、稟が話しかけてきた。
「……何だよ、稟。俺は今股間に投げつけるポケモンボールのこと考えるので一杯一杯なんだよ」
「?ぽけもんぼーる……?」
「……あぁ、済まん。何でもない」
最近風が的確に反応しやがるからどうにも口からおかしな発言が吐いて出やがる。
「まぁ、いつも通りである意味安心しましたが」
そこは心配するところだろう、稟。
いつも通りって、それじゃ俺がまるでガイキチさんみたいじゃないか!
謝罪と賠償を要求する!
「教経様、愛紗が教経様を呼んでいましたよ?また何かされたのですか?」
……ヤヴァイ。ダンクーガぶん殴ったら防壁まで一緒に飛んでったとか言えねぇ。
「いや、全く記憶に御座いません」
「……記憶にはないが心当たりはある、ということですか」
眼鏡を押さえながら、やれやれといった感じで首を振る。
……良いねぇ。萌えてくるねぇ。流石は郭奉孝。俺の弱点を知り尽くしているねぇ。そこに痺れる!憧れるぅ!俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。麦茶が好きなんだよn
「教経様、愛紗は部屋で待っているようですから、早く逝った方が良いと思いますよ?怒っている人間を無駄に待たせると、余計に怒らせることになると思いますが」
……稟ちゃん、最期まで言わせてくれないと。俺のアイデンティティ的なものが崩れてしまうので。そして、何となくだけど漢字がおかしかった気がするのは気のせいかね?稟ちゃん。その内、『ケーン!』とか言わないだろうな。世紀末覇者伝説的に考えて。俺の人生には一片どころか叩き売るほど悔いが残っているんですが?
「教経殿?」
「あ〜、了解。んじゃ逝ってくるわ」
「……教経殿、きちんと応えてあげて下さい」
何にだ?
「?」
「いえ」
「まぁいいや。んじゃ、逝ってきま〜す」
今日も元気にドカンを決めたら、ってか?
まぁ、しょうがない。怒られてくるか。ヒョードル様に。
呼び出されて行ってみた愛紗の部屋で、愛紗が待っていた。まぁ、そりゃそうだわな。知らないオッサンが居たらぶっ殺すわ。愛紗は風呂にでも入っていたのか、ほんのりと上気した顔をしている。
……可愛いねぇ。これで素直なら、もっと可愛いのにねぇ。まぁ、それが愛紗の良いところでもあると思う辺り、俺も結構物好きだねぇ。
いつも通り、愛紗は俺に水を用意してくれた。これから地獄の2丁目か3丁目まで逝ってくることになる事を考えると、末期の水的なものになるんだろうか。
「さて、教経様」
……おいでなすった。
今日は何発殴られるんだろうか……羊的な感じで数えてたら眠くなるんだろうねぇ。眠りは眠りでもその前に『永遠の』とか『永久の』とかが付きそうだが。
「……はい」
「教経様、お話があると聞いたのですが」
「……は?」
誰が?俺が?いつ?どこで?
「え?」
「いや、俺は稟に、愛紗が俺に言いたいことがある、だから部屋に来いと怒っていたって聞いたんだけど?」
「私は風から、教経様からお話がある、と聞いて待っていたのですが」
「え?」
……あ〜、これは、あれか。俺は嵌められたって事だな。最近愛紗の様子がおかしかったから、それをきちんと解決してこいってことだろう。とっとと怒られて、その辺りについて少しお話をしますか。ちょっと怖いんだけど、ね。
怒られる、という件について言うと、愛紗が俺を怒らないなどと言って心配させるものだから、ついつい余計なことを言ってしまってスタープラチナ的なラッシュをいつも通り、いや、いつも以上に喰らった。『無駄無駄ぁ』って言ってやりたかったけど無駄じゃありませんでした。全部有効打でした。燃え上がる俺のヒートではどうにもなりませんでした。波紋的に考えて。
その後そのまま、愛紗と世間話をしている。
こうやって二人で世間話をするってのは、最近無かったから結構嬉しいモンだ。
何故か、避けられてた気がするし。そうかと思えば、いつも俺の方を見ていて。
