〜星 Side〜
面白いことになるだろうと稟と風が主に口吻するのを手伝った後、暫くしてから主に報告しなければならぬ事ができたので、十分な時間も経ったことだし、と、様子を窺うべく話を向けてみた。
……後で三人で話をしたが、あれは少々強引に過ぎたと三人ともが結論付けた。あれはまるで強姦のようではなかったか。やっている最中は気がつかなかったが、今になって思えば間違いなく強姦の類だと思う。
「それにしても主は果報者ですなぁ。この国で有数の美女達に言い寄られ、あまつさえその全員の唇を貪るとは。これほどに周囲の人間に羨まれる境遇にあるお方は漢広しと雖もそうはおりませんぞ?」
……さて、精神的に傷ついていなければよいのだが。
「そうだなぁ、確かに得した気分ではあるねぇ」
……耳を疑ったが主の表情を見るに、どうやら聞き間違いをしているわけではなさそうだ。本当に得をした、と喜んでいるような節さえある。……あれがいい思い出になっているのか……
どうやってその結論に至ったのか、その過程が全くもって理解できないが、こういう、ある意味幸せな思考回路であるから祖父殿やお師匠殿からの鍛錬という名の苛烈な虐待もいい思い出として消化されてしまったのだろう。本当に便利な生き物だな、この主という生き物は。
「まぁ、それならば宜しい」
「本当は宜しくないだろうがよ。ああいうことはもっと雰囲気をだな……」
「宜 し い」
「……はい」
あぁ、こういう時の主は可愛いな。
「で、どうしたんだ星」
「はっ、実は并州の内、新興と楽平の有力者らから書状が届いております」
「新興?楽平?」
「教経殿、新興はここ太原の北、并州で最も北に位置する郡です。楽平は太原の東、并州の東端に位置する郡です。ちなみに太原の西は西河郡、南は上党郡です。これらに太原郡を合わせた5つの郡から并州はなっております」
「ふぅん。知らなかったよ。解説ご苦労様、稟」
「はい」
役立てたことが嬉しかったのか、稟は嬉しそうだ。
この辺りは私の出身に近いから私でも説明できたものを……
後で妄想するように仕向けてからかってやることに決める。
「で、星。その書状にはなんて書いてある?」
「……私がここで読み上げてしまっても構わぬので?」
「馬鹿だなぁ、星。俺たちは運命共同体だ、どうせ全員知ることになる。俺が読んでからその内容を皆に教えるよりここで星が読み上げた方が遙かに効率が良いだろうが」
「しかし主、形式というものがありましょう」
「……一州の主になったのならまだしも、今はまだしがない県令様でしかないぜ?そういうことは身の丈に会わせて調整するんだよ。身の程を弁えない人間は不幸になるんだからねぇ」
「あぁ、教経殿」
「どうした、稟?」
「申し上げたことを失念されているようですが、教経殿は既に県令ではありません」
「首になったって事?」
「いいえ、太原郡の郡守、即ち太守になって居られます」
「……いつ?」
「……この間ご説明差し上げたと思うのですが?」
「どうやったの?」
「我々三人は何もせず、ただ各地を流浪していたわけではありません。中央官吏に伝手を作ったり地方太守に誼を通じたりしてきたのです。その伝手を使えば、ある程度のことは何とかなります」
「……無理はするなよ、稟。星、今回はとにかく読み上げてくれ」
「では、読み上げさせて頂きましょう」
新興の有力者からの手紙を読み上げる。
新興自体の賊の被害については、さほどでもないらしい。が、それは、新興にいる賊から受ける被害であり、その東、冀州・常山から定期的に態々遠征してくる賊共がおり、この対応に手を焼いている。これを撃退して貰えるなら、新興に住まう民を説き、『天の御使い』の傘下に収まる事もやぶさかではない。
「へぇ。些か気に入らないところがあるが、悪い話じゃないな。が、相手のある話だからな。簡単に請け負ったはいいが賊を目の前にするとそこには何と十万の大軍が!、なんてことになったら目も当てられないな。次行ってみようか。次」
「はぁ、放っておかれるので?」
「まさかな」
主はそう言って苦笑いをする。
成る程、後で議論するおつもりのようだ。
「だが、『付き従うにやぶさかではない』程度の人間に下について欲しいとは思わない。それは覚えておいてくれよ?助けはするが、俺には俺の考えがある。無条件には助けんからな?」
……こういう時の主は威厳があり、逆らおうとは思わない。
我らは主の臣下となったのだ、主の意向を優先させるのは当然だろう。誤っていない限りは。
次の書状を読み上げる。
楽平自体の賊の損害については、さほどでもないらしい。が、それは、楽平にいる賊から受ける被害であり、その北、冀州・常山から定期的に態々遠征してくる賊共がおり……ん?
