〜教経 Side〜

瞬動を行いながら、女の左腕を『斬る』。
女は打たれると思っていたのだろう、『斬られた』ことに驚いている。

馬鹿が。その程度、師匠の弟子である俺なら簡単にできるんだよ。
次は、右腕だな。

再び瞬動を行う。
手首の内側。斬らせて貰う。動脈掻き斬ってやるよ。

だが、女は反応して手首を返し、手首の外側を斬る事になってしまった。
反応してくることは想定外だったが、この女の武技は流石のものだ。
だがな、姉ちゃんよ。太刀ってのは一刀で仕留める類のものと連続で振るわれるものとがあるんだぜ?俺が今振るっているのは、連続して振るわれる類のものなのさ。

斬り上げた木剣を、そのまま斬り下げる。
綺麗なお躰、傷つけてやるよ。師匠を侮辱したことを一生忘れられないように。その傷を見る度に、そのことを悔いると良い。

流石に避けられない。そのまま女の左肩から右脇腹にかけて、袈裟に斬る。
血が出ている。当たり前だな。容赦はせんよ。

姉ちゃんは片膝をついた。
やれやれ、偉そうなことを言っておいて、その程度か。
生かしておく価値もない。師匠に、死んで詫びを入れて貰うことにしようか。

そう思い、最期の瞬動に入る。
跳躍して頭をかち割ってやるよ。師匠の教え通り、理に適った斬人の法を以て、な。

跳躍した。
姉ちゃんは気がついていないらしい。
これで、終わりだ。剣を振るう。

手応えはあった。打ち斃してやった。












だが、俺の目はあり得ないものを映していた。

斃れているのは、星。

「星!何やってやがる!どうして飛び込んできた!」

木剣を投げ捨てる。
我に返った。ぞっとした。もし、頭を思い切り木剣で打ったのだとしたら……

「おい、誰か居ないか!誰か!誰か居ないのか!誰でもいい、出てこい!誰か居ないのか!?」

俺の切羽詰まった声を聞きつけて、遠くからダンクーガが走ってくる。

「ダンクーガ、医者だ!医者を呼べ!今すぐ、どんなことをしても良いからここに引き摺ってこい!ごたごた抜かすなら足の一本でも斬り捨てて構わん、すぐに連れてこい!急げ!」

俺の剣幕にダンクーガは驚きながら、それでももの凄い速さで駆けていった。


星。
俺が、頭に血を上らせていたばっかりに。
まさか、俺が……俺に敵意を向けてこない、それどころか好意を持ってくれている人間を、間に立ちはだかったことにも気がつかずに打ち倒すなんて。

不敵に笑う星。
楽しそうに笑う星。
恥ずかしそうな星。
凛々しい顔の星。
我が儘を言う星。
俺に好意を持ってくれている、可愛い、星。

嫌だ、何かの間違いだ。
俺が、この手で、それを消すなんて。
嫌だ。これは、何かの間違いなんだ。
俺が、この俺が、この手で、星を……

「星、しっかりしろ。星!しっかりしてくれ、頼むよ、星、返事をしてくれ。星……」

未だ気を失ったままの星を両腕に抱えて、俺はずっとそう言っていた。





















〜愛紗 Side〜

鬼が来る。
とんでもない疾さで。
私の左腕目掛けて剣を振るってくる。

疾すぎる。
目で、その動きを追うことは出来る。だが躰はその速さで動くはずがない。

「この間賊を討伐しに行った時、大将が賊の親玉の首を刎ねて殺したんだがそんとき大将がこう、ぱっと消えて、気がついたら首を刎ね飛ばしてた。あんなこと、人間じゃ出来ねぇと思う」

成る程、武芸の心得のない人間には、確かに信じられない光景だろう。心得があっても信じられないのだから。あり得ない疾さ。それを、あの男は『消える』と表現したのだ。『人間ではない』、と。

左腕を捨てることになるか。
木剣とはいえ、この速度で打ち据えられた後、使い物になるとは思えない。
打たれた時の衝撃をある程度和らげる為、筋の緊張を解く。だが。

「!」

『斬られた』。木剣で、『斬る』だと?
あり得ない。目の前の鬼は、その武技は、あり得ないものだ。
『この世に冠たる武勇』
正しく、そういうに相応しい。

またこちらに向かってくる。息をつく暇が全くない。
次は、右腕、というより右手首を狙っている様だ。

剣を振るうその形は美しい。余程の修練を積んだものと思われる。だが、だからこそ、どこを狙っているのかが分かる。手首の内を斬られれば、死ぬ。手首を返す。
斬られたが、大したものではない。
そう思っていると、跳ね上げた木剣をそのまま斬り下げてくる。

まずい。後ろに少しだけ上体を反らすことが出来た。
が、斬られる。左肩から右脇腹にかけて、真っ直ぐに、疾風が駆け抜ける。傷は深くはないが、範囲が広い。
斬られた衝撃で、体勢を崩して膝を折る。