常山と、帰って来た後の愛紗の言動で、俺の事を好いていてくれているのかと思っていた。それだけに、避けられたり深刻な溜息を吐いていたりする最近の様子は、愛想つかされたんじゃないか、俺は何かまずい事しただろうか、と俺を不安にさせていた。俺は、常山で愛紗に泣かれながら言われた言葉に結構グッと来て、そこから愛紗が女性として気になっていたから。だから、その事について訊くのがちょっと怖かったんだけど。
愛紗は、俺の事をきっちり見通している。そう思う。自分で言うのも変な話だが、俺は少しお巫山戯が過ぎるし、糞爺みたいに傲岸不遜で居たいって思ってるからそういう態度を取ってるが、そういうのをひっくるめて全部肯定してくれている気がする。俺の人間性そのものを、無条件に。その上で、俺が間違った結論を出しちまった時に、普段の愛紗からは想像できない位感情を剥き出しにして、俺の為に泣いて諫めてくれた。
こういう『佳い女』はなかなか居ないと思う。
俺が愛紗に持つに至ったこの好意には、そういう女性に対する甘えのようなものが含まれている事は否めない。多分、そうだろう。俺を、理解してくれている。俺が俺で居ることを許してくれる。だから、居心地が良い。だから、一緒に居たい。そう思うようになったのだと思う。だが俺自身を理解して、それを無条件に受け入れて、それでいて心から諫めてくれる人間がこの世に何人いることか。そう思えば、俺が愛紗に惹かれるのは自然なことじゃないのか、と自己弁護にも似た言い訳を捻り出している自分が居る。
……我ながら、何とも仕方がない人間だと思う。星、風、稟。既に俺には、三人が居てくれる。それでも、愛紗を求めるのか。愛想を尽かされることが、そんなに嫌なのか。
愛紗と、常山での話をしながら、そう思っていた。
「有り難う御座います。ですが、教経様としては少々窮屈なのではありませんか?こんな可愛い気の無い女がずっと側に居て口うるさく注意をしていると」
そのまま話をしていると、愛紗がそんなことを言ってきた。
……全くこの娘は。自分が可愛いって事を少し自覚した方が良いと思うんだが。可愛い気のない女に惹かれるほど物好きじゃないんだよ、俺は。
「そうか?可愛いと思うぜぇ?愛紗は」
「そ、そのようなことはありません」
愛紗の照れた顔。ちょっと、ドキッとする。普段が普段だけに、ギャップがあって余計にこう、グッと来るものがあるねぇ。これで素直になったら、どんな破壊力秘めてるんだよこの神様は。
「照れちゃって、可愛いねぇ。真面目な話、そのようなことはあるだろうさ。人がなんと言おうと、愛紗は可愛いよ。まぁ、もうちょっと素直になればもっと可愛いと思うんだけどねぇ」
「素直ではない、ですか」
「……普段の自分が素直だと思ってるのか?アレで?」
「……少々素直ではないかも知れません」
「ははは」
こうやって明るく二人だけで話をするのは、本当に愉しいモンだ。
だけど、このままって訳にはいかない。
どうして、愛紗は最近あんなに溜息ばかり吐いていたのか。それを、訊かなきゃならない。何度も言うが、少し怖いけど、な。
『貴方に愛想が尽きました』なんて言われたら。
俺が勝手に好意を持ったんだとしても、それでも今愛紗に好意を持っているのは間違いない。だから、そう言われちまったらショックだ。今後どんな面提げて愛紗と接して良いかも分からん。でも、訊かないで済ますわけにはいかないだろう。あんな顔してたんだ。辛そうというか、悲しそうというか、物憂げな、というか。あんな顔をして貰いたくはない。愛紗らしく在って欲しい。後のことは、起こってから考えるしかない。起こっても居ない問題に対処なんて出来ない。だから、考えるだけ無駄なのだ。
そう思い、話を切り出すべく愛紗を見るが、愛紗も何か考え込んでいるようだ。
……無いとは思うが、ひょっとして先の会話で怒らせてしまったのか?
