〜愛紗 Side〜

「何で手加減したんだ、関羽?あん時本気で一発入れとけば、お前さんの勝ちだっただろうに」

御遣い殿と手合わせをした次の日、御遣い殿が何故私を殺そうとしたのか理由を説明しに来た。理由は、『手加減され、馬鹿にされたと思ったから』だった。
それを言うのであれば、私の方でもそうだ。御遣い殿が最初から本気で立ち合ってくれてさえいれば、あのような真似はしなかった。それは失礼に当たるからだ。そのことを伝えなければならないだろう。

「……御遣い殿」
「ちょっと待った。『御遣い殿』ってのはやめにしないか。教経で良い」

少し意外だった。御遣いであるにも関わらず、そう呼ばれることをあまり好んでいないように見える。

「では、教経様。ご質問に対して質問で返すのは失礼と存じますが、教経様こそ何故私に手加減をしたのです?」

そう聞き返すと、教経様は少し考えているようだ。
目を細め、眉をしかめている。
質問に質問で返したことが、やはり気に障ったようだ。
質問の内容といい、どうやらまだ精神的に幼いところが残っているようだな。そう思っていた。

が、帰って来たのは、『済まぬ』という言葉だった。
詳しく聞けば、どうやら自分が先に私を侮辱していたようだ、その事に今私に言われて初めて気がついたのだ、という言葉の後に改めて謝罪の言葉を述べ頭を下げられた。

こうもはっきりと自分の非を認めるとは思っていなかった。いや、昨日の立ち合い後の言動から、自らの過ちを認めるにやぶさかではない器量を有している人物であるとは思っていたが、今私に言われて初めて誤りに気がついた、と仰るとは思わなかった。それを認めるのは、勇気が必要なことだと思う。何せ、相手に言われて気がついた、ということを述べるのは、自分が至らないということをさらけ出すことに相違ないのだから。

こうまで言われて、こちらが折れない訳にはいかないだろう。互いの立場を考えれば、あちらは太守。こちらは一介の武辺に過ぎないのだ。ここは当然、目下である私が折れて関係改善を図るべきだろう。そう思い、お互い様なのだから気にしなくとも構わないと暗に伝えたが。

「いや、そういうわけにはいかんだろうさ。俺が餓鬼臭かった。お前さんを一方的に悪モンにして、自分には問題無いって思い込んでたわけだ。そのことから、目を背けるわけにはいかないだろう。本音言うと、恥ずかしいから背けたいんだが」

どうやら、教経様はこういうことを有耶無耶にすることを好まれないようだ。しかも、教経様が謝罪して、それを私が受け入れる、という形でしかこの事態を収束させることが出来ないらしい。それは、教経様の非を表沙汰にする、ということに他ならない。無かったことに謝罪はいらない。謝罪をし、受け入れるという形式を踏めば、確かにあったことになるのだ、彼の過ちが。

頑固なお人のようだ。だが、自らの非をあったことにして貰わないと困る、と考えるとは。
謝罪を受け入れる。そう伝える。勿論、私にも非があったことを申し添えて。

その言葉に、教経様は謝辞を述べた。

『天の御使い』平教経。
その武技は、世に冠するものだった。
その為人は、少々言葉遣いに問題があるものの、人の上に立つべくして立つ人間であろうと思われる。

この人は、何を目的としているのだろうか。どのような理想を持っているのだろうか。
傷が癒えるまでに一度聞いてみよう。そう思った。





















〜教経 Side〜

星との修羅場?を終え、執務室に帰ってくる。

「お兄さん、星ちゃんに刺されて死んでしまっているものと諦めていたのですよ〜」

風ェ……

「教経殿、星はなんと言っておりましたか?」

あぁ、稟。本当にかわいいなぁ、稟は。

「自分が俺の寵をうける蝶のなかで一番になってみせる、とさ」
「そうですか」
「む〜」

稟は眼鏡をクイクイしてる。
この野郎、誘ってるのか?

