〜教経 Side〜
目の前で兵達が紅軍と白軍、二手に分かれて押し合いをしている。
紅軍が優勢のようだ。それは、そうだろう。紅軍には奴がいる。
「やぁぁぁってやるぜ!」
「OK!忍!」
ダンクーガは、本当に成長したと思う。
楽平郡での戦いの後、ダンクーガを先手大将に正式に任命した。先手、とは先鋒ということだ。まぁ、先鋒の大将という意味ではなく、常に先鋒を勤める部隊の部隊長、という程度の意味だが。
下に人間が付くことで自覚が出来、よく自分の部隊の面倒をみている。
……相変わらず頭はアレな子なんだが。そして、仕込みは上々、細工は流々ってね。仕上がり具合は上々のようだな、先手部隊員達よ。クククッ。既成事実にしてやったからなぁ、ダンクーガ。
そのまま紅軍が中央を突破するか、と思ったが白軍は突破されているのではなくて突破させているのだということに気がついた。えぐいことをするねぇ。アレ、多分前線にいたら気がつかないと思うぜ?紅軍を突破させながら、後ろから半包囲陣形を布こうとしている。
紅軍からすると、訳が分からない状況だろう。自分たちが攻めていたはずなのに、いつの間にか後ろから攻め立てられているのだから。
そのまま紅軍は敗勢を覆す事もなく、白軍勝利で演習は終わった。
「関羽、よく一月でここまで仕上げたな」
横に立つ関羽に、そう話しかける。
「はっ。元々の練度が高かったことが大きな要因でしょう」
「それでも見事なモンだった。中央を突破させて後背から追い立てる。口で言うのは簡単だが、兵を上手く用いるのは難しい。それをやって見せたのだからな。流石は関羽、というところだな」
「あ、有り難う御座います」
照れ屋さんだねぇ。
既に癖となっているようで頭を撫でながら、そう思う。
「まぁそう照れなさんな」
「別に照れてなどは居ません!」
で、意地っ張り、と来たか。微妙に違う気もするがね。そんなだから兵達に『鉄の女』とか言われちまうのさ。ツンデレとはちっと違うが、これはこれでありだな、あり。
「はいはい」
「教経様、聞いておられるのですか!」
「あぁ、確かこの後一緒に飯でも食おうって言われた気がするねぇ」
「教経様!」
「ははっ、じゃぁ、また後でな。飯でも一緒に食おうや」
そう言って練兵場を後にする。
いやぁ、いいもん見させて貰った気がするわ。『乳、尻、ふとももー!』的に考えて。
それにしても。
流石は、関雲長。関雲長は伊達じゃない。このまま俺ンとこの将になってくれんものかなぁ。そうしたら、俺がもっと楽できるようになるだろうに。まぁ、俺が楽できるかどうかは置いておいても、一軍を任せるに足る将が後一枚欲しい。一朝事あった際、俺は留守の将になるつもりは全くない。そうなると星が留守の将を勤めることになるが、毎回毎回留守というわけにはいかないだろう。あの気性的に考えて。そうなると、どうしてもあともう一枚。もう一枚だけで良い。安心して留守を任せることの出来る、文武に確かな将が欲しい。
でもまぁ、無理かもしれない。
星、稟、風。本来であれば、皆違う主君を戴いたであろうはずの彼女達が俺の配下に付いてくれているのは僥倖以外の何物でもない。これ以上を望むのは、少し欲張りすぎなのかも知れない。
関羽は、劉備の下に付く。そう思っておいた方が良いだろう。まぁ、それでも一応誘い水は向けてみるが。碌でもない縁な気がするが、それでも確かに縁があったのだ。何もせずに諦めるには、あまりにも惜しい。良い乳。良い尻。良いふともも。……背筋が寒くなってきたからやめとこう。うん。
〜愛紗 Side〜
練兵が終わり、教経様にお褒めの言葉を頂戴した。
「見事なモンだった。中央を突破させて後背から追い立てる。口で言うのは簡単だが、兵を上手く用いるのは難しい。それをやって見せたのだからな。流石は関羽、というところだな」
『流石は関羽』
この人は人をよく褒める。何を以ての流石なのかは私には分からないが、褒められて悪い気はしない。頭を撫でてくるのは癖なのだろうが、気恥ずかしい。私は子供ではないのだ。……これですぐにおちゃらけた話をしなければ良い話で終わるのだが。