「どうした愛紗。……怒っちまったのか?」
恐る恐るそう訊いてみると、愛紗は何か決意をしたような、踏ん切りを付けたような雰囲気で話しかけてきた。正に俺が今訊きたいことについて話をしそうだ。そんな気がする。先ず間違いないだろう。
「教経様」
……怖いな。だが、それを悟らせるのは俺の意地が許さん。くだらない意地だが、な。
「んん?」
そう、惚けたふりして応える。
「教経様。私は……私は、教経様を、お慕い申し上げております」
愛紗は、俺が恐れていた言葉と正反対の言葉をその口から紡ぎ出した。
その言葉は、俺がそうあって欲しいと思っていたものだ。が、それだけに都合が良すぎないかと、狐につままれているような気がして。
愛紗はじっと俯いたまま、こちらの様子を窺っている。
「……」
「……」
「……愛紗」
「……はい」
「その、俺はさ、愛紗が最近溜息を吐いていたり、少し俺を避けていたような気がしていたから、愛紗に愛想を尽かされたんじゃないかと不安になってたんだ」
「そのようなことはありません!」
力強すぎる否定に、少し驚く。
「それはその……教経様が稟と……稟を抱いていらっしゃったのを知ってしまったからなのです」
……なんて言えばいいんだろうなぁ、こんな時。
「私は、教経様にこの想いを告げることをせず、教経様のことを忘れようと、一人の女として好意を抱く前の関係に戻ろうと、そう思っていたのです」
「……そうか」
「……ですが、星に言われて、それはやめにしたのです。教経様にこの想いを告げよう。もし受け入れて下さるなら、一番の蝶になってみせようと、そう思って……」
……一番の蝶になってみせる、か。
俺がなりたいのは、史上一番の揚羽蝶。愛紗がなりたいのも、一番の蝶。星も、風も、稟も。……お似合いと言うべきなのかな。
此処に至って初めて思い当たったが、これは三人がお膳立てをしたのだと見るべきなんだろうな。……惚れた女に気を遣わせて。情けないような、そこまで俺の事を想ってくれていることが嬉しいような。本当に、複雑だけど。
星、風、稟。お前ら、受け入れちまって構わないのかよ?そりゃぁ、受け入れたいよ。俺だって愛紗に好意を抱いているんだ。けど、それでいいのか?お前ら、影で泣いたりしてないのか?
そう、うだうだと考える。風、星、稟のことを。
『平等にして貰わないと困るのですよ』
風、それはつまり、そういうことなのか。風に言われて、と愛紗が言っていたが、お前さん、分かっていてそれでも猶愛紗の思いを受け入れてやれって言うのか。
『まぁ、宜しい。主の寵を受ける蝶の中で、一番の蝶になれば良いだけですからな。』
星、お前は本当にそれで良いのか。お前の気持ちだけに応えてやることが出来ないでいる、こんな糞みたいな、そんな俺で構わないってのか。愛紗を受け入れてやれと、そう言うのか。
『応えてあげて下さい。』
稟。お前も、分かっていて、それで構わないって事なのか。それでも、愛紗の想いに応えてやれって、そう言うのか。
……そう、言うんだろうなぁ、お前さんらは、さ。
俺が俺らしく、やりたいことをやりたいようにやりたい時にやればいい、か。
……今は、感謝しとくよ。風。星。稟。
俺は愛紗を、好きになった女の子を泣かさずに済みそうだから。
「愛紗」
「……はい」
「俺はな、愛紗。あの三人のことが好きだ」
「……はい」
「三人も好きなんだ、俺は。節操がないことだと自分でも思うけど」
「……私は」
「愛紗、ちょっと聞いててくれ」
「……はい」
受け入れられない、そう思ったのかも知れないな。でもなぁ、愛紗。俺はそんなに大人じゃ無いんだ。欲しいものは欲しい。ただの餓鬼なんだよ。お前さんが一番知っているだろうに。
「そんな風に節操がない俺だけど、それでも、俺の事を好きだと言ってくれるなら、愛紗、俺はお前の気持ちに応えたい。いや、お前に俺の気持ちに応えて貰いたい」
「えっ?」
「俺は、愛紗。愛紗も好きなんだ」
「……」
「だから、もし良かったら、愛紗、その、一人の女性として、一人の男としての俺を支えて貰いたいんだ。これから。ずっと」
そう言うと、愛紗は俯いたまま泣いているようだ。
……流石に、これが悲しいから流している涙ではないことは分かる。
「愛紗。それでも、喜んでくれるのか、お前は」
「……素直に嬉しいとも言えない私を、好いていてくれるのですか?」
「それが愛紗だろう。俺は素直な女を好きになった訳じゃない。愛紗を好きになったんだ。愛紗が、この碌でもない俺を好きになってくれたように、俺も、『愛紗』という一人の女の子を好きになったんだよ」
……愛紗は頭を俺の胸に押しつけるようにしてしな垂れ掛かってきた。
「その、教経様」
「……愛紗、抱くからな?」
「……はい……」
そのまま部屋の燭台を吹き消して、この世に二人しかいないかのように静かな夜を、二人だけで過ごした。