風は、何故だかふくれっ面だ。
気持ちよさそうだからほっぺたぷにぷにしてみる。

「む〜、なんですか〜人のほっぺたをぷにぷにと〜」
「いや、何となく気持ちよさそうだな、と思って」
「お兄さん、昼から発情するなんて風はそんな淫乱ではないのですよ〜」

……誰もそんなことは言っていないと思うんだが。

「はいはい、風は純情だもんねぇ」
「そうなのですよ。純潔はお兄さんに無残に散らされてしまいましたが」

恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのに、ねぇ。かぁいいねぇ。

「とにかく、これで星との問題?も何とか片が付いた……か?」
「いいえ、まだです。教経殿」
「へ?」

まだなんか星に謝らなきゃならんことがあったっけ?俺は君たち以外に手を出した覚えはないんだが。……まさか、俺には実は夢遊病の気があって毎晩とっかえひっかえ町娘を拉致してお代官様的なプレイを……うん、ないな。常識的に考えて。

「星が担当していた、兵の練兵や町の巡回などを代わりに行えるものがおりません」
「あぁ〜、そっちの話か」

頭ん中がすっかり後宮の王様になっちまってるみたいだな。
切り替えよう。

「といってもなぁ、稟。代わりが出来るほどの人間は居ないぞ?俺も暇じゃないし、一番見込みがあるダンクーガは頭がちょっとアレな子だから無理だ」
「そこで、お兄さんに提案があるのですよ」
「提案、ねぇ」

何となく予測が付いた。あれだろ、フィンファンネル的なものに頼みたいんだろう?伊達じゃないから。

「そうなのです」
「頭ん中読むなよ!」

そしてお前さんはフィンファンネルって何か分からんだろうが。

「ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ〜……お〜?」
「本気寝かよ!」
「関羽殿に頼めないでしょうか、教経殿」

……最近スルースキル高いな、稟。
お友達なんだからもっと構ってやって頂戴。

「関羽に、出来ると思うか?確かに巡回は出来ると思うが、練兵の経験なんて無いと思うんだが?」
「それなら大丈夫だと思うのですよ。兵書などにある程度目を通していたようですから」

風がそういうと、稟も頷いている。

「何で風がそれを知ってるんだ?」
「そういったものがあれば読ませて欲しいと仰っていたので、稟ちゃんの兵書をお貸ししたのですよ〜。勝手に」
「ちょっと風!無いと思っていたら勝手に貸し出していたのですね!」
「おぉ、お兄さん〜稟ちゃんが風をいじめるのですよ」

とてとてと歩いてきて俺の袴を掴む。
そこは素直にいじめられといて下さい、風さん。どう見てもお前さんが悪い。

「まぁ、頼むことは出来ると思うが、引き受けてくれっていう言い方はせんぞ?俺からいうと命令っぽくなるだろうからな。太守?なんだろう?」
「……なぜ太守のくだりが疑問形なのか、激しく問い糾したい所ですが……依頼の仕方は教経殿に一任します」
「はいはい、一任されましたよ、軍師様」

そういって、稟の頭を撫でる。
照れているようだな。眼鏡をクイクイしてる。
……萌えるねぇ。俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。そして麦茶が好きなんだよねぇ。髪を下ろして眼鏡掛けてくれないかねぇ?当社比120%中の120%で大爆発する自信があるんだが。

うん?駄目かね。そうかね。




















〜愛紗 Side〜

中庭で鍛錬をしていると、教経様がこちらに向かって歩いてきた。

「精が出るな、関羽」
「はい。傷口もふさがったので、多少は躰を動かしませぬと」

そういうと、少しばつの悪そうな顔をされた。

「……済まなかったな」
「教経様、それはもう終わったはずのことですよ?」
「そう言うがな、アレは俺にとっては痛恨の、しかも最高に恥ずかしい失態なンだ。そうパパッと忘れられるわけ無いだろうが」

