〜教経 Side〜

「……相手よりも多く兵を引き連れていけば、取り得る行動・選択肢というものにゆとりを作ることが叶いましょうからな」

星がそう答える。

「ん、流石星だ。将として間違いなくこの国で1,2を争う存在になれるよ」

……星は随分変わった。星に話しかけながら、そう思う。

この世界で一番はじめに出遭った、自分が知っている英傑。
この世界で一番はじめに死合った、実力のある武芸者。
それが、星。趙子龍。

だけど、俺が勝手に想像していた趙雲とは少し違ってた。
まぁ、性別を抜きにしてだけど。
……自分の腕に自信を持ちすぎだった。はっきり言えば、過信。だからこそ、相手の力量も確認せず、いきなり俺に突きかかって来た。もし相手が腑抜けた俺でなく、『常在戦場』糞爺だったら、星は殺されていただろう。最初の一突きを放った刹那に。間違いなく。

自分が強ければ、世の殆どのものがどうとでもなる。
そんな、危うさを感じさせる女性だった。

あの賊との戦の前、星に、将として国で1,2を争う、と言った。趙子龍にはそうあって欲しい。そう思ったからというのもあるが、頭の回転が速くまたよく人を観察している為、将に向いていると思ったからだ。この言葉で発奮してくれれば、そう思った。
だがその時には望んだような反応はなかった。嬉しそうにはしていたが。

だけどこの間の練兵の際、星は兵の練度に納得していなかった。
昔の星なら、兵の練度など歯牙にも掛けなかっただろう。自分が居れば問題無いのだから、と。
ひょっとしたら。
星は将として成長しようと裏で努力をしているのではないか。
そう感じた。

それが今、確信に変わった。
こう言うと少し変な気もするが、星は、間違いなく趙子龍その人だった。
やはり、英傑だ。何の理由もないが、そう思う。
何の理由もなく自分が英傑であることを周囲に納得させることが出来る存在。
それが、英傑というものなのだろう。

見ると、星がじっと俺の顔を見ている。
……また良からぬ事を考えているんじゃあるまいなぁ、星?

「どうした、星。俺の顔になんか付いてるか?」

そう言っても、星は何か考え事をしているようで、返事をしなかった。

何を考えているのやら。
星を見ながら、そんなことを思っていた。

























〜稟 Side〜

方針は決まった。
引き連れていく兵の数も決まった。
これによって、持って行かなければならない兵糧などの補給物資の総量も決まった。

後決まっていないのは、誰が遠征に参加するのか、ということだ。

勿論教経殿は外せない。
”『天の御使い』が兵を挙げ、強奪を繰り返す賊を討伐した”
これを全国に広める為には、何としてもその場に本人が居なければならないだろう。

そうなると、星には太原を守備する将として居残って貰わなければならない。
……納得しないだろうが、説得しなければならないだろう。

後は、軍師として私と風のどちらを伴うのか、ということが問題になる。
私としては、自分が適任だと思っている。
戦場での駆け引きについては、風に勝っていると思うから。

そう思いつつ、議題として提示する。

「教経殿。方針も引き連れる兵数も決まりました。後は誰が征くのかを決めねばなりません」

星を見つめていた教経殿がこちらを見る。

「……誰が征くべきだと思う?」
「お兄さんは外せません。軍師としては稟ちゃんを伴われるのが良いと思うのですよ〜」
「成る程。星が太原の守将、風がその軍師、ということか」
「はい〜、そうするより他に途はないと思いますよ〜」

……風からそう言い出すとは思わなかった。
私よりも風の方が、精神的には成熟している。
問題は……

「主、私を連れて行かない、というのは頂けませんな」

……やっぱり。

「そうは言ってもな、星。太原の守将が居ない。それでは遠征している兵に里心が付いてしまう」
「……それでも納得がいきませぬ」
「はぁ……星、どうしたら納得してくれるんだよ」
「……戻ってきたら、一日付き合って頂けますか?」
「それで納得するのか?」
「納得は出来ませんが、説得はされましょう」

……星、何か企んでいるのでは……

「……面倒だが仕方がない、それで手を打とうじゃないか」
「……なにやら気に入らないお言葉がありましたがそれは良しとしましょう。二言はありませんな?」
「ああ、無いよ。平氏の赤旗に誓って」
「宜しい」

満面の笑みを浮かべている星。いつもの、教経殿に悪戯を仕掛けようとしている時に浮かべている笑いとは違う、『女』の笑貌。
……風と目を交わす。風も気がついている。
絶対に抜け駆けはさせませんよ、星。

