負けた。
そう思い、それを伝えようと顔を上げる。
が、鬼がそこにいない。

どこに行ったのか?
そう思っていると、躰を後ろに引っ張られ、白い何かが私の前に立つ。

次の瞬間、その白い何かが倒れ伏した。























〜教経 Side〜

「左肩および左鎖骨が綺麗に折れております。また、かなりの衝撃を受けたようで、ある程度臓腑が傷ついているようです。しかし、気を失ってはおりますが、命に別状はありません。綺麗に骨が切断されていることから考えて、完治するまで無理をしなければ後遺症も残らないでしょう。安静になさることです」
「……そうか、すまなかったな」
「いえ、では、私はこれで」

そう言って医者が部屋を出て行く。


あの後、ダンクーガが医者の首根っこをひっつかんで来、すぐに星を診察させた。
結果は、聞いたとおり。
……よかった。死んでいなかった。

騒ぎを聞きつけた稟と風が、関羽の手当をしながら事情を聞いていた。
「お兄さん、少しやりすぎだと思うのですよ」
「……あぁ、分かってる。反省してる」
「教経殿、今回は皆無事であったから良かったものの、次はどうなるか分かりません。ご自重下さい」
「……あぁ、分かってる。反省してる」

風も稟も、それ以上俺には何も言わなかった。

「関羽、本当に申し訳なかった。この通りだ」
「い、いえっ、御遣い殿、頭をお上げ下さい」
「そういうわけにもいかん。俺は俺の行いに対して責任を負わなければならぬ。それが先ず一人の男として当たり前の、有るべき形だ。本当に済まなかった」
「御遣い殿、元はと言えば失礼にも御遣い殿を試した私に責があるのです。そう一方的にご自分を責められることはありません。私も、申し訳ありませんでした」
「……すまないな、関羽。そう言って貰えると、俺も多少救われた気がするよ。その傷が癒えるまでは、俺たちに面倒を見させてくれ。出来ることであれば何なりとさせて貰うから」
「そうはいきません、と言いたいところですが、流石にこの怪我では旅を続けるわけにも参りません。お言葉に甘えさせて頂きます」
「あぁ、甘えてくれ。そうでもしないと俺の馬鹿さの償いが出来ないから。何故俺がああまでムキになってお前さんを殺そうとしたのか、落ち着いてからきちんと話をさせて貰う。それが、礼儀というものだろうから」
「はっ、畏まりました」
「じゃぁ、また今度な」

そういって、稟、風、関羽を送り出す。


星。良かった。
星の寝顔を見ながら、そう思う。
剣を、星の頭に振り下ろしていなくて本当に良かった。
星の髪を撫でつけながら、しみじみと思う。

「俺は、星のこと、こんなに好きだったんだな」

綺麗な寝顔。不敵な目を開いていないだけで、こんなにも顔から受ける印象が変わるのだろうか。可愛らしい、女の子。

「本当に、本当に良かった。星」

安心から、涙がこみ上げて来やがる。喪っちまったと思った。俺の過失で。俺が、俺の好きな人を、俺の手で殺した。そう思っていた。
頭を撫でながら、星の寝台の横で、ずっと俺は泣いていた。














「……主」
「……ん」
「主、起きて下さい」

誰かに呼びかけられて、目が醒める。
泣き疲れて、寝てしまっていたようだ。
気付くと、星が俺の頭を掻き抱きながら、俺の頭を撫でていた。

「星!目が醒めたんだな!」
「!主、声が大きいです。急に躰を動かさないで下さい。肩が痛い」
「あぁ、すまん」

急いで体を起こそうとして、顔をしかめた星を見て止めた。
そうだよな、痛いよな。俺が傷つけてしまったのだから。

「主、泣いていらっしゃったのですか」
「……あぁ、そうだ」
「なぜ、泣いていらっしゃったのです?この星が、主にとって掛け替えのない存在であると、漸くお気づきになられたのですかな?」

いつもの調子で星が言う。
一丁前に、俺に気を遣っているらしい。でもなぁ、星。俺は今それに乗って自分の気持ちを有耶無耶にする気分にはなれないんだよ。だから、俺の気持ちを聞いて貰うよ、星。

「……あぁ、そうだ。思い知らされた」
「……」
「星、俺は、お前のことが好きだ。喪いたくない。お前を俺自身の手で殺したかも知れないと思った時、もし本当にそうだったら自殺しようと思ってた。自分にけじめを付ける為に。俺は、お前のことが、本当に好きだったんだよ、星。それくらい、掛け替えのないものだって分かったんだ」
「……主……」

星がじっと俺の顔を見つめている。
可愛い、女の子。長いまつげが震えている。

「何で泣いてんだよ、星」
「主が、悪いのです。唐突に、私にそのようなことを仰るから」
「星」

星に顔を両手で挟んでこちらを向かせる。
星が、目を瞑る。
月の光が差し込む中、二つの影が重なる。

「……主、主から口吻してくるとは思いもよりませんでした」
「……俺は、我慢できそうにないんだよ、星」
「あ、主、それは……」
「……怪我してるのは分かってるけど、それでも俺ぁ星と……」
「……主、私はその、こういうことは、その、実は初めてで、だから、その……」
「……分かってる。優しくするよ。星」
「……はい、主」
「夜伽の時は、教経って呼ぶんだろ?」
「……はい、教経様……」

そう言って、もう一度口づけを交わす。
そのまま夜が明けるまで、お互いにお互いの存在を感じ合うように、何度もお互いを求め合った。