口調とは裏腹に、かなり繊細な人なのかも知れない。
話題を変えた方が良さそうだ。

「それで教経様、どうなさったのです。態々私を捜して来られたのではありませんか?」
「あぁ、そうなんだよ。ちっと関羽に、もし良かったらってことでお願いしたいことがあってな」
「まぁ、私がお役に立てることであれば、協力を惜しむつもりはありません。居候のような身分ですから」
「いや、そういうつもりで居られるのは困るんだよ。関羽、お前さんは、お客さんなんだよ。居候じゃない。無条件に持て成されるのが当たり前だと思って貰わないと」
「しかしそういうわけには参りません」
「参ってくれ」
「参りません」
「参ってくれって」
「参りません」
「……頑固モンめ」
「……教経様ほどではありません」
「まぁ、いいや。ただな、これはお願いであってそれ以外の何物でもないから、嫌だったら絶対に断ってくれ。気を遣うのは止めてくれ。純粋にやっても良いと思えたなら、引き受けて欲しいンだよ」

成る程、それがあっての先程の言葉か。よく気を遣うお人だ。

思えば、本当に変わった人なのだ。御遣いの名声。太守の地位。どちらか一つでも備えていれば容易に人に命令を下して従わせることが出来るだろうに。他人に何かを強制したくない、そういうことなのだろう。

「俺が失態を犯したせいで星……趙雲が怪我をしたのは知ってると思うが、彼女に普段頼んでいた仕事を、彼女の代わりに出来る奴が居ないんだよ。それで、町の治安維持と練兵を、出来れば関羽にやって貰いたいって思ってるンだよ。勿論、趙雲が復帰するまで、だ。給金も、趙雲と同額出させて貰う。……どうだろうか?」

……流れの武芸者に依頼するようなことではないと思うのだが。
大体、練兵をする、というが、私はそのようなことをした経験がない。
また、自分の軍兵の練兵を外部の者に委ねる事にも問題があるのではないかと思う。機密保持の面で。

「教経様、治安維持は何とか私でもつとまるでしょうが、練兵、となる話は別です。私にはそのような経験はありませんし、教経様の思っているような結果は出せないと思いますが。また、軍の内部における情報伝達の仕方などが漏れる可能性もあります」

その辺りをどう思っているのだろうか。

「練兵に関して思ったような結果が出ないなんて事はざらにある。気にしなくても良いさ。むしろ普段とは違う人間に練兵されるって経験の方が有益だと俺は考える。経験がないということだが、誰だって最初は経験がない。趙雲の完全復帰まで2ヶ月程度は掛かるだろうから十分経験が積めるだろうしな。兵書を読んでいる、とも報告を受けている。能力的には実はあまり心配してないんだよ。あと、機密漏洩の件に関しては、盟って貰うから問題無い。まぁ、あくまでも保険程度にしか考えてないが」

成る程、理路整然としている。武だけでなく智にも優れたものがあるのかも知れない。
しかし、能力的には心配していない、と仰ったのか。そう見込まれているというのは、世辞と分かっていても嬉しいものだ。
そう考えていると教経殿は、

「……やはり、駄目だろうな。いや、済まなかった。こちらが無茶をお願いしようとしたんだ。関羽が気にする事じゃない。鍛錬をしているところを、邪魔して済まなかったな」

と、この場を後にしようとした。どうやら少し考えている時間が長かったらしい。

……正直に言えば、やってみたい。この先どうするにせよ、練兵をする、という経験は得難いものだろう。機密漏洩に関しては、その情報を売ることで幾ばくかの金を得ようなどと考えるような、見下げ果てた女ではないつもりだ。私が私である以上、漏らすことはないだろう。であれば、これは良い機会なのではないだろうか。
2ヶ月。そう仰った。教経様を見極めるに十分な期間だろう。

「お待ち下さい」
「んぁ?」
「その申し出、お引き受け致しましょう。喜んでやらせて頂きます」
「……嫌だったら断ってくれて構わん、と言ったはずだが、本当に構わんのか?気を遣っているだけじゃないのか?」
「言葉通りです、教経様。喜んでやらせて頂きます、と申しました」
「……そうか。助かるよ、関羽。宜しく頼む」
「はっ」
「じゃぁ、稟のとこに行くか。これから先の予定含めて話し合わないと駄目だろうからな」
「承りました」

そう言って、教経様は歩き始める。
その後ろを、これからのことを考えながら、黙って付いていった。