「あ〜、星、もういいや。同じ事が書いてあるわけだよな?」
「はっ、その通りです」
「……違う郡で同じ被害、か。風、少し調べ物をして貰っても構わんか?」
「なんでしょうか〜」
「それぞれの郡が同時に襲われているのか、別々に時期を分けて襲われているのか調べてくれ」
「かしこまりました〜」
「稟。稟にも頼みたいことがある」
「はっ、なんなりと」
「常山にいる賊共の勢力分布とそれぞれの規模が知りたい。郡境付近の者どもだけで良い。頼めるか?」
「……教経殿はただお命じになれば宜しいのです。私達はその通りにやるだけですから」
「……良くできた軍師様だよホントに。では稟、調べろ。出来るだけ詳細に、な」
「承知致しました」
「とりあえずこれらが分からんことには現状の俺たちで何とかなるのかの判断も出来んからな」
「主、私には何の仕事もありませぬのか?」
不満げに尋ねる。
私だけ役に立てない。それは御免被りたい。
戦に敗れることは大嫌いなのだ。特に、この恋戦にて敗れるのは。
「ちゃんとやることはあるぜ?練兵だよ。俺も一緒にやる。殺気全開でぶつけて訓練させるぞ」
……主と一緒か。ふふっ。
稟達には悪いが、普段政向きの話で主との時間を確保して居るのだ。
こう言う時は独占させて貰う。練兵帰りに買い物にでも付き合って貰いますかな。
買うのは……うむ、下着が良いな、勝負下着。主をからかうことが出来、かつ主の劣情を誘う下着も買うことが出来る。なかなかどうして、私にも軍師がつとまりそうではないか。ククッ
「では、一旦解散だ。それぞれの有力者には、物事には必要な準備というものがある、とでも書いて寄越してやれ。事態が切迫して『とにかく助けて下さい』と言ってくるまで待ってやるとしよう。助けて貰う側が助ける側とほぼ対等な関係を築ける、などと甘い幻想を抱いている様だから先ずその幻想をぶち壊してやる」
「他の者を頼ることも考えられますが、その辺りを教経殿はどのようにお考えでしょうか」
「それならそれで構わんさ。俺たちは来るべき飛躍の秋の為に、内政に軍備にと忙しいのだからな」
「承知致しました」
「承った」
「わかりました〜」
主はある程度長期的な視野に立っているらしい。
理想と現実。
その間で上手く加減が出来るお方だ。まず間違えることはないだろう。
〜教経 Side〜
郊外に兵を整列させる。
2000名の兵。壮観だねぇ。これが皆俺に付き従うわけだ。戦になれば逃げだす奴も居るんだろうがな。
「主、如何ですかな、この星が鍛えた兵共は」
「つわもの、ときたか、星」
「左様、そこらの官軍に比べれば遙かに練度は高いと自負しております」
官軍に比べれば、か。
まだ不満みたいだな、星は。
「まぁ、そんな微妙な言い方しなさんな。いずれ星が望むような兵になるさ。実践を幾度かくぐり抜ければな。俺が偉そうに言えたものではないが」
「……御意」
「さて、んじゃ始めるとしようか」
そう言って兵を10人ずつ、200組に分ける。
それを二人で分担する。要するに一人100組。
兵を見渡しながら、言う。
「貴様ら、今からこの俺が直々に手合わせをしてやろう。良い訓練になるぞ?今から100組を連続して2巡するまで相手にしていく。もし俺を打ち倒すことが出来たなら、その場で将にしてやろうじゃないか。どうだ、やる気になったか?」
余裕だろう。そう考えているようだ。
実戦を経験したことがない人間が何を以てその余裕の根拠としているのかは分からんが、今貴様らが持っているのは余裕なんかじゃなく慢心だって事を嫌って程教え込んでやるよ。今までお前らが積んできた鍛錬は普通の人間であることを止めるためのものじゃない。厳しいっつったって死ぬ訳じゃない。
俺はなぁ、俺自身がああいった鍛錬をしてきたが故に鍛錬に関してはそれなりに厳しい方でなぁ。
まぁ、愉しんでいってくれよ。俺も愉しむからさ。
「ほらほら、次!とっとと前に出ろ!」
2巡目、97組目。
一番見込みがあった組。太原での実戦経験者が揃っている組。御遣い様に守って貰える太原の人間がなんでこんな所に居るんだろうと最初思ったが、太原の若いのが何人か入ったって報告を稟から受けていた気がする。まぁ、問題はそこじゃなくて、先頭でいきり立っている奴だろう。
「今度こそ、やぁぁぁってやるぜ!」
そう、ダンクーガだ。お前こんな所まで来てなにやってんだよ……あれか?金無くなったのか?
