〜教経 Side〜

「主、そろそろ起きてご自分の部屋にお戻りにならないと、皆に感づかれますぞ?」
「……んん、あと5分……」
「?ごふんだかなんだか分かりませんが、早く起きて服を着て下さい、主」

なにやら星が言っている。
服を着ろ、と言われて、一気に覚醒する。

「おはよう御座います、主」

そういって、星が微笑んでいる。卑怯くせぇな、その笑顔は。

「……あぁ、おはよう」
「ふふ、主、照れているのですかな?」
「あぁ、そうだよ、悪いか」
「別に悪いとは言っておりませんが?」
「口の減らないことだな、星」
「それはもう」

そういってククッと笑っている。
態勢が悪い。とっとと服を着て、出て行った方が良さそうだ。

「はいはい。とっととお暇することにするさ」

そう言いながら服を着て、部屋を出ようとすると、星は少し寂しそうな顔をした。

「星」
「なんですかな、主?」
「早く傷を治してくれよ。また、な」
「……はい、主」

そう言って部屋を後にした。




















部屋を後にし、誰にも会うことなく自分の部屋に戻った。

水差しから湯飲みに一杯水を注ぐ。
水を飲んで、少し落ち着いてから執務室へ行く。

「お兄さん、おはよう御座います、なのですよ〜」
「あぁ、風、おはようさん」

……一番やっかいな人間につかまった気がする。

「お兄さん、なにやらすっきりしたお顔をしていますね〜」
「……まぁ、気持ちの整理がついて落ち着いたってことだろ」
「そういうことにしておきましょうか〜」

……完全にバレてる気がする。

「で、風は何でここにいるの?」
「大人の階段を駆け上がったお兄さんのお顔を見ておこうかな、と思いまして〜」

そういうことにしといてくれるんじゃなかったのかよ。

「あぁ、大丈夫ですよ〜お兄さん。稟ちゃんは鈍いので気がついていないと思うのですよ」
「いや、風さん?そういうことにしておくって言ってなかったっけ?」
「ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ、ぽかぽか陽気に誘われて」
「いやいや、今日は寒いと思うんだが」
「それでお兄さん、次は風達をその毒牙に掛けてしまうわけですね?」

頼むから話を聞いて欲しい。

「いやいやいや、何故そういう展開になるのか全く以て意味不明なんだが」
「いつぞやも申し上げましたが、皆平等にして頂かなくては困るのですよ」
「はぁ」

平等にって言われてもなぁ。その、星とああいう事した以上は責任というものがあるわけで。東京は、世知辛いわけで。おお、邦衛が出てきそうな感じだな。

「お兄さんが何を考えているのかは分かりますが、お兄さん、風も稟ちゃんもお兄さんのことが好きなのですよ」

……邦衛か?邦衛が分かるのか?

「……それは、まぁ、分かってるけど」
「昔から英雄色狂いと言いますから、仕方のないことなのです」
「好むだろ、好む。狂ったら駄目だろう、狂ったら」
「まぁまぁお兄さん、お兄さんの頭はもう結構狂っているので的を射ていると思うのです」

風ェ……
頭狂ってるのと色狂いとはまた別モンだろうがよ……

「お兄さんは、風や稟ちゃんのことは好きではないのですか〜?」

自分の発言を華麗にスルーするとは、やるな!既にQBKレベルと見た!
……惚けた感じで聞いてきてはいるが、目が、ね。
びくびくしてる子猫みたいな目をしてるよ、風。

風や稟が、居なくなったことを想像してみる。今回と同じように、俺がなんらかの過失を犯してしまった結果として、風や稟が居なくなってしまったとしたら。
そこまで考えて、具体的に想像するのを止めてしまった。

そのことを想像すること自体に、耐えられない。
俺の為に死ね、と言えない。
死んだ時、仕方がなかったのだと、割り切れない。
有能だから居て欲しいんじゃない。二人だからこそ、だと思う。

「……好きだ、と思うよ。多分、星と同じくらいに」
「それならば問題ありませんよね〜稟ちゃん」

はぁ!?