〜教経 Side〜

次に襲われるのはここだ。あの後すぐ、風に、そう流言を飛ばさせた。

有力者とやらが俺に全面的に膝を屈しない限り、俺は動かない。危機感を持たせぬと、どうやっても間に合わない時に助けてくれと言ってくる可能性がある。それは避けたい。俺の名声的な意味で。『天の御使い』と称する以上、見捨てる、というのは望ましくない選択だ。だからこそ対等に近い形の関係に持ち込めると思ったのだろう。

……だが、俺が動かないうちに賊共に襲われるのは民だ。だから、先手を打ってやったのだ。民から突き上げを喰らうように。

流言に踊らされた民からの突き上げを喰らい、楽平郡の有力者達が直接太原にやってきた。

漸く切羽詰まったか。そう思い、会って話を聞いてやった。
御遣い様に従うには、条件がある。こう始まった。助けて貰う側から条件を提示する。こいつらは揃いも揃って阿呆だ。

「貴様らとは語るべき何物もない」

そう言って俺は部屋を後にする。風、お前に任せた。そう目語したつもりだ。

自分の寝室で清麿に打ち粉を打っていると、風が報告に来た。
全面降伏だそうだ。それならば構わない。交渉ごとはやはり風に任せるに限る。

再び話し合いの席に付く。無条件に俺に従う。それを、盟約させた。
盟約。
現代のそれとはちょっと違う。俺がやったのは春秋戦国時代的なそれだ。要するに、血で誓いを立てさせたのだ。互いの血を混ぜ合わせ、その血で約定を書き連ね、天帝に報告する。これで彼らは呪縛される。違えれば一族郎党皆天帝の怒りに触れて罰を受ける。この世界にはそういう文化が根付いている。利用できるものは全て利用させて貰う。


じゃぁ、お掃除に出発するとしますかね。今度の戦は俺が、最初から最後まで主導権を握る戦いだ。ヒィヒィ言わせて引きずり回してやるから覚悟しておけ、ドカス共。















襲撃されるであろうと目星を付けた町に一番近い、それなりに深い森に軍を待機させ、来賓のご到着をお待ちしている。……招いたわけではないから来賓とは呼べないか。

「ふぁ〜あ、今日も天気だ俺ぁ眠い」
「教経殿、気を抜きすぎです」
「絶賛森林浴中なんだから無理な相談だろ、それ」

おお、稟がちょっと怒っている。
眼鏡クイクイしながら怒られてもなぁ。漲ってきたんだぜ?
俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。麦茶が好きなんだよねぇ。

「大将〜」
「何だ居たのかダンクーガ」
「偵察から帰って来たんだよ!」

あぁ、そういえばそんなこともあった気がするな。
誰か『やって』くれる人いるか〜?って態々聞いてやったら案の定、『やぁぁっってやるぜ!!!』って回答が帰って来たんだよなぁ。お約束過ぎて吹いたわ。

「で、どうだった?」
「あぁ、賊共は来てないみたいだったぜ大将」
「ホントかぁ?……お前、頭が悪いからなぁ」
「何さらりと失礼なこと抜かしてるんだよあんたは!」
「いやいや、事実じゃん」

ダンクーガをからかうのは面白い。良い暇つぶしになるねぇ。

「で、狼煙があがって無かったって事で良いんだよな?」

敵を発見したら狼煙を上げろ、そう言って既に4人1組を5組、合計20人北へ偵察に向かわせてある。4人なのは、敵情を記した資料などを手に入れて戻る場合を想定し、確実に情報を持ち帰らせる為だ。敵に見つかったら一人はとにかく逃げる。残り三人で足止めをする。残る三人は死ぬだろうが、そこは死んで貰うしかない。苦情は、俺が死んだ時にあの世とやらで受け付けてやるからさ。

「あぁ、煙は出てなかったよ」
「そうか、ご苦労さん。休んできてくれ。飯と酒が用意してある」
「……最初からこういう対応してくれよ……」
「悪いな、暇だったんだよ」
「……何で俺だけ……」

いやぁ、そりゃお前にいじり甲斐があるからだよ。良かったね、ダンクーガ。君は御遣い様のお気に入りなんだからこれからも宜しく愉しませてくれ給え。

「……教経殿、実は他の町を襲っている、ということはないでしょうか」
「無いんじゃない?」
「しかし、明後日辺りに来るというのであれば、狼煙が上がっていて良いと思うのですが」
「……もし他の町襲ってたらどうするつもり?」
「兵300をここに残しておいて、その町へ急行すべきかと」
「却下」
「教経殿!」
「稟、落ち着けよ。一度決めた方針を転換するのは事故の元だ。大丈夫さ、落ち着け。賊共は馬鹿だから迷子になったりしてるんだろうさ」

そう言っても稟は落ち着かない様子だ。作戦を変更すると言い出すことからして、らしくない。
……ひょっとして先の戦のことをまだ気にしてんのか、この眼鏡っ娘は。早く功績を立てて軍師であることを認めて貰いたいってか?政関連で十分に軍師として有能だって事を示してるし、うちの軍師は稟と風しかありえないってことあるごとに伝えてるつもりなんだが。まぁ、稟は軍政向きの軍師だ。戦場で本領を発揮し、それを見せたい。それで焦っている、そういうことか?

