〜教経 Side〜

小高い丘から、戦場を眺める。
その俺の目の前を、稟が指揮する兵300が撤退していく。
平氏の赤旗を並べ、ゆっくりと。しかも整然と。

整然と撤退しているにも関わらず、賊共は何の疑問も持たずに稟達を追う。
狙いは、稟達が運んでいる兵糧などだろう。

「馬鹿共が」

そう吐き捨てる。
そんな端量の兵糧なんて放っておいて、最初の目的通り町に襲いかかれば良いものを。何を目的として軍事行動を起こしているのか。それを見失っている時点でお前らの負けは確定だ。

頃合いだな。そう思い、後ろを振り返る。
『揚羽蝶』。俺の、平家の旗印。悠然と風に舞っている。
その向こうで控えている兵達を見やる。皆、不安そうだ。

「さて、貴様ら」

声を掛けると皆がこちらを見る。

「目の前に居るのは、お前達の家族を殺すことに何のためらいも覚えない、正しく人間の出来損ないだ。糧食を奪い、親を殺し、子を殺し、女を犯し、町を焼く。これらのことをもう何度も繰り返してきている屑共だ。
これより俺たちは死地に入る。そこに天はない。唯々鬼が居るばかりだ。己の欲望に飢えた、餓鬼共がな。剣を振るえ!槍を突き立てろ!貴様らは今日ここで、あの鬼共を殺す為にこの世に生を受けたのだ!」

結構過激なことを言っているが、皆真剣に聞いているようだ。
……こういうのは柄じゃないんだがなぁ。

「本日ここから、貴様らも鬼になるのだ!世に巣くう悪鬼共を殺して回る、戦の鬼に!天下を平定して初めて貴様らは鬼であることを止めることが出来る!俺にはな、我が身を鬼に堕としてでも、それでも成し遂げたい理想がある!貴様らもそうだろう!?
皆で鬼となってやろうぞ!それで救えるものがあるなら、鬼になるのも本望だろう!目の前の屑共を殺せ!俺たちが俺たちであることを止める覚悟を持っていることを、その身を以て分からせてやるのだ!

征くぞ!平家の郎党共よ!誇りある戦の鬼共よ!これより敵に突撃する!」

勢いよく丘を駆け下り、敵の腹背へそのままなだれ込む。軍の方は稟が上手くやるだろう。俺のすぐ後ろから『殺ぁぁぁってやるぜ!』と聞こえてきた。意図せず笑いがこみ上げる。端から見たら笑いながら斬人する基地外にしか見えんだろうなぁ、今の俺ぁ。

他の兵も萎縮せず、ダンクーガと同じように、殺気に満ちあふれている。
この分だと、すぐに片が付きそうだな。

「屑共。この俺様、御遣い様が直々に殺しに来てやったぞ?もっとしっかり持て成して貰いたいものだなぁ、おい」

浮き足だって混乱状態に陥っている賊共の中を、清麿を振るいながら駆け抜ける。
腕、首、足、背中。
目に見える隙を、手が届く順に、斬りつけることが出来る限り清麿で斬り捨てる。

「またつまらぬものを斬ってしまった……」

いいねぇ。一度言ってみたかったんだよねぇ。
この間の戦では、そんな余裕もなかったしねぇ。

「テメェら、気合い入れてくぞ!押せ押せぇ!こいつらみんなぶっ殺してやるんだ!」
「退けぇ!カス共!」
「死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねぇぇぇぇぇ!」

周りの兵のテンションがえらいことになっている。さすがの俺もドン引きだ。
ちょっと発破かけ過ぎたな。まぁ、後でしっかり落ち着かせてやるさ。
初陣の人間も多くいる。このままのテンションで突っ走らせた後で冷水を頭からぶっかけてやる位がちょうどいいだろう。

見ると、賊共は来た道を引き返すべく逃げようとしている。
だが残念だねぇ。俺は『腹背を』突いたんだぜ?勢いよく駆け下ってくる600匹の鬼共の方へ行くってのは、自殺志願者としか思えないなぁ。逃げるなら、前だよ、前。尤も、稟がそこにいるからどうにもならんと思うがなぁ。お前らはさ、調子に乗りすぎたのさ。身の程を弁えない奴は死ぬしかないんだよ。