「ははっ、じゃぁ、また後でな。飯でも一緒に食おうや」
そう言って練兵場を後にされた。
この一月で、随分『平教経』という人が分かった気がする。
まず口が悪い。
何故この人は人に誤解を与えるような言動を好んでするのだろうか。素直に伝えれば良いものを、素直な言葉で伝えない。だから人はこの人を誤解すると思う。最初は。
女にだらしない……と思う。
よく、頭を撫でる。私も一度ならず頭を撫でられ、恥ずかしい思いをした。私を見てニヤニヤしていることがある。そうかと思えば郭嘉殿を見て同じようにニヤニヤしていることがある。睨み付けると、薄ら寒そうに辺りを見回してどこかに歩いていくのだが。
関係ないが、最近中庭の裏の涸れ井戸で、『乳、尻、ふとももー!』という叫び声が何度も確認されており、教経様直々の調査の結果、幽霊の仕業であろうという結論が出ている。……少し怖い。
真面目に政務を行わない。
『面倒くさい』が口癖で、程c殿と郭嘉殿に政務を投げつけて脱走するのをもう4回も見ている。脱走した後町をぶらぶらして、件の断空我?殿と派手に喧嘩をしたり、町の長老の家でご飯を無理矢理馳走になっていたり、かと思うと鍛冶屋に何かを作ってもらおうとして断られ、『頑張れよ!そこは頑張れよ!そんなことじゃ世界とは戦えないんだよ!もっと!もっと熱くなれよ!』と非常にご近所迷惑な興奮ぶりで鍛冶屋を乗せて一緒に鉄を打っていたりした。暑苦しい。
意味不明な言動が多い。
この間など、先手大将の配下の者達を集め、彼の口癖である『やぁっってやるぜ!』と言われたら、何が何でも『OK!忍!』と応えるのが先祖代々平家に伝わる、平家の『血の掟』であるなどという、明らかな嘘を真顔で吹き込み、懸命に洗脳したあげく何度も練習をさせていた。それはもう、愉しそうに。その設定だと断空我殿は教経様と同じ天の住人ということになるのですが。何故こんな事を、という問いに答えて曰く、『男とは、くだらないものに命をかけるのものなのだよ、明智君』。教経様、私は関羽です。
……こうして考えてみると、少し、いや、誤魔化せないな、随分と問題がある気がしてきた。というより軽く目眩を覚える。ひょっとすると、いや、しないのかも知れないが、人格破綻者といって差し支えないかもしれない。何とか矯正しようと期を捉えては献言しているのだが、全く以て改善の傾向は見られない。
だが。
町で酔漢が暴れている時、率先してそれを鎮圧して回っていた。出来るだけ、痛い思いはするが後に響かぬ程度に手加減をして。
どうしても解決できそうにない問題に、全く新しい手法による解決案を提示していた。出来るだけ辛い思いをする人間が少なくなるように、時には強引な手法を採って。
警邏中、子供らにじゃれつかれて、それは嬉しそうに微笑んで、大人げなくも本気で遊んでいた。本気で遊んでやらないと子供だって面白くないだろうが。そう言いながら。
町の長老から、茶飲み話をしながら現状の不満などを上手く引き出し、それを程c殿や郭嘉殿に伝えていた。町に住む者達の生活をより良いものに変える為に。
どちらが本当の教経様なのかは分からない。
本人は前者だと言い張るが、そんなこともないだろう。特に、子供と遊んでいる時の目は、それはもうお優しい目をされていた。そういうと、そんなことはない、俺は子供は嫌いなんだよと不機嫌そうな顔を取り繕ってぶっきらぼうにお答えになるが。
「関羽。飯食いに行こうぜ」
「はあ」
「はあ、じゃねぇだろうがよ、はあ、じゃ。関羽が誘ったんだろうが」
「記憶には御座いませんが」
「政治家か。とにかくいいから飯に行こうぜ。俺ぁ腹減ったんだよ」
こうなるとどうあっても言うことは聞かないだろう。
諦めて付いていくことにする。
「関羽、ちっと真面目な話があるんだが」
食事を終え、中庭で寛いでいると、教経様がそう仰った。
「はっ」
「……お前さん、このまま俺ンとこの将になっちゃくれないかね?」
真面目に、そう聞いてくる。
