〜教経 Side〜

そろそろ前線に立っても良いのですよ。
そう言われ、最も激しく押し合っている箇所へ駆けつける。
随分損耗しているようだが、まだ戦線維持は可能だと判断する。
ここからは、俺も貴様らと一緒に闘う。

ダンクーガ。目の前に見える。斜め右後背から、槍で突き貫こうとしているドカス。
飛び込んで槍の穂を落とし、そのままの勢いで臑を斬り飛ばした。

「貴様ら、待たせちまったなぁ?」

そう言って、周囲の兵に俺がここにいる事を認識させる。
が。周囲の反応が芳しくない。

「た、大将!どうしたってんだ!?」
「?はぁ?」
「くっ……大将……こんなんなってまで、俺らのことを心配して……」

なんだ?とうとうダンクーガは壊れたのか?

「おい、ダンクーガ?」
「いや、良いんだ大将、無理しなくても良いんだよ!ここは、この俺に任せてくれ!いや、俺たちに!……絶対に!そのあんたの心に応えてみせる!」

……何一人で盛り上がってるんだよダンクーガ。結構恥ずかしいこと言ってるの自覚してるのか?どこの戦隊ものの赤色だよ。昼メロじゃないんだから落ち着けよ。
それともアレか、お前、実は修造なのか?

「おい、テメェら!大将をここまでやってくれた、目の前の屑共に思い知らせてやるんだ!平家の郎党が皆戦の鬼であることを!心行くまで、たっぷりとなぁ!」
「「「「「「おうよ!」」」」」」
「総員、気張って付いてこいよコラァ!殺ぁぁぁぁぁぁぁぁぁってやるぜ!!!」
「「「「「「OK!忍!」」」」」」

……もの凄く士気が揚がっている。
正直に言おう、俺が敵だったら相手にしたくない。目が血走ってる奴しか居ないし、はっきり言って怖い。

ダンクーガ、なかなかいい発破掛けるじゃねぇか。
立派な先手大将になったモンだよ。
ただなぁ。俺は別にその『目の前の屑共』とやらになんかされた覚えはないぜ?

何でこいつらこんなに燃え上がってやがるんだ?ちょいとした火遊び楽しみに来た賊共が次々に全身やけどで天国に搬送されているようなんだが。……あぁ、地獄か。

まぁ、いい。俺は俺に出来ることを為すのみだ。

「ほらほら、ここに御遣い様が居るぞ?とっとと掛かってきてとっとと死に花咲かせやがれ」

前から右から左から。
本当にお前らはうじゃうじゃ湧いて出てきやがるなぁ、屑共。

「だがなぁ、屑共。お前らには力も、業も、覚悟も、何もかもが足りない。そして何より……」

清麿を鞘に収め、抜刀斬りを行う。

「速さが足りない!」

太刀行きの速さに全く反応できず、目の前に居た賊は首になった。
これも、言ってみたかったんだよねぇ。なかなか格好良いものなんだねぇ。そのうちに兄者的な何かを武器にして斬りつけそうな口調なんだねぇ。その際はウーロン茶でも良いんだねぇ。

周りの屑共は、槍を付けてくるでもなくただ呆然としている。

さて、前線に隈無く彼岸花を咲かせて廻ることにしましょうかねぇ。まぁ、その前にここに溜まっている生ゴミを、綺麗なお花に昇華させてあげないとなぁ。生臭くて仕方がないだろ?手間賃として、腕一本、足一本、首一つ。どれでも良いから取り立ててやることにするさ。俺の気の向くままにな。

















〜愛紗 Side〜

前線の賊共を一通り蹂躙した後、敵将に向かって馬を駆けさせる。
敵将の周りは賊共で溢れかえっている。足を止めれば、たちまち包囲されてしまうだろう。

「皆、二列に隊列を組み直せ!駆けながらだ!」

青龍偃月刀を頭上で振って指示を出す。
練兵の甲斐あってか、非常に滑らかに隊列を組み直せた。

「これより敵中を突破しその後背に出、馬を返して再度敵中を突破する!千々に引きちぎってやるのだ!一列は私に続いて右から左後背へ!もう一列は、左から右後背へ!賊共を掻き乱してやれ!征くぞ!」

馬を駆る速度を上げる。
賊共は私の意図するところをどうやら見抜けていないようだ。
一度陣を突破されれば、賊は混乱状態に陥ることは間違いない。
そこを、帰りの突撃で、敵将を首としてやることにしよう。

「そこを退け!私は平教経が家臣、関雲長!前に立ちはだかるならば容赦はしない!」

青龍偃月刀を、右に左に振るって駆ける。
賊将の旗を左手に見ながら、雲霞の如く集まっている賊共を時に偃月刀で斬り、時に馬そのもので撥ね飛ばす。

「下郎共、私の邪魔をするな!」

あと、少し。あと少しで、敵中突破に成功する。
左手から攻めている隊は、やや遅れているようだが、それでもあの訓練を耐えてきた者達だ。そうそう後れを取るものは居ない。あちらも、先ず間違いなく突破できるだろう。