まぁいい、お話して稟の中にある問題を解決した後で、軍師として認めてるって事をきちんとお伝えしますかねぇ。

「稟」
「はい」
「お前、まだ先の戦のこと引き摺ってるだろ?」
「……はい」
「何が引っかかってる?」

どうしても消化できない『何か』があるんだろう。
賊共を読み切れなかったことがそんなにショックだったのか?

「……期待に応えられませんでした」

返ってきた答えに少し驚いた。そっちか。
……負担になっちまってるのか。
郭嘉だから気持ちの切り替えは出来ているだろう。そう思ってたが……やはり甘かったんだろうなぁ、俺の見通しは。自惚れかもしれんが、稟は俺に好意を持ってくれていると思う。無論、男女の仲として。

『好きな男の期待に応えられなかった』

俺は女じゃないからそれがどれほどの重みを持つものなのかわからない。ただ、決して軽くはないのだろうという事はわかる。

……どう答えたものかなぁ。
想定外の回答にそう思っていると、握り飯片手にダンクーガがこっちに走ってきた。
良いタイミングだ、俺はすぐに気の利いた回答が出来そうになかったからな。

「大将!」
「どうした?」
「煙上がってるぜ、多分」

……多分ってお前、なんだよその報告は……

「あぁ?どこに?」
「森ん中から見えるわけ無いだろ!こっちだよこっち」

稟をつれてダンクーガの後ろを付いていく。

「ほれ、あれ。あれが大将の言う『のろし』ってやつなのか?」
「……あぁあれで間違いないだろう」

これで稟も落ち着きを取り戻してくれるだろう。
やれやれだぜ。

「おい、ダンクーガ」
「あぁ?」

……相変わらず態度悪ぃなこいつは。こいつだけだぞ、御遣い様って呼ばないの。御遣いの大将ってなんだよ。
ま、こいつはこいつで俺の呼びかけ方が気に入らないんだろうけど。

「お前、休憩してなかったのか?」
「……気になってたからな。煙が上がらないってことは、あいつらになんかあったのかも知れねぇじゃねぇか……だからつい……」

……存外いい拾いものだったかもな、こいつ。
威勢が良くて面倒見が良い。良い先手大将になれるかもな。大将っても将軍じゃねぇが。

「いいかダンクーガ。体を休めるのも立派な仕事だ。今後こういうことはやめとけ。誰かに頼んどけばいいだろうが」
「ああ、分かったよ大将」
「働きついでだ、他の奴らに賊が来たって知らせろ、そして死ぬ準備をしとけって言っとけ」
「物騒なこと言うんだな」
「ダンクーガ、お前、分かるだろ?戦んなった時、心構えが出来ていないとすぐに死ぬぞ。南門、きつかっただろ?覚悟してなきゃ躰は動かねぇんだよ」
「……」
「死ぬ準備云々の箇所はお前の言葉で伝えていい。……駄目そうな奴が居たら目を掛けてやれ。太原の人間でな」
「……分かったよ大将」

そう言ってダンクーガは皆の所へ行った。

「さて、稟」
「はい」
「さしあたっての不安は取り除かれたか?」
「はい」
「そうか、まだ不安なようなら抱きしめてやろうかと思ったんだがなぁ、おい」

そう言ってニヤニヤ笑ってやる。
俯いてるねぇ。そして、恥じらっているねぇ。可愛いねぇ。
俺は眼鏡属性持ちな……

「……ではお願いします」

そうきましたか。最近大胆になってきてるなぁ、稟。
最初っからぶっ飛んでる人間が二人くらいいるけど。

「はいはいっと」

稟をゆっくり、後ろから抱きしめてやる。

「稟」
「はい」
「もっと自信持っていいぜ。稟は俺の信頼に応え続けてくれてる」
「……そうでしょうか」
「俺がそう感じてる。俺にとってはそれが全てだ」
「……はい」

良い香りがするねぇ。






あと、二日くらいか。
うちの稟ちゃん不安にさせてくれたんだ。しっかりお礼とご挨拶、しないといけないよなぁ?