「ほら、屑。道を開けんと死ぬぞ?まぁ、今お前は死んだわけだが」
目の前に飛び出してきた賊を脳天から唐竹割に斬る。……清麿は本当によく斬れる。

賊の顔に、縦に一筋赤い線が浮き上がる。
右半身と左半身が、それぞれ別のタイミングで崩れ落ちる。

「ひぃっ、ば、化け物だぁ!」
「半分以上人間止めちまってる自覚はあるがな、化け物ってのは、無抵抗な、武器を持たない人間を躊躇いなく殺せるお前ら自身のことだろうさ」
逃げ出した賊の背中へ、死んだ賊が持っていた槍を投げつける。

「逃げろ!逃げろ〜!」
「も、もう駄目だ〜」
「た、たすけ、助けて!助けて!」

奴さん達は大混乱だ。逃げていく賊共を殺すのは、もう兵に任せておけば大丈夫だろう。
さて、賊共の領袖はどこにいるのかね?
是非ともご機嫌伺いさせて貰わなきゃならないからねぇ。























〜稟 Side〜

「今です!全軍反転し、敵に逆撃を加えて下さい!」

教経殿が、これ以上ない瞬間に、これ以上ない箇所に横槍を入れてきた。
さすがは、教経殿。後は前方から逃げ出そうとする敵を徹底的に叩くだけ。

私が立てた策は、単純なものだった。
私が300の兵を引き連れて、賊に一当てして後退し、教経殿が待ち受ける丘の前へ賊を引っ張る。
そこに教経殿率いる600の兵が横撃を加え、敵を混乱させる。教経殿は中へ突入し、賊将を討ち取る。私は外周から賊共を、それこそ薄皮を一枚ずつ引き剥がすように殲滅していく。

そういう絵を描いていた。
今のところ、上手く行っている。
だが、油断はしない。何か想定外のことが起こるのが戦だ。そうこの間の戦で思い知ったばかりではないか。

「もっと自信持っていいぜ。稟は俺の信頼に応え続けてくれてる」

後ろから私を抱きしめながら、教経殿はそう言ってくれた。
……この戦できちんとした結果を、これが郭奉孝なのだという結果を出せれば、素直にそう思えると思う。だから、しっかりしないと。

「ん?」

賊共の中で、強固に反撃をしてくる箇所がある。
恐らく、あそこに賊将が居るのだろう。

「誰か」
「はっ!」
「教経様に伝令を。賊将が居るであろうと思われる箇所はあそこです。それをお伝えして下さい」
「畏まりました!」

そう言って伝令が走っていく。
見落とさずに済んで良かった。賊の集団でも比較的外側に位置している。逃がさないようにする為に、私は前線からある程度兵を引き抜き、再編して、包囲を突破されないようにその箇所の包囲の厚みを増す。

平家軍を統率し、賊将を絶対に逃がさない。それが、今回私に求められている役割だ。必ず、必ず果たしてみせる。私自身のこれからの為に。
























〜教経 Side〜

「申し上げます!」

使い番が走ってきた。

「何だ!俺は今ちっと忙しいぞ?」

右手にいた賊の臑を斬り飛ばしながらそう答える。

「はっ、郭嘉様からの伝言です。賊将はあの辺りにいます」

そう言って使い番は、賊の集団でもやや外側後方を指さす。

「へぇ。稟に感謝すると伝えといてくれ」
「はっ、ではこれで」
「おい、ダンクーガ!」
「何だよ大将!」
「お前、50人くらい引き連れて俺に付いてこい!見込みのある奴優先して引っ張って来いよ?」
「了解!」

おいおい、だからそこは「OK!忍!」って言う所……じゃないのか、俺は忍じゃない。

「おらおら、死神様のお通りだ!」

まぁ、手にしているのは死神の鎌じゃなくて清麿なんだけどねぇ。ついでに極めて趣味的なフォルムを有するガンダムにも乗っていないねぇ。

俺は多分、モーゼの生まれ変わりなのだろう。進むと賊共がどんどん道を開けていく。
開けない奴には清麿で説法してやると、改心して道を開けてくれる。偶に躰を開いてまで開けてくれる。……瀬戸内ジャクソン『セッポーウ!』っていう糞スレがあったなぁ。

「テメェら、何やってやがる、そいつ殺したら俺たちの勝ちだぞ!殺れ!」

変なこと考えてるうちに、どうやら主賓をもてなす為のテーブルにたどり着いたようだ。いらっしゃいませご主人様、でも教経はドジっこなので清麿突き立てちゃうかも知れないけど、あんたの為じゃないんだからね!……おお、ドジっこでツンデレ!きっと売り上げが伸びるだろう。愉しんでいって下さいねぇ。ご主人様。

