〜稟 Side〜
「結構な人数が集まったもんだねぇ」
募兵に応じてきた者達を目の前にして、教経殿が笑っている。
「そんなに『天の御使い様』が率いる天兵とやらになりたいもんかね?俺なら御免被りたいがなぁ、そんなこっ恥ずかしいご大層なお名前を戴いちまったら戦場でもお行儀良くしなきゃならなそうだもんなぁ」
……そういう理由で嫌だという人は多分貴方だけだと思います。
「教経殿。彼らは一応星が行った選抜試験を抜けてきた者達です。それなりに見所がある者が揃っていると思います」
「ふぅん。無駄に自分に自信がある、と。じゃぁ、とりあえず挨拶でもしとくか」
私の言葉をおそらくわざと悪く解釈して、広場に設けられた壇上に上がる。
「ようこそ、同志達よ。俺が『天の御使い』、平教経だ。
先ず募兵に応じてくれたことに感謝する。
ここに来てくれた、ということは、俺と同じ目的のために戦って貰えるものと信じている。
ここに来る前に我が配下一の武人である趙雲の試しを受けて来て居ると思うが、そこで見所があると判断されたものだけがここにいる事になる。貴様らは選ばれた兵であることを自覚して貰いたい」
先ず頭を下げ、御遣いの人間性が優れていることを示す。
次に、理想を掲げ、共に在れば彼らが希求する安寧をもたらす為の戦いに参加できるのだということを認識させる。
最後に、自分たちは選ばれた人間であるという自覚を持たせ、自信を持たせる。
相変わらず、教経殿の話術は巧みだ。
教経殿の考える『良くできた話術』について、一度その考えを伺ったことがある。
「稟、人はなぁ、自分が信じたいものしか信じないんだよ。だからいくら正しいことを目の前に提示してやっても信じない奴はいつまで経っても信じない。なぜなら奴らが欲しているのは自分が正しい事を示す某かの証拠のようなものであって、『正しいこと』そのものではないからだ。
だからなぁ稟、信じたいものを信じさせてやる様に話を進め、途中からだんだんと信じるものを変質させてやるのさ。信じているものと信じさせたいものとをすり替えると間違いなく反発するから、相手が信じているものの範囲を広げるんだ。信じさせたいものが含まれるまで、信じているものの境界を広げてやるんだよ。そこまでして初めて、自分が信じているものはこれだ、と相手に提示してやる。後は相手が勝手に、そいつ自身にとって都合がいいように判断してくれるさ。何せ彼にとっては稟は既に同じ思想を共有する同志なのだから」
誠に『良くできた話術』だ。
いや、最早これは話術とは言わず、洗脳とでも言えばいいのだろうか。
教経殿は、論理的に物事を考えるが、人の思想や宗教、果ては感情についてまでかなり論理的な説明をする。
だから、話をしているととても楽しい。何事も理詰めでないと気が済まない私にとって、教経殿は格好の話し相手なのだ。
「だが諸君、少し考えれば分かって貰えると思うが、今この世界は荒廃している。
いくら貴様らに優れた資質があるとしても、それを磨かなければこの世界を生き抜いていくことは叶わぬ事だろう。だから、相当に厳しい修練に耐えて貰うことになる。口汚く貴様らを罵ることもあるだろう。それこそ、教官たるものを殺してやろうと決意するような罵声を浴びせかけられることがあるかもしれない。だが、それに耐えて欲しい。それに耐え抜いた時、貴様らは本当に俺の同志となったと言える。
諸君、俺は待っている。貴様らが俺の本当の同志になってくれる日を。
さて、修練は五日後から開始することになる。その前に、会っておきたいものに会い、喰らっておきたい酒や飯を堪能してくるといい。給金として支払う予定の内から、半額を前払いしよう。無論俺が述べた事以外にこの金を使ってしまっても構わない。
同志たる貴様らの晴れの日に向けての、ほんの手向けだと思ってくれればいい。
では、五日後に、ここで同志たる貴様らを待っている。解散!」
『同志たる貴様ら』、この言葉で既に軍属であるという意識を植え付けている。
こう言われては、既に他人のような気がしなくなっていることだろう。
相手の意識を、自分の側へ完全に取り込んでいる。
この辺りの言葉遣いと呼吸は、天性のものだろう。
教経殿がそう言うと、皆思い思いに金を受け取り、必ずここに帰ってくると言い残して広場から出ていった。
「ご苦労様でした」
「……はぁ……だりぃ……」
思わず吹き出しそうになる。なんという可愛い顔をするのだろうか。
「……なんだよ稟、そんなに俺の顔は面白いか?」
教経殿が、少し不機嫌そうに言う。
今なら分かる。これは、照れ隠しなのだ。星と良く似ているのだ、教経殿は。
「ええ、面白いですよ」
「……ちっ、だんだんと可愛げが無くなっていく事だな」
……そのお言葉は頂けませんね。
伝家の宝刀を抜かせて頂くとしましょうか。
恋戦に参戦するにあたって、教経殿の分析は万全に行ってあるのです。
この郭奉孝が神算鬼謀の士であることを、教経殿には実感して頂きましょう。
クイックイッ。
眼鏡を左手の中指で押し上げる。
教経殿を見ると、何とも言えない、ニヤける寸前で何とか踏みとどまっているような表情で、じっと私のことを見つめている。
やはり食いついてきましたね?