「「「「おうよ!」」」」
その言葉に周囲のオッサン共が応えている。
オッサン共、分かってないなぁ。そこは「OK!忍!」って答えるところなんじゃないかね?
どうでも良いから早く合体しやがれ。見てみたいから。組体操的なものになるのか?ああ、濃厚なホモスレ的な合体は止めてくれ。んなことしなくても免許証は返してやるから。
この組には俺の全開の殺気に当てられているのにちゃんと動いて俺に向かって武器振り上げて来た奴が数人いたからな。やはり、実戦の経験は大きいのだろう。特にダンクーガに関してはあの南門の激戦を生き抜いている。先ず間違いなくこいつはものになるだろう。あの悲惨な戦いを生き抜いて、凄惨な光景目の当たりにして。それでも戦う意志を持っている時点で大した男だよ、ダンクーガ。普通は二度と戦いたくないって思うだろうからさ。御遣い様が守ってくれんだから。
……これ以外の組は駄目だ。全員そうだとは言わないが、動くことは出来ても戦うことはできなかった。まぁ、俺以上の殺気をぶっ放せる人間なんてそうはいないんだから実戦になると今回の経験が役に立つだろう。ましてや、次も賊共が相手になる気配が濃厚だ。賊の中に俺並みのものが居るなんてことは絶対に無いだろうからなぁ。
「やれやれ、ダンクーガ、またぶん殴られたいのか?」
「うるせぇ!俺は断空牙なんて名前じゃねぇんだよ!」
何気にあってないか、その当て字。……多分正解だと思う。やるな、ダンクーガ。
でもなダンクーガ、お前の顔、左右のバランスがえらいことになっちゃってるんだよねぇ。すまんな。暑苦しくてつい、ねぇ。
「はぁ。じゃぁなんて名前なんだ、テメェはよ」
「俺は……」
「もう良いじゃん、ダンクーガで。そう名乗っちゃいなよ。その名前、お前にくれてやるからさ。この御遣い様からお歳暮代わりに。んで真名は忍な」
「なっ……馬鹿にしてんのか!」
馬鹿にはしていない。暑苦しい馬鹿だとは思ってるけど。
「なんでも良いや。とっとと掛かってこいよダンクーガ」
「なっ……あんたが俺の名前を訊いてきたんだろうが!んでその名前で呼ぶな!……よしっ、隊列を組め!」
「おおっ」
「まかせろ!」
断空砲、フォーメーションだ!ってか?
甘いねぇ。俺はそれを待つほど気は長くないんだよねぇ。
本音を言うと、そろそろ飽きてきたんだよねぇ。
「隊列を整えるのは良いが、少し隙だらけなんじゃないかね?お前さん方。隊列を整えるまで待って貰えるとでも思っているのか?だとしたら大きな間違いだねぇ」
走っていってあまり動けていない4人をぶっ飛ばす。
ぶっ飛ばすって言っても足踏んでぶん殴るだけだ。痛いよね、これ。
「それから、お前らもっと周囲に気をつけないと。前に敵ガイルと思って見ていたら後ろからサマーなんてことはざらにあるんだよねぇ」
瞬動で奴らが全く警戒していなかった後ろに回り込んで手刀で5人の意識を刈りとる。
……ちゃんと一回目も後ろから殴りつけてやったのに。
学習しない奴らだ。
「あぁ、お前ら!」
「さて、ダンクーガ、お祈りは済んだか?」
「絶対にあんたに一撃入れてやる!」
そう言って殴りかかってくる。
おいおい、お前槍もってんじゃん。何で殴りに来るんだよ!
……はぁ。ちょっと頭が残念な子なのか?
ダンクーガが伸ばしてきた右手手首をひっつかんでこっちに引っ張りながら、自分の躰を回転させ沈み込ませる。こう言うと何か高度なことをしているようだろう?ただの一本背負いさ。勿論、引き手をずっと持ってあげない、投げっぱなしの、だけどなぁ。ダンクーガ。痛いぜ?覚悟しとけや。
「のわっ」
そう言ってダンクーガは飛んでいった。
『のわっ』なんて言う人間、本当にいたんだねぇ。
いやぁ、良い仕事したわ。今回は。
……この組の人間中心に部隊編成すりゃ間違い無いだろう事が分かったのは大きな収穫だな。
特にダンクーガは、頭はともかくとして、俺が目の前で殺気飛ばしてるのに全く問題にせずに殴り掛かって来やがった人間だ。しっかり活用させて貰うとするさ。こういう暑苦しいのが居ると周囲の人間は意外に萎縮したりしなくなるもんだろう。
さて後3組だ。
さっさと終わらせて星と一緒に帰ろ帰ろ。
買い物に付き合えって言われたけど、何たかられるんだろうねぇ。憂鬱だねぇ。