この一月余りで確認した教経様の才と人格は、才は申し分なく人格も、多々問題点を抱えているものの、おおむね好意的に受け止められるものだった。だが、仕える、となると話は別だ。この人が持っている志や理想というものを全く聞いたことがないのだから。
「教経様、教経様に伺っておきたいことがあるのですが、宜しいでしょうか」
「あぁ、何なりと聞いてくれ。気が済むまで、な」
「……教経様は、この世界で何をなさるおつもりなのです?」
「天下統一、だねぇ」
……天下統一。御遣いなればこそそれは当然だ、とは思うが、現状のこのような小勢で、自ら天下を統一してみせると口にするのか、この人は。
「何の為に天下を統一なさるのです」
「楽したいンだよ。天下が統一されて治安が良くなったら、俺ぁヘラヘラ笑って、喰っちゃ寝して、毎日をだらだらと過ごしたいンだよ。出来りゃぁ皆そうやってへらへらと生きていって貰いたいもんだ。何の憂いもなく、ただただ平凡な日々を送る。『平凡な人生』って奴を送って貰いたい」
らしい回答だが、『平凡な人生』、とは何だろうか。
教経様は、この言葉に特別な思い入れがあるようだが。
「『平凡な人生』?」
「そ、『平凡な人生』。
非凡な人生ってのは、非常な人生と同義だ。その人生は、あり得ないほど波乱に満ちた人生だろう。栄光や名誉に満ちあふれたそれであればいいがなぁ、命を狙われた挙げ句に落とすとか、押し込み強盗に自分以外の一家を皆殺しにされ、世に絶望して自殺するとかそういうことだって有るだろうよ。良い方はともかく、悪い方は碌なもんじゃねぇ。是非お断りしたい人生だねぇ。
平凡ってのは、平穏ってのと同義だと思ってるンだよ。喜びも人並みなものだろうが、苦しみも人並みなものだろう。その人生には越えられない苦痛なんて物ぁ無いんだ。それがどんなに有り難いか、今この非常の世を生きている俺たちには分かっているはずだ。
……いつも町で一緒ンなって遊んでる餓鬼共に、そんな人生を歩んで貰いたい。あいつらが戦場に引っ立てられて、苦痛に満ちた表情で死んでいく。そんな光景は俺ぁ見たかぁない。情が湧いてるからだろうがな、そんなモン想像したら涙が出てきちまいそうになるンだよ。俺が作りたいのは、そういうことがない、平凡な、そう、本当にありふれた日常という奴に満ちあふれた、平々凡々な世界なのさ」
これが、『平教経』という人の本質だろう。何の理由もないが納得してしまった。いつの間にか息をのんで聞いていたようで、肺腑からゆっくりと息を吐き出しながら、そう語った教経様を見る。
「だから関羽、お前さんの力を、それを実現する為に貸してくれねぇかな。俺は、俺一人では無力なんだよ。いくら剣の腕がたとうが、お前さんが実感したとおりで、俺はまだまだ未熟なンだ。いくら俺が救ってやりたい人間が目の前に居ても、俺の手は生憎と二本しかない。三人目を救ってやろうとするなら、この手に握りしめている命を一つ、斬り捨てないと救ってやることは出来ないのさ。だから、俺と一緒に来て、一緒ンなって手をさしのべて救ってやっちゃぁくれないかね。お前さんがいれば、後二人は確実に救えるはずだから」
私の力で、武で、人を救う。
今までも、そうやってきた。だが、私はどこかいい気になっていなかっただろうか。山賊共を討伐して、感謝され、まるで自分が救世主であるかのように得意になっているだけではなかったか。私がやっていたのは目の前で困っている人間を救って満足していただけのことだ。
この人は違う。この世界をどうしたいのか。はっきりとした理想を抱いている。
この人は、この人なら、私の武に、私が武を振るうことに、理由と意味をくれるだろう。例え、剣に斃れることになろうとも、この人の理想の為に斃れるのであれば何の悔いもないだろう。
「どうかな、関羽」
そういって、じっと私を見てくる。
「……私は、姓は関、名は羽、字は雲長。真名を愛紗と申します。教経様」
「……俺は、姓は平、名は教経。字も真名もない」
お互いに、そう名乗り合う。
「これから、宜しく頼むよ、『愛紗』」
「……はい、教経様」
この人の理想を、夢を、必ずこの世に顕現させてみせる。
誰もが、『平凡な人生』を送れる世の中を。
我が青龍偃月刀に盟って。