教経殿は眼鏡を掛けた私がお好みで、しかもこのような動作がこの上なく教経殿の嗜好に適うようだ。
風、星。どうやら、この恋戦、貴女達には勝ち目はないようですよ?まぁ、私が参戦した時点で私の勝ちは確定しているようなものなのですが、ね。
しかしこうなると、教経殿はいつかこの動作に耐えられなくなり、私に襲いかかってくるのだろう。
教経殿は、優しくしてくれるのだろうか、それとも、戦場における彼のように荒々しく私の躰を求めてくるのであろうか。興奮が激しい場合、私はどのように弄ばれてしまうのだろうか。教経殿からあられもない格好をすることを要求された時、私は……私は……
「……おい、稟?稟さ〜ん?」
「ブーッ」
「ちょっ、なんだってんだ!?……だから言ったじゃねぇか、稟の鼻血の発射時刻表誰か作れよ!何番線から発射するかも分かりゃしねぇ!風の役割だろうがこういうのは!人身事故で山の手止まるぞ!ここしばらく見てないと思ってたら突然来やがった!……休火山みたいなもんだったのか?あれだ、ベスビオス的な。そうなると噴火周期とか、後は噴火前予震的な何かがあるはずなんだけど、一体それはなんなんだろうね?」
……なにやら教経殿が仰っているようだが、早いところ風の言うところのトントンをして貰いたいです、教経殿。気が遠くなってきましたもので……
妄想癖を何とかしない限り、どうやら圧倒的な差が付かないようですね……早く何とかしなくては。
あの時……抱きしめられた時は何ともなかったのに……はぁ……
〜教経 Side〜
「蝶、ですか?」
稟が問うてくる。
「そうだ。揚羽蝶。それを俺の旗印とする」
「ほう、何故です。『平』、で宜しいのではありませんか?」
「いや、それがあっても問題無いが、それだけというのは駄目だ。俺の一族の象徴なんだよ、揚羽蝶は。だからそれを使いたい」
揚羽蝶を、俺の隊が掲げる旗の旗印とする。
そう言った時、稟も星も、風でさえも訝しんでいた。
まぁ、この時代にはそういう風習がないから仕方がないんだろうが、これは譲れないねぇ。
……揚羽蝶の紋。伊勢平氏である平清盛一党が好んでその意匠を取り入れ、誰もが一目で平家であると分かる、今では平家の象徴にさえなっている紋。
天下争乱に乗り出すと決めた時から、これを旗印とすることを決めていた。
「あと、赤旗だな」
「赤旗?」
新聞じゃないぜ?