「……教経殿」
「あ〜、稟、いつから?」
「『あぁ、風、おはようさん』の辺りからです」

……思いっきり最初からだねぇ。んで俺も気付かなきゃ駄目だねぇ……

「では、お兄さん」
「ん?」
「きちんと、平等にしてもらいますので〜」
「いや、それは、な、風」
「星ちゃんだけなのはずるいと思うのですよ」
「……私もそう思います」

なんだ?いつから俺は後宮作るべく頑張ってたんだ?
いや、でも、星がなぁ。
そう、なんて言うかなぁ。
……下手しなくても刺されそうな気がするんだが。槍で。

「あぁ〜、もう!なんて答えて良いかわからんが、とにかく分かったよ!」
「分かって頂ければ良いのですよ〜。お兄さん、こちらが今日の予定と決済して貰わないと困る案件なのですよ」

はぁ、自業自得なんだろうけど、これからどうなるんだよ……パトラッシュ……俺ぁなんだか眠たくなってきたよ……眠っても良いんだよね?























〜風 Side〜

星ちゃんの治療が終わって、お兄さんは私達を星ちゃんの部屋から送り出しました。

最初に騒ぎを聞いた時は、折檻しようと思っていたのですよ〜。
でも、お兄さんの暗澹とした顔を見てしつこく言うのは止めることにしました。責任を感じているようですし、今後同じ事をするとも思えませんでしたから。

お兄さんはああ見えて、上手く切り替えが出来ない気がするのです。精神的に。
だから、星ちゃんの部屋に残って、様子を見ているつもりなのだと思うのです。
仕方がないので、風がお兄さんを慰めてあげようと思うのです。仕方なくなのです。







朝になっても、お兄さんは部屋に帰っていなかったのです。
いくら何でも、ずっと星ちゃんの部屋にいる、というのはおかしいのです。
これまで何度か、三人それぞれの部屋で夜お話をしたりしていますが、どんなにお酒に酔わせてもお兄さんは必ず自分の部屋に帰っていったのですから。あれが帰巣本能というものなのでしょうか。興味深いものなのです。

話が逸れましたが、ずっと星ちゃんの部屋にいたとするなら、部屋にいなければならない何かがあったと思うべきなのです。星ちゃんの容態が悪化したり苦しそうな顔をしていたりしたのであれば、お医者さんをつれてこいと叫び回るはずです。そうなると答えは一つしかないのです……お兄さんは、星ちゃんと。

……風は結構嫉妬深い方だと思います。お兄さんが、風以外の女の子と宜しくするのはいい気はしないのです。でも、お兄さんが風を相手にしてくれなくなる方が嫌です。風は少し他の人とは違っているようで、風と話をすると皆心底疲れた顔をするのです。でもお兄さんは、風と普通にお話をしてくれます。女の子としてみてくれます。そのお兄さんを、簡単に諦められるわけはないのです。











「お兄さんは、風や稟ちゃんのことは好きではないのですか〜?」

朝、お兄さんの執務室で待ち伏せをし、星ちゃんとそういうことがあったという確信を得た後、そう聞いてみました。世に英雄と謳われた人たちは、皆色を好んだのです。星ちゃん一人と決めつけず、きちんと風を相手にしてくれれば、我慢してもいいのです。
……でも、お兄さんが風を好きでなかったら。ただの軍師としてしか見てくれていないのだとしたら、それさえ叶わぬことになります。風が、そこに入る余地があるのか。それを聞くと後戻りは出来ません。怖かったですが、それでも、聞きたかったのです。

「……好きだ、と思うよ。多分、星と同じくらいに」

良かった。安心したのですよ。稟ちゃんを見ると、稟ちゃんもホッとしているようです。
これで、方針が決まったのです。
……お兄さんを、風と稟ちゃんと星ちゃんの共有財産にする。
それが、一番問題がないのです。
星ちゃんは、仕方がないと言ってくれる気がするのです。
まぁ、そう言って貰うのですよ。

お兄さんは、風達皆のお兄さんです。
一人だけなのは、駄目なのです。
平等にしてもらわないと、困るのですよ、お兄さん。




















〜教経 Side〜

本日分の仕事を終えて、とりあえず一息入れている。
そういや、関羽と話をするって言ってまだ何も話をしていない。
昨日の今日で、顔を合わせるのが個人的には少し気まずいんだが、会って話をするべきなんだろう。