目の前に槍を持った下郎。槍で馬を突いてくる。
……遅い。星の突きに比べ、なんと悠長な突きを放つことか。
槍を偃月刀の背で跳ね上げてそのまま斬り下げ血の華を咲かせる。

眼前に、まだ血塗られていない大地が広がった。

突破した。先ずは、満足。
だが、ここからが本番なのだ。

……今。この関雲長の武を、教経様の為に全身全霊を懸けて振るう刻が、今、やってきたのだ。

「さぁ、再度突入するぞ!」

馬首を巡らせ、再度駆けさせる。
脆い。
やはり、一度突破されたことで敵の指揮系統は混乱している。
目の前に、『張』の旗。
敵将。
どうやら私が目の前に来て初めて私の意図に気がついたようだ。

……だが、最早遅い。
私はもう、偃月刀を振り上げているのだから。





「俺が作りたいのは、そういうことがない、平凡な、そう、本当にありふれた日常という奴に満ちあふれた、平々凡々な世界なのさ」
……教経様の、夢。何人にも、それを汚させはしない。例え、剣に斃れることになろうとも。

「だから関羽、お前さんの力を、それを実現する為に貸してくれねぇかな」
……教経様の、真摯な依頼。共に歩めと言ってくれた気がした。一介の武侠に過ぎなかった私に。

この私が、関雲長が、必ずや成し遂げてみせる。
『平凡な人生』に溢れる、教経様が想われる世の中を顕現させてみせる。
きっと、私はその為に、この末世に生を受けたに違いないのだから。

「教経様が夢の実現の為、その首捧げて貰おうか!」

偃月刀を、真一文字に振り抜く。
賊将の首。
確かに、この関雲長が、我が青龍偃月刀で頂いた。
……教経様と、共に、歩む。その確かな証として。

「敵将、平家が将、この関雲長が討ち取ったり!」

その首を偃月刀に掛けたまま、敵陣中をひた走る。
私が敬愛して已まない、教経様の元へ。

















〜教経 Side〜

「そら屑共。どうした?俺を殺したらお前らの勝ちが確定するかもしれんぞ?どうだ、試してやろうという奴はおらんのか!」

口調は余裕綽々だ。
だが体力的には、ちっとばかりきつい。
賊共が次々に、それこそ地から湧き出るようにやってきやがる。
戦が始まってから、もう4刻近く経過している。兵達の体力は、もう限界を越えているだろう。

袁紹軍は、こちらに賊共を押しつけるように動いていた。袁紹軍に押され、賊共がこちらに雪崩を打って攻め掛かってきているのだ。傍目から見れば見事な連携に見えるのだろうがな。
顔良つったか?なかなかやってくれるじゃねぇか。味方じゃなかったら今すぐ走っていって斬り捨ててやるところだ。自分の立場に感謝しておけ。ただ、いつか必ず意趣返しはさせて貰うからなぁ?俺ぁ性格が悪いんだよ、ほんの少しだがなぁ。

……愛紗、信じてるぜ?
馬を駆って敵陣に突撃してゆく愛紗の後ろ姿を見ながら、そう思う。

お前さんならきっとやれるだろう。
俺ぁお前さんを信じてここで待っているだけだ。お前さんが戻ってくる場所を、屑共から、この俺自身の手で守りながら。









「ほらほらほらほらっ!俺を殺せる奴は居ないのか!」

清麿を振るう。目の前の敵を殺す為に。

「屑共!俺の家の郎党共を、貴様ら如き屑が、よくもその手に掛けてくれたな!褒美に決して逃れられぬ死をくれてやる!心当たりのある奴ぁ、今すぐ俺に斬り殺されにこい!」

清麿を振るう。死んでいった兵達の仇を一人残らず殺し尽くす為に。


清麿を、振るう。唯々、愛紗を信じて。











「大将!関羽の姐さんがやったぜ!」

ダンクーガに言われ、周囲の糞虫共を斬り捨てながら前方を見る。大きく揺れながらも先程まで立っていた、『張』の旗。それが目に映らない。

やったのか。

賊共からの圧力が、心なしか薄れている気がする。
そう思っていた時、俺の目に愛紗の姿が飛び込んでくる。

……美しい。
長い黒髪を風に靡かせ、凛々しく馬を駆る。
青龍偃月刀に賊将の首を掛け、無人の野を征くが如く。

俺は、惚けたように、愛紗を見ていた。
愛紗が、その顔に笑みを貼り付けてこちらに馬を寄せてくる。
俺の目前で下馬し、片膝を付いて、敵将の首を俺に捧げた。

「教経様。お申し付け通り、敵将の首、この愛紗が討ち取って参りました」

……あぁ、愛紗。お前さんは本当に『いい女』だなぁ。

「信じてたぜ、愛紗。ご苦労さん」

もう既に癖になってしまっているのだろう。
愛紗の頭を撫でながら、俺はそう言った。