「ああ、唯々赤いだけの旗。それも用意して貰おうか」
「……それもお兄さんの一族を象徴するものの一つなのですか?」
「そうだ。我が軍の将全員にある程度の数立てて貰おうか。これは譲れないねぇ」
本当かどうかは知らんが、平家を名乗るものとしては、ね。
「まぁ、宜しいでしょう。主がそう言っているのであれば他の二人はどうあれ、私は問題ありませんぞ?むしろ将来私の旗印となるのですから積極的に慣れていかなければなりませぬ。違和感の残らぬものとしなければなりませんからな」
そういってニヤニヤとこちらを見てくる星。
その言葉に、ハッとして、慌てて稟と風が同じ理由で同意してくる。
「いやいや、お前ら、俺はこれで真面目な話してるんだが?」
「教経殿、私も真面目な話をしているのです」
「お兄さん、風は至って真面目です」
「おや、主。私が本気であることはつい先日証明して見せたはずですか?」
……星ェ……
「……教経殿、星が言う『本気の証明』とは一体何のことでしょうか。教経殿の軍師であるこの私はなんの報告も受けていないのですが?」
ヤヴァイよ、食いついてきた。さすがは郭奉孝!そこに痺れる!憧れるぅ!
そして俺も眼鏡をクイックイッっとする動作に絶賛食いつき中です!
……相変わらず萌えるねぇ。何度目か分からないが、俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。そして、麦茶が好きなんだよねぇ。
……稟よ、人様に報告するような事じゃないから。
「……お兄さん、風はお兄さんから頂いた恋文に書いてあった内容を信じていますからね?」
あれはね、風・・さん・・的存在に恐喝されたんであって風にあげたんじゃないんだよ?
「教経殿?」
「お兄さん?」
「ふっ、醜いものですなぁ。そう思いませぬか、主」
星ェ……これ以上はやらせないんだってばよ?
「詳細は星に聞くがいい!さらばだ諸君!フハハハハ!」
瞬動を使って逃げる!
身につけてて良かった瞬動!これのおかげで彼女が出来ました!宝くじも当たり、今本当に幸せです!
って、風・・さん・・的存在が目の前に居る……のか?
「オ ニ イ サ ン ?」
おいおい、俺は操作系だぜ?強化系とは相性が悪いんだ。ここは引かせて貰うぜ?
「はは、冗談じゃないか風。俺の口から説明させて貰うに決まっているじゃないか」
「そうですよね〜では、説明して貰いましょうか〜」
俺達の戦いはこれからだ!
平教経先生の次回作にご期待下さい!
……次回作を書く機会を得られれば、だが。
結果から言うと、今こうして回想しているから分かると思うが、次回作を書く機会を得ることは出来たようだ。尤も、色々と大事なものを、そう、大事なものを失ってしまった気はするが。
あの後、先の戦の後に思い悩んでいた際に星と口吻したことを言うと、稟は息をのみ、黙ってしまった。風も黙っていた。星は、得意げにその二人を見ていた。そこまでは良かったんだ。そこまでは。
その後どういう話の流れであんな事になったのか、全く覚えてない。
その、衝撃が強すぎて。
……稟と風が、俺に対して口吻してきたのだ。
本来であればそれを阻む役割を率先して担うべきであろう星が、風・・さん・・的存在の前に萎縮してしまった俺を羽交い締めにし、次々に唇を奪われてしまったのだ。
あれか、これが強姦された気分か。
もの凄く汚されてしまった気がする。トラウマになるんじゃないかこれ。
もう御婿には行けないなぁ……俺死んじゃおうかなぁ……
……でもあれだな、稟も風も、可愛い顔してたな……うん、ありだな、あり。うんうんそうそう、得したんだよなぁ、きっとそうだ。よくよく考えるといい思い出なんじゃないかこれ?ははっ、なんだよ〜、俺は何を悩んでいたんだろうなぁ、そうそう問題ないよ問題ない!いやぁ、良かった良かった、これも役得って奴だね。憎いね憎いね〜。風の上気した顔!ウヒョー!サイコー!!稟なんて口吻した後恥ずかしそうにチラチラ上目遣いで眼鏡いじりながらとかおい!萌えてきたねぇ。何度も言うが俺は眼鏡属性持ちなんだよねぇ。何だ良いこと尽くめじゃないか馬鹿野郎!くぅ〜、もっと注意して観察すべきだったんだよ俺はさぁ〜折角の機会を逃しやがって!本当に我ながら情けなくて涙が出てくらぁ。大体俺はさぁ……………………