そう思って、関羽にあてがわれた部屋に行く。
ドアの前で中の様子を窺うと、中から声を掛けられた。

「なんのご用でしょうか」

……よく気がついたな。

「あぁ、すまん。俺だ。平教経だ。今ちっと良いか?」
「はっ、構いません」

そういいながらドアを開け俺を招き入れてくれた。

「昨日の別れ際の約束を果たしに来たのさ」
「はぁ」
「言ったろ、何であんなにムキになってお前さんを殺そうとしたのか、説明するってさ」
「ええ、そうでした」
「ここ、座って良いか」
「どうぞ、水を持ってきます」
「すまんねぇ」

そういって椅子に座る。
甲斐甲斐しいねぇ。そして、良い乳、良い尻、良いふともも。
井戸ってどこにあるんだっけ。涸れ井戸。叫んでこないとなぁ。煩悩退散、煩悩退散。

「どうぞ」
「悪いな」
「いえ」

さて、お話をしようか。

「……俺がああムキになったのは、な。お前さんが手加減したからなんだよ」
「……」
「俺はさ、関羽。多分他の武芸者と比べても異常だと思われるような鍛錬をしてきた。一流と言われている武芸者でも、絶対にここまでのことはしていないだろう、と思えるほど、異常で異質な鍛錬を。だから、手加減された時に、馬鹿にされたと思ったのさ。俺のお師匠含めて、ね」
「……」
「何で手加減したんだ、関羽?あん時本気で一発入れとけば、お前さんの勝ちだっただろうに」
「……御遣い殿」
「ちょっと待った。『御遣い殿』ってのはやめにしないか。教経で良い」
「では、教経様。ご質問に対して質問で返すのは失礼と存じますが、教経様こそ何故私に手加減をしたのです?」

……言われて初めて気がついた。いや、『気付かされた』。
俺は確かに、関羽の左腕の付け根を突いた際に、手加減をした。それは、面会に来た人間に結構な怪我をさせるわけにも行かないだろうというつもりあっての手加減だったが、それを言うのであれば、関羽が本気で突けない理由にもなる。
むしろ、彼女の方がより手加減をしなければならない立場にあったのだ。本気で突けるわけがないではないか。そんなことをすれば、あの場にいた星や軍兵共から追い立てられる可能性だってある。いや、間違いなく追い立てられたことだろう。

本気でやれ。
そう思うなら、先ず俺が本気を出すべきだったのだ。俺が最初から本気でやれば、関羽がそれに本気で応えるのは当たり前のことで、不思議なことではない。怪我をしても、洒落にならないものでなければ周囲のものも笑って流せるだろうから。

成る程、先に侮辱したのは、俺、だな。
これはまた、なんともまぁ、恥ずかしいな。
しかもそれを、本人が気付いたのではなく、相手に言われ思い返して初めて『気付かされた』ってのがより一層恥ずかしさを際だたせているねぇ。

こいつぁ……本当に、恥ずかしい。頭に血を上らせて、師匠を馬鹿にされたと一人で勝手に盛り上がって、相手を殺そうとする。俺ぁただの餓鬼じゃねぇか。

「……済まん、返す言葉もない」
「ど、どうされたのです、教経様」
「俺なりに理由はあった。けどそいつはお前さんにとっても同じだった。俺が勝手に侮辱されたと思ったのは、全く以て筋違いも甚だしいものだった。俺の方が先にお前さんを侮辱していたんだってのが、実は今お前さんに聞き返されて初めて気がついたんだよ。恥ずかしながら、な。済まなかった。本当に、申し訳ない」
「い、いえ。それに昨日も申しましたが、そもそも私が教経殿を試そうと失礼なことをしたのが問題なのです」
「いや、そういうわけにはいかんだろうさ。俺が餓鬼臭かった。お前さんを一方的に悪モンにして、自分の態度には問題が無かったって思い込んでたわけだ。そのことから、目を背けるわけにはいかないだろう。本音言うと、恥ずかしいから背けたいんだが」

そういうと、関羽は仕方がない、と言った面持ちで、

「分かりました。教経様の気が済まぬようですから、こう言いましょう。教経様、私にも非は御座いました。ですので、貴方の謝罪を受け入れましょう」

そう言ってくれた。

「……そうか。許して貰えるか」
「ええ。許します。ですので、この話はもう終わりにしませんか?」
「あぁ、そうしよう。……有り難うな、関羽」

そう言って、その後関羽の旅の話などを聞いた後、部屋を後にした。