「お前ら!大将の邪魔する奴らは全部俺たちが相手するんだ!殺ぁぁぁっってやるぜ!」
「おうよ!」

だからさ、言ってるじゃない。そこは「OK!忍!」って言う所……だな、うん。

「まぁいい、どのみちテメェ殺したら俺の勝ちだ!」
「へぇ。そうかい」
「ああ、そうだっよっ!」

そう言いながら、獲物を上から叩き付けるように振り下ろしてくる。
……戦斧か。重そうだねぇ。まともに受けたら清麿折れちゃうねぇ。でもねぇ……清麿で受ける。接触した瞬間、刃の上を滑らせて戦斧のベクトルを曲げてやる。

「糞!これで死ね!」

地面に戦斧を叩き付けることになったのが意外だったのか、随分と悔しがっている。そのまま跳ね上げればいいものを、もう一度持ち上げて、もう一度同じように叩き付けてくる。学習能力がない奴は俺は嫌いなんだよねぇ。

「これじゃ死ねないなぁ。ほら、早く死なせてくれないかね?本人がいい加減飽きているのに、一向にこの躰は死んでくれなくてねぇ、困ってるんだよ」

叩き付けてきた戦斧を、また同じように清麿でいなしてやる。
戦斧を地面に叩き付けた瞬間、奴さんの右手に衝撃が加わっているその刹那に、手首を返して清麿を閃かし、奴さんの右手首を斬り飛ばしてやった。

「馬鹿にしやがって!殺してやる!」
「……もうお前さんにはそれは出来ないんじゃないかね?」
「何を、あぁ……痛ぇ!痛ぇよ畜生!」

鈍いなぁ。力自慢の相手はもうこんなモンで良いか。

「さて、屑。そろそろ閉店の時間だ。蛍の光が聞こえてきただろう?だから、貴様が愉しんだ代金を頂かないとなぁ。ちなみに、当店はぼったくり推奨店でなぁ?お代は……そうだなぁ、お前の……」

瞬動で脇を駆け抜けながら、首を撥ね飛ばす。

「……首で良い」
「いよっしゃぁ〜大将が敵ぶっ殺したぞ!そら、残りも殺せ!」
「おお!」

……そろそろ、こいつらにも落ち着いて貰わなきゃならんかな。





















追撃という名の殲滅戦を行っている。
が、助さん、格さん、もう良いでしょう。そろそろ印籠出してははぁ〜で終わりにしようぜ。

「よし、追撃を終了して太原に帰還する!」

そう宣言したが、一向に言うことを聞かない兵達。興奮が冷めやらぬ様だな。

「もういい、止めろ!」

でかい声で言って聞かせる。
だが。

「何で止めるんだ!御遣い様!まだあいつら生きてる!」
「そうだ!もう二度とこんなことしないように徹底的にやってやるんだ!」
「殺ぁぁぁってやるぜ!」
「おうよ!」

……俺を怒らせるな。

「黙れ!貴様らはもう十分に殺したではないか!これ以上、誰を殺すというのか!貴様らはまだ殺し足りないのか!殺しに酔うな!殺しの快楽に飲み込まれるな!」

皆、ハッと息をのむ。
どうやら、冷めた、か。

「……隊列を組み直して各組で点呼しろ!怪我をしている人間の手当を早急に。欠けてしまっている同志が居るなら戦場を探してやれ、まだ生きている可能性がある。死んでいたなら、遺品となるものを回収して後で届けに来い。家族に手渡してやらねばならぬ。遺体は全て埋葬する。俺が弔ってやる。俺の家の郎党だからな」

興奮から冷めた兵達は、それぞれすべきことを見つけて帰還の準備を始めた。

「お見事でした。教経殿」
「あぁ、稟もご苦労さん。伝令、助かったぜ?」
「はい。お役に立てたようで幸いです」
「とっとと兵を纏めて、家に帰るぞ」
「はい」















太原へ帰還する。隊伍を組んで整然と。

後ろを振り返る。
『揚羽蝶』が舞っている。気持ちよさそうに、ひらひらと。

「教経殿」
「ん?」
「完勝でしたね」
「あぁ、そうだな。この旗の下での初めての戦で、初めての勝利だ。帰ったら祝杯あげなきゃな」
「はい」

稟がそう言って笑う。
もう、大丈夫だろう。稟は、自分が俺の信頼に応えられている、と自信が持てるようになった様だから。



もう一度、後ろを振り返る。
『揚羽蝶』が舞っている。気持ちよさそうに、ひらひらと。

ふと、考える。
俺は天下を平定することが出来るのだろうか……清盛のように。


伊勢平氏が生み出した、日の本を席捲した、歴史上最も美しき揚羽蝶の如く。